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報道

米国に広がるダム撤去の動き 2014年だけで72基が取り壊される

2015年2月5日
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アメリカのダム撤去の動きについての記事を掲載します。

なお、日本は堤高15メートル以上をダムと定義していますので、アメリカとはダムの数の数え方が異なりますが、約2800基あるとされています。
日本もアメリカに倣って、ダム撤去の動きをつくりたいところですが、現時点でのダム撤去はもっか進行中の荒瀬ダムだけです(2012~2017年度)。

米国に広がるダム撤去の動き

2014年だけで72基が取り壊される
(NATIONAL GEOGRAPHIC 2015.02.04) http://nationalgeographic.jp/nng/article/20150202/433996/
(写真)2014年に米国で解体あるいは爆破された72基のダムの一つ、ワシントン州のグラインズ・キャニオンダム。(Photograph by Elaine Thompson, AP)
昨年、独立戦争初期に造られたホワイト・クレー・クリークダムが撤去された。米国デラウェア州としては初の撤去となったが、米国全体を見ればこれはほんの一例にすぎない。1月27日、環境保護団体アメリカン・リバーズは、2014年だけで72基のダム(堰堤を含む)が解体あるいは爆破され、西はカリフォルニア州から東はペンシルベニア州まで合計1200キロ近い河川が元の姿に戻ったと発表した。
20年前、ダムを取り壊すという考えは主流ではなかった。もはや使われていない、あるいは付近の住民の安全を脅かす場合に限って、支持を得ていたようだ。
最近になってダム撤去の動きは、全米で広く受け入れられるようになった。野心的な取り組みもあり、1月27日にはドキュメンタリー映画『ダムネーション』のプロデューサーらが、ワシントン州東部にあるスネーク川下流から連邦政府が建設した4基の大型ダムを撤去することを求めて、連邦議会およびホワイトハウスの関係者らと会談した。
課題は何か
2014年の夏、ワシントン州のエルワ川に設けられた高さ約64メートルのグラインズ・キャニオンダムの最後の一部が爆破された。国民の注目はこのような極めて壮観なダムの爆破に集まりやすいが、過去20年間で取り壊された865基のほとんどは、水害対策や灌漑(かんがい)、局所的な水力発電のために建設された小規模なダムや堰堤だ。かつて小麦の製粉に使われていたホワイト・クレー・クリークダムも、一番高い所で2.4メートルほどしかない。
小さいとはいえ、大型ダムと同じように魚の遡上を邪魔することに違いはない。デラウェア大学 水資源機構のジェラルド・コフマンは、産卵のために遡上したニシン科のヒッコリーシャッドがホワイト・クレー・クリークダムの壁に体当たりしながらも、乗り越えられなかった様子を覚えている。
大小を問わず、すべてのダム撤去事業には固有の課題があるようだ。ホワイト・クレー・クリークダムのような歴史的建造物の場合、綿密な調査を行い、部分的に保存する必要がある。大量の土砂とがれきが溜まったダムでは、下流にすむ魚や野生動物、地域の住人に被害を及ぼさないよう、徐々に堆積物を撤去しなければならない。
また、ダムの撤去には管理者や近隣に暮らす住民の協力、管轄する州と連邦の許可、さらには解体費用も必要だ。ホワイト・クレー・クリークダムのような比較的小規模な事業でも、21万ドル(約2520万円)の費用がかかった。撤去に必要な資金の調達に携わったアメリカン・リバーズのセレナ・マクレインは、撤去の計画から実行まで一般的に3年を要すると述べている。
終了したばかりのエルワ川の撤去事業やスネーク川で計画されている大規模なダムの撤去は、さらに長い準備期間を必要とする。研究者や環境保護活動家らは、スネーク川のダムがサケに与える壊滅的な影響について10年以上も訴えてきた。
ダムを擁護する声も
内陸の小麦農家に輸送手段や灌漑(かんがい)用の水を提供し、水力発電によって地域一帯の電力が賄えるといった理由から、スネーク川のダムと貯水池を擁護する人々もいる。取り壊しの対象となっているダムや堰堤の多くは、まだいくらか周辺地域の役に立っているので、それに代わるサービスを提供しなければ、地域住民の同意を得るのは難しいだろう。
一方で、撤去の動きは複数のダムを巻き込んで流域全体を元の姿へ戻そうという活動へと移行しつつある。例えばイリノイ州のデスプレーンズ川では、これまでに5基が撤去され、6基が順次取り壊される予定だ。
ホワイト・クレー・クリークダムも、同じ川の流域にある複数のダムに先駆けて爆破された。また、ペンシルベニア州を筆頭にいくつかの州では、承認の手続きを簡素化して大規模な撤去事業を奨励している。
ダムを解体して川を元の姿に戻す試みは、ヨーロッパや日本でも支持が広がりつつある。だが、中南米やアフリカ、アジアの一部の国では、国内の電力需要を満たし、輸出用の電力を生産するために、水力発電用の大型ダムの建設が次々に計画されている。
米国には高さ1.8メートル以上のダムや堰堤が8万基近く、それより小型のものが数万基ほど点在し、依然として河川の流れを塞いでいる。ダム撤去の支持者である前内務長官のブルース・バビットは以前、「独立宣言の署名以来、平均で1日に1基のダムが建設されてきた」と述べている。
なかでも初期に建てられたのが、冒頭のホワイト・クレー・クリークダムである。水車小屋の所有者でクエーカー教の牧師だったダニエル・バーンズが1776年、あるいは1777年に建設したものだ。バーンズの自宅では1777年9月6日、歴史的な会議が開かれた。出席したジョージ・ワシントンはその後、独立戦争で見事勝利を収めている。今日のホワイト・クレー・クリークでのダムの破壊も、歴史的な出来事の一つとされるかもしれない。
文=Michelle Nijhuis/訳=益永依子

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