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各地ダムの情報

球磨川の治水対策など知事に要望 流域12市町村 (川辺川ダムは法的に中止させるためには)

球磨川流域12市町村が川辺川ダムに代わる球磨川の安全対策の強化を熊本県知事に要望しました。朝日、毎日、熊日の記事を掲載します。

川辺川ダムは八ッ場ダムと異なり、2009年9月の国交大臣の中止言明で中止が決定しましたが、法的にはまだ中止になっていません。
川辺川ダムなしの球磨川水系河川整備計画が策定されないと、特定多目的ダム法による川辺ダム計画を廃止できない仕組みになっているからです。
国、県、流域市町村による「ダムによらない治水を検討する場」が今まで11回開かれましたが、既往洪水の再来に対応できる、川辺川ダムなしの治水計画をつくることができない状況に陥っています。
実際には河道を掘削して河道対応流量を増やす計画をつくれば、川辺川ダムなしで既往洪水の再来に対応できるのですが、
河川整備計画の上位計画である球磨川水系河川整備基本方針を2007年に策定するときに、川辺川ダム計画の代替案が浮上しないように、人吉地点の計画高水流量(河道対応流量)が4000㎥/秒に据え置かれました(基本高水流量は7000㎥/秒)。
河道対応流量が4000㎥/秒のままであると、既往洪水の最大は5千数百㎥/秒ですから、既設の市房ダムの効果を差し引いても、1000㎥/秒程度の洪水をカットする方策がなければなりません。遊水池を多く設置する代替案が検討されていますが、その効果は限られています。
河道対応流量を4000㎥/秒に据え置いた表向きの理由は河道を掘削すると、軟岩が露出して堤防の維持に支障が出るというものでした。
しかし、それは河道をやや深めに掘って砂礫で覆えば、解決できることですし、むしろ、川辺川ダムがもしつくられれば、砂礫の流下を妨げれ、川辺川ダムの方が軟岩の露出を引き起こします。
河川整備基本方針を審議した国交省の委員会に、私たちはそのような意見書を提出したのですが、当時は川辺川ダム計画の推進が至上命題であったので、受け入れられませんでした。
球磨川に関しては河川整備基本方針そのものを真っ当な内容に改定しないと、川辺川ダムなしの河川整備計画がいつまでも策定されず、川辺川ダムは法的に生き続けることになります。

(毎日新聞熊本版 2015年01月29日)http://mainichi.jp/area/kumamoto/news/20150129ddlk43010508000c.html
川辺川ダム計画中止後の球磨川水系の治水策を巡り、流域の12市町村を代表して松本照彦・多良木町長ら3人が28日、県庁で治水の安全度向上や地域振興を求める要望書を蒲島郁夫知事に提出した。
昨年12月に国と県、流域市町村が治水策を協議する「ダムによらない治水を検討する場」の首長級会議が開かれた際、蒲島知事は「検討する場」の終了を提案。次回にも終了し、今後は新たな枠組みで安全度向上について検討することになる。
今回の要望は、協議が次の段階に入る前に地元の意向を再確認するのが目的。要望書では、治水の安全度が低い区間で早急に最大の対策を講じることと、ダム建設事業を受け入れた五木村や相良村四浦地区の再建に最善の措置を講じることの2点を求めている。
蒲島知事は「ハード、ソフト両面から総合的な治水対策を進め、地域振興にもしっかりと取り組む」と話した。【松田栄二郎】

球磨川の安全対策の強化継続を 市町村が要望
(熊本日日新聞2015年01月28日)http://kumanichi.com/news/local/main/20150128007.xhtml
球磨川の治水対策などについて蒲島郁夫知事(左)に要望書を手渡す松本照彦・多良木町長=28日、県庁
人吉球磨地域など球磨川流域の12市町村長は28日、蒲島郁夫知事が川辺川ダム以外の治水対策を探る「ダムによらない治水を検討する場」での協議終了を提案したことを受け、引き続き安全対策の強化と五木村などの振興に配慮するよう県に要望した。
国、県、市町村の「検討する場」をめぐっては、蒲島知事が昨年12月の会合で「積み上げた対策案の実施で治水安全度は現状より向上する」として終了を提案。ただ、安全度が全国の国管理河川の目標より低い水準にとどまるため、「新たな形での検討」を続ける考えも示した。
要望で流域市町村は、これまでの議論について「抜本的な治水対策を共有できるまでには至っていない」と指摘。安全度が低い地区の解消と、ダム計画で疲弊した五木、相良両村の再建に最善の措置を講じるよう求めた。
球磨郡町村会長の松本照彦・多良木町長、和田拓也・五木村長、柳詰正治・球磨村長が県庁を訪ね、蒲島知事に要望書を手渡した。
県は、「検討する場」の次回会合で約6年に及ぶ治水代替案の協議を総括し、今後の方針について具体的に示す考え。(蔵原博康)

