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鬼怒川決壊1年 「国の失政」疑念今も

2016年12月26日
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12月26日 旧・建設省は2000年に「河川堤防設計指針(第3稿)」をつくって、耐越水堤防(フロンティア堤防)の普及を図ろうとしました。しかし、耐越水堤防が川辺川ダム等のダム事業の推進の妨げになると見た国交省はこの指針を2002年に撤回しました。

安価な耐越水堤防の普及が進められていれば、昨年9月の鬼怒川水害の堤防決壊を防ぐことができていたかもしれません。
この問題を取り上げた記事を掲載します。

<取材ノート いばらき2016>鬼怒川決壊1年 「国の失政」疑念今も

(東京新聞2016年12月26日)http://www.tokyo-np.co.jp/article/ibaraki/list/201612/CK2016122602000165.html

(写真)鬼怒川決壊から1年の今年9月10日、決壊現場に集まり手を合わせる地元住民=常総市で

写真

 「計画規模を超えた洪水による被害を最小限に抑え、危機的状況を回避する」「越水に対しても、破堤しにくい堤防の整備が求められる」

 一見すると、常総水害の鬼怒川決壊についての記述に思える。しかし、これらは十年以上前、旧建設省が毎年、白書に繰り返し書いていた内容だ。国は当時から、今回のような堤防の決壊を危惧し、対策の必要性を指摘していた。

 鬼怒川決壊は、川の水が堤防を越える「越水」によって、住宅地側から崩れたのが原因。堤防決壊は、より大量の水が住宅地に流れ込み、勢いも強く、被害は大きい。鬼怒川決壊の現場では、一人が亡くなり、住宅数戸が流失した。

      ■

 多くの識者は常総水害を「想定外の雨が原因」としたが、国土交通省OBは「国は『想定外の雨』を想定していた」と語った。

 ダムは上流で水を貯(た)め、川に流れる水量を減らす。しかし、想定以上の雨で貯水能力を超えれば、川の水位は上がる。堤防を越える「越水」が起き、堤防決壊の可能性が高まる。

 このため、建設白書は一九九六年から五年連続で、想定外の雨や越水対策の必要性を明記。二〇〇〇年、決壊しにくい構造の「フロンティア堤防」の設計指針が全国に通知された。全国で整備が計画され、四つの河川で完成した。

 しかし、〇二年に設計指針の通達は急に撤回され、フロンティア堤防の整備は立ち消えに。白書に撤回理由は書かれていない。

 取材を進めると、複数の国交省OBや学識者は「当時、ダムの反対運動が激しく、堤防強化がダム不要論につながるのを恐れたため」と証言した。

 国交省の担当者は「効果がはっきりしないため」と説明した。「経過があまりにも不自然だが」と尋ねると、「過去に、そういう取り組みをした人たちがいたのは承知している。見解の相違」と話し、歯切れが悪くなったように感じた。

      ■

 発生から一年後の今年九月、決壊現場で開かれたイベント会場を訪れた。国交省が、ダムがなかった場合の被害予想図を展示していた。浸水面積はもっと広かったはず、とダムの効果をPRしていた。一方、堤防が決壊しなかった場合の被害予想は、分かっていないという。

 国交省は現在、鬼怒川で堤防の集中整備を進めている。しかし、「決壊しにくい構造の堤防にしないと、また同じことが起きうる」と訴え続けている国交省OBもいる。

 鬼怒川決壊では避難指示をめぐる常総市の混乱が問題になり、堤防強化を撤回した国の政策転換は、注目されなかった。決壊は、河川政策の間違いの証明ではなかったのか。十分に検証されたとは思えず、疑念は今も消えない。 (宮本隆康)

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 二〇一六年もあとわずか。今年県内で起きた出来事を記者が取材ノートをもとに振り返る。

米国西部でダム3基撤去へ、自然再生めざす 生態系にもたらす恩恵が大きいダムを優先

2016年12月5日
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12月5日 米国のダム撤去についての記事を掲載します。
日本で撤去工事が進められているのは、熊本県・球磨川の荒瀬ダムだけです。残念ながら、荒瀬ダムに続くダム撤去の話がありません。
環境

