水源連:Japan River Keeper Alliance

水源開発問題全国連絡会は、ダム建設などと闘う全国の仲間たちのネットワークです

ホーム > ニュース > 報道

ニュース

報道

孫を守れなかった…長年の悲願、そのダムすら越えた土砂(治山ダムは有効か)

2018年7月16日
カテゴリー:

西日本豪雨では、広島市安芸区に今年2月に完成したばかりの治山ダムを大量の土砂が越え、団地の住民4人が亡くなりました。その記事を掲載します。
全国で砂防ダム、治山ダムが何十万基とあり、これからも限りなく建設されようとしていますが、砂防ダム、治山ダムに本当に意味があるのか、改めて考える必要があります。

孫を守れなかった…長年の悲願、そのダムすら越えた土砂
(朝日新聞2018/7/15(日) 21:17配信) https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180715-00000080-asahi-soci
2014年、広島市内で77人が死亡した土砂災害を経て、同市安芸区に今年2月に完成したばかりの治山ダム。しかし、西日本豪雨で大量の土砂がダムを越え、団地の住民4人が亡くなった。ダムの建設を10年以上、要望してきた男性の18歳の孫も行方不明に。「ダムができて安心してしまったんよ」。やりきれない思いが消えない。

【写真】梅河団地奥の治山ダム=2018年7月15日午後、広島市安芸区矢野東7丁目、小川智撮影

広島市安芸区矢野東7丁目の梅河(うめごう)団地。豪雨に見舞われた6日夜、約60棟の民家のうち約20棟が土砂にのまれ、倒壊した。

団地に住む神原(かんばら)常雄さん(74)は、10年以上前から「砂防ダム」の必要性を市に訴えてきた。

きっかけは、1999年6月、広島県内で32人の死者・行方不明者が出た豪雨だった。知人の工場にも土砂が流れ込み、犠牲者が出た。「同じことになっちゃいけん」と考えた。

気になっていることもあった。団地の端の、山の斜面に接した部分に深さ2メートルほどのため池があった。引っ越してきた四十数年前、ここでコイを飼っていたが、雨が降るたび少しずつ浅くなる。三十数年で池は砂で埋まった。山の斜面が削れ、池に砂がたまっていったのでは――。「これは危ない」と神原さんは動き始めた。

市役所に足を運び、「砂防ダムを造ってほしい」と訴えた。「通い続けていると、だんだん『切実なんじゃねえ』と取り合ってくれるようになった」

14年8月、広島市の安佐南区、安佐北区で77人が犠牲になる土砂災害があり、いよいよ、行政の動きも加速した。昨年8月、県は梅河団地の奥で土石流を未然に防ぐ「治山ダム」の建設に着手。予算4750万円。幅26メートル、高さ8メートルのダムが今年2月、完成した。

着工直前に団地の集会所で開かれた説明会。「これで安心じゃね」と住民らが言葉を交わす中、県や市の職員が繰り返しこう訴えていたのを、神原さんは覚えている。

「これで安心できるわけではありません。何かあったら必ず逃げて下さい」

■「安心してしまったんよ」

団地が土砂に襲われる数時間前の、今月6日午後。神原さんは高校の期末試験を終えた孫の植木将太朗さん(18)を車で迎えに行き、同じ団地内の孫の家まで送った。

夜になり、雨が強まった。孫の家は50メートルほどしか離れていないが、山の斜面に近い。外出していた将太朗さんの母親に電話し、将太朗さんを自分の家に避難させるよう伝えた。「すぐに行かせる」と返事があった。

その数分後、「ドドーン」という音が響いた。外を見ると、土砂が崩れ、山側の家々が潰されていた。半壊した隣家から「助けて」と叫び声が聞こえた。降りしきる雨の中、隣の家の人を窓から必死で引っ張り出した。避難してくるはずの将太朗さんの姿は、どこにも見えなかった。

「あと1分、わしが早く電話していたら、助かっていたかもしらん」。「いくら役所の人に『安心しちゃいけん』と念押しされてもね、やっぱりダムができてうれしかったし、安心してしまったんよ」。そう振り返る。

あの後、崩れた団地を歩き回り、将太朗さんの名前を呼んでみた。返事はなかった。

「山の上の岩が数千年そこにとどまっていたとして、それが明日落ちてこない保証はない。しょうがないんよ。そう思うことにしている」

自分に言い聞かせるように、神原さんは繰り返した。(土屋香乃子、半田尚子)

