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栃木県に完成した直轄ダム「湯西川ダム」が地元に与えた影響についての連載記事(毎日新聞栃木版 2013年02月28日~3月3日 ) 

2013年3月3日
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栃木県に完成した直轄ダム「湯西川ダム」が地元に与えた影響についての連載記事その1~4です。

ダムの影:湯西川地区の行方/1 「水特・基金事業」起爆剤に /栃木(毎日新聞栃木版 2013年02月28日 ) http://mainichi.jp/area/tochigi/news/20130228ddlk09040112000c.html

◇風景一変、施設続々
福島県との境に連なる2000メートル級の山々に抱かれた日光市栗山地区は、湯西川と鬼怒川が横断し、渓谷が織りなす絶景を求めて湯西川温泉を中心に観光客が集まってくる。
ここに昨年10月、国直轄としては4基目となる湯西川ダムが完成した。予備調査開始から数えれば実に40年が経過していた。既にある五十里、川治、川俣の各ダムと合わせ、周辺は、道路などが整備され、相次いで観光施設が誕生して、風景を一変させた。
湯西川ダム建設の熱心な推進者として知られるのは、故斎藤喜美男・栗山村長だ。衆院議員の福田昭夫氏が旧今市市長だったころだ。「顔を合わせるたびに熱っぽく訴えていた」と懐かしそうに振り返った。
「ダムでの村おこしは村百年の大計」。斎藤村長の信念だった。その道半ばの02年に死去。後を継いだ最後の栗山村長、山越悌一・現日光市議(68)は「社会資本整備には相応の協力も必要だった」とダム建設の見返りにインフラ整備や雇用確保、観光振興にも役立てようとしたと明かす。
ダム建設と村おこし??。74年、水源地域対策特別措置法(水特法)が施行され、この二つがつながった。同法に基づく事業で、水の供給を受ける下流県市が負担してくれるようになり、村の生活再建、地域振興が可能になったのだ。
さらにこの事業の補完として76年に設立された、1都5県が出資する「利根川・荒川水源地域対策基金」による事業も展開できるようになった。合わせて「水特・基金事業」と呼ばれる。
旧栗山村では83年、3番目となる川治ダムから適用された。斎藤村長はドイツの有名な温泉保養地、バーデン・バーデンをモデルに村おこしを描いていたと言われる。
自分の足で現地を歩いて調査した。医師が常駐し、温泉治療を兼ねる。現在の「医療ツーリズム」を先取りする構想だった。
だが、あまりに壮大で周囲の反対に遭う。さらに川治ダム建設に伴い誕生した宿泊施設などが廃業。計画は縮小を余儀なくされた。
結実したのは、湯西川温泉入り口の道の駅湯西川だった。それでも水特・基金事業による相次ぐ施設整備は旧栗山村の他地区もうらやむほど、湯西川の風景を一変させるのには十分な起爆剤だった。
栗山地区の歴史は、ダム建設に伴う夢と、その長い影を落とす挫折の連続でもあった。移転を余儀なくされた住民の生活再建も含め、どう地域活性化につなげるかが問われている。課題と展望を追った。【浅見茂晴】=つづく
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◆湯西川ダムを巡る主な水特・基金事業◆
整備項目 事業費
国道121号道路改築(2460メートル) 28億1340万円
県道黒部西川線付け替え工事(11.442キロ) 33億2220万円
湯西川簡易水道整備 31億5140万円
下水処理センター整備 26億4580万円
湯西川小中学校建設など 14億8111万円
ふれあいの森整備 2億1024万円
西川人工芝サッカー場、クラブハウス整備 11億1353万円
水の郷整備 9億1951万円
観光振興対策助成 8404万円
宅地代替地造成助成事業 6029万円
水没者雪寒対策事業(46世帯×594万円) 2億7328万円
2カ所温泉掘削 2億9259万円
生活相談員設置事業 1149万円


ダムの影:湯西川地区の行方/2 「素人経営」苦い思い /栃木
(毎日新聞栃木版 2013年03月01日 ) http://mainichi.jp/area/tochigi/news/20130301ddlk09040135000c.html