荒瀬ダムの撤去は蒲島熊本県知事ではなく潮谷義子前知事のおかげ

2015年1月29日
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蒲島郁夫(熊本県知事)のインタビュー記事を参考までにお伝えします。ダム関係の発言を下記に掲載します。

蒲島氏は川辺川ダムの白紙撤回を求めた知事として評価されていますが、蒲島氏は決して脱ダム派の知事ではありません。
全く不要な県営の路木ダムを強引に建設し(一審の住民訴訟では住民側が勝訴)、阿蘇の自然を壊す直轄・立野ダムの検証で事業推進の意見を出し、また、荒瀬ダムに続いての撤去が熱望されていた瀬戸石ダム(電源開発)の水利権更新も認めました。
荒瀬ダムについても潮谷義子前知事が決めた撤去方針を変えようとしましたが、その方針を変えるためには球磨川漁協の同意が必要となっていたことから、やむなく撤去することにしたようです。
川辺川ダムについては蒲島氏は就任早々に「川辺川ダム事業に関する有識者会議」を設置しました。有識者会議の答申は、委員8人の意見が5対3で分かれ、推進の方向が強い内容になりました。
私たちの想像ではこの答申を受けて、蒲島氏は推進の方向に舵を切ろうと考えていたと思いますが、知事の見解を発表する前に、ダムサイト予定地の相良村長と、ダムの最大の受益地とされていた人吉市長が川辺川ダムの白紙撤回を表明したことにより、
により、蒲島氏は考えを変え、「球磨川は県民の宝であるから、川辺川ダムの白紙撤回を求める」との見解を発表したと思われます。
蒲島氏は信念の人ではなく、所詮はオポチュニストでした。
川辺川ダムに対して懐疑的な姿勢をとり続け、荒瀬ダム撤去の路線を敷いた潮谷義子前知事が信念の人であると思います。

なぜ「くまモン」は熊本県で生まれたのか?―蒲島郁夫(熊本県知事)
塩田潮の「キーマンに聞く」【9】(PRESIDENT Online TOP 2015年1月26日)http://president.jp/articles/-/14421?page=2
(ダム関係の発言)
【塩田】注目を集めていた川辺川ダムや水俣病の問題でも新たな挑戦に踏み出しました。

【蒲島】川辺川ダム建設計画については、ご承知のとおり就任5ヵ月後に白紙撤回しました。今、ダムによらない治水を目指す方向に進んでいます。水俣病問題では、特措法の成立過程でロビー活動を行いました。特措法は、水俣病問題の解決の中で一定の成果が得られたのかなと思います。水俣病は長期にわたる問題ですから、私の任期中にすべてに対応できるとは思いませんが、いい方向に向かうようにと思っています。
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【塩田】知事選出馬以後、ここまでの約7年間で一番辛かったことは何ですか。

【蒲島】1回目の選挙のとき、県民のために頑張ろうと思って選挙戦を戦っていて、唾を吐きかけられたことがありました。一生で初めてです。自分は一所懸命やっていても、必ずしもすべてが歓迎されるものではない。そのとき初めて政治の厳しさがわかりました。
知事就任後では、川辺川ダムのほかに、もう一つ、荒瀬ダムという大きなダムの撤去のときが辛かったです。前知事のときに撤去が決まっていたのですが、撤去に90億円くらいかかるというのです。財政再建に取り組んでいるとき、すぐ撤去すれば電力会社からおカネが入ってこなくなるし、今は電力も必要とされているので、もう少し財政的に余裕ができたときに撤去すればいいのではないかと思い、就任後2~3カ月のとき、方向転換しました。
その頃までは、理論的に正しければやれると思っていました。ところが、政治はそうではありません。撤去してほしい、昔の川を取り戻したいというものすごく深い思いがあるわけです。その深い気持ちに気づかず、それに応えることができませんでした。それが辛かった。実際は民主党政権下で、国土交通省と環境省が一定の補助をしてくれることになりました。そのような支援を活用しながら、現在、ダム撤去工事を進めています 。

太田川ダム問題への取り組み(建設されたダムの運用見直しを求める運動)

