水源連:Japan River Keeper Alliance

水源開発問題全国連絡会は、ダム建設などと闘う全国の仲間たちのネットワークです

ホーム > ニュース > 各地ダムの情報

ニュース

各地ダムの情報

水源連の意見書「球磨川大氾濫を受けて球磨川の治水対策をどう進めるべきか」

2020年12月27日
カテゴリー:

川辺川ダムは必要性が希薄で、流水型ダムであっても環境に多大な影響を与えます。

蒲島郁夫・熊本県知事は11月19日に流水型ダムとして川辺川ダムを建設することを容認すると表明しました。

振り返ってみれば、2008年における蒲島知事の川辺川ダムの中止宣言は知事の本意ではありませんでした。

当時、蒲島知事の意思表示の直前に相良村長と人吉市長が川辺川ダムの中止を求めたため、蒲島知事も中止を表明せざるをえなくなったのであって、蒲島知事の当初の思惑は川辺川ダム推進でした。

県民が反対する県の路木ダムの建設を強引に推進し、電源開発の瀬戸石ダムの水利権更新に簡単に同意してきたのが蒲島知事です。

今回の蒲島知事の意思表明で、川辺川ダムは推進の方向に向かう恐れはありますが、様々な手続きがあり、そう簡単に進むものではありません。

川辺川ダムよりもっと重要で、必要とされる治水対策があること、川辺川ダムが流水型ダムであっても川辺川、球磨川の自然に大きなダメージを与えることを訴えていかなければなりません。

川辺川ダムよりもっと重要で、必要とされる治水対策については11月17日に水源連は次の意見書を提出しました。

◆意見書「球磨川大氾濫を受けて球磨川の治水対策をどう進めるべきか」(水源連(水源開発問題全国連絡会))

http://suigenren.jp/wp-content/uploads/2020/11/361f6d973f10e8d2b20ce0e5a6afa36b.pdf

 

◆流水型ダムの問題点については次のまとめをお読みください。

流水型ダム(穴あきダム)の問題点 | 水源連 (suigenren.jp)

 

川辺川ダム計画の復活をストップさせるため、上記2点を訴えていきたいと思います。

流水型ダム(穴あきダム)の問題点

球磨川の治水対策として川辺川ダムを流水型ダム(穴あきダム)にすれば、河川環境への影響を回避できるような話が流れています。

他のダム計画でも、流水型ダムとすることによって、ダムの反対運動を押さえようという事例が多くなりました。

日本における既設の流水型ダム、工事中・計画中の流水型ダムは別紙の

日本の流水型ダム_ 1121をご覧ください。

既設の流水型ダムは益田川ダム、辰巳ダム,西之谷ダム、浅川ダム、最上小国川ダムです。

工事中は、三笠ぽんべつダム、立野ダム、足羽川ダム、玉来ダム、矢原川ダムです。

そして、計画中は、城原川ダム、大戸川ダムです。大戸川ダムは計画がストップしたままです。

また、石木ダムも利水機能がある流水型ダムとして計画されています。

 

しかし、流水型ダムが環境にやさしいという話は怪しげな話です。

別紙の流水型ダム(穴あきダム)の問題点

は以下の項目についてまとめたものです。お読みいただければと思います。

流水型ダムの問題点

1 自然にやさしくない流水型ダム

1-1 水生生物の行き来を妨げる障害物「副ダム」

1-2 濁りの長期化

1-3 ダム下流河川の河床の泥質化

2 流水型ダムの危険性 ―大洪水時には閉塞して洪水調節機能を喪失-

 

なお、既設の流水型ダムで最も大きいのは総貯水容量675万㎥の益田川ダムです。

川辺川ダムの元の計画は総貯水容量13300万㎥、洪水調節容量8400万㎥、堆砂容量2700万㎥でしたから、治水目的だけでつくるとしても、8400万㎥+2700万㎥=11100万㎥の容量になります。

仮に流水型ダムとして川辺川ダムをつくるとすれば、けた違いに大きい流水型ダムとなりますので、どのようなことになるのか、予想が付きません。

 

 

流水型ダムに「一定の理解」 矢上雅義衆院議員(立憲民主党 熊本 4 区)

2020年12月26日
カテゴリー:

矢上雅義衆議院議員(立憲民主党 熊本 4 区)が流水型ダムの川辺川ダムに一定の理解を示すという記事を掲載します。

このHPに掲載するかどうか、迷った記事です。というのは、矢上氏は2001年~08年に相良村長で、川辺川ダム反対を表明していたからです。

2008年に当時の田中信孝・人吉市長と、矢上氏の後任の徳田正臣・相良村長が川辺川ダム計画に反対の意思を鮮明にしたので、それを受けて蒲島郁夫・熊本県知事が川辺川ダムの白紙撤回を表明しました。

いわば、矢上氏は2008年当時の川辺川ダム計画中止の立役者の一人でしたが、その人が今回、川辺川ダム容認に変わってしまったのです。

今年7月の球磨川水害では、球磨川・人吉の 7 月 4 日朝の状況について矢上氏がツィートで水の手橋を撮った録画を流しました。

http://suigenren.jp/wp-content/uploads/2020/11/361f6d973f10e8d2b20ce0e5a6afa36b.pdf

その8 時 40 分の映像を見ると、球磨川の水位は水の手橋の路面を少し下回るレベルになっており、本洪水の規模を考える上で重要な情報を提供していると思います。

そのことはともかく、矢上氏が川辺川ダム容認に変わってしまったのは本当に残念です。

 

流水型ダムに「一定の理解」 矢上雅義衆院議員

(朝日新聞2020年12月23日 9時30分)https://digital.asahi.com/articles/ASNDQ6TLZNDDTLVB004.html

(写真)矢上雅義氏=2020年12月12日午前11時10分、熊本県八代市旭中央通、伊藤秀樹撮影

【熊本】――蒲島郁夫知事は11月19日、川辺川に治水専用の流水型ダムを整備することを軸とした「緑の流域治水」を打ち出しました。2008年には相良村が建設予定地である川辺川ダム計画の「白紙撤回」を表明しています。どう受け止めましたか。

「私も相良村長時代にダムによらない治水を求め、蒲島知事と同じ立場でした。そもそも多目的ダムとしての川辺川ダム計画は利水訴訟福岡高裁での国の逆転敗訴(03年)や電源開発の発電事業からの撤退(07年)で事実上、法的に崩壊していました」

「蒲島知事が初当選したのは08年で、知事に責任はありません。知事がダムを止めたわけではなく、後処理をしただけ。知事がダムを止めたから洪水が起きたという批判はでたらめだ」

「私は相良村長になる前の1997年、多目的ダムの限界が見えていたことから川辺川ダムは治水専用ダムにした方がいいと建設省に申し入れた。流水型ダムを含めた蒲島知事の苦渋の決断は、一定の理解を示せる。ただ、大きく基本方針が変わった以上は、県民から誤解を受けることがないように流水型ダムの具体的な治水効果や球磨川に与える環境影響を丁寧に検証し、情報公開に全力を尽くしてほしい」

――蒲島知事の「白紙撤回」以降、国や県、流域市町村はダムによらない治水の検討を続けてきましたが、抜本的な治水策を実施できませんでした。

「知事だけの責任ではない。知事だけの努力不足ではない。理由は簡単です。ダムによらない流域治水を確立することは国土交通省を全否定することになります。ダムに頼らずに流域治水ができることを示すと、流域市町村長としては国交省に弓を引くことになる」

「市町村長がダムによらない治水対策で知事が何もしてくれなかったと言うのは本末転倒です。責任は市町村長にもある。市町村長が本気になれば、調整池や遊水地、堤防をひくといったことができたはずです」

――川辺川ダム計画は民主党政権時代に計画が中止された。立憲民主党としては。

「民主党ではダム事業の見直しというのが以前あったが、立憲民主党としては地域や地元行政の意向を尊重することになっています。今回の問題に党として介入することはない」(伊藤秀樹)

やがみ・まさよし 1960年、相良村出身。衆院議員(比例九州ブロック、立憲)。93年に日本新党から衆院旧熊本2区で初当選、新進党に参加し96年衆院選で再選。2001年~08年に相良村長。17年の衆院熊本4区で比例復活当選。

 

 

川辺川ダム計画再始動 走る国策、民意置き去り 熊本ルポ

2020年12月26日
カテゴリー:

静岡新聞の記者による球磨川水害問題のルポ記事を掲載します。問題の核心に迫る記事であると思います。

 川辺川ダム計画再始動 走る国策、民意置き去り 熊本ルポ

(静岡新聞2020/12/24 18:24)https://www.at-s.com/news/article/special/sakura_ebi/006/845460.html

