水源連:Japan River Keeper Alliance

水源開発問題全国連絡会は、ダム建設などと闘う全国の仲間たちのネットワークです

ホーム > ニュース > 報道石木ダムの情報 > 北村地方創生相が「犠牲に」と切り捨てた石木ダム水没地区住民、涙の訴えも長崎県知事には届かず

ニュース

北村地方創生相が「犠牲に」と切り捨てた石木ダム水没地区住民、涙の訴えも長崎県知事には届かず

2019年10月3日
カテゴリー:

ジャーナリストの横田一さんによる石木ダム問題のレポート記事を掲載します。

北村地方創生相が「犠牲に」と切り捨てた石木ダム水没地区住民、涙の訴えも長崎県知事には届かず
(HARBOR BUSINESS Online 2019/10/3(木) 8:33配信) https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191003-00203053-hbolz-soci&p=1

(写真)9月19日、長崎県庁で石木ダム建設予定地の地権者が中村法道知事と面会、建設見直しを訴えた
(写真)住民たちの訴えに答える中村法道・長崎県知事

北村地方創生大臣が「誰かが犠牲になるべき」と発言
内閣支持率がアップした第4次安倍改造内閣で、10月4日スタートの臨時国会で加計疑惑にまみれた萩生田光一文科大臣とともに野党の追及を受けそうなのが北村誠吾地方創生担当大臣(長崎4区)だ。
新内閣発足直後の9月14日の記者会見で、自らの選挙区内の「石木ダム」(長崎県佐世保市川棚町)について「みんなが困らないように生活するためには、誰かが犠牲(になり)、協力して役に立つという精神で世の中は成り立っている」と発言。反対を続けて立ち退きに応じない地権者が「犠牲になるべき」というダム建設推進論をぶち上げたのだ。
これを「ダム建設『誰かが犠牲に』 北村地方創生相」(14日の『日本経済新聞』)、「北村地方創生相 ダム建設『誰かが犠牲に、という積極的なボランティア精神で』」(14日の『毎日新聞』)など大手新聞が一斉に報道すると、地権者は「住民の理解を得たいと言いながら、強制的に土地を奪おうとしている。これは人道上の問題だ」(炭谷潤一さん)などと反発。
知事時代に県内のダム見直しをした前滋賀県知事の嘉田由紀子参院議員も「北村誠吾新『地方創生大臣』は『地方破壊大臣』か?」(9月16日のフェイスブック)と批判、翌17日の「公共事業チェック議員の会」総会でも、ヒアリングを受けていた国交省や厚労省の官僚に「これだけ財政難で少子化の時代に国はどういう国政をしたいのか。未来の子供たちに説明できるのか。公僕としての誠意を示していただきたい」と強調、国費147億円を投入する「石木ダム建設計画」(総事業費538億円)の検証と見直しを求めた。

河川工学の専門家は「ダム案より代替案のほうが安い」と指摘
石木ダムは利水と治水が目的の多目的ダムだが、かつては渇水に悩まされた佐世保市の水需要は右肩下がりとなっている。治水も堤防強化などで代替可能であることから、地権者に犠牲を強いるほどの必要性に欠けると疑問視されている。
全国各地のダム計画を検証してきた今本博健京大名誉教授(河川工学・防災工学)もこの総会に参加、「石木ダムは要らない」と銘打ったレジメをもとに解説。総会の最後に今本名誉教授はこう指摘した。
「石木ダムは必要性に疑問がある。ダム案と代替案を比較する時にずさんな検討をしている。代替案の中に必要のない事業が含まれていて水増しされており、精査すればダム案より安くなって逆転するだろう」
きちんとした見直しをすれば、石木ダム建設の正当性(公共性)は消え去る可能性が高いというのだ。

ダムに沈む地域の住民たちが涙ながらに長崎県知事に訴える
国会議員や専門家から疑問が噴出した2日後の9月19日、水没予定地の地権者の約50人が中村法道・長崎県知事と県庁で面会をした。土地の明け渡しを求める採決を長崎県委員会が5月に出した結果、翌日(20日)になると所有権が国に移ることになっていた前日に5年ぶりの知事面会が実現したが、そこで地権者が目の当たりにしたのはダム建設ありきの姿勢だった。
最初に故郷への思いを語った地権者は松本好央さん(44歳)。「生まれ育ったこの土地に住み続けることは悪いことなのでしょうか、私たちは何も悪いことはしていません。この先もずっと住み続けていきます」との決意表明をすると、松本さんんお高校2年生の娘・晏奈(はるな)さんが「思い出が詰まったふるさとを奪われるのは絶対に嫌です。どうか私たちの思いを受け取ってください」と綴った手紙を涙ながらに読み上げていった。
続いてマイクを握った炭谷潤一さん(38歳)が「私は、私の家族と川原(こうばる)の人と川原というコミュニティを全力で守ります。住民の理解を得たいと言いながら、強制的に土地を奪おうとしている。これは人道上の問題だ」と訴えた。
その隣に座っていた炭谷さんの娘、小学3年生の沙桜(さお)さんも手紙を開いた途端、涙を抑えきれずに途切れ途切れになりながらも「私は川原が大好きです」「ダムを作らないで下さい」という故郷への思いを涙声で絞り出した。
最年長である92歳の松本マツさんは「川原のきれいな住みよかところに、なんでダムのできるとかな」「この年になって、どこへ出て行けと言うのですか」と訴えた。

