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突然消えた堤防強化策 鬼怒川決壊きょう1年 (東京新聞特別報道部 2016年9月10日)

2016年9月19日
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昨年9月の鬼怒川水害から1年経過しました。鬼怒川水害は決して単に自然災害として片づけられるものではありません。国土交通省の誤った河川行政がもたらした水害であるといっても過言ではありません。耐越水堤防のへ強化技術が開発されているにもかかわらず、ダム推進の妨げになるとして、その技術をお蔵入りにしてしまった国土交通省の責任は重大です。この問題を取り上げた東京新聞特別報道部の記事を紹介します。

東京新聞特別報道部2016年9月10日-1

東京新聞特別報道部2016年9月10日-2

 

突然消えた堤防強化策 鬼怒川決壊きょう1年 (東京新聞特別報道部 2016年9月10日)

4河川 着工したが…02年に指針廃止

昨年九月の関東・東北水害から十日で一年になる。茨城県常総市では住宅五千棟以上が全半壊した。被害を広げたのは、鬼怒川の堤防決壊だった。「想定外の雨」が原因とされているが、「ダム偏重の河川対策」の不備を指摘する専門家は少なくない。実は国も一九九〇年代に、想定以上の雨に備えた堤防強化対策に着手していたからだ。だが、その対策はあるとき突然撤回されている。鬼怒川決壊が残した教訓とは-。 (宮本隆康、白名正和)

 

フロンティア堤防 堤防の川側だけではなく住宅側ののり面にも遮水シートを張ったり、のり面の下の部分にブロックなどを埋めたりして、川から水があふれても簡単に決壊しないようにした工法。周辺住民が避難する時間を確保できると期待されたが、2002年に国の堤防設計指針が変更され、全国で進んでいた事業は中断された。「幻」の堤防と言われている。

 

「一般的には堤防を水が越えても、家は浸水するだけでめったに壊れない。逃げる時間もある。でも、決壊すれば川からあふれる量や流れの速さは全然違い、死傷者も出てしまう」

国土交通省河川局の元技術系キャリア官僚の宮本博司さんは、堤防決壊のリスクをこう強調した。

鬼怒川の決壊がまさにそうだった。

一年前、上流の栃木県日光市などで長時間の強い雨が降り、九月十日午前十一時すぎ、鬼怒川左岸の常総市三坂町で、水が堤防を越える「越水」が確認された。その約一時間四十分後に堤防が決壊。決壊の幅は約二百㍍にまで広がった。

越水はこのほか計七カ所で確認されたが、決壊場所周辺の被害が際立つ。地盤ごと住宅八軒が流され、二軒が大きく傾き、いずれも全壊した。男性一人が流されて死亡した。大量の水が流れ、多くの住民が避難できず取り残された。

 

ちなみに当時、太陽光パネルの設置のため民間業者が土手を掘削したため被害が起きたとの風評も広がったが、この場所は越水しただけで決壊していない。国交省は「掘削しなくても越水は起きていた」と因果関係も否定している。

決壊の原因について、学識者らの調査委員会は今年三月、堤防を越えた水流が住宅地側ののり面を下から削った、と結論づけた。

宮本さんは「堤防決壊の七~八割は越水によるもの。堤防強化は河川対策の一番の基本なんです」と説明する。

実際、国土交通省もかつて同様の認識で堤防強化を進めていた。

 

九六年の旧建設省の建設白書では「計画規模を超えた洪水による被害を最小限に押さえ、危機的状況を回避するため、越水や長時間の浸透に対しても、破堤しにくい堤防の整備が求められる」と、「想定外の雨」や越水対策の必要性を明記。同様の記述は五年連続で白書に書かれ、九七年からの治水事業五カ年計画では、決壊しにくい「フロンティア堤防」の整備推進が盛り込まれた。

二〇〇〇年には設計指針が全国の出先機関に通知され、全国の河川で計二百五十㌔の整備を計画。実際に信濃川や那珂川など四つの河川の計約十三㌔で工事が実施された。だが、ダム建設の反対運動で反対派が「河川改修をすればダム不要」とする主張を展開し始めると、白書からフロンティア堤防の記述が消えた。〇二年七月にはフロンティア堤防の設計指針を廃止する通達が出された。突然の方針転換の理由は、白書に書かれていない。

土木学会は〇八年、国交省から堤防の越水対策について見解を求められ「技術的に実現性は困難」などと報告。国の堤防整備はかさ上げ対策に偏り、被害を軽減するフロンティア堤防はお蔵入りとなった。

