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八ツ場は遺跡の宝庫 建設再開決定後も発掘続く 群馬(朝日新聞 2012年12月22日)

2012年12月22日
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八ッ場ダム予定地はまさしく遺跡の宝庫です。この遺跡を活用した町おこしはできないでしょうか。

八ツ場は遺跡の宝庫 建設再開決定後も発掘続く 群馬(朝日新聞 2012年12月22日)
http://digital.asahi.com/articles/TKY201212211023.html?ref=comkiji_txt_end_s_kjid_TKY201212211023

(写真)県教委などによる発掘調査。現在は移転代替地のみ進められている=長野原町林
(写真)三平1遺跡から見つかった平安時代の落とし穴=長野原町川原畑
(写真)不動大橋(湖面2号橋)の下に広がる石川原遺跡。ダムができれば湖面に沈む=長野原町川原湯

八ツ場ダム(長野原町)の建設再開が決まって22日で1年。今も本体工事は着工されておらず、移転代替地の整備とともに周辺で続くのは、県教委の遺跡発掘調査だ。山間地で冬の寒さは厳しいが、水に恵まれ、縄文時代から続く豊かな暮らしがうかがえる。
県教委文化財保護課によると、発掘調査は1994年度にスタート。98億円の調査費用は国が負担し、県、県埋蔵文化財調査事業団との三者で協定を結んでいる。
だが、2009年の政権交代後、水没予定地の調査は中断。移転代替地での発掘は続けたが、全体の約3割が残る。西田健彦・文化財保護課長は「必要な調査は必ずやる」と話す。
川原畑地区の東宮(ひがしみや)遺跡は09年度まで3年間調査。天明3(1783)年の浅間山噴火で埋もれたムラの様子が掘り出された。地区では21軒が泥流に襲われ4人が死亡した。水没予定地で最初に発掘に着手され、ダムができれば湖面に沈む。
同地区で発掘を再開した三平(さんだいら)1遺跡からは平安時代の落とし穴が見つかった。県埋蔵文化財調査事業団はシカやイノシシなどの狩猟用とみる。
中沢悟・八ツ場ダム調査事務所長は「水場に近く、この時代の平均的な遺跡より経済力の高さがうかがえる」。発掘後は道路などになる予定だ。
林地区の上原1遺跡は10月から調査。「長野原町で一番、日当たり良好」という約8千年前の縄文時代の遺跡だ。竪穴式住居跡や土器が次々見つかっている。
ほかにも現地は「遺跡の宝庫」(県教委)だ。
横壁地区の中村遺跡は、約5千年前の縄文中期の200軒以上の住居跡が出現。川原湯地区の石川原(いしかわら)遺跡は縄文、江戸期の大規模遺跡だ。中沢所長は「前橋や高崎などと比べ、山に囲まれた八ツ場は遺跡の密度が濃い」と言う。
ダム見直し派の市民団体「八ツ場あしたの会」と視察した文化財保存全国協議会常任委員の勅使河原彰さんは「なぜ密集しているのか興味があった。
水場に恵まれた場所と納得した」。山梨学院大名誉教授(行政法)の椎名慎太郎さんは「熱心に発掘調査している。水没するのは残念だ」と話した。(小林誠一)

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