米国西部でダム3基撤去へ、自然再生めざす

生態系にもたらす恩恵が大きいダムを優先

NATIONAL GEOGRAPHIC2016.12.02http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/c/120100019/
(写真)カリフォルニア州ベンチュラ郡のマティリヤ・ダムは、既にその役割を終え、川を自然な状態に戻すために撤去される予定だ。(PHOTOGRAPH BY RICH REID, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)

 米国ワシントン州の中南部に住む先住民ヤカマ族は、あと10年もすれば、昔のように伝統のサケ漁ができるようになるはずだ。

 ただしそのためにはまず、ネルソン・ダムを撤去しなければならない。ネルソン・ダムは、ヤキマ川最大の支流ナチェズ川にある高さ2.4メートルの分水ダム。1920年代に建設されたが、現在は使われていない。ところがこのダムがあるために、サケの遡上が阻まれているという。(参考記事:「ダム撤去でサケは戻るか? アメリカ」

 ダム撤去を支持する人々は、2020年までに撤去工事を完了したいと願っている。実現すれば、魚や川の栄養分が下流へ運ばれるほか、洪水の危険性も低くなる。

 意外に思えるかもしれないが、ダムがなくなることで川の水量が増し、地域の気候回復力が高まるだろうと、ウィリアム・アンド・フローラ・ヒューレット財団で環境プログラムを取りまとめるマイケル・スコット氏は期待を寄せる。なぜなら、ダム湖に水を貯めたままにしておくと多くが蒸発して量が減ってしまうが、その水を下流へ送ってやれば、天然の帯水層へ水を補給することができるからだ。(参考記事:「干ばつが招く地下水の枯渇」

【動画】ダムがなくなった川に魚たちが戻ってきた(解説は英語です)。

 ネルソン・ダム撤去計画は、ヤカマ族と地元自治体、州政府、連邦政府の共同事業だ。ヒューレット財団が支援する3つのテストケースのひとつであり、ダム撤去への寄付金としては最高額となる5000万ドルを提供する。

 財団としては、ネルソン・ダムのように、撤去することで生態系にもたらす恩恵が大きいダムを最優先にしたいとスコット氏は言う。また、ダムが「無用の長物」と化していることも条件だという。つまり、既にダムとしての役割を終え、かえって周辺環境へ害を及ぼす恐れのあるダムを対象とする。

 このようなダムは、全米で1万4000基以上存在する。2020年までに、70%以上の米国のダムが築50年を超え、その多くが撤去候補となりうる。実際、ダム撤去の動きは広がり、現在も年間数十基が取り壊されている。問題は工事に莫大な費用がかかることだが、一方で古いダムを維持し、新しい基準に合わせて改修工事をするにもやはり巨額の費用が必要だ。(参考記事:「米国に広がるダム撤去の動き」

 これは、ただダムを取り壊すというだけの話ではないと、ヤカマ族の天然資源問題担当のフィリップ・リグドン氏は言う。環境と地域社会に最大限の恩恵をもたらすには、例えば当地のヤキマ盆地30年計画のように、より大きな環境再生計画の一環として撤去作業を進めるべきだという考えだ。ヤカマ族は1960年代、連邦政府との合意で、地域に生息する魚の半分を捕獲する権利を得たが、魚自体が存在しなければ、権利だけを所有していても何の意味もないことに気付いた。

 そこで政府や非営利団体と協力して、2011年には築100年近い高さ38メートルのコンディット・ダムを撤去した。それからわずか数カ月で、川にはニジマスが戻ってきたという。

(写真)魚の生息地を取り戻すために撤去されたオレゴン州ローグ川のサベージ・ラピッズ・ダム。同じく、ローグ川にある他のダムも間もなく取り壊される。(PHOTOGRAPH BY JOEL SARTORE, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)

映画にもなったマティリヤ・ダムの例

 もうひとつ、ヒューレット財団の支援で近いうちに取り壊しが予定されているダムが、カリフォルニア州ベンチュラ郡にある高さ51メートルのマティリヤ・ダムである。「ダムネーション」というドキュメンタリー映画で取り上げられ、巨大なハサミでダムの壁をふたつに切ろうとしている落書きが登場する。ベンチュラ川の支流に1947年に建設されたが、大量の泥が沈殿し、そもそもの目的である農業用水の確保がもはやできなくなっている。