◇「身の丈」に合わせ
日光市の湯西川温泉で11年7月、観光施設「水の郷」のオープン式典が開かれていた。祝辞を述べる斎藤文夫市長の笑顔。だが、対照的に水の郷の中川恒男社長(77)は唇をかんだ。「あと3年早く開業していれば少しは体力も付いたんだが」
湯西川ダム建設で移転した住民の要望で、生活再建・雇用確保を目指したが、東日本大震災から約4カ月。風評被害の嵐が収まらない中での船出だった。
開業1年で売り上げは7000万円。当初見込みの約7割に過ぎなかった。温泉利用客の10万人目も予想より約4カ月遅い昨年11月になってから。一時は支払いが滞る危機もあった。
湯西川温泉にはもう一つ、似たような観光施設「道の駅湯西川」がある。2施設は車で15分の距離。こちらも移転住民の要望に沿って建設され、下流でダムの恩恵を受ける茨城、千葉県などが負担する「水特・基金事業」の目玉施設だ。
だが、足湯併設の温泉施設に飲食店、土産品を扱い、競合は避けられない。それでも中川社長は「何としても大事な雇用の場を維持したい」と強調。そして「栗山館」の二の舞いだけは避けたいと口にする。
「栗山館」は川治ダムの建設に伴い、やはり移転者の生活再建のために、上流の旧栗山村戸中に建設された。宿泊施設などを併設した自然公園総合センターで、鉄筋コンクリート一部3階建て。温泉を掘削するなどして、総工費は計約8億1711万円をかけた。
地元でつくる組合が運営した。だが、経営は「素人」の集まりだった。村の行事やイベント会場に使ったが、収益には結びつかず、冬は前日から暖房を入れないと寒くて使えない。
近くの大王高原キャンプ場などと共に誰も責任を取れないまま98年ごろまでに閉鎖に追い込まれた。赤字は4000万?5000万円とも言われ、下流県の負担で処理された。最後の組合長を務めた山越英二さん(82)は「申し訳ないことをした」と振り返る。
これを教訓に、湯西川ダム建設に伴い整備された「道の駅」と「水の郷」は指定管理で責任所在を明確にする一方、「身の丈」にあった施設に整備。水の郷では釣り堀やバーベキュー施設を取りやめた。
先にできた近くのキャンプ場「安らぎの森 四季」にあるからだ。
それでもある観光関連業者は「水の郷」は「動線がばらばら。人件費などランニングコストがかかりすぎ」とみる。
「最初にある程度のお金を積んだから、こういう施設ができる。民間は何が必要かを積み上げて作る。方法が正反対だ」とも批判し「お役所仕事は怖いよ」と、水特・基金事業の影の側面を指摘している。【浅見茂晴】=つづく
ダムの影:湯西川地区の行方/3 水陸両用バス前途多難 /栃木(毎日新聞栃木版 2013年03月02日) http://mainichi.jp/area/tochigi/news/20130302ddlk09040118000c.html

