九州豪雨1年 球磨川の治水対策、前途多難 ダム「10年かかる」
2020年7月の熊本豪雨から1年、球磨川の治水対策が前途多難になっています。その記事を掲載します。
10年もかかるという流水型ダム(川辺川ダム)はやめて、ダム無しの治水対策の推進に全力を傾けるべきです。
九州豪雨1年 球磨川の治水対策、前途多難 ダム「10年かかる」
(毎日新聞 2021/7/6 17:00)https://mainichi.jp/articles/20210706/k00/00m/040/165000c
浸水した自宅脇で建設中の温室前に立つ大柿章治さん。周辺は遊水地の候補地だが「自分たちにも生活がある」と語る=熊本県人吉市で2021年6月9日午後4時26分、西貴晴撮影
2020年7月の九州豪雨で氾濫した熊本県の球磨川流域では50人が犠牲になった。国と県は豪雨後、遊水地や田んぼダムなど複数の対策を組み合わせ、流域全体で水害を軽減する「流域治水」への転換を打ち出したが、実現には住民らの協力が欠かせない。復活が決まった支流の川辺川でのダム建設には環境への懸念の声も上がる。「暴れ川」として恐れられ、氾濫を繰り返してきた球磨川の治水対策は待ったなしだが、前途は多難だ。【平川昌範、西貴晴】
遊水地候補地「今のままでは中ぶらりん」
「5年先、10年先のことを言われてもこっちにも毎日の生活がある」。豪雨後に遊水地の候補地となった人吉市中神町の大柿地区に住む大柿章治さん(75)は困惑を隠せない。
農家など約50世帯が暮らしていた大柿地区は近くを流れる球磨川の氾濫でほぼ全域が水没。大柿さんの家も2階の天井近くまで水につかり親戚宅などに避難したが、豪雨から2カ月後に修理を終えて戻った。現在は、豪雨前に手がけていたマンゴーなどの栽培を再開するため、自宅脇で温室も再建中だ。
だが仮に遊水地になれば、せっかく再建してもいつまで暮らせるか分からない。遊水地は洪水時に川の水をあえて流し込んで一時的にため、下流の被害を軽減する仕組みだ。普段は農地として利用してもらい、被害が出れば補償する「地役権補償方式」と、用地を買収して深く掘り洪水時に水をためるためだけに使う「掘り込み方式」があるが、いずれにしても住民は移転を強いられる可能性がある。
国土交通省は遅くとも29年度までに流域で600万トン分の遊水地を整備する方針で、候補地の一つの大柿地区では2月に地元説明会を開いた。ただ、具体的な進め方や整備時期は示されておらず、地区には方針が決まるまで自宅の再建に着手できないという住民もいる。大柿さんは「今のままでは中ぶらりんだ。今後どうなるのか早くはっきりしてほしい」と訴える。
穀倉地帯でもある球磨川流域では、大雨時に水田に水を一時的にためる「田んぼダム」も有力な治水策の一つだ。今ある水田をそのまま活用できるメリットがあり、県は今年度から流域の270ヘクタールの水田で実証実験を始めた。実験に協力する湯前(ゆのまえ)町の那須博幸さん(52)は「下流で親戚が被災したこともあり貢献したい」と語る。一方で手がけている米の有機栽培への影響も心配だと明かした。
ダムや堤防などの従来のハード対策だけでなく、場合によっては住民にも負担を強いながら流域全体で水害を減らす、こうした取り組みは「流域治水」と呼ばれる。豪雨被害が頻発する中、国が20年7月に打ち出し、今年3月までに全国109の1級河川などで「流域治水プロジェクト」が策定された。球磨川では復活が決まったダムを軸に遊水地や田んぼダムの整備、河川掘削、川幅を広げる引堤(ひきてい)、既存の市房ダムの再開発などが盛り込まれた。
国は豪雨後、仮に川辺川ダムがあれば、被害の大きかった人吉地区の浸水面積を約6割減少させられたものの、氾濫自体は避けられなかったとの推計を公表した。そうした中、流域治水が絵に描いた餅とならないようにするにはどうすればよいのか。熊本県立大の島谷幸宏特別教授(河川工学)は「地域の将来像を住民自身がどう描こうと考えているのかも重要だ。国は治水案を一方的に説明するのではなく、住民の意向を丁寧に吸い上げてほしい。大きな被害があった球磨川でうまくいけばモデルケースになるはずだ」と話す。
環境アセスに時間、見えぬ着工
球磨川流域で進める遊水地や田んぼダムの整備が実現したとしても、ためられる水はそれぞれ数百万トン規模にとどまる。中止前の計画で1億600万トンの容量がある川辺川のダムが、国や熊本県が目指す治水対策の中核であることに変わりはないが、豪雨から1年がたった今も着工時期は見通せず、完成までには紆余(うよ)曲折も予想される。
蒲島郁夫知事が08年に川辺川ダム計画の白紙撤回を表明し、翌年、旧民主党政権が中止を決定する前に、予定地では用地取得や家屋移転、道路の付け替えがほぼ終わっていた。そのため、従来計画のままならば比較的早く着工できたが、蒲島知事は豪雨後、建設を容認する一方で、普段から水をためる従来計画の「貯水型」の多目的ダムより環境への影響が小さいとされる「流水型」での建設を国に要望。流水型ダムは、普段はそのまま水が流れ大雨時だけ水をためる構造で、国は一から設計をやり直すことになった。
環境影響評価(アセスメント)のための時間も必要になった。従来計画のダムは、大型公共事業にアセスの実施を義務づける1999年の環境影響評価法の施行前に道路の付け替えなどの工事が始まったため、ダムの形状を変えたとしても法律上はアセスが不要だった。だが、環境保全を重視する知事はアセス実施も要望。赤羽一嘉国交相が5月、知事の求めに応じてアセスを実施すると発表した。
川辺川は全国で最も水質が良好な川とされる。また、予定地周辺では絶滅が危ぶまれるタカ科の鳥「クマタカ」が確認されているほか、ダムにより水没する恐れがある五木村の洞窟には希少なコウモリや昆虫が生息。6月16日にオンラインで開かれたアセスの委員会初会合では、動物や植物など各分野の専門家から環境への影響を懸念する声も上がった。今後、従来計画が中止になった大きな理由でもある環境問題が再燃する可能性はある。
国交省の担当者は「現時点でダムの完成時期は示せない」と話すが、設計やアセスで着工まででも数年はかかるとみられ、流域自治体の間では「完成まで10年はかかる」との見通しが一般的になりつつある。
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