静岡県営の太田川ダムができ,貯水が始まってから6年目になりました。この間にダム湖と川の水質の汚濁が誰の目にも明らかになり、流域の住民から生態系を含めた川の異常と漁業被害を訴える声が出はじめています。

漁業者らの心配を押し切って多目的ダムの建設が進められた一つの根拠は「浜松の人に飲ませる水がなくなるから」でしたが、それが全くの虚構であったことが明らかになっています。

そして、ダムの堤体に多数のひび割れが発生するなど、ダムの安全性が危惧されるようになっています。

そこで、太田川ダム研究会等の三団体は、地元の森町に対して、大田川ダムの運用見直しを求める提案資料を提出しました。

「不必要な「利水」のための貯水を止め、南海トラフの大地震が起きる前にダム湖の水位を出来るだけ下げておく」という運用見直しの提案です。

他地域でも、非常に参考になる取り組みですので、太田川ダム研究会の岡本尚さんから提供していただいた資料の一式を掲載します。

この取り組みはアメリカ映画「ダムネーション」の理念につながるものです。現時点でのダム撤去は困難であるとしても、ダムの運用見直しは可能ですので、この運動を広げていきたいと思います。

 

討論資料 太田川と太田川ダム湖の現状をどう考えるか

資料1

資料2

資料3

資料4

資料5

資料6

資料7

資料8

資料9

 

静岡新聞 2015年1月20日

ダムのできた川とダムの無い川

八ッ場ダム本体着工 「最後までいたい」水没予定地に数世帯

2015年1月22日
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昨日(1月21日)、八ッ場ダムの本体工事開始に対して抗議行動が行われました。そのネット記事を掲載します。八ッ場ダム本体着工 「最後までいたい」水没予定地に数世帯

(東京新聞群馬版2015年1月22日)http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20150122/CK2015012202000169.html

写真
(写真)本体工事の現場付近で「八ッ場ダムNO!」の横断幕を掲げる市民ら=長野原町で
長野原町の八ッ場(やんば)ダムの計画が浮上してから六十三年。ダム本体工事が二十一日、いよいよ始まった。かつて地元では激しい反対運動が起こった。
 次第に建設容認が大勢を占めるようになったが、いまでもダムを受け入れていない人はいる。同日、工事現場近くで「八ッ場ダムNO!」の横断幕を掲げた一団の中にも地元住民の姿があった。 (伊藤弘喜)
「本体工事、反対!」
「美しい吾妻渓谷を守れ!」。建設に適した岩盤を露出させるために爆薬で発破する作業を二十二日に控え、作業員が準備する工事現場。
その近くで市民グループ「八ッ場あしたの会」などの十数人が声を張り上げた。町民の男性(61)も控えめに交じっていた。市民グループが去った後、男性は「反対といっても、もうどうにもならない」と無念そうにつぶやいた。
現場周辺は、ダムによって水没する地域から代替地に移転した住民たちの新築住宅が建ち並び、真新しい道路が縦横に走る。ダムを地元が受け入れる代わりに国などが進めてきた「生活再建事業」の一環だ。
水没予定地にはいまだ数世帯が暮らす。男性はその一人だ。国土交通省の職員が時々、移転を促しに自宅を訪れる。「生まれ育ったふるさと以上の代替地があるなら、いつでも移るよ」。いつもそう伝えている。
辺りの風景は激変したが、愛着は変わらない。「六十歳を過ぎて、よそに移るのは大変だよ。愛着は切り替えがきかない。ふるさとには最後までいたいじゃない」。男性は取材に、問い掛けるように語った。
この日、八ッ場あしたの会と「八ッ場ダムをストップさせる市民連絡会」は、八ッ場ダムが必要性に乏しく、地滑り災害を誘発しかねないなどとして、抗議書を国交省八ッ場ダム工事事務所に提出。

