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石木ダムの情報

石木ダム予定地の強制収用問題に関する国会ヒアリング 報告

2019年10月10日
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9月17日、衆議院議員会館内で、公共事業チェック議員の会が国交省と厚労省の担当者からヒアリングを行いました。

水源連ホームページで9月11日にお知らせしました「石木ダム予定地の強制収用問題に関する国会ヒアリング」

の報告です。

「強制収用については、長崎県と佐世保市が判断することで、国から口出しすることではない」とする国の姿勢を正し、皆さんが求めている公開討論会を開催して、疑問を払拭するのが行政の役割であることを強く主張しました。

1:公共事業チェック議員の会・総会/ヒアリング 次第

 ○日時    2019年9月17日(火)15:00~

会議室   衆議院第1議員会館-第3会議室

○進行

    1. 挨拶
    2. DVD「ほたるの会のまもりびと」約20分上映
    3. 石木ダム事業について関係省庁ヒアリング
      • 国土交通省

総合政策局総務課土地収用管理室

明石征也企画専門官

石島博之課長補佐

鈴木篤史係長

水管理・国土保全局治水課

花篭利行課長補佐

篠崎修係長

      • 厚生労働省

医薬・生活衛生局水道課

池田大介課長補佐

      • 国会議員
        • ヒアリング参加 公共事業チェック議員の会会員
           事務局長    初鹿明博衆議院議員
           事務局次長   大河原雅子衆議院議員
             会員    嘉田由紀子参議院議員
             会員    石川大我参議院議員
             会員    田村貴昭衆議院議員

2:進行報告

上記の「3 石木ダム事業について関係省庁ヒアリング」部分を起こした記録です。下をクリック願います。
2019年9月17日ヒアリング報告

3:配布資料集

20190917公共事業チェック議員の会ヒアリング資料集

今本博建 京都大学名誉教授、佐世保市民の松本美智恵さん、事務局からの資料集です。

3:「3 石木ダム事業について関係省庁ヒアリング」部分のビデオ

実況ビデオです。
https://youtu.be/UMrdCb_F5PU

生のやりとりを体験願います。

4:公共事業チェック議員の会声明

9月17日のヒアリング結果を受けて、「公共事業チェック議員の会」は、

「長崎県収用委員会が石木ダム事業地内の未収用地について収用明渡裁決を行なったことに強く抗議すると共に、長崎県が石木ダム事業自体を再考し、当該
用地の収用を断念することを強く求めます。
同時に、長崎県と佐世保市が公開の場で、石木ダムが本当に必要であるかについて地権者等と徹底した議論を行うことを求めます。」

を趣旨とした声明を発表しました。

全文は下をクリック願います。

「公共事業チェック議員の会」石木ダム収用明渡裁決についての声明

5:マスコミ報道

20190918ヒアリング朝日新聞長崎

20190919チェック議員の会声明 朝日新聞長崎

 

 

 

北村地方創生相が「犠牲に」と切り捨てた石木ダム水没地区住民、涙の訴えも長崎県知事には届かず

2019年10月3日
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ジャーナリストの横田一さんによる石木ダム問題のレポート記事を掲載します。

北村地方創生相が「犠牲に」と切り捨てた石木ダム水没地区住民、涙の訴えも長崎県知事には届かず
(HARBOR BUSINESS Online 2019/10/3(木) 8:33配信) https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191003-00203053-hbolz-soci&p=1

(写真)9月19日、長崎県庁で石木ダム建設予定地の地権者が中村法道知事と面会、建設見直しを訴えた
(写真)住民たちの訴えに答える中村法道・長崎県知事

北村地方創生大臣が「誰かが犠牲になるべき」と発言
内閣支持率がアップした第4次安倍改造内閣で、10月4日スタートの臨時国会で加計疑惑にまみれた萩生田光一文科大臣とともに野党の追及を受けそうなのが北村誠吾地方創生担当大臣(長崎4区)だ。
新内閣発足直後の9月14日の記者会見で、自らの選挙区内の「石木ダム」(長崎県佐世保市川棚町)について「みんなが困らないように生活するためには、誰かが犠牲(になり)、協力して役に立つという精神で世の中は成り立っている」と発言。反対を続けて立ち退きに応じない地権者が「犠牲になるべき」というダム建設推進論をぶち上げたのだ。
これを「ダム建設『誰かが犠牲に』 北村地方創生相」(14日の『日本経済新聞』)、「北村地方創生相 ダム建設『誰かが犠牲に、という積極的なボランティア精神で』」(14日の『毎日新聞』)など大手新聞が一斉に報道すると、地権者は「住民の理解を得たいと言いながら、強制的に土地を奪おうとしている。これは人道上の問題だ」(炭谷潤一さん)などと反発。
知事時代に県内のダム見直しをした前滋賀県知事の嘉田由紀子参院議員も「北村誠吾新『地方創生大臣』は『地方破壊大臣』か?」(9月16日のフェイスブック)と批判、翌17日の「公共事業チェック議員の会」総会でも、ヒアリングを受けていた国交省や厚労省の官僚に「これだけ財政難で少子化の時代に国はどういう国政をしたいのか。未来の子供たちに説明できるのか。公僕としての誠意を示していただきたい」と強調、国費147億円を投入する「石木ダム建設計画」(総事業費538億円)の検証と見直しを求めた。