住民たちの訴えも、知事には届かず
約2時間半にも及んだ面会は、地権者が起立して頭を下げて陳情する場面で終わったが、中村知事の石木ダムを推進する考えに変わりはなかった。面談中も石木ダム建設の必要性を何度も繰り返した中村知事は、面談後の囲み取材で「(ダム)事業全体を進めて行く必要があることを改めて感じた」と言い切ったのだ。
そして「事業全体の見直しは難しいと考えているのか」という質問に対しても、中村知事は次のような回答をするだけだった。
「検証を重ねて『これが最良の方策である』という考え方のもと、これまで進んできた経過があるわけですので、代替措置が新たに可能性のある話として出てくることになれば、また検討を進める必要があると思いますが、現状ではやはり今の方針のもとで進まざるを得ないではなかろうかと思っています」
そこで筆者が「鳥取県では恣意的な計画、データでダムありきになっていたが、見直しをする考えはないのか。子供たちの訴えを聞いても考えを変えないということか」と質問すると、中村知事はこう答えた。
「『ダム案と他の代替案の事業費を比較して、意図的に代替案の事業費が大きくなっていた』といったような点については、本県の場合にはたび重ねて検証作業を進めて来ているわけで、そういったことはない」

筆者はその後も再質問、次のような質疑応答を行った。
――子供たちの訴えについて一言お願いします。
中村知事:子供さんたちの故郷に対する思いを直接聞かせていただきました。そうした思いというのは大切にしなければいけないと先ほど申し上げた通りであります。
――(子供たちの訴えを)受け止めて何かアクションを起こさないのですか。今までの方針を変えるおつもりは。
中村知事:先ほど申し上げた通りであります。
――右から左へ聞き流すということですか。
中村知事:(無言)
司会者:これで終了します。
小学生から92歳の高齢者に至るまで、各年代の地権者が故郷への思いを訴えても、中村知事は面会前と同じダム推進論を繰り返しただけだった。

石木ダム建設計画は地元有力議員・金子家の“家業”!?
筆者が「土着権力の研究・長崎県自民党県連」(『選択』2016年2月号)という記事を書いた時の取材協力者は、「石木ダム建設計画は金子家の“家業”といえる」と話す。石木ダム計画は、自民党参院議員の金子原二郎・前長崎県知事(1998年~2010年)と、父親の金子岩三・元農水大臣の親子の足取りと重なり合うという。
中選挙区時代に長崎は、県庁所在地の長崎市(人口約19万人)などから成る「旧長崎1区」と、人口2番目の佐世保市(人口約10万人)や川棚町を含む「旧長崎2区」に分かれていた。
ここで岩三氏が9期連続当選(1958~1983年)。ダム計画浮上の1962年は2期目、事業採択の1975年は6期目、そして県が測量段階で機動隊を入れた1982年は9期目だった。当初から水没予定地の農家(地権者)が「農業を続けたい」と激しい反対運動を展開、現在に至っているために機動隊が入ることになった。
「岩三氏は選挙区内のダム計画に賛成でしたが、当時、佐世保市は慢性的な水不足で、推進の正当性はあった。しかし反対運動で計画が遅れる中、川からの取水などで水の供給能力が向上する一方、工場誘致失敗や人口減少や節水で水需要が右肩下がりになった。その結果、農家の土地を強制収用してダム計画を進める必要性・公共性はほとんどなくなった」(県政ウォッチャー)

「利水」の需要もなくなり、途中から「治水」と「流量確保」という目的が加わる
息子の原二郎氏が旧長崎2区の地盤を父親から引き継いで初当選したのが1993年。その翌年の全国的な大渇水を最後に、深刻な渇水は20年以上起きていない。高度成長時代から人口減少時代に突入する時の流れとともに、佐世保市の慢性的な水不足は解消、利水目的のダム建設の必要性が消え去ってしまったのだ。 途中から目的に「治水」と「流量確保」が加わったのは、利水目的に代わって必要性を下支えする狙いは明らかだったが、これも小規模な堤防強化などで対応可能だ。先の今本博名誉教授らダム問題の専門家は、「多目的ダムになってもダム建設の必要性は乏しい」と断言する。
しかし衆院議員から転身した金子前知事も、後任の中村法道知事も自民党長崎県連とともに、時代遅れとなった石木ダムを推進し続けた。なお民主党が長崎4小選挙区を独占していた2010年に初当選した中村知事は、原二郎氏から知事ポストを禅譲された形で、石木ダム推進の政策も引き継いだ。先の取材協力者の県政ウォッチャーはこう続けた。
「父親の金子岩蔵氏の時代に石木ダム計画が事業化して予算がつき、息子の金子知事代に進んだ。石木ダム事業は金子家の成果といえるので、それを完成することが親孝行と思っているのではないか。参院議員になった今も金子氏は知事ポストを禅譲した中村知事はもちろん、長崎県政に影響力を持っていると聞いています。金子前知事が父親の思いを引継いで推進してきた石木ダム計画に対して、中村知事が見直しを言い出せないのはこうした長崎県政の長い経緯があるためです」
「コンクリートから人へ」を掲げた民主党政権から2012年12月に政権奪取をした第2次安倍政権は「国土強靭化」を旗印にしながら、「人からコンクリートへ」の土建政治(公共事業推進)を復活させた。その象徴的な事業が石木ダム計画といえるが、北村大臣の犠牲発言を機にクローズアップされることになった。
しかし約538億円を投じて美しい棚田の景観を破壊する石木ダム建設に対しては、坂本龍一氏や伊勢谷友介氏ら著名人も反対している。安倍政権の土建政治体質を問う事業として、石木ダムをはじめとするムダな公共事業に関しての国会論戦が注目される。

<文・写真/横田一>
【横田一】
ジャーナリスト。小泉純一郎元首相の「原発ゼロ」に関する発言をまとめた『黙って寝てはいられない』(小泉純一郎/談、吉原毅/編)に編集協力。その他『検証・小池都政』(緑風出版)など著書多数
ハーバー・ビジネス・オンライン

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

↑ このページの先頭へ戻る