国が工事を発注した移転代替地で、建設資材として使われた鉄鋼スラグから基準値を超える有害物質が検出されたことについてもただしている。

市民連絡会の嶋津暉之(てるゆき)代表(71)は「問題を抱えたままの着工は非常に残念。これからも注視していく」と話した。

根強い反対の声も=八ツ場ダム着工で地元―群馬

(時事通信2015年 1月22日(木)12時46分配信) http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150122-00000058-jij-pol
群馬県長野原町の八ツ場ダムの建設現場では22日、ダムを設置する固い岩盤を露出させる発破作業が行われた。事業の一時中断など曲折を経て、63年かかって迎えた着工。地元では歓迎する住民がいる一方、建設への根強い反対の声もある。
 建設現場では、爆薬を用いて岩盤の上の土や岩を取り除く作業を実施。雪が降る中、ドンドンドンという音と共に土煙が上がった。今後、現れた岩盤の上に高さ116メートルのコンクリート製のダムが建設される。
群馬県の古橋勉県土整備部長は「地元住民にとって将来を見据えた生活再建が現実になると感じられる大きな一歩」と歓迎。水没予定地から移転し温泉旅館を経営する樋田洋二さん(67)は「ダムを早く完成させてほしい。ダム湖を生かした観光につなげたい」と期待を寄せる。
一方、建設の見直しを求めている市民団体「八ツ場あしたの会」の渡辺洋子事務局長は「貴重な自然が破壊され、災害が起こりやすくなる危険性もある」と懸念。改めて建設に反対し、「ダムは将来世代の大きな負の遺産になる」と訴えている。
八ツ場ダム 本体工事着工ノー
群馬・長野原町 現場近くで抗議行動
(しんぶん赤旗2015年1月22日(木))http://www.jcp.or.jp/akahata/aik14/2015-01-22/2015012204_01_1.html
群馬県長野原町で、国が八ツ場(やんば)ダムの本体工事の着工を強行しようとしている問題で21日、予定地近くで、本体工事中止を求める「八ツ場あしたの会」と「八ツ場ダムをストップさせる会」の住民らが抗議行動を行いました。
 国土交通省八ツ場ダム工事事務所は20日、21日に予定していた本体工事開始の発破作業を1日延期すると発表。22日にも、着工を強行する構えです。
 抗議行動では住民らが、八ツ場沢をはさみ、発破作業現場に向かって「吾妻渓谷の自然を守ろう」「八ツ場ダムNO」「鉄鋼スラグNO」などと書かれた横断幕やプラカードを掲げアピールしました。
 また、工事事務所の担当者に、八ツ場ダム建設が「地域社会、自然環境を壊し、災害を誘発し、完成後も負の遺産を将来に残すものだ」とする抗議文を手渡しました。
八ツ場あしたの会の渡辺洋子事務局長は「問題が山積したまま、本体工事を着工することは大変危険です。これからもますます問題が顕在化してくると思います。今後も粘り強く、建設中止を求めていく」と話しました。
(写真)八ツ場ダムの本体工事着工に抗議する人たち=21日、群馬県長野原町(八ツ場あしたの会提供)
写真

八ッ場ダム:本体工事の開始と抗議行動(1月21日)

2015年1月21日
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残念なことですが、今日(1月21日)、八ッ場ダムの本体工事が始りました。その記事を掲載します。
本体工事開始に対して八ッ場あしたの会と八ッ場ダムをストップさせる市民連絡会が抗議行動を行い、八ッ場ダム工事事務所に抗議文を提出しました。
詳しくは八ッ場あしたの会のHP http://urx2.nu/grHS  をご覧ください。

横断幕shuku

発破作業予定地の前で、横断幕を広げて八ッ場ダム本体工事に抗議の意思表示。 (2015年1月21日撮影)

群馬・八ツ場ダム本体が着工

(共同通信2015年 01月 21日 14:10 ) http://jp.reuters.com/article/kyodoMainNews/idJP2015012101001154
国土交通省は21日、群馬県長野原町の八ツ場ダムで、ダム本体の建設に向けた基礎掘削工事の準備作業に入った。
民主党政権下で無駄な公共事業の象徴とされた巨大ダムは一時凍結されるなど翻弄されたが、計画浮上から60年超を経て、事実上の本体工事への着手となる。
 国交省によると、21日は爆薬を埋め込む穴を掘り、22日以降、建設に適した岩盤を露出させるための発破を行う予定。2016年6月にコンクリートでダムの形を造っていく作業に移行する。完成は19年度になる見込み。
 工事現場には、午前9時ごろから作業員らが重機を搬入。建設反対の市民団体は「本体着工反対」と叫んだ。

 

(毎日新聞 2015年01月22日 東京朝刊)http://mainichi.jp/shimen/news/20150122ddm041010077000c.html

本体工事が始まった八ッ場ダム建設予定地=群馬県長野原町で21日
(写真)本体工事が始まった八ッ場ダム建設予定地=群馬県長野原町で21日
  民主党政権による建設中止判断が覆り、再び計画が動き出した八ッ場(やんば)ダム(群馬県長野原町)の本体工事が21日、始まった。計画浮上から63年。反対派の市民団体が建設予定地で抗議の声を上げる一方、地元住民らは安堵(あんど)の声を漏らした。

