水源連:Japan River Keeper Alliance

水源開発問題全国連絡会は、ダム建設などと闘う全国の仲間たちのネットワークです

ホーム > ニュース > 報道

ニュース

報道

ダムがなくなり川に魚が戻ってきた、米国の例 川を埋め尽くす魚たち、ダム撤去でこれだけ変わった

2020年9月6日
カテゴリー:

アメリカではダムの撤去により、川に魚が戻ってきたというナショナル ジオグラフィックの記事を掲載します。

うらやましい限りです。

日本では数が減ったとはいえ、いまだに新規のダム建設が続けられていて、ダム撤去は球磨川の荒瀬ダムだけです。

その球磨川では今、川辺川ダム計画の復活が画策されています。

 

ダムがなくなり川に魚が戻ってきた、米国の例

川を埋め尽くす魚たち、ダム撤去でこれだけ変わった

(ナショナル ジオグラフィック日本版2020.09.06)https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/082900502/

米国メーン州のミルブルック川を遡上するニシン科の魚、エールワイフ。春になると産卵のためにハイランド湖をめざす。(Photograph by Brian Skerry)

6月初旬、私はシュノーケルを身に付け、米国メーン州の森を流れるミルブルック川の冷たい水中を漂っていた。銀色の美しい魚たちが私の体にぶつかってくる。ポートランドの市街地から10キロと離れていないこの川では、ニシン科の魚エールワイフがハイランド湖へ遡上する18キロの旅の途中だ。

体長25センチほどのエールワイフは、側面に硬いうろこをもつことから「ソーベリー(のこぎり腹)」とも呼ばれる。彼らは海で4年ほど過ごした後、生まれた場所へと戻る。今、川にある滝の下に集まっているこのエールワイフたちは、ハイランド湖までの残り約5キロメートルを上っていくために、次の雨で川の水量が増すのを待っているところだ。

動画:淵に集まるエールワイフ(STEVE DE NEEF)

ミルブルック川へのエールワイフの遡上は、250年以上の間、ダムによって妨げられていた。2002年にダムが撤去されて以来、遡上するエールワイフは年7万匹まで増加した。(Photograph by Brian Skerry)

彼らが泳ぎ回る姿に、私は魅了された。まるで自然の豊かさと容赦のなさを象徴しているかのようだ。

とは言うものの、ミルブルック川や、ミルブルック川が合流するプレサンプスコット川には250年以上もの間、エールワイフはいなかった。

彼らが戻ってきたきっかけは、2002年にダムが撤去されたことだった。これはつまり、メーン州沿岸の大きな水圏生態系において、障壁が1つ取り除かれることを意味していた。

エールワイフが戻ってきたのを機に、地元の非営利保護団体「プレサンプスコット・リージョナル・ランド・トラスト」は、ハイランド湖からプレサンプスコット川に合流するまで約10キロにわたるミルブルック川流域を保護することにした。5年ほど前には川沿いの自然歩道がオープンし、毎年5月中旬から数週間、主にポートランド近郊の州民たちがエールワイフを見にやって来るようになった。

(CHRISTINA SHINTANI, DIANA MARQUES AND SOREN WALLJASPER, NG STAFF SOURCES: MAINE OSM; NOAA; IUCN; PRESUMPSCOT REGIONAL LAND TRUST)

「戻ってきたエールワイフの様子を見ていると、とても幸せです」。ミルブルック川の淵に立ってそう話すのは、ザック・ホワイトナー氏だ。ポートランド市を拠点とするメーン湾研究所で、エールワイフの生活史を10年以上調査してきた生物学者である。

「先行きに希望を見出しづらい気候変動の問題や、乱獲や水温上昇によりメーン州でタラなどの漁業が低迷しているという課題はあるにしても、これだけポートランドに近い場所で生態系が回復しているのを目の当たりにするのはうれしいことです」

ホワイトナー氏によると、メーン州では60〜100回のエールワイフの遡上が確認されており、ダムが撤去されるにつれその数は増えているという。エールワイフのほかにもサケやシャッド、チョウザメ、ウナギなどが戻ってきている。ホワイトナー氏はほかの数字も挙げた。エドワーズダムの撤去によって推定500万匹のエールワイフが、2012年のグレートワークスダム撤去および翌年のヴィージーダム撤去によって200万~300万匹が遡上するようになったという。

ホワイトナー氏はエールワイフに格別な思い入れがある。近縁種であるタイセイヨウニシンは海で一生を過ごすが、淡水で生まれ海で成熟するエールワイフは陸の生態系を移動していく。「州内で1500万匹が川や池へ入ってきて、多くのエネルギーと栄養素を淡水系に持ち込みます」ホワイトナー氏はそう説明する。「実際、あらゆる生物がエールワイフを餌とするのです」

淡水においても海水においても、エールワイフを食べる生物はたくさんいる。アザラシ、クジラ、ワシ、ミサゴ、サギ、ミンク、スカンク、アライグマ、カワウソ、アメリカグマ、そして他の魚たち。さらには、食べ残しにありつく昆虫やザリガニ、微生物などもいる。

エールワイフとゴゼンタチバナ、ナカギンコヒョウモン。メーン州ミルブルックにて。 (ART BY JAMES PROSEK)

メーン州カスコ湾にある小さな島でロブスターを釣って育ったホワイトナー氏は、エールワイフは人間にとっても貴重な資源なのだと言う。エールワイフは、春にロブスターやオヒョウを釣るための新鮮な餌となるのだ。エールワイフが戻ってくるまでは、多くの釣り人が冷凍のタイセイヨウニシンを釣り餌にしていた。また、メーン州にはエールワイフを燻製にする伝統があるという。「他のどんな魚よりも塩辛くて骨と脂だらけですけれど」

春になると、釣り餌を求めて人々はエールワイフをとる。とっていい数は厳しく管理されていて、「河川ごとに管理目標や基準が決まっています」とホワイトナー氏は言う。ストライプドバスを釣るのが好きだという同氏は、ミルブルック川を遡上中のエールワイフを上限である25匹とることもあるという。

ダム撤去を加速させたサケの危機

川を蘇らせるため、水力発電ダムを撤去するという動きに米国で先鞭をつけたのはメーン州だった。1999年、ケネベック郡のエドワーズダムの撤去が最初の例だ。翌年、メーン湾のタイセイヨウサケが絶滅危惧種法のリストに載ったことをきっかけに、ダム撤去の動きが加速した。この頃、州内で遡上するサケは1000匹に満たないと考えられていた。エールワイフなど、サケに比べると知名度が低い魚も、サケ保全の恩恵を受けることとなった。

