安全再考 九州北部豪雨半年
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昨年の九州北部豪雨を取り上げた毎日新聞西部版の連載記事(上、中、下)を掲載します。
この連載記事で談話が紹介されている大学(名誉)教授の3人について若干のコメントをしておきます。
(連載上)群馬大大学院の清水義彦教授は国土交通省本省と関東地方整備局の河川関連の委員会にほとんど名前を連ねる常連で、ダムおよびスーパー堤防の推進論者です。委員会にばかり出席しているので、本業の群馬大学の仕事は大丈夫なのかと思ってしまう人物です。
(連載中)広島大の中根周歩(かねゆき)名誉教授は2000年代前半に行われた川辺川ダム住民討論集会で住民側に立って森林の伐採や人工林の放置が洪水流量の増大をもたらしているという見解を示しました。
一方、(連載中)東京大学の太田猛彦名誉教授は国土交通省の側に立って、川辺川ダム住民討論集会で中根氏と真逆の見解を示しました。森林環境学、 森林水文学を専門とするはずの太田氏が森林の役割を否定したのです。森林学者としての誇りはないのかと思いました。
安全再考
九州北部豪雨半年/上 進まぬ中小河川整備 国予算減、計画策定も困難
(毎日新聞2017年12月26日 西部朝刊)https://mainichi.jp/articles/20171226/ddp/001/040/002000c
今年7月に福岡、大分両県を記録的な大雨が襲った九州北部豪雨は、大量の土砂と大木が中小河川に流れ込み、被害が拡大した。
福岡県朝倉市杷木林田を流れる赤谷川は当時、氾濫し、川の流れが変わってしまった。「家屋は流され、田畑や果樹園が土砂で埋まった。子供のころからの光景は一変した」。地元の元区長、林清一さん(70)は半年前を振り返る。地区では3人が犠牲となった。
国は1997年の改正河川法で、河川管理者に地元住民らの意見を聞き、災害時の被害軽減策などを盛り込んだ河川整備計画を策定するよう求めている。しかし、国は計画策定を期限を定めた義務とはしておらず、赤谷川など氾濫した県管理の15河川で、県は計画を策定していなかった。
昨年8月に岩手県岩泉町で高齢者グループホームの入所者9人が死亡するなどした台風10号豪雨でも、被害を検証した国の審議会が「計画が作成されている河川が少ない」と中小河川の計画策定が全国的に遅れていることを指摘していた。
法改正から20年となる今年1月時点で、都道府県管理の2級河川全国2713水系のうち、策定済みは479水系で全体の2割に満たないことが国土交通省のまとめで判明。国管理の1級河川は109水系のうち103水系が策定済みで、中小河川への対応の遅れが数字となって表れた。
ただ、自治体も頭を抱えている。計画を作れば、20~30年後の整備目標に向けた改修工事が続き、予算の確保を伴う。中小河川が多い北海道の担当者は「早く策定したいが、予算が限られている」と漏らす。
赤谷川のような1級河川の支流も含めて中小河川は全国に約2万河川あるが、都道府県への交付金を含めた国の治水関係予算は、河川法を改正した97年度の1兆3698億円をピークに、2017年度は7956億円まで減少。自治体の厳しい懐事情を物語る。
「安全が確保されなければ住むことはできない」と林さんは訴え、川幅を約2倍に広げる赤谷川の改良復旧を求めている。県河川課の担当者は「豪雨被害を踏まえた整備計画を早急に作成したい」としている。
群馬大大学院の清水義彦教授(河川工学)は「連続堤防を整備することは基本だが、どうしても時間や予算がかかる。集落を囲むような輪中堤防の設置や避難のための施設整備がソフト対策と一体となって機能する。メリハリをつけた整備計画が大切だ」と話す。
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福岡、大分両県で39人が犠牲となり、今も2人が行方不明の九州北部豪雨は、来月5日で発生から半年となる。いまだ被害の爪痕が生々しい被災地から災害への備えを改めて考える。
安全再考
九州北部豪雨半年/中 放置森林、対策急務 砂防ダム越える流木、土砂
(毎日新聞2017年12月27日 西部朝)刊https://mainichi.jp/articles/20171227/ddp/041/040/017000c
福岡県朝倉市の山あいにある砂防ダムが、おびただしい量の流木をせき止めていた。豪雨から1カ月がたとうとする7月末、同市菱野の区会長、妹川正隆さん(68)は、その光景に息をのんだ。ダム下の妹川さんの集落87世帯は一部で浸水被害はあったが、犠牲者は出なかった。
「もしダムがなかったら……」。想像するだけで今も身震いする。