  2020年7月3日夜から4日昼にかけて九州地方などを襲い熊本県で65人の死者を出した集中豪雨は、6千戸以上が浸水した球磨川流域を中心に今も深い爪痕を残す。被災を機に、半世紀以上前に球磨川水系最大の支流川辺川に国家プロジェクトとして計画されながら民意で12年間凍結されていた「川辺川ダム」計画が新たに流水型ダムとして再始動し、地元はまたもや国策に翻弄(ほんろう)されている。九州最大級のダム計画はいま、何を問い掛けるのか-。著しい堆砂が進み水害被害が起きている富士川上流部の日本軽金属雨畑ダム(山梨県早川町)の周辺集落などとも共通する課題を抱える流域を12月中旬、訪ねた。(「サクラエビ異変」取材班)

■命が助かるならば
(写真)JR肥薩線トンネルの上部(左奥)によじ登って“九死に一生”を得た老舗旅館「鶴之湯」の土山大典さん=12月中旬、熊本県八代市坂本町

ひしゃげた線路や河川内で大破した鉄橋、2階まで土砂にのみ込まれた住宅-。富士川や最上川(山形県)と並ぶ日本三大急流の球磨川本流を人吉市から球磨村、芦北町、八代市坂本町へと車で走ると、復旧ままならない被災状況が目に飛び込んでくる。穏やかな川は眼下の谷に水面を輝かせているが、高さ数メートルの木には濁流が運んだとみられる大量のごみが絡みついていた。
「川辺川ダムで命が助かるならば作ってほしい。でも、助かると思いますか」。球磨川沿いの八代市坂本町で1954年に創業した木造3階建ての老舗旅館「鶴之湯」。曽祖父が建てた宿を数年前に再生したものの、1階部分などを洪水で流され約1年の休業を余儀なくされている土山大典さん(38)は、川辺川ダムの是非を問われて半ばあきれ気味に答えた。7月4日早朝、急激な増水で胸まで水に漬かり、宿泊客1人とJR肥薩線のトンネル上部によじ登って“九死に一生”を得た。
国土交通省と熊本県は流域12市町が参加するわずか2回の検証委員会で、建設が中止された貯留型の川辺川ダムがあった場合の推計として「人吉市の浸水面積を約6割減らせた」などと結論付けた。蒲島郁夫知事は11月、2008年以降に自ら打ち出した“ダムなし治水”の方針を180度転換し、新たな流水型(穴あき)ダムを建設するよう国交省に要請した。
ただ、中下流の流域住民が被害拡大要因として強調しているのは球磨川本流にある瀬戸石ダムの存在だ。

(写真)2軒の商店があったという場所に供えられた花。建物ごと流された=12月中旬、熊本県球磨村のJR肥薩線球泉洞駅前

■「ある」ことが問題
1958年運転開始の瀬戸石ダムは、旧国策会社の電力大手「電源開発(Jパワー)」が所有する発電用重力式コンクリートダム。2018年3月に本格的コンクリートダムとして全国で初めて撤去された熊本県営荒瀬ダム(八代市坂本町)跡地の約10キロ上流にある。土砂の堆積でたびたび水害を発生させ、住民から撤去要請が続いている。2002年以降、国交省の定期検査で「ダムの安全性及び機能への影響が認められ、直ちに措置を講じる必要がある」とされるA判定を8回連続で受けた。
「当日の川辺川ダム上流の降雨はそれほどでもなかった。川辺川ダムが『ない』ことが問題なのではなく、瀬戸石ダムが『ある』ことが問題」。こう話すのは球磨川のダム問題に長年携わり、今回同行を依頼した自然観察会熊本県連絡会会長のつる詳子さん(71)=八代市=。土山さんは「荒瀬ダムが撤去されていたことが不幸中の幸い。あればもっと水位が上がっていたに違いない」と明かした。