国「効果は不明」

国交省は取材に「効果が定量的にはっきりしなかったため、予算を使ってまで事業化するには至らなかった」と繰り返す。

 

ダム不要論高まり転換 国交省OB「禁句になった」

想定外の雨対策急げ

だが、国交省OBからは「研究は成功していた」「急な方針変更はダム推進のため」との証言が相次ぐ。

前出の宮本さんは、フロンティア堤防の整備計画が放棄されたのは「ダム建設に影響するのを懸念したため」と断じる。

フロンティア堤防の研究は一九八〇年代にさかのぼる。旧建設省土木研究所が、越水対策の研究に着手。河川局も研究結果を受け、関係各課の中堅幹部らが議論を積み重ね、事業に組み込んだ。十分に役立つ技術と判断したからこその導入だったという。

だが、二〇〇一年ごろに川辺川ダム(熊本県)の反対運動が高まると、国交省内の空気はがらりと変わったという。建設に反対する市民団体は「フロンティア堤防整備など河川改修をすれば、ダムは不要」とする論陣を張った。脱ダムの機運に押された省内では「越水対策」そのものが敬遠され始めたという。
宮本さんは「そのころ、本省の課長に『越水対策の堤防なんかできない』と言われ、おかしいなと思った」と振り返る。宮本さんが関わった兵庫県の円山川堤防の越水対策工事では「越水対策の言葉だけはやめてくれ。隣の席で川辺川ダムを一生懸命やっているのに」と指示され、工事の名目を変えたこともあった。

「川辺川のために、今までしてきたことを変えていいのか」と担当者に指摘すると、「上からの指示です」との返事。「ダムのためだと確信した。越水対策は省内でタブー視され、禁句になった。本来なら十数年前に堤防を強化するチャンスがあったのに」と宮本さんは嘆く。

 

元建設省土木研究所次長の石崎勝義さんにとっては、堤防決壊はありえない事態だった。「土木研究所で越水対策の研究は順調に進み、完成している。とうの昔に対策は済んでいると思い込んでいた」。鬼怒川決壊をテレビで見ていて驚いたという。

「堤防を遮水シートで覆ったりするだけだから、ダムよりも予算はかからなかっただろう。対策をしていれば鬼怒川も決壊することはなく、堤防を越えた水だけがあふれ、浸水被害はずっと小さく済んだと思う」と指摘する。
さらには方針変更を正当化する根拠とされた土木学会の見解も疑問視する。

国交省が学会に求めた検討内容は「想定の水位の場合と同等の安全性」など。学会が「実現は困難」と否定したのは、水があふれなかった場合と同じくらい安全かどうかだった。石崎さんは「越水という新たな危険が加わったのに、想定内の水位に収まった場合と、同等の安全になるわけがない。最初から否定的な答えを誘導するための諮問内容だ」と批判する。

 

国交省は現在、鬼怒川の堤防かさ上げなどを集中的に進めている。宮本さんも石崎さんも「シートで覆うなど、住宅地側ののり面の補強が、越水対策で最も大事」と口をそろえる。だが、国交省は「効果が不明」などとして実施しない方針。

だが、関係者によると「また決壊したら、どう説明するのか」と懸念する声は省内でもくすぶる。

宮本さんは「雨量を想定しきれない中、想定の範囲内で水位を調節するダムよりも、脆弱(ぜいじゃく)な堤防を強化するべきだ。人命にかかわる問題で不作為は許されない。鬼怒川決壊を治水の見直しのきっかけにしなければ」と訴える。

実際、気候変動の影響で自然災害はこれまで以上に拡大すると予測されている。今夏、北海道や東北などに台風が相次いで上陸し、豪雨に見舞われた各地で川が氾濫。岩手県では、二十四時間で八月一カ月分の平均雨量を超える雨が降っている。洪水被害の軽減策は待ったなしだ。

河川工学が専門の今本博健・京都大名誉教授も「ゲリラ豪雨など近年の異常気象で、ますます堤防強化の必要性は高まっている」と憂う。

「国交省は『想定外の雨』と言って逃げているが、猛省すべきだ。日本の堤防の大半は、一時間も越水が続けば決壊する。もっと大きな河川や都市で決壊すれば、被害はより深刻。堤防の越水対策は急務だ」と警鐘を鳴らしている。

 

 

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