■広島県内のダム整備

広島県によると、県内には「砂防ダム」が約2千基、「治山ダム」が約7500基ある。砂防ダムは、大雨で土石流が起きたときに土砂をせき止める役割を担う。一方、治山ダムは、崩れる恐れがある山の谷部分などに設置され、谷に土砂を堆積(たいせき)させることで傾斜を緩くし、森林を維持することで土石流を起きにくくするのが目的という。

14年の広島市の土砂災害を受け、県や国は県内74カ所で砂防ダムや治山ダムの建設などの対策を計画、今年5月までに66カ所が完成している。

梅河団地奥の治山ダムを7日、確認した県によると、ダムは決壊しておらず、大量の土砂がたまっていたという。担当者は「ダムとしての一定の機能は果たした。ダムがなければ、今回の被害はもっと大きかったはずだ」と話す。(永野真奈)

治水の教訓/土地の歴史を共有せねば(神戸新聞社説)

2018年7月12日
カテゴリー:

今回の西日本豪雨はすさまじい水害でした。NHKニュース7月11日 22時57分は、今回の記録的な豪雨で、これまでに全国で175人が死亡し、62人の安否が不明であると報じています。
そして、きわめて多くの方が避難所での生活を余儀なくされ、生活再建に苦悩しています。また、断水により、日常生活に支障をきたしている地区が数多くあります。

今回の記録的な豪雨で浮き彫りになったことはダムが肝心の時に役に立たないことであり、もう一つは、住んでいる土地の安全性の問題です。
後者の問題を指摘する神戸新聞の社説を掲載します。

この点であらためて注目すべきは滋賀県の流域治水推進条例です。2014年3月に当時の嘉田由紀子滋賀県知事がつくりました。
「氾濫の危険のあるところに極力住まないようにする、住むならばそれなりの対応策をとること」を具現化した条例です。
しかし、残念ながら、その後、滋賀県のほかに流域治水推進条例を制定する自治体は出てきていません。また、国土交通省もそのような動きがありません。

治水の教訓/土地の歴史を共有せねば
(神戸新聞2018/07/1)2https://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/201807/0011437332.shtml

西日本豪雨は九州から東海まで広範囲にわたって災害をもたらした。温暖化による気候変動で、河川の氾濫や大規模な土砂崩れがどこにでも起こりうることを痛感させられた。
ただ、甚大な被害を受けた場所には、過去にも水害に襲われていた所も少なくない。住んでいる土地ではどういう災害が起きやすいかを知り、命を守るための備えを強化したい。
岡山県倉敷市真備町地区では高梁川の支流の堤防が決壊した。地区の3割に当たる1200ヘクタールが浸水し、家屋にいた高齢者ら40人以上が犠牲となった。
同地区は1972年にも洪水被害を経験している。市は浸水域を示すハザードマップを各世帯に配布し、氾濫を防ぐために支流の合流地点を変える工事が秋に始まる予定だった。
そうした地区の特性が、住民に十分伝わっていたのか疑問だ。決壊の危険性が十分に認識されていれば、避難を早め多くの命が救われた可能性がある。
広島市では山裾の住宅団地が土石流に襲われた。4年前にも別の山裾で大規模な土砂災害があり、何度も土石流が重なった上に住宅が造成されたことが明らかになっていた。
同様の危険性がある急斜面の住宅団地が市内に多数あり、対策の必要性が指摘されていた。今回の現場に教訓が生かされていたのか、検証が必要だ。
家を建ててはいけない所という伝承が、開発の中で消える。災害の歴史を伝える地名が市町村合併などで変わってしまう。
土地の評価が下がるからと、過去の災害情報は積極的に公表されてこなかった。結果、水害の危険性が高い場所に建てられた病院や学校も珍しくない。経済成長の中で、先人の教訓が日本中で軽んじられてきたことも省みるべきだ。
今回の水害では、ダムの放流や流木で被害が拡大した例も多く見られる。土砂が蓄積してダムの貯水力が失われていることや、人工林が荒廃しているといった上流の実態も、下流の住民の命にかかわる情報だ。
総合的な治水を進めるために歴史と教訓を地域全体で共有し、災害に強い地域づくりに生かしていかねばならない。

ダム放流急増、伝わったか 愛媛・西予、2キロ下流で5人犠牲

2018年7月11日
カテゴリー:

ダム放流急増の問題を取り上げた朝日新聞の記事を掲載します。
京都大教授が、「ダムがなければもっと大量の水が下流に流れ、大きな被害が出ていたのは間違いない」と語っていますが、冗談ではありません。
ダムの下流はダムによる洪水調節効果があることを前提にして河道の設計がされているのですから、ダムが調節機能を失えば、直ちに氾濫の危険が生じます。
当てにならないダムの効果を見込んだ治水計画そのものが問題なのです。

(時時刻刻)ダム放流急増、伝わったか 愛媛・西予、2キロ下流で5人犠牲

(朝日新聞2018年7月11日05時00分)https://digital.asahi.com/articles/DA3S13579517.html?iref=pc_ss_date

(写真)大雨時に放水された野村ダム(手前)。下流には5人が犠牲になった市街地(奥)が広がる=9日、愛媛県西予市野村町、本社ヘリから、日吉健吾撮影

 西日本豪雨の影響で、愛媛県西予(せいよ)市野村町では浸水被害で5人が死亡した。上流のダムでは、下流に流される水が90分間で約4倍に増えていた。国土交通省は10日、住民への周知は適切だったとして当時の対応を明らかにしたが、同様のリスクは各地に潜んでいる。▼1面参照
■朝5時すぎ周知開始、約2時間後浸水
大雨が続く7日朝、西予市野村町を流れる肱(ひじ)川の水かさが、一気に増えた。水流が堤防を越え、約650戸が浸水。住民5人が命を落とした。当時の様子を住民はこう表現する。
「津波が襲ってくるようだった」
その直前、約2キロ上流にある多目的の野村ダム(高さ60メートル、長さ300メートル)の放流量が急増していた。
国土交通省四国地方整備局によると午前6時20分にダムは満水になりかけていた。当時、毎秒439立方メートルを放流していたが、上流から1279立方メートルが流れ込み、あふれる危険が高まっていた。放流量を増やし、午前7時50分には4倍の1797立方メートルに達した。流入量は10分前に、過去最高の2・4倍にあたる約1940立方メートルまで増えていた。
流入量まで放流量を増やす措置は「異常洪水時防災操作」という。
西予市によると、整備局からこの操作を始める見込みを最初に伝えられたのは7日未明のこと。避難情報の検討をした後、午前5時10分に防災行政無線で住民に避難指示を周知した。
「川の増水により危険ですので避難して下さい」
午前5時15分には、野村ダム管理所の11カ所の警報局が順に放水を知らせるサイレンを響かせた。
ただ、住民の女性(60)は「いつもなら空襲警報のようなサイレンの音がするのに、今回は全く聞こえなかった」と証言する。雨音が強く、避難指示は家庭にある防災無線で知った。
西予市は消防団に頼み、避難指示と同時に川の近くの家を戸別に回った。亡くなった82歳と74歳の夫婦の家にも訪ねていたという。
西予市危機管理課の垣内俊樹課長は「ダムの放流量を増やしたことや、観測史上1位の雨量だったことが、広域の浸水につながったとみられる」と話す。
今回の対応について、整備局河川管理課は「河川法に定められた操作規則に基づいて対応した」と説明する。国交省によると、豪雨に備えて3日前の4日からダムの水位を下げ、雨水を貯留できる量を350万立方メートルから600万立方メートルまで増やした。豪雨が降り始めた後は満水近くになるまで放流量を抑えたという。担当者は「雨が強まってからも河川の水位を上げないことで、住民が避難する時間を稼げた」と説明する。
石井啓一国交相は10日の会見で「西予市に対して数次にわたって情報提供を行うとともに住民への周知を行った」と述べ、適切な対応だったとの認識を示した。
(高木智也、大川洋輔、岡戸佑樹)
■「ダムなければ被害拡大」「備える訓練大切」
放流急増後、浸水被害が起きた例は珍しくない。今回の豪雨でも、京都市の観光地・嵐山で上流にある日吉ダムが6日午前7時に満水に近づき、流入量まで放流量を増やした後、夜になって下流の桂川左岸の道路が一部冠水した。
補償をめぐる訴訟に発展した事例もある。
1997年の台風19号で、当時の宮崎県北川町(現延岡市)などの約700世帯が浸水、1人が死亡した。上流の北川ダム(大分県佐伯市)では、異常洪水時防災操作をして放水量を増やした。住民らは管理する大分県に損害賠償を求めて提訴した。しかし、大分地裁は2002年の判決で「雨量の急激な増加は予見できず、管理上のミスとはいえない」などと訴えを退けた。
京都大防災研究所の中北英一教授(水文気象学)は、「上流からの流れをダムで調整し、下流に流しているので、ダムがなければもっと大量の水が下流に流れ、大きな被害が出ていたのは間違いない」と話す。
北海道大学大学院の山田朋人(ともひと)准教授(河川工学)は「堤防や遊水池の整備などの複合的な対策のほか、ダム関係者と地域の人との水害に備える訓練も大切になってくる」と指摘する。
(岡田匠、村上潤治)