河川工学の専門家は「ダム案より代替案のほうが安い」と指摘
石木ダムは利水と治水が目的の多目的ダムだが、かつては渇水に悩まされた佐世保市の水需要は右肩下がりとなっている。治水も堤防強化などで代替可能であることから、地権者に犠牲を強いるほどの必要性に欠けると疑問視されている。
全国各地のダム計画を検証してきた今本博健京大名誉教授(河川工学・防災工学)もこの総会に参加、「石木ダムは要らない」と銘打ったレジメをもとに解説。総会の最後に今本名誉教授はこう指摘した。
「石木ダムは必要性に疑問がある。ダム案と代替案を比較する時にずさんな検討をしている。代替案の中に必要のない事業が含まれていて水増しされており、精査すればダム案より安くなって逆転するだろう」
きちんとした見直しをすれば、石木ダム建設の正当性(公共性)は消え去る可能性が高いというのだ。

ダムに沈む地域の住民たちが涙ながらに長崎県知事に訴える
国会議員や専門家から疑問が噴出した2日後の9月19日、水没予定地の地権者の約50人が中村法道・長崎県知事と県庁で面会をした。土地の明け渡しを求める採決を長崎県委員会が5月に出した結果、翌日(20日)になると所有権が国に移ることになっていた前日に5年ぶりの知事面会が実現したが、そこで地権者が目の当たりにしたのはダム建設ありきの姿勢だった。
最初に故郷への思いを語った地権者は松本好央さん(44歳)。「生まれ育ったこの土地に住み続けることは悪いことなのでしょうか、私たちは何も悪いことはしていません。この先もずっと住み続けていきます」との決意表明をすると、松本さんんお高校2年生の娘・晏奈(はるな)さんが「思い出が詰まったふるさとを奪われるのは絶対に嫌です。どうか私たちの思いを受け取ってください」と綴った手紙を涙ながらに読み上げていった。
続いてマイクを握った炭谷潤一さん(38歳)が「私は、私の家族と川原(こうばる)の人と川原というコミュニティを全力で守ります。住民の理解を得たいと言いながら、強制的に土地を奪おうとしている。これは人道上の問題だ」と訴えた。
その隣に座っていた炭谷さんの娘、小学3年生の沙桜(さお)さんも手紙を開いた途端、涙を抑えきれずに途切れ途切れになりながらも「私は川原が大好きです」「ダムを作らないで下さい」という故郷への思いを涙声で絞り出した。
最年長である92歳の松本マツさんは「川原のきれいな住みよかところに、なんでダムのできるとかな」「この年になって、どこへ出て行けと言うのですか」と訴えた。

住民たちの訴えも、知事には届かず
約2時間半にも及んだ面会は、地権者が起立して頭を下げて陳情する場面で終わったが、中村知事の石木ダムを推進する考えに変わりはなかった。面談中も石木ダム建設の必要性を何度も繰り返した中村知事は、面談後の囲み取材で「(ダム)事業全体を進めて行く必要があることを改めて感じた」と言い切ったのだ。
そして「事業全体の見直しは難しいと考えているのか」という質問に対しても、中村知事は次のような回答をするだけだった。
「検証を重ねて『これが最良の方策である』という考え方のもと、これまで進んできた経過があるわけですので、代替措置が新たに可能性のある話として出てくることになれば、また検討を進める必要があると思いますが、現状ではやはり今の方針のもとで進まざるを得ないではなかろうかと思っています」
そこで筆者が「鳥取県では恣意的な計画、データでダムありきになっていたが、見直しをする考えはないのか。子供たちの訴えを聞いても考えを変えないということか」と質問すると、中村知事はこう答えた。
「『ダム案と他の代替案の事業費を比較して、意図的に代替案の事業費が大きくなっていた』といったような点については、本県の場合にはたび重ねて検証作業を進めて来ているわけで、そういったことはない」

筆者はその後も再質問、次のような質疑応答を行った。
――子供たちの訴えについて一言お願いします。
中村知事:子供さんたちの故郷に対する思いを直接聞かせていただきました。そうした思いというのは大切にしなければいけないと先ほど申し上げた通りであります。
――(子供たちの訴えを)受け止めて何かアクションを起こさないのですか。今までの方針を変えるおつもりは。
中村知事:先ほど申し上げた通りであります。
――右から左へ聞き流すということですか。
中村知事:(無言)
司会者:これで終了します。
小学生から92歳の高齢者に至るまで、各年代の地権者が故郷への思いを訴えても、中村知事は面会前と同じダム推進論を繰り返しただけだった。

石木ダム建設計画は地元有力議員・金子家の“家業”!?
筆者が「土着権力の研究・長崎県自民党県連」(『選択』2016年2月号)という記事を書いた時の取材協力者は、「石木ダム建設計画は金子家の“家業”といえる」と話す。石木ダム計画は、自民党参院議員の金子原二郎・前長崎県知事(1998年~2010年)と、父親の金子岩三・元農水大臣の親子の足取りと重なり合うという。
中選挙区時代に長崎は、県庁所在地の長崎市(人口約19万人)などから成る「旧長崎1区」と、人口2番目の佐世保市(人口約10万人)や川棚町を含む「旧長崎2区」に分かれていた。
ここで岩三氏が9期連続当選(1958~1983年)。ダム計画浮上の1962年は2期目、事業採択の1975年は6期目、そして県が測量段階で機動隊を入れた1982年は9期目だった。当初から水没予定地の農家(地権者)が「農業を続けたい」と激しい反対運動を展開、現在に至っているために機動隊が入ることになった。
「岩三氏は選挙区内のダム計画に賛成でしたが、当時、佐世保市は慢性的な水不足で、推進の正当性はあった。しかし反対運動で計画が遅れる中、川からの取水などで水の供給能力が向上する一方、工場誘致失敗や人口減少や節水で水需要が右肩下がりになった。その結果、農家の土地を強制収用してダム計画を進める必要性・公共性はほとんどなくなった」(県政ウォッチャー)