【動画】映画「ダムネーション」より。ダムができる前のアリゾナ州グレンキャニオン (解説は英語です)。

 ベンチュラに本社を置くアウトドア用品のブランド「パタゴニア」は、ヒューレット財団やその他の団体と協力して、2020年までにダム撤去に必要な資金集めを行っている。実現すれば、カリフォルニア州史上最大のダム撤去工事となる。(参考記事:「米最大のダム撤去計画、解体作業始まる」

「マティリヤはパタゴニア本社のすぐ近くにあって、ぜひとも取り壊すべきだと考えています」と、同社の環境問題担当副社長、リサ・パイク・シーヒー氏は言う。川にすむ魚やその他の生き物はもちろん、釣りや川下りを楽しむ人々のためにも、「自然な環境を取り戻したいと願っています」(参考記事:「ダムの壁に張り付き、塩をなめるヤギ」

ローグ川の場合

 ヒューレット財団の第3のターゲットは、オレゴン州南西部を流れるローグ川の盆地に建設された、複数の小規模ダム群と関連の構造物である。本流の一部は連邦政府の保護区に指定されているものの、その他の場所にある構造物は、既に本来の役割を終え、かえって魚や養分の流れを阻害している。

 財団は、ローグ盆地パートナーシップおよびローグ川流域評議会と協力して、向こう10年間で最大50カ所のダムや障害物を撤去する計画を立てている。支援者らは、大きな意味のある第一歩であるとしながらも、まだ先は長いと話す。

 ダム撤去の目的は、水、そして自然環境の再生であり、世間の関心は強いとスコット氏は言う。「それに、撤去には爆破工事が伴うとなれば、注目度が高まります」

五木村と川辺川ダム 終わらない物語

2016年10月1日
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川辺川ダムと五木村の現状についての最新の記事を掲載します。

五木村は川辺川ダム計画に翻弄され続け、まさしく苦難の道を強いられてきました。そして、川辺川ダム計画は政府の方針としては中止ですが、法的にはまだ中止されておらず、国交省は川辺川ダム計画の復活を虎視眈々と狙っています。

五木村と川辺川ダム 終わらない物語

(朝日新聞熊本版2016年9月30日)

※ 著作権の関係で削除しました。

常総はいま 鬼怒川決壊1年(連載記事) (東京新聞茨城版 2016年9月13~15日)

2016年9月19日
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昨年9月の台風18号では鬼怒川下流部で堤防が決壊し、常総市を中心に凄まじい被害を受けました。鬼怒川水害は深い傷跡を残しています。被災地の現状をとらえた東京新聞茨城版の連載記事(上)(中)(下)を紹介します。

総はいま 鬼怒川決壊1年(上) 「みなし仮設」適用残り1年

(東京新聞茨城版 2016年9月13日)

(写真)水海道地区の幹線道路沿いに広がる、レストランや住宅が解体されたままの空き地=常総市で

「みんな戻ってきてほしいからね。空き地のままでは寂しい」。鬼怒川の決壊現場で十世帯の住宅が流されたり傾いたりして、広い更地になったままの常総市三坂町の上三坂地区。八月下旬の夕方、雑草が生い茂らないよう、区長の秋森二郎さん(69)が一人で除草剤をまいていた。

 自宅を失い、市内のみなし仮設住宅で暮らす前区長の渡辺操さん(71)が、車で立ち寄った。ねぎらうように秋森さんに缶コーヒーを差し出した後、嘆いた。「とにかく二年じゃあ、どうにもならないよな」

 全壊の十世帯は、いずれも市内や近隣市内で、公営住宅や民間住宅を借り上げた「みなし仮設」で生活する。制度上、適用期間は原則二年で来年秋までだ。

 「先祖代々ここに住み、墓もある。みんな、やっぱり戻りたい。期限までに自宅を完成させるなら、来年五月ごろに着工したいが、みんな、それまでに着工できるかどうか。六十歳を過ぎたらローンも組めない」と渡辺さんは心配する。

 市によると、避難生活を続ける市民は九月八日現在、七十八世帯の百九十六人。市幹部も「一年後も住宅のめどが立たない人は多いだろう。数世帯なら市営住宅でいいが、何十世帯も、どこに入居してもらえばいいのか」と懸念する。