西予・野村 濁流おびえ数時間 愛媛県内豪雨災害 あっという間 水が (野村ダムの放流)(広島の野呂川ダム)

2018年7月8日
カテゴリー:

愛媛県肱川では国土交通省の野村ダムが放流量を増やしたあと、下流の流域で浸水する地域が相次ぎ、自宅付近や車で移動していた5人が死亡しました。
このことを詳しく伝える愛媛新聞の記事を掲載します。なお、野村ダムは総貯水容量1,600万㎥、洪水調節容量350万㎥、集水面積168㎢のダムです。

広島県の野呂川ダムでも満水になり、下流域の住民に対し、大至急避難するよう、呼びかける危機的な状況が起きました。
広島県の野呂川ダムについての記事も掲載します。なお、野呂川ダムは総貯水容量170万㎥、洪水調節容量105万㎥、集水面積13㎢のダムです。


西予・野村 濁流おびえ数時間 愛媛県内豪雨災害 あっという間 水が

(愛媛新聞2018年7月8日(日))https://www.ehime-np.co.jp/article/news201807080013

愛媛県西予市では野村ダムが放流量を増やした7日早朝から午前にかけ、下流の宇和川(肱川)流域で浸水する地域が相次ぎ、旧野村町中心部では自宅付近や車で移動していた5人が死亡。十数人が増水の速さに逃げ遅れ2階建ての屋根に上がり、濁流の恐怖におびえながら数時間救助を待った。
野村中学校に避難した女性(56)は、被害の激しかった東岸に住んでおり、午前6時10分ごろ川を確認したときには切迫感は感じなかったという。「ダム放流が始まる」との消防団の呼び掛けがあり、車で避難しようと準備していると一気に水が住宅街に流れ込み、車が流され始めた。
車での避難を諦めて夫(55)と里帰り中の娘(25)と急いで屋根に上がると、水位が2階天井近くに。「どこまで水位が上がるか分からず、生きた心地がしなかった」と振り返り「前日夜まで、こんな大災害になるとは思わなかった。避難指示や放流をもっと早く知らせてほしかった」と話した。
介護施設職員の女性(64)は、商店街付近の親族に声を掛け高台へ避難。「家や車が川に流されて橋脚にぶつかるのを見て、人が中にいなければいいと祈っていた。現実感がなかった」と振り返った。
野村ダムでは記録的降雨でダムが満水になり、7日午前6時20分にダムに入ってくる水量と同量の水を下流に放流する操作を開始。野村地区の男性(75)は「避難が間に合わなかった。もう少し段階を踏んで放流できなかったものか」。さらに下流に住む自営業男性(74)は「午前6時半ごろは水位に余裕があったが、30分後には冠水していた。代々100年以上ここで店をやっており1943年の大水害でも道路は冠水したと聞いていたが、今回は店の中まで漬かった」と驚いていた。
【宇和島・吉田 ごう音 声かき消す】
会話や防災無線もかき消すごう音―。7日明け方から、宇和島市を猛烈な雨が襲った。またたく間に川の水かさは増し、吉田地域を中心に土砂崩れや床上浸水などが発生。住民は体験したことのない甚大な被害に不安な一日を過ごした。
搬送された同市吉田町立間の男性の近所の男性(77)によると、男性は裏のミカン山から落ちてきたモノラックを取り除こうとしていて土砂にのみこまれた。男性の妻の助けを呼ぶ声を聞き、近所の男性らが駆け付けたが、次々と襲い来る水や泥に阻まれ救助は難航した。
近所の男性方も流木でふさがれ「外に出ようにも身動きがとれない。今朝の雨はすごく、あっという間に水が来た。こんなことは初めて」と不安をにじませた。
宇和島消防署や宇和島署は、宇和島海上保安部の巡視船や警察船も利用し救助に向かった。要請に対応が追いつかないとして、市を通じて自衛隊の派遣を要請。負傷者の搬送や行方不明者の捜索は終日続いた。
市中心部と吉田地域を結ぶ国道56号は、冠水や土砂流入で通行止めに。同市吉田町沖村では主婦の女性(67)がぼうぜんとしてた。女性によると、午前8時ごろから冠水。勢いは増し、最大1メートル以上の水が押し寄せた。1階は畳も浮き上がった。女性は「この土地に来て約50年だが、こんなひどい水害は初めて。大事にしてきた家具などが台無しになった」と肩を落とした。
吉田地域は広範囲で断水や停電が発生し、片付けや情報収集もできない状況。地域のスーパーも臨時休業し、女性(66)は、品薄のコンビニでなんとかおにぎり3個を買った。「市職員らも来てくれない。夜が過ごせるか心配」と不安を打ち明けた。
同地域中心部で午前9時ごろに1メートルに達したという水は夕方には引き、泥が残されていた。市立吉田病院(吉田町北小路)は自家発電などでしのいでいる状態といい、病院勤務の男性は「今日明日はなんとかしのげるが月曜以降もこの状態だと苦しい」と苦悶(くもん)の表情を浮かべた。