九州北部豪雨では、山間部で多数の土砂崩れが発生した。国土交通省は、現地調査で砂防ダムが流木や土砂をせき止めている事例を確認。流木被害を防ぐために全国で砂防ダムの整備を進める方針を打ち出し、対策に乗り出している。
しかし、過去の豪雨災害を上回る短時間に集中した記録的な大雨は、新たな課題も突き付けた。
砂防ダムだけでは防げなかった流木が川伝いに集落を襲っていた。同市黒川の疣目(いぼめ)川上流では、砂防ダムが土砂や流木を捉えたが、下流の集落では崩れた家屋や土砂に埋まった車が今も残されている。被災地を調査した九州大大学院の水野秀明准教授(砂防学)は「砂防ダムは一定の効果を発揮したものの、予想外の斜面が崩れ、想定を上回る量の流木と土砂が発生した地域もある」とみる。
どうすれば流木被害を抑えられるのか。今回の豪雨では、地中3メートル以上の根が届かない深さで山腹崩壊が起き、森林が整備された場所でも崩れたと林野庁は指摘する。しかし、広島大の中根周歩(かねゆき)名誉教授(森林環境学)は「森林を手入れして根の抵抗力を高めれば、表層崩壊は防ぐことができ、流木量を減らすことはできる」と述べ、放置森林が増えてしまえば、被害はさらに拡大すると警鐘を鳴らす。
ただ、放置森林の拡大は深刻だ。1980年は約14万6300人いた林業従事者が、2015年には4万7600人とほぼ10万人減少。林野庁の今年4月の調査では、全市区町村の約8割が民有林の森林整備が行き届いていないと回答した。
国は広島市などで先行例がある、放置人工林を公的に管理する「森林バンク」制度や、森林管理の財源にあてる森林環境税を創設する方針を固めた。制度や税の活用も含めて多角的な流木対策が求められる。
東京大学の太田猛彦名誉教授(砂防学)は「行政だけでなく、地域住民や林業者などさまざまな立場の意見を取り入れ、総合的な対策を講じることが必要だ」と指摘している。
安全再考
九州北部豪雨半年/下 困難な避難情報判断 地域自ら防災計画を
(毎日新聞2017年12月28日 西部朝刊)https://mainichi.jp/articles/20171228/ddp/041/040/025000c
九州北部豪雨では41人が死亡・行方不明となり、福岡県朝倉市では一部住民から避難指示の遅れを指摘する声も上がった。しかし、近年は局所的な豪雨が相次ぎ、避難情報を出す判断が難しくなっている。
「そこにあった家の浸水を防ごうとしたんですが、濁流がすごくて」。朝倉市杷木志波の平榎地区の区長、日野和広さん(58)は、がれきが残る集落で指をさした。その家は流された。日野さんらは当時、避難指示の前に危険を察知していた。
浸水被害の連絡を受けたのは7月5日午後0時半ごろだった。5年前も浸水した家だったが、到着すると大量の濁流が流れ、前回との違いを直感した。避難指示が出る1時間以上前の午後4時ごろ、一緒にいた約10人と高台に避難。他の住民にも声を掛け、地区の約100人全員が無事だった。日野さんは「自分たちの感覚で避難した」と振り返る。
災害時にどのタイミングで避難するか。内閣府が2010年に調べたデータがある。全国1916人に聞いたところ「避難勧告などにかかわらず自分で判断する」と回答したのは2割。横浜市の15年の調査でも自主的に避難するとの回答は2割弱にとどまった。京都大の矢守克也教授(防災心理学)は「本当に危ない時だけ行政や気象庁から警告が出るという期待はできない。避難を独自に判断する『マイスイッチ』が必要だ」と指摘する。
独自に取り組む地域がある。「度会(わたらい)橋の水位が、むらさきの線(避難判断水位)を超えました」。三重県伊勢市の中島学区で10月22日夜、住民約160人にメールが届いた。台風21号に伴う大雨に見舞われ、住民団体が情報を発信。地域でなじみ深い橋の橋脚の色を生かし、危険度を表現する。14年に京都大防災研究所が支援して始まった取り組みだ。
岐阜県高山市では、24時間雨量が200ミリを超えると、市立栃尾小学校に設置されたモニターに「危険です」と赤い表示が出る仕組みがある。松井健治教頭は「避難への意識が高まった」と話す。
こうした地域の取り組みはまだ少ない。兵庫県立大の阪本真由美准教授(防災教育)は「防災は行政の役割だと考えている人が多いが、もともとは地域の人が義務として取り組んでいたものだ。各地域は自分たちの問題として防災計画を作るべきだ」と指摘する。
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この連載は山下俊輔、川上珠実、遠山和宏、中村敦茂が担当しました。
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