 渡辺さんは、みなし仮設の期間延長を行政に求めようと考えている。

     ◇

 市によると、人口は八月末現在、一年前より八百三十四人減った。うち日本人は千六十八人減少した。

 外国人は、逆に二百三十四人増えた。支援団体によると、自宅アパートの浸水で市外へ転出した人も多いが、人材派遣会社から次々と別の外国人が派遣されてくるという。

 浸水被害が大きかった地区には今も、建物を解体したままの更地が点在する。アパートの多い地区は、人口減少が目立つ。

 常総市森下町の自治会加入者は、五百一世帯から三十世帯減った。区長の男性は「加入していないアパート住まいの世帯も多い。市の広報紙を配ると、大量に余る。減ったのは百世帯ぐらいだろう」。

 被災者を支援するNPO法人「コモンズ」の横田能洋(よしひろ)代表(49)は、市外の親族の家に移ったお年寄りの女性をよく覚えている。

 女性はコモンズの活動拠点の近くで一人暮らしをしていて、自宅が床上浸水した。大勢のボランティアが片付けてくれた。しかし、敷地が借地だったこともあり、自宅の修理をあきらめ、住み慣れた土地を去ったという。

 コモンズは現在、空き家を生かし、高齢者ら向けの「見守り付き共同住宅」を計画中。横田さんは「つくば市のアパートに入れたからいいとは思わない。自宅は無理でも、せめて近くに安心して住める環境をつくりたい」と考えている。

 昨年九月の常総水害から一年がたった。被災地の今を探った。 (宮本隆康)

  ■

常総水害 昨年9月の関東・東北水害で、常総市内で鬼怒川の堤防が決壊したり、水が堤防を越えたりしたため、市域の約3分の1に当たる約40平方キロメートルが浸水。約10日間にわたり広範囲で水に漬かったままになった。4000人以上が救助され、市内で2人が死亡、44人が負傷。住宅5023棟が全半壊した。


常総はいま 鬼怒川決壊1年(中) 人口減や買い控え続く 

(東京新聞茨城版 2016年9月14日)

 写真)シャッターを閉めた店舗が目立つ中、「がんばろう常総」ののぼりが掲げられた商店街=常総市で

「当面の間、夜の営業は金、土、日曜のみにします」。常総市森下町のそば店の入り口に、張り紙がある。「店を開けても、平日の夜は全然お客さんが来ないから」と、店主の名取勝洋さん(63)が語る。

 店は一年前、胸の高さまで浸水した。名取さんは「一カ月で営業再開」を目標にした。床や壁などを交換し、知人に片付けを手伝ってもらい、自分で壁の塗装もした。目標通り、十月十日に再開できた。

 「十一月に一週間、試しに夜、営業したが、全然駄目だった」と振り返る。町内はアパートが多く、水害で百世帯が引っ越したとも言われる。日中は県外からも客が来てにぎわうが、地元住民が主になる夜は、以前の客足は戻っていない。

 商工業を担当する市職員は「多くの市民が何百万円もかけ、自宅を直したり車を買い替えたりした。買い控えが広がり、小売店や飲食店は売り上げが落ちている。人口が流出した地区は特に厳しい」と指摘する。「私だって車二台が水没した。妻に『飲みに行っている場合ですか』と言われれば、返す言葉がない」

     ◇

  市商工会によると、二〇一五年度に退会した会員企業は八十七社。このうち約四十社は、水害が原因の廃業とみられる。

 経営指導員は「経営者が高齢で後継者がいなければ、水没した機械などを買い替えても、費用を回収できない。大多数は、家族経営の小規模な零細企業。水害で廃業が十~十五年ほど早まった」と説明する。

 水害から一年たったが、今になって「やっぱり廃業する」と断念する企業もあるという。再開した企業も、市内の得意先も苦しかったりして、売り上げが戻らない場合が多い。

 「一時期よりは落ち着いたが、まだまだ企業は苦しんでいる」という。

     ◇

  常総市本石下にある老舗酒造会社「野村醸造」の酒蔵の居住部分は、今も床を外したままだ。直せないのではなく、古民家レストランとして改修を計画中。「創造的復興を目指している」と野村一夫社長(62)は話す。