エールワイフは、ミンクやアライグマなど多くの動物の胃を満たすだけでなく、私たちの心をも満たす。数週間におよぶ春の遡上シーズン中、ポートランド市近郊からエールワイフを見ようと多くの人がミルブルック川にやってくる。(Photograph by Brian Skerry)

ダムの撤去には多くの費用と労働力が必要だ。エドワーズダムの場合は700万ドル以上かかっている。しかし、見返りはすぐにやって来る。陸と海における生命の自然な流れが取り戻されるからだ。

1730年代、ファルマスという町の製材所の動力を得るために、プレサンプスコット川に河口近くに堰堤が建設された。これによって、エールワイフがハイランド湖に遡上することはできなくなった。1898年、堰堤はさらに強化されて水力発電所となり、スメルトヒルダムと呼ばれるようになった。およそ100年後の1996年、洪水による大きな被害があったことを機に、撤去の決定が下された。(参考記事:「川に巨大な氷の円盤が出現、どうやってできた?」

一方で、生物学者たちはハイランド湖にエールワイフを放流していた。ダムがなくなれば、彼らは海へと出て行って、やがて戻って産卵するのではないかと期待したからだ。そしてその通りのことが起こった。川は蘇り、海から戻るエールワイフは年を追うごとに増えていった。今日、プレサンプスコット川、ミルブルック川、ハイランド湖と春に遡上してくるエールワイフは、およそ7万匹にのぼるとホワイトナー氏は言う。

エールワイフは、生物たちの栄養分になると同時に、私たちにとっては精神的な栄養になっている。今年、ミルブルックで自然が見せた回復力は、新型コロナウイルス感染症のパンデミックのさなかで、より一層胸に響くものに思えた。人々は鳥の鳴き声を聞きながら、緑が生い茂る川沿いを歩き、上流を目指して水かさが増すのを待つエールワイフの姿に感嘆する。子どもたちの顔は驚きに満ちていた。

ミルブルックにおける今期のエールワイフの増加は、喜ばしい半面、心配になる点もあると、プレサンプスコット・リージョナル・ランド・トラストのディレクターであるレイチェル・カラン・アプス氏は言う。川岸に集まる人が増えると、魚たちにストレスがかかりかねないというのだ。

「遡上が再び起こるようになったのは、多くの人々が気にかけ努力してきたからです」と同氏は言う。「これからも魚たちを圧倒することなく、見守っていかなければなりません」

淡水の環境には、1万種を超す魚が生息しているが、現在、その多くが絶滅の危機に瀕している。人々に淡水の生き物たちに目を向けてもらおうと、写真家が奮闘した。(写真=DAVID HERASIMTSCHUK)

文=James Prosek/写真=Brian Skerry/訳=桜木敬子

川辺川ダム議論再燃に不快感 元本体建設予定地の熊本・相良村長「まずは現実的対策を」

2020年9月4日
カテゴリー:

川辺川ダム計画のダム本体の建設予定地だった熊本県相良村の吉松啓一村長のインタビュー記事を掲載します。

「ダムがあれば効果があった、なかったという議論の前に、まず現実的なことをしてほしい。堤防のかさ上げや住宅のかさ上げ、遊水池の整備もしていないのにその先の議論はできない」という村長の話はその通りだと思います。

堤防のかさ上げや住宅のかさ上げ、河床の掘削など、行うべき治水対策をきちんと実施してこなかったから、7月の豪雨で氾濫被害が大きく拡大したのだと思います。

 

川辺川ダム議論再燃に不快感 元本体建設予定地の熊本・相良村長「まずは現実的対策を」

毎日新聞2020年9月3日 20時21分) https://mainichi.jp/articles/20200903/k00/00m/040/200000c

(写真)「ダム議論の前にできることをやって」と訴える熊本県相良村の吉松啓一村長=熊本県相良村の村役場で2020年9月2日午前10時56分、平川昌範撮影

九州豪雨で氾濫した球磨川の治水対策について、支流の川辺川ダム計画でダム本体の建設予定地だった熊本県相良村の吉松啓一村長(66)が2日、毎日新聞のインタビューに応じた。蒲島郁夫知事が2008年に計画の「白紙撤回」を表明した背景には、相良村の当時の徳田正臣村長らが建設に反対していたことがあった。20年3月に就任した吉松村長は、村が要望してきた堤防のかさ上げなどの対策が進まないままダム議論が再燃していることに不快感を示し、「まずは現実的対策を」と訴えた。【聞き手・平川昌範】

――村の被害状況は。

◆川辺川と球磨川本流との合流地点周辺で、特に大きな被害が出た。球磨川の水位が高くなり、川辺川の水が流れていかずにあふれる「バックウオーター」が起きたと見ている。堤防を越流し、水田や家屋、小学校も水につかった。多くのボランティアに来てもらい、非常に助かった。

――復旧について課題は。

◆(村の要望で実施されてきた)河川の掘削はだいぶ効果があったが、(県に)希望しても、できるのは一部だ。堤防のかさ上げは実施されていない。(地区を堤防で囲む)輪中堤(わじゅうてい)も議論されたが実現していない。下流では(川幅を広げる)引き堤や住居のかさ上げが進められているが、相良村では実施されておらず、遊水池もできていない。

――今回の災害を受け、蒲島知事が「川辺川ダムも選択肢の一つ」と発言した。

◆ダムがあれば効果があった、なかったという議論の前に、まず現実的なことをしてほしい。堤防のかさ上げや住宅のかさ上げ、遊水池の整備もしていないのにその先の議論はできない。今回の災害後も住民からは「堤防を上げていてくれれば」「河川掘削をしてくれていれば」といった声が寄せられている。川辺川の管理をしているのは国や県だ。(国と県、球磨川流域の12市町村による豪雨被害の)検証委員会では、こういった部分を検証してもらいたい。

――相良村は徳田前村長が08年に川辺川ダム反対を表明し、12市町村でつくる「川辺川ダム建設促進協議会」から一時脱退したが、今回の豪雨災害後に復帰した。促進協は8月、「県や国は川辺川ダム建設を含む抜本的な治水対策を講ずるべきだ」と決議した。

◆それは(12市町村)共同(での決議)だから。全体でどうだろうかという発案だ。住民から「促進協に入ってほしい」と言われ、状況を説明しなければいけない(ので復帰した)。やはりダム計画に(直接)関係のある自治体は慎重だ。