「利水」の需要もなくなり、途中から「治水」と「流量確保」という目的が加わる
息子の原二郎氏が旧長崎2区の地盤を父親から引き継いで初当選したのが1993年。その翌年の全国的な大渇水を最後に、深刻な渇水は20年以上起きていない。高度成長時代から人口減少時代に突入する時の流れとともに、佐世保市の慢性的な水不足は解消、利水目的のダム建設の必要性が消え去ってしまったのだ。 途中から目的に「治水」と「流量確保」が加わったのは、利水目的に代わって必要性を下支えする狙いは明らかだったが、これも小規模な堤防強化などで対応可能だ。先の今本博名誉教授らダム問題の専門家は、「多目的ダムになってもダム建設の必要性は乏しい」と断言する。
しかし衆院議員から転身した金子前知事も、後任の中村法道知事も自民党長崎県連とともに、時代遅れとなった石木ダムを推進し続けた。なお民主党が長崎4小選挙区を独占していた2010年に初当選した中村知事は、原二郎氏から知事ポストを禅譲された形で、石木ダム推進の政策も引き継いだ。先の取材協力者の県政ウォッチャーはこう続けた。
「父親の金子岩蔵氏の時代に石木ダム計画が事業化して予算がつき、息子の金子知事代に進んだ。石木ダム事業は金子家の成果といえるので、それを完成することが親孝行と思っているのではないか。参院議員になった今も金子氏は知事ポストを禅譲した中村知事はもちろん、長崎県政に影響力を持っていると聞いています。金子前知事が父親の思いを引継いで推進してきた石木ダム計画に対して、中村知事が見直しを言い出せないのはこうした長崎県政の長い経緯があるためです」
「コンクリートから人へ」を掲げた民主党政権から2012年12月に政権奪取をした第2次安倍政権は「国土強靭化」を旗印にしながら、「人からコンクリートへ」の土建政治(公共事業推進)を復活させた。その象徴的な事業が石木ダム計画といえるが、北村大臣の犠牲発言を機にクローズアップされることになった。
しかし約538億円を投じて美しい棚田の景観を破壊する石木ダム建設に対しては、坂本龍一氏や伊勢谷友介氏ら著名人も反対している。安倍政権の土建政治体質を問う事業として、石木ダムをはじめとするムダな公共事業に関しての国会論戦が注目される。

<文・写真/横田一>
【横田一】
ジャーナリスト。小泉純一郎元首相の「原発ゼロ」に関する発言をまとめた『黙って寝てはいられない』(小泉純一郎/談、吉原毅/編)に編集協力。その他『検証・小池都政』(緑風出版)など著書多数
ハーバー・ビジネス・オンライン

石木ダム 完成目標延期 反対派「現場を見ろ」 事業継続に憤り、失望

2019年10月2日
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9月30日、長崎県公共事業評価監視委員会が開かれましたが、石木ダム事業の3年工期延長をあっさり認めてしまいました。その記事とニュースを掲載します。
石木ダム建設反対連絡会が26日、委員会の委員に対し、意見書と詳しい資料を送付したにもかかわらず、委員たちは石木ダムの虚構性を何も理解できなかったようです。
まともな議論は一切なく、県の説明を拝聴するだけの存在価値ゼロの委員会でした。

委員会の名簿を末尾に記しておきますが、なんともお粗末な委員たちです。

今回、再評価では石木ダムの費用対効果が1.25から1.21になりましたが、いずれにせよ1を超えているということで、ゴーサインが出ました。しかし、石木ダムの費用対効果の計算は全く恣意的な計算であって、現実に合わせて計算すれば、1を大きく下回り、石木ダムは見直すべき事業となります。
現実と乖離した費用対効果の計算で、石木ダムに対してゴーサインが出るのは腹立たしい限りです。

延期の石木ダム「必要か」 反対住民が批判
(朝日新聞長崎版2019年10月1日03時00分) https://digital.asahi.com/articles/ASM9Z6D4FM9ZTOLB017.html