  酒蔵は水害で浸水し、酒造りに欠かせない「こうじ室(むろ)」にも水が入った。県内の酒造会社の従業員やボランティアら延べ約五百人が、泥かきをして片付けを手伝った。昨年十一月に新酒を仕込み、年末の出荷にこぎ着けた。

 「三十年以上、この仕事を続けているが、去年、しぼりたての新酒ができた瞬間は格別だった」

  築九十三年の酒蔵を壊すことも考えたが、居住部分を飲食スペースに変えることを思い立った。地場産の野菜や肉を使った料理を出す店として、来年春の開店を目指す。

 「ライバルだったはずの蔵元や、大勢のボランティアに助けてもらった。取引先のスーパーも出荷再開を待ってくれた。恩返しと感謝の気持ちを込めて、復興する」。野村さんはこう言い切った。
(宮本隆康)

常総はいま 鬼怒川決壊1年(下) 離農相次ぎ、進む農地集約

(東京新聞茨城版 2016年9月15日)

 (写真)水害から1年後も変わらず稲刈りをする農家=常総市で

 黄金色に染まった水田地帯で、稲穂が揺れ、コンバインが進む。一年前、がれきや土砂が流れ込んだ常総市の水田に、例年と変わらぬ光景が戻ってきた。常総市川崎町の農業生産法人「ひかりファーム常総」の事務所は、今まで以上に忙しい稲刈りシーズンを迎えている。

  ひかりファームは、JA常総ひかりの子会社。高齢化した農家などから耕作を請け負っていて、水害以降は依頼が急増した。

  「水没した農業機械を買い替えられず、高齢化で後継者もいない農家が目立つ」と担当者。十五戸から計十三ヘクタールの依頼があり、耕作面積は約四十五ヘクタールから一気に約六十ヘクタールに増えた。

 市によると、「農地中間管理機構(農地バンク)」を通じて耕作を依頼した農家は今年二月以降、二十五戸。前年の十一戸から倍以上増えた。面積も前年の計十二ヘクタールから、計二十五ヘクタールと二倍になった。

 農家が離農する場合、農地バンクやJAよりも、知人の農家に直接、耕作を頼むケースが多いという。水害で離農した農家は、もっと多いとみられている。

     ◇

 県のまとめや市の推計では、鬼怒川東側で約千五百ヘクタールの農地が水害で浸水した。農機具の被害額は、四百六戸で計約二十八億円に上った。

 当初から小規模な兼業農家の離農は予想された。さらに大規模な専業農家も被害が大きければ、離農者の農地の受け入れ先がなくなる。耕作放棄地の大量発生が懸念されていた。

 農地百十二ヘクタールで復旧工事が実施され、田植えシーズンに何とか整備が間に合った。農業機械の買い替えや修理にかかった費用の六割は補助された。本年度の鬼怒川東側の米の作付面積は、千七百三十ヘクタールになり、例年並みを維持できた。

 市の担当者は「農地の耕作依頼が進んだし、離農も予想より出なかった。赤字だけど農業機械を買い替えた、という年金暮らしの兼業農家さえいた」と胸をなで下ろした。

     ◇

 「『もうダメかな』と最初は思った」。常総市三坂新田町の専業農家、瀧本進さん(70)は水害直後を振り返る。

 瀧本さんによると、水没して使えなくなったコンバインだけで、被害額は約千六百万円。さらにトラクター二台、田植え機、もみすり機、乾燥機三台、トラックも水没。被害総額は五千万円以上だった。

 公的補助のほか、保険金も受け取れると分かり、農業を続けることを決めた。「かなり借金もしたが、ある程度、返せる見通しが立った」という。

 所有する農地のほか、周囲の農家からも耕作を依頼され、約三十ヘクタールを耕作している。「請け負った以上、やらなきゃいけないし、自分がやめれば相手も困る。まだやめられない。自分の農地は守る」と笑った。 (宮本隆康)

突然消えた堤防強化策 鬼怒川決壊きょう1年 (東京新聞特別報道部 2016年9月10日)