(写真)発電機などの主要設備が被害を受けた瀬戸石ダム。洪水吐ゲートが全開されていた=12月中旬、球磨川

■流れる人を救えず
瀬戸石ダムから約12キロ上流のJR肥薩線球泉洞(きゅうせんどう)駅前には花が供えられていた。ここに2軒の商店が建っていたという。リバーガイドの溝口隼平さん(39)は「夜明けに人が屋根に乗って流されていくのを橋の上から目撃したが、なすすべがなかった」と唇をかんだ。
同じくダム上流の別の地点では、住宅が2階まで土砂に埋まっていた。地形上、堆砂が激しくこれまでもたびたび浸水してきた地区の近隣。住宅は県道から数メートルかさ上げしてあったらしいが、この水害は対応できなかった。
4日未明「過去に経験したことのない(水の)急激な流入量の増加」(電源開発8月12日発表『瀬戸石ダム・発電所の状況について』)で危機的だったとみられる瀬戸石ダム。午前7時までに洪水吐ゲートを全開し、ダム作業員が避難したことは同社が公表しているが、鶴之湯がある坂本地区をはじめとした下流に壊滅的な被害を及ぼした可能性のある放流操作が具体的にどう行われたかは「情報がなく分からない」(複数の住民)という。下流に増水を警告するアナウンスも、どの段階まで放送されたのか人によって認識が食い違うため検証しにくい状態が続いているという。

(写真)激しい水流で流されたJR肥薩線の瀬戸石駅。看板が転がっていた=12月中旬、熊本県八代市坂本町

■人間の行いが原因
「川辺川のアユが球磨川本流と比べても太く、味が濃く育つのは、ダムがなく日本一の清流だから。流水型であっても、ダムが濁りを生めばアユの味は落ちる」。洪水時のみに水をため、ダム本体下部の穴あき部分にゲートを取り付けて下流への放流量を操作する流水型は“環境にやさしい”イメージが先走りするが、川辺川で長年アユ漁を営む小鶴隆一郎さん(70)=人吉市=は先行きを見通せないでいる。「ダムだけでなく、集中豪雨をもたらす地球温暖化も、山の保水力を落とす乱伐も、元はと言えば人間の行い。自然との付き合い方を考えた方がいい」
瀬戸石ダムで何が起きたのか-。球磨川本流の上流に位置する熊本県営の多目的ダム「市房ダム」の放流の影響を指摘し川辺川ダムの効果や必要性を疑問視する住民もいる。ただ、水害を機に目覚めたダム建設という国家事業は流域の民意を置き去りに、一目散に走り始めている。

■紆余曲折 半世紀以上前から
富士川や最上川と並び日本三大急流と呼ばれる球磨川流域はこれまで何度も氾濫してきた。1965年には「五木の子守唄」で知られる五木村など流域が3年連続で大洪水に見舞われ、当時の建設省(現国土交通省)は翌年、川辺川ダムを建設する計画を発表した。
しかし、ダム湖に沈む地元は反発。住民と国との裁判闘争も行われるなか、90年代には下流域でも反対運動が強まりをみせ、「脱ダム」の世論が全国的にも盛り上がりをみせていった。そして、2008年9月、「現在の民意は球磨川を守っていくこと」とした蒲島郁夫知事が「白紙撤回」を表明。当時の民主党政権が09年に中止の方針を決めた。
蒲島知事は10年には球磨川本流にある県営荒瀬ダム(八代市坂本町)の撤去も最終判断。18年3月には本格的コンクリートダムとして全国初の完全撤去が完了。このまま「ダムによらない治水」を進めるかにみえた。
事態が大きく変わったのはことし7月の豪雨による氾濫だ。蒲島知事は11月、白紙撤回と同じ「民意」を引き合いに方針転換。ダム下部に穴あき部分(水路)を設ける「流水型」を国に提案することを表明し、10年以上の期間を経て、川辺川ダム建設計画は再び動き始めた。
地元五木村は08年のダム建設の白紙撤回を受け、水没予定地に村営の宿泊施設を建設した。新たな観光振興策を進めようとした矢先で、地元行政や住民は振り回されている。