(写真)長崎県の担当者に質問する委員=2019年9月30日午後2時21分、長崎市、小川直樹撮影
約半世紀前に国に採択された石木ダム事業は、完成目標時期が、さらに3年延期される見通しとなった。反対住民からは、ダム事業の必要性を疑問視する声が上がった。
30日に長崎市で開かれた県公共事業評価監視委員会で、県が新たなスケジュールを示した。2020年度にダム本体工事を着工し、25年度の完成をめざすというものだ。工期の延長により、事業の費用対効果の数値は悪化するが、「治水対策には必要不可欠な事業」だとして、事業の継続を委員会に諮った。
監視委の委員を務める大学教授や元自治体首長らからは、ダム建設による環境への影響や、想定を超える雨量への対応などについて質問が出たが、事業の必要性を問うような質問は出ず、約1時間半の議論の後、県の原案通りに了承した。
会場には、反対住民や支援者ら37人が傍聴に駆けつけた。ダム事業に反対する7団体は9月下旬、委員あてに事業の問題点を指摘する文書を送り、「県民が意見を述べる機会を作ってほしい」と要請していたが、この日、反対派が発言する機会はなかった。
傍聴した住民の岩本宏之さん(74)は「事業のデメリットも聞いて委員は判断してほしかった」。委員会の議論については「短時間で、形式的なものだった」と突き放した。
「石木ダム建設に反対する川棚町民の会」代表で住民の炭谷猛さん(68)は取材に「9回も延期しないといけない事業に、そもそも必要性があるのかをただしてほしかった。それは、私たち住民だけでなく、世間の理解を得られていないということ」と話した。委員会は、国の補助事業の再評価を行うのが目的だが、「延期をそのまま受け入れるだけでは、再評価の名に値しない」と批判した。(小川直樹、原口晋也)

石木ダム 完成目標延期 反対派「現場を見ろ」 事業継続に憤り、失望
(長崎新聞2019/10/1 11:30 ) https://www.oricon.co.jp/article/946699/

(写真)建設予定地の住民や支援者らで埋まった傍聴席=長崎市元船町、平安閣サンプリエール
長崎県と佐世保市が東彼川棚町に計画する石木ダム建設事業で県は30日、県公共事業評価監視委員会に完成目標を3年延期して事業を継続する方針を諮問し、承認された。事業継続に、建設反対派からは憤りや失望の声が上がった。
審議は長崎市内のホテルであり、用意された約40の傍聴席は建設予定地の住民や支援者らで埋まった。ダム事業の必要性を説明する県に対し、傍聴席からは時折「数字を示せ」「ウソをつくな」といったぼやきが漏れた。委員会がダム事業の継続を承認すると、「ちゃんと現場を見に来い」などとやじが飛んだ。
傍聴した反対13世帯の一人、岩本宏之さん(74)は事業継続について「想定していた内容。知事の言ったことは認めないといけないのだろう」と冷ややか。工期変更については「中村法道知事の(3期目の)任期(2022年3月まで)中に行政代執行について判断したくないのでは」と推測した。
ダム問題について考える「いしきを学ぶ会」実行委員の森下浩史さん(72)は工期変更を受け「これから市民の関心を高め、政治分野に踏み込めるかが焦点になるだろう」と話した。

石木ダム完成3年遅れ 25年度に目標延期
(長崎新聞2019/10/1 00:00) https://www.oricon.co.jp/article/946205/

長崎県と佐世保市が東彼川棚町に計画する石木ダム建設事業で、県は30日、2022年度としてきた完成目標を25年度に3年延期する方針を県公共事業評価監視委員会(井上俊昭委員長、7人)に諮問し、承認された。事業は継続する。県によると、建設工事の進捗(しんちょく)が計画より遅れているためという。石木ダムの当初の完成目標は1979年度だった。延期されるのは9回目。
石木ダムを巡っては9月、県と同市が反対13世帯の宅地を含む全ての未買収地約12万平方メートルの権利を取得。家屋など物件を含まない土地が対象だった9月19日に続き、物件を含む土地の明け渡し期限が11月18日に設定されている。完成目標延期で反対住民との交渉を進める考えとみられる。
諮問で、県は延期の理由について、ダムに水没する県道の付け替え道路工事が反対派の座り込みなどで遅れ、ダム本体の工程にも影響する見通しになったためとした。新しい工程によると、完成目標は、付け替え道路工事とダム本体工事が24年度、その他の工事と試験湛水(たんすい)が25年度とし、現行目標よりそれぞれ3年ずれ込む。
有識者らでつくる同委員会は県が実施する公共事業について知事の諮問に応じて審議する県の付属機関。30日は長崎市内で開いた。県は延期に加え、延期などに伴い費用対効果を1.25から1.21に下方修正した上で事業を継続するとの対応方針を示した。委員からは環境への影響や住民に対する説明状況などの質問が上がり、県の方針を原案通り承認した。同委員会は議論を踏まえ、中村法道知事に意見書を提出する予定。

石木ダム完成時期3年延長へ [長崎]
(長崎放送2019/9/30(月) 19:14配信) https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190930-00002923-nbcv-l42

県の公共事業を再評価する委員会がきょう長崎市で開かれ、川棚町に計画されている石木ダムについて工期を3年延長し完成予定を2025年度として事業を継続することが認められました。
この委員会は県の公共事業のうち採択から長期間が経過したものについて外部の有識者らが検証を行うもので、会場には石木ダム建設予定地に住む反対住民らも傍聴に駆けつけました。
この中で、県の担当者は反対住民らの行動で付け替え道路工事が遅れており工期を延長せざるを得ないものの、ダムは川棚川の治水対策に必要不可欠なため事業を継続したいと説明。
これに対し委員から反対意見は出ず、工期を3年延長し完成予定を2022年度から2025年度として事業を継続することが認められました。
石木ダム建設予定地の所有権は土地収用法に基づき反対住民の土地を含めすでに国に移っており、建物を含む土地の明け渡し期限は11月18日に迫っています。