2016年9月19日
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昨年9月の鬼怒川水害から1年経過しました。鬼怒川水害は決して単に自然災害として片づけられるものではありません。国土交通省の誤った河川行政がもたらした水害であるといっても過言ではありません。耐越水堤防のへ強化技術が開発されているにもかかわらず、ダム推進の妨げになるとして、その技術をお蔵入りにしてしまった国土交通省の責任は重大です。この問題を取り上げた東京新聞特別報道部の記事を紹介します。

東京新聞特別報道部2016年9月10日-1

東京新聞特別報道部2016年9月10日-2

 

突然消えた堤防強化策 鬼怒川決壊きょう1年 (東京新聞特別報道部 2016年9月10日)

4河川 着工したが…02年に指針廃止

昨年九月の関東・東北水害から十日で一年になる。茨城県常総市では住宅五千棟以上が全半壊した。被害を広げたのは、鬼怒川の堤防決壊だった。「想定外の雨」が原因とされているが、「ダム偏重の河川対策」の不備を指摘する専門家は少なくない。実は国も一九九〇年代に、想定以上の雨に備えた堤防強化対策に着手していたからだ。だが、その対策はあるとき突然撤回されている。鬼怒川決壊が残した教訓とは-。 (宮本隆康、白名正和)

 

フロンティア堤防 堤防の川側だけではなく住宅側ののり面にも遮水シートを張ったり、のり面の下の部分にブロックなどを埋めたりして、川から水があふれても簡単に決壊しないようにした工法。周辺住民が避難する時間を確保できると期待されたが、2002年に国の堤防設計指針が変更され、全国で進んでいた事業は中断された。「幻」の堤防と言われている。

 

「一般的には堤防を水が越えても、家は浸水するだけでめったに壊れない。逃げる時間もある。でも、決壊すれば川からあふれる量や流れの速さは全然違い、死傷者も出てしまう」

国土交通省河川局の元技術系キャリア官僚の宮本博司さんは、堤防決壊のリスクをこう強調した。

鬼怒川の決壊がまさにそうだった。

一年前、上流の栃木県日光市などで長時間の強い雨が降り、九月十日午前十一時すぎ、鬼怒川左岸の常総市三坂町で、水が堤防を越える「越水」が確認された。その約一時間四十分後に堤防が決壊。決壊の幅は約二百㍍にまで広がった。

越水はこのほか計七カ所で確認されたが、決壊場所周辺の被害が際立つ。地盤ごと住宅八軒が流され、二軒が大きく傾き、いずれも全壊した。男性一人が流されて死亡した。大量の水が流れ、多くの住民が避難できず取り残された。

 

ちなみに当時、太陽光パネルの設置のため民間業者が土手を掘削したため被害が起きたとの風評も広がったが、この場所は越水しただけで決壊していない。国交省は「掘削しなくても越水は起きていた」と因果関係も否定している。

決壊の原因について、学識者らの調査委員会は今年三月、堤防を越えた水流が住宅地側ののり面を下から削った、と結論づけた。

宮本さんは「堤防決壊の七~八割は越水によるもの。堤防強化は河川対策の一番の基本なんです」と説明する。

実際、国土交通省もかつて同様の認識で堤防強化を進めていた。

 

九六年の旧建設省の建設白書では「計画規模を超えた洪水による被害を最小限に押さえ、危機的状況を回避するため、越水や長時間の浸透に対しても、破堤しにくい堤防の整備が求められる」と、「想定外の雨」や越水対策の必要性を明記。同様の記述は五年連続で白書に書かれ、九七年からの治水事業五カ年計画では、決壊しにくい「フロンティア堤防」の整備推進が盛り込まれた。

二〇〇〇年には設計指針が全国の出先機関に通知され、全国の河川で計二百五十㌔の整備を計画。実際に信濃川や那珂川など四つの河川の計約十三㌔で工事が実施された。だが、ダム建設の反対運動で反対派が「河川改修をすればダム不要」とする主張を展開し始めると、白書からフロンティア堤防の記述が消えた。〇二年七月にはフロンティア堤防の設計指針を廃止する通達が出された。突然の方針転換の理由は、白書に書かれていない。

土木学会は〇八年、国交省から堤防の越水対策について見解を求められ「技術的に実現性は困難」などと報告。国の堤防整備はかさ上げ対策に偏り、被害を軽減するフロンティア堤防はお蔵入りとなった。