――過去2代の村長はダム計画に反対した。

◆それは個人(的な考え方から)でしょう。相良村は1963、64、65年に水害があり、「これじゃあだめだ」ということで、ダム推進を議会も議決し、村長も(建設の)要望書を出した。それがずっと続いている。蒲島知事や前村長が反対したのは政治的なものもあったんだろう。

――ダム計画では、隣の五木村だけでなく相良村でも60戸が移転を余儀なくされた。

◆移転して良かったのか、そのままが良かったのか、それぞれの考えがある。ダム計画が発表されてから約50年。長い。世代も、(生活)様式も、自然も変わっている。昔のものをどうこうではなくて、新しい起点で(今の)村民の意見を聞きながら村政を進めたい。

(ダム計画への賛否が)はっきりしている人もいるだろうが、それ以外の人が大半だ。だから(国や県には)村民が望むことをしてもらいたい。それをせずに、その先の(ダム建設の)ことを言えば、村民は違和感を感じる。(ダムで)翻弄(ほんろう)するよりも、現実にできる対策を急いでもらいたい。急がないと国や県への信用はもうなくなってしまう。

――復旧への国の支援はどうか。

◆足りていない。村では橋が流失し、農地(の被害)も大変だ。大きな水路が3カ所崩壊した。ただ、人的被害が出なかった。住民が協力して避難したのが私たちの誇りだ。浸水した高齢者施設も非番の人が対応し、利用者たちは体育館に避難した。村の職員たちが農業も復興に向けて進めている。早く住民が安定した生活ができるように頑張りたい。

川辺川ダム「今の民意、測るべきだ」 県の復旧・復興有識者会議

2020年8月31日
カテゴリー:

昨日(8月30日)、7月の豪雨災害からの復旧・復興のベースとなる考え方や方向性を議論する「くまもと復旧・復興有識者会議が熊本県庁で開かれました。

そこで、川辺川ダムについていくつかの意見がでました。

その記事を掲載します。

熊本県のHPに有識者会議と会議後取材の動画、有識者会議の資料が掲載されています。

【8月30日】令和2年7月豪雨に係る「くまもと復旧・復興有識者会議」https://www.pref.kumamoto.jp/kiji_35658.html

【有識者会議動画】(外部リンク)

【有識者会議後取材対応動画】(外部リンク)

 有識者会議資料(PDF:22.66メガバイト

 

川辺川ダム「今の民意、測るべきだ」 県の復旧・復興有識者会議

(熊本日日新聞2020年8月31日 09:31 )https://kumanichi.com/feature/kawabegawa/1585447/

写真)「くまもと復旧・復興有識者会議」の終了後に会見する蒲島郁夫知事(左)と五百旗頭真座長=30日、県庁

30日に県庁で開かれた県の「くまもと復旧・復興有識者会議」では、豪雨災害後に国と県が設けた委員会で検証が進む川辺川ダムについても「建設の是非を判断する場合は、今の流域住民の民意をしっかり測るべきだ」などの意見が出た。
川辺川ダム建設の是非を判断するため、蒲島郁夫知事が2008年に設置した有識者会議の座長を務めた金本良嗣・電力広域的運営推進機関理事長は「ダムの治水効果は大きいが、反対している人が挙げる環境面などの危惧にも理由がある。プラスマイナスを踏まえて判断してほしいという(有識者会議の)結論だった」と当時を振り返った。
その上で「ダムを造っても水害は起きるかもしれない。将来の不確実性を認識した上で関係者間の合意を作っていくべきだ」と指摘した。
東京大大学院の谷口将紀教授(政治学)は、蒲島知事が「流域住民の民意はダムによらない治水を追求することにある」として建設計画を白紙撤回した経緯に言及。「今回も、今の流域住民の価値観がどこにあるかという視点で判断すればいいのではないか。できれば住民投票や討論型世論調査などを行うべきだ」と提案した。
蒲島知事は終了後の記者会見で「民意の捉え方はさまざまある。会議で出された考え方も考慮しながら総合的に決めていく」と述べた。(内田裕之)

 

「くまもと復旧・復興有識者会議」蒲島知事、民意把握の道筋示さず

(西日本新聞2020/8/31 6:00) https://www.nishinippon.co.jp/item/n/640252/

(写真)豪雨災害からの復旧・復興について話し合った有識者会議

熊本県は30日、7月の豪雨災害からの復旧・復興のベースとなる考え方や方向性を議論する「くまもと復旧・復興有識者会議」(座長・五百旗頭(いおきべ)真兵庫県立大理事長)を開いた。建設が中止された川辺川ダムの是非論が再燃する中、蒲島郁夫知事は、政策決定に必要な「科学的根拠」は国や県、流域12市町村で構成する豪雨検証委員会で示されるとの考えを示す一方、合意形成の道筋については明言を避けた。

有識者会議では、テレビ会議方式を含め委員7人が参加。災害の様相の分析や治水へのアドバイス、政策決定の考え方について意見を述べた。川辺川ダムの是非に関する具体論はなかった。県が11月をめどに策定する「復旧・復興プラン」に反映させる。

議論のベースとして金本良嗣・電力広域的運営推進機関理事長は「ダムがあれば水害はまったく起こらないかというと、そうとは限らない。不確実性を踏まえて」と強調。谷口将紀・東京大大学院法学政治学研究科教授は「人吉球磨地域は非常に良く(水害に)備えておられたが、この備え以上のプラスアルファを議論すべきだ」と訴えた。

被災地を視察した上で、河田恵昭・関西大社会安全研究センター長は「人吉市街地は盆地の傾斜地。(越流した水が)川のように流れた。通常の浸水とは違う」と指摘。古城佳子・青山学院大教授は「2階以上の高さの逃げる場所が現地にない。人命を考えると議論する必要がある」と問題提起した。

坂東眞理子・昭和女子大総長は「民意はSDGs(持続可能な開発目標)に向かっている。この地球を持続できるような環境にするための『グリーン・ニューディール』を球磨川流域から発信していただきたい」と提案。蒲島氏は「きょうの議論で方向性が明確になった」と述べた。

一方、今後の政策決定の過程について蒲島氏は「政治は、民意に誠実に沿って忠実にやる部分と、民意を超えるリーダーシップが必要。民意を超えるリーダーシップを発揮するには科学的根拠が必要」と発言。科学的根拠については「今の検証委員会がこれに一番近い」と述べた。