石木ダムの完成は3年延期し2025年度に…県が方針 当初から46年遅れで見直しも9回目

(テレビ長崎2019/10/019/30(月) 20:56) https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190930-00010004-ktn-l42

長崎県は住民などが住む土地を強制収用し建設事業を進めている川棚町の石木ダムについて、完成時期を3年延期し2025年度とする方針を示しました。
長崎市で開かれた公共事業の再評価などを行う事業評価委員会が開かれ、川棚町の石木ダム事業について審議しました。
石木ダムの審議は規模の見直しや事業が半世紀近くに渡ることなどから、9回目となります。
事業を進める長崎県側は関連の道路工事などが遅れているとして、完成時期をこれまでの2022年度から3年延期した2025年度とする方針を示しました。
見直しは9回目で、当初の1979年度から46年の遅れとなります。
長崎県側は、洪水被害の防止や水道用水の確保など、ダム事業の目的を改めて説明すると、委員はダムの治水面が機能するのか質しました。
委員 「四国のダムだったと思いますが、緊急放流によって下流域の浸水がひどかったというニュースを見たが、石木ダムについてはその危険性、可能性は」
長崎県側は「ダムは100年に1度の雨を想定し建設している」として、安全性などを強調しました。
地権者 岩本 宏之 さん 「今回で(審議は)9回目、ずっと(工期を)伸ばしてきている。県の説明は、当然メリットの部分だけを言っている、隠されたデメリットがある両方を聞いて判断すべき」
長崎県の見直し案に対して委員からは異議は出ず、事業の継続を認める決定を出しました。

 

石木ダム 完成3年延期方針承認
(NHK2019年09月30日 17時07分)https://www3.nhk.or.jp/lnews/nagasaki/20190930/5030005577.html

長崎県川棚町に建設が進められている石木ダムについて、県は関連工事に遅れが出ていることから、30日開かれた県の委員会にダムの完成時期を3年延期する方針を示し、承認されました。
長崎県と佐世保市が令和4年度の完成を目指し川棚町で建設を進めている石木ダムをめぐっては、県の収用委員会がダム建設に必要なすべての用地を強制的に収用できるようにする裁決を下し、今月19日、用地の所有権が地権者から国に移りました。
ただ、ダムに水没する県道の付け替え工事では、建設に反対する住民らによる座り込みの影響などで遅れが出ていることから、県はダムの完成時期を3年延期し令和7年度に見直すことになりました。

そして県は、30日開かれた有識者らによる「県公共事業評価監視委員会」でこうした方針を説明し、事業の再評価を行った結果、費用対効果は多少下がったものの、治水の面では、依然としてほかの方法よりも有利だと評価できるとして、事業を継続すべきだという対応方針案を示しました。
委員からは、強制収用に至るいきさつなどについて質問が出されたものの、対応方針案は原案通り承認されました。
完成時期の延期は、これで9回目になります。
今後は、県とともに建設を進める佐世保市が、水利用の計画を見直すなど利水の面から事業の妥当性を再評価するかどうかが焦点の1つになります。
委員会を傍聴した、元地権者の岩本宏之さんは「結論ありきの委員会だと感じた。県はメリットしか説明しないので、委員には、県と地元住民の両方から意見を聞いてほしかった」と話していました。

長崎県公共事業評価監視委員会
任年月日:令和元年5月15日 満期年月日:令和3年3月31日
氏  名 会の役職名 職業又は役職名 選出及び
選考基準
大嶺 聖 副委員長 長崎大学大学院工学研究科 教授 技術分野
井上 俊昭 委員長 前新上五島町長 地方自治分野
梅本 國和 委 員 弁護士 法律分野
中村 政博 委 員 ㈱長崎経済研究所 取締役調査研究部長 経済分野
山本 緑 委 員 保健医療経営大学 准教授 環境分野
岡 美澄 委 員 公募委員 その他
五島 聖子 委 員 長崎大学大学院水産・環境科学総合研究科 教授 その他

石木ダム事業認定への行政不服審査請求の現状(2019年9月末)

2019年9月29日
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石木ダム建設事業を長崎県収用委員会にかける前提として、土地収用法に基づく事業認定が必要です。
石木ダムは2013年9月6日に九州地方整備局が長崎県と佐世保市に対して事業認定を行いました。
それに対して地元住民らが事業認定取消訴訟を提起しました。昨年7月の長崎地裁の判決は住民側の敗訴でしたので、控訴し、今年11月29日に福岡高裁で判決がでます。
一方で、住民、支援者らは、行政不服審査法に基づき、事業認定に対する行政不服審査請求を2013年10月初めに行いました。

行政不服審査法は第一条に「行政庁の違法又は不当な処分その他公権力の行使に当たる行為に関し、国民が簡易迅速かつ公正な手続の下で広く行政庁に対する不服申立てをすることができるための制度を定めることにより、国民の権利利益の救済を図るとともに、行政の適正な運営を確保することを目的とする。」と書かれているように、裁判と並んで、国民が行政の誤りについて判断を求めることができる重要な制度です、

石木ダム事業認定の審査庁は、国土交通省土地収用管理室です。概ね、次の流れで審査が行われてきています。

① 審査庁が審査請求書を認定庁(九州地方整備局)に送付

② 認定庁が審査請求書への弁明書を審査庁に送付 → 審査庁が弁明書を審査請求人に送付

④ 審査請求人が弁明書への反論書を審査庁に提出
さらに、審査請求人は審査庁で意見陳述を行う(審査請求人が望む場合)