 始まった工事は、水をせき止めるダム堤体の基礎掘削。岩盤の発破作業に向け、爆薬を詰める穴を開けた。22日以降、発破で岩盤を削った後、高さ116メートルのコンクリート堤体を造る。全体の完成は19年度の予定。

 建設現場周辺では、ダム計画見直しを求める市民団体メンバー約15人が「八ッ場ダムNO!」と書かれた横断幕を掲げ、「本体工事着工反対」とシュプレヒコールを上げた。「八ッ場あしたの会」の渡辺洋子事務局長は「移転代替地での有害スラグ使用など、問題が山積している中で本体工事を始めることは断じて許せない」と憤った。

 水没地区で暮らしていた住民は、大部分が立ち退き、移転先で新生活を始めている。林地区の元ダム対策委員長、篠原茂さん(64)は「本体着工でまずは一安心。住民の生活再建もこれからが最も大事な時期になる。『一日も早く完成を』というよりは、最後まで丁寧に取り組んでほしい」と話した。

 建設予定地では昨年10月、ダム湖の両岸にある移転先同士をつなぐ最後の湖面橋が開通。線路が水没するJR吾妻線も新ルートで運行を始めた。

 国土交通省によると、用地の約92%を取得済みで、24日には強制収用に向けた説明会を開く。【角田直哉】

八ッ場ダム本体着工 計画から60年超

(東京新聞群馬版2015年1月21日 夕刊)http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2015012102000225.html
(写真)事実上の本体工事が始まった八ッ場ダムの建設現場=21日午前、群馬県長野原町で
 国土交通省は二十一日、群馬県長野原町の八ッ場(やんば)ダムで、ダム本体の建設に向けた基礎掘削工事の準備作業に入った。
民主党政権下で無駄な公共事業の象徴とされた巨大ダムは一時凍結されるなど翻弄(ほんろう)されたが、計画浮上から六十年超を経て、事実上の本体工事への着手となる。
 国交省によると、二十一日は爆薬を埋め込む穴を掘り、二十二日以降、建設に適した岩盤を露出させるための発破を行う予定。二〇一六年六月にコンクリートでダムの形を造っていく作業に移行する。完成は一九年度になる見込み。
 工事現場には、二十一日午前九時ごろから作業員らが次々に重機を搬入した。付近にはダム建設に反対する市民団体のメンバー十数人が集まり、「本体着工反対」「税金の無駄遣いをするな」とシュプレヒコールを上げた。
 本体工事は、民主党政権が〇九年に建設中止を表明、入札を凍結した。その後、中止方針を撤回、自公政権で昨年八月、清水建設など三社の共同企業体(JV)が落札し、十月から本体工事に必要な測量作業に入っていた。
 八ッ場ダムは利根川支流の吾妻川に建設する多目的ダムで、国が一九五二年に調査を開始した。住民は当初激しく反対したが、高台の代替地に集団移転する生活再建案を受け入れ、九四年に周辺工事が始まった。

計画から63年、八ッ場ダム本体工事始まる

(読売新聞 2015年01月21日 13時24分)http://www.yomiuri.co.jp/national/20150121-OYT1T50052.html
(写真)八ッ場ダムの本体工事を進める作業員ら(21日午前10時52分、群馬県長野原町で)
   群馬県長野原町で国が進めている八ッ場やんばダムの本体工事が21日、始まった。計画から63年で、ようやく着工となった。総事業費は約4600億円。試験貯水などを経て、2019年度中の完成を目指す。
 この日は午前9時頃から、ドリル用重機がダム建設予定地に入った。国土交通省八ッ場ダム工事事務所によると、岩盤の発破作業に向け、火薬を詰める穴を開ける工事を行う。コンクリートを使った建設工事に入るのは、16年6月からの予定。
 ダム計画は1952年、利根川下流域の治水対策として持ち上がり、長野原町などで調査が始まった。09年9月、当時の民主党政権が関連工事を一時ストップさせたが、11年12月、計画継続の方針に戻された。
 移転対象となった水没予定地などの470世帯のうち、456世帯は、既に移転を終えている。水没予定地の住民で作る「八ッ場ダム水没関係5地区連合対策委員会」の萩原昭朗あきお委員長(83)は21日、「ダムは治水の観点から必要と思い、1960年代から関わってきた。長い間かかったが、本体工事に入ることは感慨深い」と語った。

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