(写真)宇和川の氾濫で市街地に濁流が流れ込み、建物などを押し流す=7日午前8時50分ごろ、西予市野村町野村(2階建て住宅の屋根に避難した女性が撮影)村(2階建て住宅の屋根に避難した女性が撮影)

(写真)大雨で床上浸水した家屋。畳が浮き上がり家財道具が散乱していた=7日午後4時20分ごろ、宇和島市吉田町沖村

 

「大至急避難を」広島・野呂川ダムの下流住民に呼びかけ

(朝日新聞2018年7月7日07時22分https://digital.asahi.com/articles/ASL772CM8L77PITB007.html

広島県によると、7日午前5時50分ごろ、呉市を流れる野呂川上流の野呂川ダム(呉市安浦町)が降雨によって満水となった。あふれた水で野呂川が氾濫(はんらん)する危険性が高まったため、県が下流域の住民に対し、大至急避難するよう呼びかけている。

増水の川にダムから放流 歴史的大雨は治水能力を超えた
(ウェザーニュース2018/7/8(日) 15:39配信 ) https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180708-00004259-weather-soci

ダムが調整できる量を上回る事態に
西日本の広いエリアで記録的な大雨となり、多くの川で氾濫危険水位を超過、一部では氾濫も発生しました。そんな中、川が増水している状況にも関わらず、7日(土)には京都府桂川上流の日吉ダムや広島県野呂川の野呂川ダムでは放流が行われ、下流の水位が上昇しました。

よく知られているダムの役割としては、水源としての貯水がありますが、それ以上に大きな役割としては治水があります。川に流れる水の量を調整し、洪水の発生を防ぐことです。

ダムだけで全ての洪水を防げるわけではない
今回は記録的な大雨で、ダムが調整できる量を上回る事態となりました。野呂川ダムでは7日(土)5時前にただし書き操作開始水位(※)を超えたため放流を開始。下流で浸水被害が発生しました。

想定以上の水位になることで、ダムそのものが決壊することを防ぐための措置で、行う場合は下流住民への周知などを含めた確認実施後と決められています。

ダムだけで全ての洪水を防げるわけではありませんので、こうした事態もありうるということは、知っておくと良さそうです。

(※)ただし書き操作開始水位とは…
洪水調節容量の8割程度に相当する水位であり、洪水調節を行うダムにおいて想定された計画洪水量を超える洪水が発生し、このままではダム水位がサーチャージ水位(洪水時にダムが洪水調節をして貯留する際の最高水位)を越えると予想されるときに行われるダム操作を開始する基準となる水位のことです。

ダム放流、迫られた厳しい判断 「想定外の状況だった」(日吉ダムと野村ダム)

2018年7月8日
カテゴリー:

7月5日からの記録的な豪雨で西日本の各地で大きな被害が発生しました。51人死亡 6人重体 46人安否不明というすさまじい被害となりました(NHK7月8日7時のニュース)。
この豪雨水害に関する記事を掲載します。
愛媛県の肱(ひじ)川では、国土交通省の野村ダムの放水量が一気に増加したことなどにより、逃げ遅れた5人がなくなりました。
また、京都府の桂川では水資源機構の日吉ダムで貯水能力を超える恐れが生じ、6日夕に毎秒約900トンの放流を始めたため、水位が急上昇し、氾濫した水が道路に流れ込みました。
想定以上の雨量が増れば、洪水の調節機能を失って、逆に水害を増大させるのがダムなのです。

なお、日吉ダムは総貯水容量6,600万㎥、洪水調節容量4,200万㎥、集水面積290㎢のダムです。

ダム放流、迫られた厳しい判断 「想定外の状況だった」
(朝日新聞2018年7月8日)https://digital.asahi.com/articles/ASL775CYGL77PTIL027.html?iref=comtop_8_07