⑤ 審査庁が審査請求書、弁明書、反論書、口頭陳述書を総務省の公害等調整委員会に送付して意見照会

⑥ 公害等調整委員会が審査(必要に応じて認定庁へ問い合わせ)

⑦ 公害等調整委員会が審査庁へ意見(回答)を送付

(2017年度から請求者にも意見を送付し、HPに公開するようになりました。http://www.soumu.go.jp/kouchoi/activity/ikensyoukai.html

(参考までに嶋津暉之の審査請求に対する回答は公害等調整委員会の回答20170303(2016年度であったので、開示請求で入手)の通りです。)

⑧ 審査庁が公害等調整委員会の意見を踏まえて審査し、審査結果を請求人に送付

今のところ、2019年3月に⑦がすべて終わり、現在は審査庁の最終審査の段階になっています。
審査庁に問い合わせたところ、審査結果の送付がいつにになるのか、わからないとのことであり、来年以降になるかもしれません。

しかし、2013年10月初めに行政不服審査請求を行ってから、すでに約6年も経っています。

この審査請求は事業認定に基づいて行われる収用裁決にブレーキをかけるために行ったものですが、

石木ダム予定地のすべての用地を対象とする収用裁決が今年5月21日に出ており、この審査請求は意味を持たないものになっています。

行政不服審査法第一条「行政庁の違法又は不当な処分その他公権力の行使に当たる行為に関し、国民が簡易迅速かつ公正な手続の下で広く行政庁に対する不服申立てをすることができるための制度を定めることにより、国民の権利利益の救済を図る」という目的は、
まったく蔑ろにされてしまっているのです。

行政不服審査法の運用の抜本的な改善を求める運動が必要です。

石木ダム問題に関する連載記事「混迷 石木ダム 用地収用」その1~6

2019年9月26日
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石木ダム問題に関する長崎新聞の連載記事「混迷 石木ダム 用地収用」1~6を掲載します。

1 <傷跡> よぎる「強制」の記憶

2 <空手形> 「最初からだますつもり」

3 <事業認定> 「話し合い」狙うも進まず

4 <分断> 意志が弱かったのか…

5 <水需要予測> 過大か適正か議論平行線

6完 <県民の視線> 賛否の議論 盛り上がらず

その5は佐世保市水道の水需要予測の問題です。
佐世保市水道の水需要予測が実績を無視した架空予測であることは佐世保市水道の水需給グラフのとおり、明瞭です。

用地収用・1 <傷跡> よぎる「強制」の記憶
(長崎新聞2019/9/21 09:46) https://this.kiji.is/547942912776160353?c=174761113988793844

(写真)「ダム建設絶対反対」を訴えるやぐらのそばで、強制測量の記憶をたどる松本さん=川棚町岩屋郷

長崎県と佐世保市が東彼川棚町に計画する石木ダム建設事業で、全ての未買収地約12万平方メートルは20日午前0時、土地収用法に基づき県と同市が所有権を取得した。その一角の川原(こうばる)地区には反対住民13世帯約50人が暮らす。11月18日には家屋など物件がある土地の明け渡し期限となるが、住民側は応じない構えだ。事業採択から40年以上の長期にわたる公共事業は、なぜ混迷を極めたのか。経緯を振り返り、公と個で引き裂かれた人々の姿を見つめた。
降りだした雨が、収穫を待つ稲穂やダム反対の看板をぬらした。自然豊かな田園風景のあちこちに看板が立ち並ぶ。「小さいころから当たり前の光景」。反対運動のシンボルでもあるやぐらのそばで、住民の松本好央(44)は笑った。
父と鉄工所を営み、13世帯で最も多い4世代8人で暮らす。ダム事業が国に採択された1975年に生まれ、「ダム問題とともに育った」。結婚前、地元に連れてきた妻の愛美(45)の表情がこわばるのを見て、看板だらけの光景が「異常」と初めて気づいた。
20日朝、家族では特にダムの話題は出なかった。土地の権利が消えても、日々の暮らしは続く。家屋など物件を含まない土地が対象だった19日に続き、自宅など物件を含む残りの土地の明け渡し期限が11月18日に迫る。強制的に住民を排除し、家屋を撤去する行政代執行がいよいよ現実味を帯びてきた。「奪われてたまるか」と思う半面、少年時代の暗い記憶が脳裏をよぎる。
82年5月、県は機動隊を投入して土地収用法に基づく立ち入り調査(強制測量)に踏み切り、抵抗する住民らと衝突した。当時小学2年生だった好央も学校を休み、測量を阻止する座り込みに加わった。機動隊員らが駆け足で農道を突き進んでくる。恐怖で震える手を仲間たちとつなぎ、「帰れ」と叫んだが次々と抱え上げられ、排除された。
当時の知事、高田勇は就任から3カ月足らずで強硬手段に出た。当時の県議、城戸智恵弘(85)は「前任の久保(勘一)さんなら、絶対にやらなかった」と分析する。「大事業には『一歩前進二歩後退』くらいの度量が必要。官僚出身の高田さんや彼を支える側近には、そうした政治的視点がなかった。結果、取り返しが付かない禍根を残した」
もし県が代執行を強行すれば、当時以上の恐怖を子どもたちが味わうかもしれない。ダム問題が亡霊のように付きまとう人生を、子どもたちに科してはいないか。父となった今、好央はそんな葛藤も抱く。
中村法道知事と地元住民が約5年ぶりに県庁で面会した19日、長女の晏奈(はるな)(17)が「古里を奪わないで」と訴えるのをそばで聞いた。誰かに教えられなくても、自分の言葉で、自分の気持ちを伝える姿を誇りに思った。帰宅後、家族でケーキを囲み、この日が誕生日だった妻を祝った。家族がいて、古里がある。このささやかな幸せを守りたい。混沌(こんとん)とした状況の中で、そう願っている。=文中敬称略=