だが「民意」の捉え方について問われると「各市町村長の意見が民意を代表しているという考え方もある」「民意の変化をしっかり捉えるには時系列で見なければならない」と二つの「考え方」を示した上で「(ダム建設の白紙撤回を表明した)2008年の民意と、今(の民意)は絶対違うと思う。さまざまなことを考えて決めていきたい」と述べるにとどめた。 (古川努)

 

九州豪雨 豪雨復旧・復興有識者会議、川辺川ダムにも言及 /熊本

(毎日新聞熊本版2020年8月31日) https://mainichi.jp/articles/20200831/ddl/k43/040/303000c

「くまもと復旧・復興有識者会議」が30日、熊本県庁で開かれ、九州豪雨からの復興方針などについて意見交換した。

アジア調査会長の五百旗頭(いおきべ)真座長ら有識者計7人が参加。同会議は2016年の熊本地震を契機に、復興の考え方や中長期的な方針を議論する場として始まったが、今回は7月の豪雨災害で甚大な被害を受けた球磨川流域の復興推進のために開催された。

会議では、08年に蒲島郁夫知事が計画を白紙撤回した川辺川ダムについても言及があり、谷口将紀(まさき)・東大大学院教授は「治水方針が定まらなければ町づくりの方針が立てられない」と指摘。その上で「08年に民意を受けて撤回を表明したのと同様に、20年の民意に従ったらいい」などと提言した。【清水晃平】

川辺川ダムあれば「水量4割減」 7月豪雨で国交省試算

2020年8月26日
カテゴリー:

昨日(8月25日)、球磨川豪雨検証委員会(国土交通省、熊本県、流域12市町村で構成)が開かれました。

その記事とニュースを掲載します。

国交省は川辺川ダムがなかったから、今回の大氾濫になったのだというストーリィのもとに昨日の委員会で報告しました。

国交省の資料は八代国道河川事務所のHPに掲載されています。

開催資料 http://www.qsr.mlit.go.jp/yatusiro/river/index/index.html

第1回 令和2年 8月25日開催

【 議事次第出席者名簿座席表規約(案)説明資料(1/3)説明資料(2/3)説明資料(3/3) 】

 

国交省の計算では人吉地点で7500㎥/秒の洪水が流れたことになっています。確かに未曽有の洪水であったけれども、これだけ大流量の洪水が本当に流れたのか、私(嶋津)は基本的な疑問を持っており、これから検討していきたいと思います。

国交省が言うような流量が流れたならば、ダムの緊急放流の危険性が残るものの、球磨川の治水対策として川辺川ダム計画が再登場してくることは必至です。

国交省は川辺川ダム計画を復活させる絶好のチャンスと見て、今動いています。国交省は年内にも川辺川ダムを含む治水対策案を示すと思われます。

 

国交省「ダムがあれば球磨川の流量4割減らせた」 知事が08年に計画白紙

(毎日新聞2020年8月25日 20時53分) https://mainichi.jp/articles/20200825/k00/00m/040/253000c

(写真)球磨川の氾濫で甚大な被害を受けた集落=熊本県球磨村で2020年7月7日、幾島健太郎撮影

7月の九州豪雨で大規模な浸水被害をもたらした球磨川の氾濫について検証し、将来の治水対策のあり方などを考える熊本県と国土交通省の委員会の初会合が25日、熊本市であった。国交省側は、蒲島郁夫知事が計画を白紙撤回した川辺川ダムが建設されていた場合、同県人吉市での球磨川のピーク時の流量を約4割減らすことができたとする推計を示した。

人吉市は川辺川との合流点より下流の球磨川沿いに位置しており、球磨川の氾濫で市街地で大規模な浸水被害が起きた。国交省が2007年に示した河川整備基本方針では人吉市中心部の球磨川で流せる水量は毎秒4000トンだが、河川水位などを基に試算した今回の豪雨のピーク流量は毎秒7500トン。川辺川ダムを建設していた場合は「毎秒4700トン程度まで減らすことができた」とした。今後は被害がどの程度軽減できたかなども検証する。

委員会には流域12市町村の首長らも出席し、同県芦北町の竹崎一成町長は「川辺川ダムも治水の選択肢の一つとして総合的に考えていく必要がある」と指摘した。12市町村でつくる「川辺川ダム建設促進協議会」は今回の豪雨を受け「川辺川ダム建設を含む抜本的な治水対策を講じるべきだ」と決議している。

川辺川ダムを巡っては、「民意」などを理由に蒲島知事が08年、計画の白紙撤回を表明。旧民主党政権が09年に中止を決め、県などは「ダムによらない治水」を進めてきた。終了後、蒲島知事は年内に検証結果を出す意向を示し「流域市町村長の思いは真摯(しんし)に受け止めたい」と語った。【城島勇人】

  

川辺川ダムあれば「水量4割減」 7月豪雨で国交省試算

(朝日新聞2020年8月25日 22時15分)https://digital.asahi.com/articles/ASN8T71Z8N8TTLVB00H.html?iref=pc_ss_date

(写真)川辺川ダム建設で水没予定だった五木村頭地地区。川沿いにあった役場などの公共施設や住宅は右上の高台に移転し、跡地では宿泊施設などの整備が進む=2018年8月、熊本県五木村

(写真)かつての川辺川ダム建設予定地(手前)。上方は五木村の頭地地区=2009年9月9日、熊本県五木・相良両村境付近、本社機から

国土交通省九州地方整備局(九地整)と熊本県は25日、7月の豪雨で氾濫(はんらん)した球磨(くま)川流域の治水対策を検証する合同委員会を初めて開いた。九地整はこの日、計画が中止された川辺川ダムが完成していた場合、人吉市街を流れた最大水量を約4割削減できたとする試算を示した。

九地整によると、球磨川が流れる人吉市中心部の観測所の流量として、おおむね氾濫を防げるのは毎秒約5千トン。今回は7500トンの水が流れたと推定した。市街地では最大約5メートル浸水した。

一方、球磨川上流の川辺川に計画されていた川辺川ダムがあった場合、ダムへの貯水で人吉市で流れた水量を最大37%減の毎秒4700トンに抑えられたと推定した。

川辺川ダムへの貯水は計画されていた容量の8400万トンを下回る約6300万トンと推定され、緊急放流の必要もなかったとした。

九地整は氾濫を完全に防げたかは不明としつつ、検証を進め、川辺川ダムで浸水や家屋被害をどの程度軽減できたかも示すという。

球磨川の最大支流の川辺川のダムは1965年の大水害などを受け、国が建設を計画。住民の反対運動などもあり、2008年に熊本県の蒲島郁夫知事が「白紙撤回」を表明後、民主党政権が中止を明言した。