国「効果は不明」

国交省は取材に「効果が定量的にはっきりしなかったため、予算を使ってまで事業化するには至らなかった」と繰り返す。

 

ダム不要論高まり転換 国交省OB「禁句になった」

想定外の雨対策急げ

だが、国交省OBからは「研究は成功していた」「急な方針変更はダム推進のため」との証言が相次ぐ。

前出の宮本さんは、フロンティア堤防の整備計画が放棄されたのは「ダム建設に影響するのを懸念したため」と断じる。

フロンティア堤防の研究は一九八〇年代にさかのぼる。旧建設省土木研究所が、越水対策の研究に着手。河川局も研究結果を受け、関係各課の中堅幹部らが議論を積み重ね、事業に組み込んだ。十分に役立つ技術と判断したからこその導入だったという。

だが、二〇〇一年ごろに川辺川ダム(熊本県)の反対運動が高まると、国交省内の空気はがらりと変わったという。建設に反対する市民団体は「フロンティア堤防整備など河川改修をすれば、ダムは不要」とする論陣を張った。脱ダムの機運に押された省内では「越水対策」そのものが敬遠され始めたという。
宮本さんは「そのころ、本省の課長に『越水対策の堤防なんかできない』と言われ、おかしいなと思った」と振り返る。宮本さんが関わった兵庫県の円山川堤防の越水対策工事では「越水対策の言葉だけはやめてくれ。隣の席で川辺川ダムを一生懸命やっているのに」と指示され、工事の名目を変えたこともあった。

「川辺川のために、今までしてきたことを変えていいのか」と担当者に指摘すると、「上からの指示です」との返事。「ダムのためだと確信した。越水対策は省内でタブー視され、禁句になった。本来なら十数年前に堤防を強化するチャンスがあったのに」と宮本さんは嘆く。

 

元建設省土木研究所次長の石崎勝義さんにとっては、堤防決壊はありえない事態だった。「土木研究所で越水対策の研究は順調に進み、完成している。とうの昔に対策は済んでいると思い込んでいた」。鬼怒川決壊をテレビで見ていて驚いたという。

「堤防を遮水シートで覆ったりするだけだから、ダムよりも予算はかからなかっただろう。対策をしていれば鬼怒川も決壊することはなく、堤防を越えた水だけがあふれ、浸水被害はずっと小さく済んだと思う」と指摘する。
さらには方針変更を正当化する根拠とされた土木学会の見解も疑問視する。

国交省が学会に求めた検討内容は「想定の水位の場合と同等の安全性」など。学会が「実現は困難」と否定したのは、水があふれなかった場合と同じくらい安全かどうかだった。石崎さんは「越水という新たな危険が加わったのに、想定内の水位に収まった場合と、同等の安全になるわけがない。最初から否定的な答えを誘導するための諮問内容だ」と批判する。

 

国交省は現在、鬼怒川の堤防かさ上げなどを集中的に進めている。宮本さんも石崎さんも「シートで覆うなど、住宅地側ののり面の補強が、越水対策で最も大事」と口をそろえる。だが、国交省は「効果が不明」などとして実施しない方針。

だが、関係者によると「また決壊したら、どう説明するのか」と懸念する声は省内でもくすぶる。

宮本さんは「雨量を想定しきれない中、想定の範囲内で水位を調節するダムよりも、脆弱(ぜいじゃく)な堤防を強化するべきだ。人命にかかわる問題で不作為は許されない。鬼怒川決壊を治水の見直しのきっかけにしなければ」と訴える。

実際、気候変動の影響で自然災害はこれまで以上に拡大すると予測されている。今夏、北海道や東北などに台風が相次いで上陸し、豪雨に見舞われた各地で川が氾濫。岩手県では、二十四時間で八月一カ月分の平均雨量を超える雨が降っている。洪水被害の軽減策は待ったなしだ。

河川工学が専門の今本博健・京都大名誉教授も「ゲリラ豪雨など近年の異常気象で、ますます堤防強化の必要性は高まっている」と憂う。

「国交省は『想定外の雨』と言って逃げているが、猛省すべきだ。日本の堤防の大半は、一時間も越水が続けば決壊する。もっと大きな河川や都市で決壊すれば、被害はより深刻。堤防の越水対策は急務だ」と警鐘を鳴らしている。

 

 

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