混迷 石木ダム 用地収用・2 <空手形> 「最初からだますつもり」

(長崎新聞2019/9/22 16:10) https://this.kiji.is/548327777817674849?c=39546741839462401

(写真)「建設は地元と同意の上で着手する」する旨の県との覚書の写しに目を落とす岩本さん=川棚町岩屋郷

長崎県と佐世保市が東彼川棚町に計画する石木ダムの建設予定地に暮らす岩本宏之(74)は、古いファイルから書類を取り出し、目を落とした。1972年、県がダム建設の予備調査の同意を得るために、地元3地区と交わした「覚書」。「乙(県)が調査の結果、建設の必要が生じたときは、あらためて甲(地元3地区)と協議の上、書面による同意を受けた後、着手する」-と記されている。
だが半世紀近くたった今、覚書は事実上の“空手形”となっている。3地区の一つ川原(こうばる)地区の13世帯は、土地収用法に基づく県側の手続きで今月、宅地を含む土地の所有権を失った。「行政が堂々と約束を破っていいのか」。岩本は吐き捨てる。
川原で生まれ育った岩本が初めてダム計画を耳にしたのは62年。高校生だった当時、県が業者に委託した現地の測量をアルバイトで手伝った。その後、町が無断の測量に抗議し、中止になったという。
その約10年後、県は正式にダム建設に向けた予備調査を町と地元3地区に申し入れた。「覚書」はこの時期に交わされたものだ。3地区は「県が覚書の精神に反し、独断専行あるいは強制執行などの行為に出た場合は、(町は)総力を挙げて反対し、作業を阻止する」とした覚書を町とも結んだ。
ところが予備調査の結果、県は「建設可能」と判断すると計画を推し進め、75年には国が事業採択した。不信感を募らせた地元住民は反対運動を本格化。79年6月には当時の知事、久保勘一が現地を訪れ、住民の説得に当たった。県がまとめた談話によれば「決してなし崩しにできません。全部の話がつかなければ前進しないんですから」と発言している。
だが82年、久保の後継で知事に就任した高田勇が強制測量に踏み切り、住民との亀裂が決定的になった。岩本は「地元を無視して強行に物事を進め、過去の約束も平気でほごにする。県の態度は最初からずっと変わらない」とため息をつく。今月19日、約5年ぶりに実現した中村法道知事との面会で覚書の有効性をただしたが、中村は「(係争中の)訴訟の場で明らかになると思う」と述べるにとどめた。「最初からだますつもりだった。あの時、予備調査を受け入れなければ…」。土地の権利を失った今、そう言って悔やむ。=文中敬称略=


混迷 石木ダム 用地収用・3 <事業認定> 「話し合い」狙うも進まず

(長崎新聞2019/9/23 10:19) https://this.kiji.is/548675641380275297?c=174761113988793844

(写真)事業認定申請に踏み切ることを表明する金子知事(当時、中央)ら=2009年10月13日、旧県庁

「法的な手続きの中で話し合いが促進するよう誠心誠意対応したい」-。2009年10月。県と佐世保市が東彼川棚町に計画する石木ダム建設事業で、金子原二郎知事(当時)は朝長則男市長、竹村一義町長(当時)と県庁で会見し、土地収用法に基づく事業認定の申請手続きに入ると表明した。県は翌月、国に申請。土地の強制収用への道を開いた“起点だった”。
1982年の強制測量から約27年が経過し、地道な用地交渉の末、地権者の8割が移転していたが、なお13世帯が応じていない中での申請。なぜ、このタイミングだったのか-。
2009年夏、政界で波乱が起きた。衆院選で民主党(当時)が大勝し、政権交代。自民党出身の金子は同年11月、「県政運営に支障が生じないように」として、翌年2月の知事選への4選不出馬を表明する。事業認定申請宣言は、不出馬表明の1カ月前だった。
「(転居など事業に)協力してくれた人たちのことを考え、自分が知事の時代に(事業認定申請を)やらんばいかん。皆さんを説得したのに申請もしないで辞めたんでは無責任だと思った」。金子は当時をこう振り返る。「コンクリートから人へ」を掲げ、民主党政権が公共事業の再検証を進める中、「(申請で)後の人に引き継いでもらいたいという気持ちもあった」という。
当時、県議会でも事業認定申請を求める議員が大勢だった。09年6月定例県議会では超党派の33人が意見書を提出。強制測量への反省を県に求めながらも、「事業認定は中立の認定庁(国土交通省九州地方整備局)が事業の必要性、公益性を審査するため、話し合いを進展させることが期待できる」という内容だった。
一方、申請に反対する県議もいた。元県議の吉村庄二は当時、土木部を所管する環境生活委員会に所属。事業認定は行政代執行への道を開くと訴えていた。国は自民党が政権奪還後の13年9月、事業認定を告示する。吉村は「認定庁は(事業の)第三者とはいえ国の機関。申請すれば当然(ダムが)必要という話になることは初めから分かっていた」と無念さをにじませる。
反対住民と「話し合いを進めるため」などとして、事業認定申請に踏み切った県。だが、県の狙いとは裏腹に、反対13世帯が翻意することはなく、申請から10年の歳月を経て行政代執行という最悪のシナリオが現実味を帯びる。
=文中敬称略=


