「新たな『ダム洪水対策』の課題」(時論公論)
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政府の方針として出された「ダムの事前放流」についてNHK持論公論による解説を掲載します。
分かりやすい解説であると思います。
「新たな『ダム洪水対策』の課題」(時論公論)
(NHK 解説アーカイブス2020年06月05日 (金)) http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/430407.html
松本 浩司 解説委員
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大雨への警戒が必要な時期を迎えましたが、今月から全国のダムの運用が大きく変わり、これまで洪水対策に使われていなかった水道用や発電用などのダムも防災の役割を担うことになりました。毎年続く豪雨災害を受けたもので、洪水のリスクを下げることが期待される一方、課題も少なくありません。
▼ダム運用はどう変わるのか
▼効果はあるのか
▼水不足と防災態勢など課題について考えていきます。
【大きく変わるダム運用】
ダムには水道水用や農業、工業用水用、発電用、治水用、それに複数の用途を兼ねた多目的ダムとさまざまな種類があります。その数は全国で1500近くになりますが、治水、つまり洪水対策に使われているものは実は4割にとどまっています。
政府は台風19号など洪水被害が相次いだことから、残り6割のダムも洪水対策に活用することめざし、まず重要な河川である一級水系にある955のダムのうち治水目的以外の620のダムと協定を結び、今月から新たに洪水対策にも使うことになりました。
その運用方法です。台風などで大雨が予想されたとき3日前から「事前の放流」を始めてダムの水位を普段より下げておきます。そして大雨が降った時に上流から流れ込む大量の水をためて放流する水の量を減らし、下流の川の増水を抑え氾濫を起こりにくくしようというものです。
【どのくらい防災効果があるのか】
どれくらいの防災効果が期待できるのでしょうか。
国土交通省は、多目的ダムでの増加分もあわせ、大雨に備えて確保できるダムの空き容量がこれまでの2倍近くになるとしています。
また下げることのできる川の水位について、すでに防災運用を始めている発電専用ダムの例をあげています。
紀伊半島の熊野川にある風屋(かぜや)ダムと池原(いけはら)ダムでは、昨年の台風10号のとき事前に放流をして容量の3割を空けて備えました。ここでは川を掘り下げる対策もとっていて、国土交通省はそれらによって下流の川の水位を、何もしなかった場合にくらべて1.3メートル下げる効果があり、ぎりぎりのところで住宅の浸水を防いだと説明しています。
このように増水のピークを下げるほか、氾濫が起きてしまった場合も発生を遅らせ、避難する時間を稼ぐことができるといいます。
【課題① 水不足のリスク】
一方、課題も小さくありません。
まず、水不足にならないように運用できるかです。
事前放流をするかどうかの判断は気象庁によるダム上流の降雨予測に基づきます。ダムごとに基準が決められていて、それを超える大雨が予測されたら3日前から放流を始めます。しかし実際に雨が降らずに「空振り」になった場合、水不足につながる恐れがあります。ダムを管理している自治体や農業団体、電力会社はこれをたいへん心配しています。
<VTR>
多摩川の上流にある小河内ダムです。東京都が管理する水道水用のダムですが今月から洪水対策にも活用されることになりました。
多摩川の下流では去年の台風19号のとき市街地や超高層マンション街が浸水する大きな被害が出ました。多摩川上流には洪水対策用のダムがひとつもないことから水道水用の小河内ダムに洪水対策機能を持たせることに防災関係者は強い期待を寄せています。
その一方で都民の貴重な水源のひとつだけに、事前放流したものの予測が外れたときに水不足にならないか心配する声があがっています。
最近、全国で渇水が起きたのは4年前ですが、このときの小河内ダムの貯水量を示したグラフです。6月に入って雨が降らずに急激に減少しましたが、その後回復して持ちこたえ、給水制限は行われませんでした。
仮に、新たな運用基準で求められる量の事前放流を6月に行ない、予測が外れ雨が降らなかったらどうなるのでしょうか。貯水量の曲線は大きく下がります。
これを平成最悪の渇水だった平成6年と比較します。この年は2か月近く給水制限が行われ市民生活に大きな影響が出ましたが、ほぼ同じ水準になります。これは極端な想定ですが、
東京都の担当者は「予測の精度がわからない」として不安を抱いています。
国は水不足になった場合、自治体などが対策にかかる費用を補償するとしていますが、市民生活や農業などに大きな影響がでることは避けられません。
スーパーコンピュータやAIも使い降雨予測の技術は急速に進歩していますが、ダムの集水域ごとの雨量を正確に予測するには高い技術が必要で、その精度が運用の大きなポイントになります。
【課題② 防災態勢の整備】
もうひとつの課題は防災態勢です。
新たな運用で増水や氾濫を遅らせることになりますが、下流の住民から見ると雨がおさまってから川が増水するなど警戒が必要なタイミングが変わることになります。
また下流で急激な増水が起こるリスクも指摘されています。
ダムの構造は千差万別ですが、中小規模の防災用でないダムは複雑な放流操作はできません。運用も、これまでは高い水位のまま大雨を迎え、すぐに満杯になって上流からの水をそのまま流していたところが少なくありません。つまりダムがない状態に近く、下流は大雨が降るとすぐに増水していました。
しかし今後、事前に水位を下げ、流入した雨水を貯えるようになると、その間は下流の水位が低く抑えられますが、ダムが満杯になって大雨が続くと一気に大量の水が流れ下ることになります。それまで抑えられていただけに急激に増水することになるのです。
このように今までは特段の操作をしていなかったところで水量のコントロールが行われるようになるわけで「情報」がとても重要になってきます。
ダムを管理する都道府県や電力会社、土地改良区などと川の管理者、流域の市町村がこれまで以上に連携することが求められます。「あとどのくらいでダムが満杯になるのか」、「いつどのくらい放流するのか」などの情報をリアルタイムで共有し、住民への避難情報を的確に出せるように防災体制を強化する必要があります。
【まとめ】
この取り組みは気候変動による豪雨の増加が指摘されるなか、今ある社会インフラであるダムをいわば「総動員」して被害を少しでも小さくしようというもので、狙いは評価できると思います。
ただ、新たに大きな費用はかかりませんが、ダムを運用する現場は新たな負担と責任を引き受けることになります。また降雨予測の精度や、事前放流で川ごとにどのくらい水位を下げることができるのかが示されておらず、効果が見えにくくなっています。実際に運用を進める中で検証を重ね、効果を高めていく必要があります。
一方、私たち住民の側も、ダムと人の操作によってリスクが下がり守られていること、そしてその効果には限界があることも十分理解したうえで、大雨の際の避難など身を守る方法を考えておくことが大切だと思います。
(松本 浩司 解説委員)
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