 「ここまで広範囲の大雨は、私の記憶の中でもかなり珍しい」。気象庁の梶原靖司・予報課長は7日の記者会見で、今回の記録的な大雨をこう表現した。
• JR西日本、在来線の大半を8日始発から運行
• 西日本の鉄道や高速道寸断 物流混乱、経済活動に影響も
数十年に一度の重大な災害が予想される場合に出される大雨特別警報。気象庁は6日午後5時10分、福岡と佐賀、長崎の3県で発表。その日のうちに広島、鳥取、岡山、兵庫、京都の5府県で出し、7日に入って岐阜県でも発表した。2013年に運用を始めて以来、9府県で発表したのは初めてだ。これまでは3自治体が最大だった。
「記録的な大雨」はデータが物語っている。
• 各地の大雨情報はこちら 雨雲の様子 交通情報
西日本では5日昼すぎから雨脚が強まり始めた。気象庁によると、岡山県内の7日昼までの48時間降水量は、鏡野町で421・5ミリを観測したのをはじめ、25カ所の観測地点のうち20カ所で観測史上最大を記録。残りの5カ所でも7月の観測史上最大の48時間降水量を観測した。広島県内でも33カ所のうち24カ所で観測史上最大を記録した。
広い範囲で長時間にわたって降り続いた雨は、河川に流れ込み、各地で氾濫(はんらん)を引き起こした。
「本当にもう、驚きました。2日間で約300ミリ近くという大雨が一気に降った」。日照時間が長く、「晴れの国」とも呼ばれる岡山県を襲った豪雨について、倉敷市の伊東香織市長は7日夕、やつれた表情で言葉を振り絞った。
倉敷市真備(まび)町では、1級河川の高梁川の支流の小田川などで堤防が切れ、約700ヘクタールの範囲で浸水。屋根の上や木によじ登り、助けを求める人が相次いだ。救助が難航していることについて伊東市長は「一番大きな原因は、浸水域が広くなっていること。ボートを使って近づくことになり、難しい」と述べた。

堤防超えた水流
愛媛県西予(せいよ)市野村町の肱(ひじ)川では、水流が堤防を越え、逃げ遅れた5人が遺体で見つかった。両岸の地区で床上浸水約570戸、床下浸水80戸に及んだ。
西予市は3~4キロ上流の野村ダムの放水量が一気に増加したことが原因の一つとみている。野村ダムは7日午前6時すぎ、放水量を1時間前の4倍以上に増やした。ダムを管理する国土交通省四国地方整備局野村ダム管理所によると、上流河川が未明に氾濫危険水位に達し、ダムも満杯になって貯水能力を超える恐れがあったためという。
担当者は「今回はダム周辺に長時間、雨が降り続いた特異なケース。こんな状況での大量放水は想定していなかった。やむを得ない措置だった」と説明する。
ダム管理所は放水の1時間前、サイレンや市内アナウンスでダム放水に伴う河川水位の情報を流し、西予市も防災行政無線で避難指示を呼びかけたという。愛媛県の中村時広知事は「本当に難しい判断だと思う。マネジメントを間違えると逆に決壊ということにもつながる」と述べた。
観光名所の京都・嵐山を流れる桂川では6日夜に水位が急上昇し、氾濫(はんらん)した水が道路に流れ込んだ。近畿地方整備局によると、上流の日吉ダムで貯水能力を超える恐れが生じ、6日夕に毎秒約900トンの放流を始めたためという。

各地で土砂崩れ「現場に近づけず」
土砂崩れも各地で頻発した。広島、愛媛、岡山、京都、兵庫など、広範囲で死者や行方不明者が出た。
4年前の土砂災害で77人が死亡した広島県では、今回の大雨による死者・行方不明者が50人を超えた。「広島県内も広島市内も、救助の必要な場所が多すぎる」。広島市危機管理室の担当者は悲鳴を上げた。
現場に至る道は、土砂や冠水で容易に近づけない状態だ。記者会見した松井一実市長は「なかなか現場に近づけない。救助を待っている人もいるので、早急に対応したい」と述べた。
7日午前に記者会見した菅義偉官房長官は「全国に広がるような形で、東日本、西日本、さらには北日本にかけて、記録的な大雨になる恐れがある」と注意を呼びかけた。

1 / 4212345最後 »

↑ このページの先頭へ戻る