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報道

記者の目:鬼怒川堤防の決壊=福岡賢正(西部報道部)

2015年10月9日
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鬼怒川の堤防決壊問題について毎日新聞の福岡賢正氏が書いた「記者の目」を紹介します。

福岡氏は川辺川ダム反対運動を大きく広がるきっかけとなった連載記事「国が川を壊す理由」を書いた記者です。
この「記者の目」はまさしく正鵠を射た論説です。
堤防強化工法の導入を拒み続ける国交省の河川行政が今回の堤防決壊を引き起こしたと言っても過言ではありません。
なお、安価な堤防強化工法はこの記事で取り上げている鋼矢板工法だけでなく、堤防のコアに土とセメントを混ぜたソイルセメントの壁をつくる工法もあります。
TRD工法、パワーブレンダー工法として知られています。

記者の目:鬼怒川堤防の決壊=福岡賢正(西部報道部)

(毎日新聞 2015年10月08日 東京朝刊)http://mainichi.jp/shimen/news/20151008ddm005070014000c.html

鬼怒川堤防の決壊地点を二重の鋼鉄の矢板で締め切った仮堤防。本復旧時にも堤防の背骨に施せば、越水にも格段に強くなるはずだが……=茨城県常総市で9月24日、本社ヘリから撮影
鬼怒川堤防の決壊地点を二重の鋼鉄の矢板で締め切った仮堤防。本復旧時にも堤防の背骨に施せば、越水にも格段に強くなるはずだが……=茨城県常総市で9月24日、本社ヘリから撮影

 ◇越水対策強化に戻れ

 関東・東北豪雨で茨城県の鬼怒川の堤防が決壊し、人命を含む甚大な被害が生じた。水が堤防の高さを越えてあふれ、流れ出した水流に堤防が削られたことが主因の「越水破堤」と見られているが、国はダム建設を優先するため、一時は推進した越水対策を放棄してきたのが実情だ。鬼怒川の惨状を目の当たりにして、越水に強い堤防の整備に再び取り組めと訴えたい。

 堤防の大半は土でできており、破堤には越水によるもののほか、水位の高い状態が長時間続いて土に水が染み込んで起きる「浸透破堤」と、洪水の激流に侵食されて起きる「侵食破堤」がある。このうち7割以上が越水破堤だ。

 川の治水計画は、防御する洪水の規模を決めることから始まる。その流量からダムなどにためる分を引いて「計画高水流量」を出し、この量が安全に流れるよう川の拡幅や川底の掘削、堤防のかさ上げなどが立案される。その際、堤防は計画高水流量時の水位(計画高水位)に所定の余裕高を加えた高さで造られる。

 今の国の「河川堤防設計指針」では、堤防満杯の水位ではなく、計画高水位まで浸透や侵食に耐えられるよう設計すればよく、越水対策には言及すらしていない。つまり、計画高水位を超えればいつ決壊してもおかしくなく、越水すれば完全にお手上げになる設計なのだ。

 ただ計画を上回る洪水も起きるし、川近くまで民家が迫るなどして用地買収できず、計画通りの堤防が築けていない所も多い。このため、かつて整備が進められたのが、堤防満杯まで水が来ても浸透や侵食に耐え、越水してもすぐには決壊しない堤防だった。

 ◇ダム建設優先し推進計画を全廃

 国は1997年の建設白書に治水事業5カ年計画で「越水に対し耐久性が高く破堤しにくいフロンティア堤防の整備を進める」と明記。98年3月にはその設計の手引を作り、信濃川や筑後川など全国の重要堤防で整備を始めた。2000年には一般堤防も満杯まで浸透や侵食に耐えるよう強化する設計法を示した上、整備途上の川で計画高水流量程度でも越水の恐れがある区間は「耐越水を念頭に置いた堤防設計(せめて人命被害を回避できる水準の設計)を行うものとする」として、「越水に対する難破堤堤防の設計」という章を設けた設計指針を作り全国に通知していた。

 ところが、ダム計画に反対する市民団体がこの堤防をダム不要論の根拠にし始めると、国は02年に前の設計指針を破棄。「技術的に未確立」として越水対策の章を全て削除して今の設計指針に作り直した。そしてフロンティア堤防計画も全廃したのだ。

 その後、近畿の淀川水系流域委員会が越水に強い堤防の整備をダムより優先すべきだとの意見書を出したため、国は技術的見解のとりまとめを土木学会に依頼。学会が08年、「計画高水位以下で求められる安全性と同等の安全性を有する耐越水堤防は、現状では技術的に困難」との報告書を出したのを最後に、議論の俎上(そじょう)にも載らなくなった。

 淀川水系流域委員会の委員長を務めた今本博健京都大名誉教授(河川工学)は言う。

 「我々は計画高水位以下と同等の安全性を越水に対しても持つ堤防を造れと言っていたのではない。浸透や侵食に強く、越水してもすぐには決壊せずに避難の時間が見込める堤防に変えていけば、格段に安全になると主張していただけだ。なのにダム計画を守りたい国は過剰反応し、積み上げてきた技術を全否定した。用地買収が不要で、時間も費用もかけずに実施可能なのに惜しまれてならない」

 ◇津波にも耐えた二重の矢板工法

 耐越水技術の知見はその後も蓄積されてきた。東日本大震災の津波と液状化で堤防が軒並み壊れる中、津波のすさまじい越水にも耐えた堤防があった。岩手県の織笠川河口の防潮水門建設のため、地盤深くまで打ち込んだ二重の鋼鉄の矢板で川の中を囲んで締め切った仮設の堤防がそれだ。これを受け、各地の海岸堤防を二重の矢板で補強する工事が始まり、高知県は潮の影響を受ける市街地の川の堤防にも標準工法として採用した。耐越水技術を否定する国の手前、名目は液状化対策としているが、越水にも威力を発揮するのは間違いない。

 実は今回決壊した鬼怒川の堤防の仮復旧工事にも二重の矢板を用いた工法が使われており、今本さんは「本復旧時にも堤防の背骨のように地盤深く打ち込んだ矢板を二重に設置すれば、越水にも段違いに強くなる」と断言する。

 ならば、国は過去の経緯にとらわれず、緊急性の高い場所から越水に強い堤防に変えていくべきだ。かつての設計指針がうたっていた通り、「せめて人命被害を回避できる」ように。

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