会合後、蒲島知事は「川辺川ダムも当然一つの選択の範囲の中に必要だろうという内容だった」と話し、年内にも治水対策を固める考えを示した。(伊藤秀樹、大木理恵子)

  

球磨川に許容流量の2倍 国推計 「ダムあれば抑制も」熊本豪雨検証委

(西日本新聞 2020/8/26 6:00)  https://www.nishinippon.co.jp/item/n/638759/

(写真)豪雨で球磨川が氾濫し、多くの民家などが被害を受けた熊本県人吉市=7月4日撮影、西日本新聞社ヘリから

熊本県南部の豪雨災害で、国土交通省九州地方整備局は25日、県や流域12市町村と開催した検証委員会の初会合で、大規模な浸水被害が発生した同県人吉市付近の球磨川のピーク流量が、河道の流下能力(毎秒3600トン程度)の2倍を超える「毎秒7500トン程度」(速報値)と推定する検証結果を公表した。建設が中止された「川辺川ダム」が存在した場合、ピーク流量は流下能力の1・3倍程度に抑えられ、洪水被害を軽減できた可能性があったとしている。

ダム建設は2009年に中止されたが、計画自体は廃止されていない。県や流域自治体は「ダムによらない治水」を11年にわたり模索してきたが、熊本県内で死者65人、行方不明者2人を出した未曽有の豪雨災害に直面し、ダムの是非を巡る議論が再燃しそうだ。

出席した流域の市町村長からは、復旧計画を進めるため検証の早期終了を求める声が相次いだ。蒲島郁夫知事は会合の終了後、「決まらないと道路や橋の高さも決められない。川辺川ダムも選択の範囲。(検証の結論は)年内をめどとしたい」と発言した。

検証では、被災地の痕跡調査などで堤防からあふれた水量を割り出し、河道を流れた分と合わせてピーク時にどのくらいの流量があったかを推計した。

川辺川は球磨川最大の支流で、同市に流れ込む水量の47%を占める。検証では、53%を占める球磨川本流にある県営市房ダムが毎秒500トンを洪水調節でため込み、最大流量は同7500トンになったと推定。仮に川辺川ダムが存在すれば同2800トンを貯水し、ピーク流量は同4700トンに抑えられたとした。

ただし、九地整によると、人吉市付近の流下能力は現状で同3600トン。川辺川ダムがあったと仮定しても、ピーク流量は流下能力を上回るという。このため、河道掘削や堤防強化といったダム以外の治水策を組み合わせる必要性も示唆している。 (古川努)

 

豪雨「脱ダム」揺らす 建設の議論再燃 「川辺川」中止当時の想定超え

(西日本新聞2020/8/26 6:00)https://www.nishinippon.co.jp/item/n/638748/

(写真)球磨川豪雨検証委員会で話す熊本県の蒲島郁夫知事=25日午後、県庁(写真)九州地方整備局の村山一弥局長=25日午後、熊本県庁

球磨川の流量許容の2倍

熊本県南部の豪雨を契機に、氾濫した球磨川の治水を巡る議論が活発化している。焦点は、2009年に建設が中止された「川辺川ダム」。線状降水帯がもたらした洪水はダム推進、反対の双方が当時主張していた想定を超え、治水策の「土台」が揺らぐ。いかにして流域住民の生命と財産を守るのか-。行政と流域は、大きな課題を突き付けられた。

「川辺川ダムがあれば被害は軽減された」-。25日、国土交通省九州地方整備局と県、流域12市町村長らが集まった「球磨川豪雨検証委員会」の初会合で、九地整が示した検証結果の趣旨だ。

九地整はこれまで「80年に1度」の洪水に対応できる基準として、人吉市付近の球磨川のピーク流量を毎秒7千トンに設定。これを川辺川ダムや既存の県営市房ダムで貯水し、流量を同4千トンに抑える方針を基本として議論してきた。

だが、想定を超える豪雨で、この「土台」は崩れた。検証結果では、現状で毎秒3600トンしか安全に流せない地点の流量が、ピーク時には同7500トンに達したと推定。1秒間に3900トンもの水が、川からあふれたことになる。

従来の基本方針では対応できなくなったことで注目を集めているのが、11年前に「幻」で終わったはずの川辺川ダム。ダムは国が1966年に計画を発表したが、地元で根強い反対運動が続き、2008年に初当選した蒲島郁夫知事が反対を表明。09年に当時の民主党政権が中止を表明した。その後、国や県、流域自治体は「ダムによらない治水」の協議を続けてきたが、まとまらないうちに、7月の豪雨災害に見舞われた。

ムードは一変した。流域12市町村でつくる「川辺川ダム建設促進協議会」の会長でもある森本完一錦町長は、検証委で「ダム建設を含む抜本的な対策を」と声を上げた。芦北町の竹崎一成町長は「総合的な治水対策から川辺川ダムは排除できない」と踏み込んだ。

検証に「スピード感」を求める声も相次ぐ。被災した道路や橋、宅地のかさ上げの高さも決められないからだ。人吉市の松岡隼人市長は「街の今後の在り方も治水対策と同時に考える必要がある」。球磨村の松谷浩一村長は「検証委がスピード感を持たないと村の復興も遅れる」と訴えた。

■    ■

ダム反対派の動きも急だ。23日に熊本市内で集会を開き、登壇者は「ダムは想定以上の雨で満水となり緊急放流する。ダムは対策から除外されるべきだ」とけん制した。主催者の一つ「子守唄の里・五木を育む清流川辺川を守る県民の会」の中島康代表(80)は、国の検証結果に対して「雨の降り方や支流の状況を無視した結果だ」と異論を唱える。

検証委の初会合後、蒲島氏は報道陣に「川辺川ダムは選択の範囲」と明言。結論の時期を問われると「年内」と期限を切った。12年前、「脱ダム」を決断した知事の胸中も、揺れている。 (古川努、綾部庸介)

 

 「スピード感持ち結論を」流域首長「復興見通せぬ」 球磨川豪雨検証委

(西日本新聞2020/8/26 6:00)