◇運行ルートも未定
日光市西川に誕生した湯西川ダムの人造湖で昨年7月、水しぶきを上げながらバスがスイスイと「泳いで」いた。来年度から本格運用を予定する水陸両用バスの試乗会だ。「これは観光の起爆剤になる」。日光市の斎藤文夫市長が目を輝かせた。
ダム建設に伴い、県道が水没した。代わって建設された県道には10カ所、計4634メートルのトンネルがある。
ダム周辺は自然林が多く、隠れた紅葉の名所なのに、これでは「最も紅葉が美しい場所」が見えない。ならばダム湖から眺めてもらおう??。このもくろみが水陸両用バスでの観光への期待となっているのだ。
水陸両用バスはトラックを改造し、後部にスクリューや船用のエンジンを取り付けた構造で、全長約12メートル、全幅約2・5メートル。定員は42人だ。開発したのはツアー企画も手がけるNPO法人「日本水陸両用車協会」(本部・大阪市)で、現在、東京湾などでも運行を予定している。
県内では国と市、地元がダム建設に伴う地域活性化策として、06年度から隣の川治ダムで体験・実験運行を積み重ねてきた。
川治ダム湖では、道の駅湯西川を出発してダム湖をクルーズし、ダム壁面に設置された作業用道路を歩く体験イベント「キャットウオーク」を実施している。
それでもバス乗車率は08年の77・9%をピークに低下傾向にあり、11年には東日本大震災の影響もあり60・0%となった。11、12年はさらに夏の少雨でダム湖が渇水して水位が低下。バスが進入できない日が続いた。
心配の種は尽きない。東京湾でも社会実験が行われるなどライバルが出現。運行を担当する同NPOは「地元の協力がないとなかなか難しい」と市に対し暗に支援を求めている。
だが、湯西川ダムの場合、根本的な問題がある。運行ルートが確定していないのだ。
地元は紅葉の見ごろに湖上から観賞できるルートを期待。山城晃一・湯西川温泉旅館組合長が「ぜひお願いしたい」と話す。
ところが、そのルートと湖の間には12度の傾斜の坂があり、試験走行ではエンジンが焼き切れた。国は別のルートを描いており、坂の改修予定もないという。
ダムの影:湯西川地区の行方/4止 水源地の活性ビジョン /栃木(毎日新聞栃木版 2013年03月03日) http://mainichi.jp/area/tochigi/news/20130303ddlk09040041000c.html

◇「国がもっと前に」
「選択肢が増えたのは楽しみだが……」。アウトドアスポーツを企画・主催する「ネイチャープラネット」代表の坂内剛至さん(38)は、昨年10月の湯西川ダム完成を受け、早速、湯西川温泉を取り巻く標高1000メートル前後の山のトレッキング企画を売り出した。
だが、課題の多さも感じている。
近くの川治温泉周辺でのカヌーやトレッキング体験などで実績を積んできた。ダム湖利用で一番重要なことは「地元とダムを管理する国、活用を希望する組織や団体などが集まってのルールづくりが先決」だと実感している。
それなのに、湯西川ダムを巡っては先行きが見えてこないのだ。
日光市内のダムの水源地をどう活性化させるか。国は五十里、川治、川俣の「3ダム時代」に、活性化に向けたビジョンの策定に動いた。だが、このときは計画倒れに終わった。
川治のダム湖で水没した地区の住民だった山越一治市議は「国が予算を付けなかったからね。絵に描いた餅だ」と振り返る。
国は次に、湯西川ダムを含めた「鬼怒川上流ダム群水源地域ビジョン」の策定を11年に着手。地元自治会などと協議を進めた。4ダムごとに湖面利用の協議会を設立することなどを柱に、協議は昨年3月、最終局面を迎えた。
ところが、土壇場になって住民側から「ダムを活用するなら、湖岸などの整備をすべきだ。しないなら協議会には入らない」などの声が噴出し、事実上、流会。「ビジョン」は幻影となった。湯沢光明・副市長は「地元の声を集約したのか」と疑問を呈す。
湯西川ダム完成を機に、国は改めてビジョン策定を目指し新規まき直しに乗り出す。だが、国にも市にも、積極的に責任を取ろうとする姿勢は見られない。
国は自らの財政的負担には口を閉ざす。市は国に「財政の裏付けと役割分担、アクションプログラムの三つがそろわなければビジョン策定は難しい」とくぎを刺し「もっと前面に出てくれないとダムが活用できない」と責任の重さを指摘する。
一方で地元に対し「地元が望み、市が必要と認めれば」応じると言い「あれもこれもでなく、あれかこれかにしてほしい」と念押しする
昨年10月8日。湯西川ダムの完工式。祝賀会の席で、旧栗山村長の山越悌一市議は「寂しいよなあ。下流の自治体からは誰も出席しなかったんだから」と漏らした。
「ダムが完成するまでは、地元はちやほやされるが、できれば終わりさ」と冷ややかな視線を送る地元関係者も多い中、整備された膨大な施設をどう活用するか。最後は地元の工夫と手腕で盛り上げていくしかない。【浅見茂晴】=おわり

 

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