■人吉市、相良村は建設反対4割 「賛成」上回る 被災住民アンケート
民間シンクタンクの「マイズソリューションズ」(東京都)と横浜国立大・及川敬貴研究室は11月、今夏の豪雨で被災した熊本県南部の球磨川流域で住民アンケートを実施した。川辺川ダム建設の賛否について、特に被害が大きかった人吉市と川辺川沿いの相良村では、「反対」が4割を占め、「賛成」の3割を上回る結果となった。
アンケートでは、多肢選択式で「川辺川ダムの建設について賛成か、反対か」と聞いた。2市村では「絶対に反対である」「どちらかといえば反対である」の合計が102人中42%(43人)を占めた。一方、「大いに賛成である」「どちらかといえば賛成である」の合計は30%(31人)にとどまった。
複数回答可で「反対」の理由を聞いたところ、「ダムによる自然環境への影響が大きすぎる」(84%)、「ダムには緊急放流の危険が伴う」(77%)―などが多かった。流域出身で同社代表の舛田陽介氏(35)は「大型観光旅館もある人吉市は渓流下りやアユ釣りなど川との関係が深い。『ダムでコントロールできるほど自然は単純ではない』と思っている人も多い」と話す。
アンケートでは、2市村以外の流域住民にも同様に質問した。被害が比較的少なかった八代市街地住民らを含めた307人が回答し、「賛成」が35%(107人)と「反対」の29%(89人)をやや上回る結果となった。ただ、「川辺川ダムの建設について、流域住民との議論・説明は十分になされていると感じるか」と聞いたところ、307人の回答者のうち69%(213人)が「全くもって不十分」「やや不十分」と回答した。
調査はインターネットを使って実施。「サクラエビ異変」のインタビューにも登場し、富士川水系の現状を知る及川敬貴同大大学院環境情報研究院教授と連携して実施した。

流水型ダム「緊急治水」こそ急ぎたい(熊本日日新聞の社説)

2020年12月20日
カテゴリー:

球磨川の治水対策について熊本日日新聞の社説を掲載します。

この社説に書かれている「それは、同じ国、県、自治体による「ダムによらない治水」の協議が、豪雨以前の12年にわたり一向に進まなかった過去であり、現在との著しいスピード感の落差だ。現在の対応がなぜ、多くの人命が失われた後でなければならなかったのか」はその通りだと思います。

蒲島郁夫・熊本県知事は2008年に川辺川ダムの中止を求めたのですから、その後、川辺川ダムなしの球磨川治水対策を早急に実施するようにリードしなければならかったはずです。

ところが、いたずらに12年間を浪費して、今年7月の球磨川水害で多くの方が亡くなる事態を招いてしまったのです。

 

流水型ダム「緊急治水」こそ急ぎたい

(熊本日日新聞社説2020年12月20日 09:58) https://kumanichi.com/opinion/syasetsu/id30101

人間は忘れやすい生き物だという。だが球磨川流域をはじめ県内に甚大な被害をもたらした7月の豪雨は、今も生々しい現実としてある。それから5カ月余りたった18日、国土交通省は熊本県や流域12市町村でつくる流域治水協議会に、蒲島郁夫知事が川辺川に建設を求めた流水型(穴あき)ダムの案を示した。国、県、12市町村の動きは、スピード感をもった対応と受け止めたい。

一方でもう一つ、記憶しておくべきことがある。それは、同じ国、県、自治体による「ダムによらない治水」の協議が、豪雨以前の12年にわたり一向に進まなかった過去であり、現在との著しいスピード感の落差だ。現在の対応がなぜ、多くの人命が失われた後でなければならなかったのか。深く、幅広く見つめ続けたい。

この日の流域治水協議会は、流水型ダムや県営市房ダムの貯水力増強など、ハード、ソフト事業を総動員して、7月豪雨の最大流量に対応できる治水対策を目標とすることを確認した。

このうち川辺川につくるとされるダムは、堤体下部の水路にゲートを付け、洪水時の流量を調節する。従来計画の川辺川ダムと同じ貯水量を維持すれば、従来の農業利水容量を振り替え、洪水調節容量を1億600万トンにできるという。実現すれば国内最大の流水型ダムになる。

半面、特定多目的ダム法に基づく従来計画から、河川法の下での治水ダムへの転換の道筋、建設予定地や工期など、具体的な見通しは示されず不透明なままだ。

加えて気になるのは、来年にも起きるかもしれない豪雨に備えた緊急治水対策が、年明けにしか示されないことである。復興はおろか復旧さえままならない被災者にとって、完成が見えないダムより、まず来年の安心を見込める緊急治水こそ急ぐべきだろう。中長期の治水を急ぐ行政と流域住民の間に、ここでも落差と「なぜ」が生じてはいないか。

11月にダムを含む球磨川の新治水方針を表明した蒲島知事は、その根拠を「民意」とした。しかし、新方針は今も多くの「なぜ」を抱えている。納得できる説明が尽くされ、民意が十分に共感したとは言い難い。

 

↑ このページの先頭へ戻る