(写真)県庁で開かれた球磨川豪雨検証委員会の初会合

球磨川の治水を巡る経過

治水対策が固まらなければ、地域の復興は見通せない-。25日に熊本県庁で開かれた球磨川豪雨検証委員会の初会合では、流域の市町村長が「被災した住民が不安を感じている」「スピード感を持って検証結果を出してほしい」などと述べ、早急な結論を求めた。

「委員会の終了時期は。決めなければ過去の轍(てつ)を踏むことになる」

議事開始の直前、竹崎一成芦北町長が手を挙げ、2009年から続く「ダムによらない治水対策」の結論が出ていないことを念頭に発言。森本完一錦町長も「今回の被害を考えると、(結論まで)長くても半年と理解していいか」と食い下がった。一部の首長は冒頭から強い姿勢で臨んだ。

「川辺川ダムがあった場合に人吉市地点のピーク流量を4割減らせる」という国の想定に対する反応はさまざまだ。

森本氏と竹崎氏は「ダムがあれば完全に防げたということではないのか」「ダム問題の議論抜きに検証は進まない」と意見。20人が亡くなった人吉市の松岡隼人市長は「浸水地域に住んでいいのか、住民は不安に思っている」と詳細な説明を求めた。

一方、ダム計画で水没予定地となっている五木村の木下丈二村長は会議終了後、取材に「住民の間でもさまざまな意見がある。検証結果を基に要望を聞いていきたい」。建設予定地である相良村の吉松啓一村長も「とりあえず話を聞きに来ただけ。まずは堤防のかさ上げなど住民の要望に応えていきたい」と述べるにとどめた。

この日、次回会合の日程は示されなかった。25人が犠牲になった球磨村の松谷浩一村長は「川辺川ダムの効果は正直驚いた。村の復興計画を早くまとめたいが、検証結果が出ないことには難しい」と焦りの色を浮かべた。 (綾部庸介)

  

人吉市でピーク流量毎秒8000トン 国交省推計 川辺川ダムあれば4700トン

(熊本日日新聞2020/08/26 08:00)https://www.47news.jp/localnews/5179911.html

(写真) 国や県、流域市町村長らが出席して開かれた球磨川豪雨検証委員会の初会合=25日、県庁(池田祐介)

国土交通省は25日、7月豪雨で氾濫した球磨川のピーク流量について、熊本県人吉市で毎秒8千トン程度となる推計(速報値)を公表した。球磨川で戦後最大だった1965年7月洪水の5700トンを大きく上回った。建設が中止された川辺川ダムがあったと仮定した場合、流量は4700トン程度に抑えられたとする推計も明らかにした。

国と県、流域12市町村が同日、県庁で開いた「球磨川豪雨検証委員会」の初会合で報告した。

球磨川の治水対策を巡っては、ダムによらない代替策を検討している国、県、流域12市町村の「対策協議会」で65年洪水の規模に対応できる安全度を目標に議論してきた。検証委で、国がダムによる洪水調整能力を示したことで、今後の議論に影響を与えそうだ。

国交省によると、推計値は雨量や市街地での実際の浸水状況などのデータを基に試算。人吉地点のピーク流量は8千トンで、このうち上流の県営市房ダム(水上村)で500トンが削減できたとみている。川辺川ダムを前提とした国の河川整備基本方針で示された洪水時の想定最大流量は7千トンだった。

一方、川辺川ダムと市房ダムでピーク流量をカットした場合の流量は推定4700トン。同基本方針で、洪水調節して流せる最大流量(4千トン)を上回っており、被害の軽減にどの程度つながったかなど詳しい推計は次回示される見通し。

この日の会合には、蒲島郁夫知事や流域の12市町村長が出席。各市町村長からはダムを含めた治水の検証結果を早急に示すよう求める声が相次いだ。川辺川ダム建設促進協議会会長の森本完一・錦町長は「ダム建設を含む治水対策を講じるべきだ」とする流域市町村の決議文を読み上げた。

次回の日程は未定。国交省は流量推計の精度を高めて主要地点ごとに公表するほか、流域市町村の初動対応についての調査結果も報告される。(野方信助)

 

豪雨で流量が想定の1.4倍か

(NHK2020/08月25日 18時09分)https://www3.nhk.or.jp/lnews/kumamoto/20200825/5000009731.html

先月の豪雨で大規模な浸水被害をもたらした熊本県の球磨川の氾濫について検証し、今後の治水対策のあり方を考える国と県の委員会の初会合が開かれ、今回、球磨川に流れた水の量はこれまでの治水対策で想定していた1.4倍にのぼると推定されることなどが報告されました。
25日の初会合には国と県、それに球磨川流域の市町村の代表らが出席しました。
この中では今回、流域の人吉市で観測された24時間雨量が最大で410ミリに達し、かつて大きな被害をもたらした昭和40年の洪水時の2.5倍にあたることが報告されました。
また、今回の氾濫による流域の7市町村の浸水面積は合わせて1150ヘクタールに及び、6280棟が水に浸かったと推定されるということです。
さらに、当時、球磨川に流れたと推定される水の量は人吉市の地点でピーク時に毎秒8000トンにのぼり、これまでの治水対策で想定していた毎秒5700トンの1.4倍に達したと推定されることが明らかにされました。
次回の会合では、計画が事実上、中止された川辺川ダムが存在した場合の詳しい治水効果なども示される見通しで、国や県は年内に数回、議論を行った上で、今後の治水対策の方向性を示したいとしています。

 

「川辺川ダムは選択肢」知事表明(熊本県)

(熊本県民テレビ2020/8/25(火) 18:53配信)https://news.yahoo.co.jp/articles/b6d21d0d71532ba355c55609bd690ab6523d4b9b

川辺川ダムの計画が白紙となって11年。今回の豪雨をきっかけにダム計画が大きく動きそうだ。蒲島知事は球磨川の治水を検討する豪雨災害後初めての会合で「川辺川ダムも一つの選択肢として検証を進める」と話した。 球磨川豪雨検証委員会は国土交通省と熊本県のほか、人吉市や球磨村など流域の12市町村で構成され、先月の豪雨災害を受けて治水対策やダムの効果などの検証を進めていくのが目的。 地元自治体が注目しているのが川辺川ダムの行方だ。川辺川ダムは2008年に蒲島知事が計画を白紙撤回し、国も中止を表明した。その後、ダムによらない治水策を11年にわたり協議していたが抜本的な対策は打ち出せていない。 国は川辺川ダムが存在した場合、今回の人吉地点のピーク流量を7500トンから4700トンに減らすことができるとの推定値を初めて示し「ダムがあった場合ある程度の被害を軽減できた」とした。この報告を受けて蒲島知事は… 「治水策を協議中に大洪水が来たので、川辺川ダムも一つの選択の範囲に必要というのが会議の内容。検証の中に川辺川ダムが入っている」 蒲島知事は、これまでのダムによらない治水対策の実績を強調しつつも川辺川ダムの効果も含めて検証するとした。 出席した市町村のトップからも「ダムの議論抜きに検証は進まない」「検証が遅れたら町の復興が遅れる。スピード感を持って欲しい」などの意見が出た。 蒲島知事 「流域の首長が一致してダム計画を進めてほしいとしていることを真摯に受けとめる」 豪雨をきっかけに熱を帯びてきた川辺川ダムの議論。早ければことし11月にも出される検証結果に注目が集まる。

豪雨による河川氾濫をどう防ぐのか 鶴見川を“暴れ川”から変えた「流域思考」に学ぶ

2020年8月19日
カテゴリー:

神奈川県の鶴見川で実施されてきた流域治水(総合治水)についての記事を掲載します。

鶴見川の総合治水対策は上・中流での遊水地や雨水調整地の設置、源流域の広大な森林地帯の緑の保全などです。

鶴見川の取り組みはよく知られていることですが、あらためてその手法を学ぶ必要があると思います。

(鶴見川流域水マスタープラン (国土交通省京浜河川事務所)https://www.ktr.mlit.go.jp/keihin/keihin_index049.html )

 

 豪雨による河川氾濫をどう防ぐのか 鶴見川を“暴れ川”から変えた「流域思考」に学ぶ

(FNNプライムオンライン 2020/8/19(水) 11:42配信)https://news.yahoo.co.jp/articles/7339a38796af93a99ae58f3ef2649724afaab39b?page=1

【画像】2019年台風19号による洪水を日産スタジアムの遊水地が湛水して下流を守った

近年日本列島では、数十年に一度といわれる大雨が多発し、河川の氾濫、土砂崩れなどの水害が相次いでいる。これから台風シーズンを迎えて、さらなる水害のおそれがある中、治水対策の見直しは急務である。

「流域思考」による治水に成功した鶴見川

治水のありかたが見直される中、いま脚光を浴びているのが「流域治水」という言葉だ。 先月、国土交通省は、河川や下水道の管理者らによる治水に加え、国、自治体、企業、市民などあらゆる関係者が、河川流域全体で治水を進める「流域治水」への転換を提言した。 日本でいちはやく河川流域全体での治水を実践してきたのが、東京都と神奈川県を流れる鶴見川である。かつて「暴れ川」と呼ばれた鶴見川を、筆者は源流から河口までフィールドワークした。

かつて約2万戸が浸水した“暴れ川”流域

鶴見川流域では1958年の狩野川台風による氾濫で約2万戸が浸水、1966年の台風では約1万9千戸、1976年は約4千戸が浸水する被害が多発。鶴見川は当時、全国的に「暴れ川」として知られていた。 しかし1980年代以降、「流域思考」をもとにした総合治水対策が開始されてから、鶴見川では水害が劇的に減少。1982年以降、大規模氾濫は起きていない。2019年の台風19号時に、隣接する多摩川が氾濫の危機に見舞われたにもかかわらず、鶴見川が無事だったのはその一例だ。

源流から40キロ先の河口まで訪れる

鶴見川は東京都と神奈川県をまたがっているが、源流は東京都町田市にある。中・下流は川崎市と横浜市を流れ、東京湾にそそぐ。 筆者は鶴見川でどのような治水対策が行われているか取材するため、源流の町田市・上小山田にむかった。最源流にある標高160mほどの展望台からは、約40キロ先にある鶴見川河口の横浜火力発電所が見えた。 鶴見川の総合治水対策が、建設省(現・国土交通省)によって実施に移されたのは1980年。建設省は各自治体に連携を促し、水害に悩まされていた下流の河川整備のみならず、上・中流での遊水地や雨水調整地の設置、そして源流域の広大な森林地帯の緑の保全を呼びかけた。 現在、源流域でも市街化は進んでいるが1000ha規模の保水の森は保全されており、雨の際には100万m3規模の雨水を保水して、中・下流の氾濫を防ぐ一役を担っているという。

住宅地に点在する雨水調整用の人工池

源流域から数キロ下流の町田市上小山田、小山田桜台地域にひろがる住宅地には、貯水量1万m3を超える大型の雨水調整用の人工池が5カ所ある。同様な機能を発揮する調整地は、流域全域で5000カ所近くもあり、全体で300万m3の雨水を湛水する機能をもつ。調整地の中には、平時はテニスコートや公園として使われているものもあり、地域住民でさえそこに防災機能があるのを知らないこともある。 調整地とは別に、上流、中・下流には、河川区域の一部に洪水をためおく遊水地が数カ所ある。その代表的なものが、横浜市の日産スタジアムの設置場所ともなっている多目的遊水地だ。スタジアムを囲む84haの広大な河川区域は、平時はテニスコートなど住民のリクリエーションの場だが、いったん大雨が降れば隣接する鶴見川の増水を流入させる地として、390万m3の水を湛える能力をもつ。

世界が驚いた日産スタジアムの治水

日産スタジアムの治水といえば思い出されるのが、2019年のラグビーワールドカップだ。日産スタジアムで行われた日本対スコットランド戦は、台風19号が試合前日に横浜を襲った際、これで試合実施は難しいだろうと誰もが思った。しかし、この遊水地が水害を見事に抑え無事試合が行われたことに、日本のファンや関係者のみならず世界中が驚いた。 この台風19号では、遊水地が94万トンの洪水を湛水して下流を守った。遊水地の湛水能力は390万トンであることを考えると、十分な余力を持っていたといえる。 しかし一方で、当時あるハプニングがあった。今回フィールドワークに同行して頂いた東京工業大学でメディア論を担当する柳瀬博一教授はこう語る。 「ある大手新聞社が試合前日に、『スタジアム周辺が“冠水”した』と写真付きでSNSで報じて“炎上”しました。なぜならこれは冠水ではなく、計画的な湛水だったからです。地域住民はもちろん遊水地だとわかっていましたし、外国メディアも取材して治水効果を伝えていましたね」 また、柳瀬氏は最近の「流域治水」報道について危惧する。 「日本のマスメディアには、治水について専門的な知識を持つ記者が少ないのが現状です。2020年7月の令和2年豪雨を受けて、“流域治水”という言葉が急に大手メディアで取り上げられましたが、“流域”という言葉がまるで万能薬のように一人歩きして、報じられていることに危うさを感じます」

大地は雨水で尾根と窪地の地形になる

では今後、全国の河川で、鶴見川のように河川流域全体で治水を行うのには、何が必要なのか? 鶴見川の総合治水対策にかかわり、1990年代より「流域思考」を提唱してきたのが、慶應義塾大学名誉教授の岸由二氏だ。自らも「鶴見川流域ネットワーキング」の代表理事を務め、鶴見川流域の治水・防災・環境保全活動に取り組む岸氏に、話を聞いた。 ――まず岸先生が提唱されている「流域思考」とは、どういった考え方なのでしょうか? 岸氏: 鈴木さんは鶴見川の源流から河口までフィールドワークして、何を感じましたか?大地の表面は雨水でくぼんで、尾根に囲まれた窪地という共通な地形を持っているでしょう。これが流域です。流域思考とは、まずは大地を流域単位で考えて、物事をとらえていきましょうということです。 ――確かに河川に沿って移動すると、普段見慣れた町や丘陵が水系の流域であることを実感しました。流域思考をもとにした治水は、国土交通省や自治体が進めてきた従来の治水と何が違うのでしょうか? 岸氏: 従来の治水は、河川法、下水道法を根拠として、基本は国や自治体が行政区分に基づいて進めるもので、流域の都合、流域全体の合理的・総合的な治水対策ではなかったのです。

大規模水害の恐ろしさは忘れられない

――岸先生は幼少期、鶴見川下流の川辺の町で過ごされたのですね。 岸氏: 1950年代の子ども時代から1980年代半ばまで横浜市鶴見区で過ごしました。1958年の狩野川台風による戦後最大の氾濫から、1966年、1982年の大氾濫まで水害を経験しました。大規模水害の恐ろしさは経験したものでないと分かりません。 町全体が水没し、自宅も床上浸水にみまわれた水害を思い出すと、いまでも鳥肌が立ちます。貧しい下町は家屋のほとんどが平屋であり、水没は家財の喪失、命の危機でした。ふるさとの川、鶴見川の流域で、治水・減災・環境保全の市民活動を始めたのは、そんな体験があるからです。 ――鶴見川を源流から河口まで見ましたが、各自治体の連携無しに治水を行うことはできなかったと感じました。 岸氏: 鶴見川流域は戦後の都市開発があまりに早く、1970年代半ばには、すでに河川法、下水道法だけに頼る通常の治水方式ではどうにもならず、流域自治体の都市計画そのものの調整が必要になりました。 たとえば大規模な緑地の保全や調整池の設置は、河川法や下水道法では実行できず、自治体によるまちづくりの工夫と連携が必須だったのです。とはいえ、行政区域を超える課題について、自治体が連携するのは困難を極めます。 予算措置のある河川整備計画であっても、国、自治体が1つにまとまるのは難しいのに、ましてや予算措置の無い緑地や雨水調整地の確保を行うのは本当に至難の仕事でした。

国、自治体と住民の連携が治水に必要

――鶴見川はなぜそれができたのでしょうか? 岸氏: それは、国、自治体の危機感と、流域の住民・市民活動による連携に向けた様々な努力があったことに尽きると思います。鶴見川の総合治水は、国交省、神奈川県、東京都、町田市、川崎市、横浜市が関わっていて、それぞれがビジョンを共有することで、河川法、下水道法だけでは実行できない、緑地保全や調整地確保などの流域対策を可能にしたのです。 ――鶴見川は総合治水以降、氾濫を起こしていませんね。 岸氏: 総合治水スタート後、まだ遊水池が機能していなかった1982年に大水害がありましたが、それ以降大きな氾濫はありません。40年の総合治水で安全度は高まり、下流域は50年に1度の豪雨でも、ぎりぎり氾濫を起こさない程度の安全度を確保したかと思われます。 しかし、近年各地で発生している想定外の豪雨や、線状降水帯のような降り方では、まだまだ大氾濫する危険は高いのです。現在の河川整備の基本方針における計画降水は、150年に1度の規模であることを考えると、安全達成には程遠いのが現状です。

「流域」を学ぶ小学校の理科がスタート

――では鶴見川は今後、150年に1度の豪雨に対応するため、どのような治水対策をするべきですか? 岸氏: 下流ではすでに浚渫(川床を掘ること)も限界に近い。護岸の強靭化や地下放水路の工夫など課題が多いのですが、今後は上・中流区間のまちづくりと連携し、大規模な遊水地や調整池の検討が必要となりますね。また温暖化豪雨時代が到来し、巨大台風による東京湾からの高潮の襲来、さらに温暖化の海面上昇が重なれば、従来の枠組みを超えた、都市計画レベルでの抜本的な減災・防災対策も求められています。 ――こうした総合治水の動きは、今後全国で広がる可能性はあるのでしょうか? 岸氏: 残念ながら全国109の一級水系で、過去40年間、鶴見川型の総合治水が広がることはありませんでした。国や複数の自治体の連携というのは、いうは易いのですが、進めるのは難しいのです。 とはいえ、この6月に改訂された水循環基本計画は、全国すべての地域で、河川法、下水道法だけに頼らない流域治水を呼び掛けています。名称は異なりますが、実は国交省の提唱する流域治水は、鶴見川で実践されてきた総合治水そのものといってもいい。40年の総合治水の知恵から、全国の河川が学べる知恵はたくさんあると思っております。 ――横浜の日産スタジアムの“冠水”報道のように、治水システムについてメディアの知識不足だけでなく、国民全体の理解も進んでいないように感じます。 岸氏: 流域という概念は、日本の市民社会、法制、教育において、ほとんど普及していないのが現状です。希望があるとすれば、2020年4月から小学校4年の理科で、「雨水の行方と地面の様子」が学習課題としてスタートします。世界的にみても水・土砂災害が多発している日本列島において、その災害の枠組みを知る「流域」という概念を子どもたちが学ぶことは、ささやかながら突破口が開かれた思いです。 ――ありがとうございました。

“暴れ川”であった鶴見川を治めた先人の知恵を学ぶことが、水害の多い日本列島に生きる我々にとって最も必要ではないだろうか。 【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

1 / 8112345最後 »

↑ このページの先頭へ戻る