混迷 石木ダム 用地収用・4 <分断> 意志が弱かったのか…

(長崎新聞2019/9/24 10:20) https://this.kiji.is/549039417644876897?c=39546741839462401

(写真)建設予定地から移転した川崎さん夫妻は、複雑な思いでダム問題の行く末を見つめている=川棚町中組郷

長崎県と佐世保市が東彼川棚町に計画する石木ダムの建設予定地。今月、土地収用法で所有権を失った後も、反対住民13世帯が住み続けている。一方で家屋移転対象の約8割に当たる54世帯は補償契約に応じ、これまでに集落を後にした。
彼らの意志が強いのか、それとも、私の意志が弱かったのか-。“闘い”を続ける川原(こうばる)地区の13世帯を前に、元住民の川崎民雄(89)は、そんな思いに駆られる。水没予定地の同地区で生まれ育ち、かつては13世帯と同じ「絶対反対同盟」の一員だったが、2003年9月に4キロほど下流の新居に移り住んだ。
妻の幸枝(85)も川原の生まれで、先祖代々受け継いだ土地に思い入れもあった。だが代替宅地が造成され、住民の移転が進むにつれ、「どんなに頑張ってもダム計画は止められない」と考えるようになった。高齢のために川原で農業を続ける自信もなかった。「苦しかった。でも将来を考えると、自分には残れない」。苦渋の決断だった。
新聞にダムの話題が載れば必ず目を通し、妻に読んで聞かせる。先行き不透明なダム事業に「何のために移転したのか」と割り切れない半面、「13世帯の結束は固い。ダムはもう無理なんじゃないか」とも思う。
ダム計画が持ち上がってから、静かな集落は翻弄(ほんろう)され続けた。国の事業採択(1975年)をきっかけに川原や岩屋両地区などを中心に反対団体がつくられたが、県側の説得で切り崩され、分裂。県の強制測量(82年)では、容認派と反対派の対立が先鋭化し、親族内で慶弔の行き来を絶ったり、集落が機能不全に陥ったりと深刻な分断を生んだ。
94年に生活再建や地域振興を目指す住民が「石木ダム対策協議会」を結成し、県との積極的な補償交渉に乗り出した。初代会長で、岩屋地区から代替宅地に移った田村久二(85)は「反対同盟との折り合いがつきそうにもない中で、今より地域をよくしたいとの思いだった」と語る。
反対同盟からも突然10世帯近くが移転し、残る13世帯にも動揺が走った。13世帯の一人、岩下すみ子(70)は「前日まで普通にしゃべっていた仲間が急にいなくなった。ショックやったよ」と振り返る。「でも事情はそれぞれにあるし、私たちもその人たちの未来にまで責任は取れない。結局止め切らんかった…」。残った者と去った者。それぞれが葛藤と傷を抱え、出口の見えない古里の行く末を見つめている。=文中敬称略=


混迷 石木ダム 用地収用・5 <水需要予測> 過大か適正か議論平行線

(長崎新聞2019/9/25 12:50) https://this.kiji.is/549439180293948513?c=39546741839462401

(写真)石木ダム反対のチラシを配り、理解を求める市民ら=19日、佐世保市島瀬町

8日、佐世保市内。県と同市が東彼川棚町に計画する石木ダム建設事業を巡り、反対13世帯の宅地を含む土地の強制収用に反対する市民集会が開かれた。会場には定員を大きく超える約130人。立ち見が出るなど熱気が漂った。
「私たちは水に不自由してない。人口減少で水需要は減り続ける。なぜダムを造る必要があるの」。主催した市民団体「石木川まもり隊」代表の松本美智恵(67)のあいさつに拍手が湧き起こった。
同ダム建設の目的の一つが同市の利水だ。市は2012~24年度の水需要予測を踏まえ、同ダム建設で新たに日量4万トンを確保する必要があるとする。一方、国立社会保障・人口問題研究所は同市の人口は現在の約25万人から40年には19万人にまで減ると推測。松本は「市の水需要予測は過大。人口減少の現実を受け止め、ダムに巨額の税金を投じるのではなく、既存施設を補修して漏水対策を急ぐべきだ」と訴える。
こうした「過大」との指摘に対し、市は「必要最低限の予測値だ」と反論。24年度までの人口減少は考慮しているとし、「都市の将来像が見えない中でさらに先の予測はできない。精度も落ちる」と譲らない。
ダムの必要性を巡っては、市長の朝長則男もかたくなな姿勢を崩さない。6月定例市議会でも「市民生活を守り、市政を発展させていく上で必要不可欠だ」と強調。過去に度々渇水に見舞われ、1994年には約9カ月の給水制限に至った苦い経験や、水を消費する企業を誘致できないもどかしさがにじんだ。
「心配はそれだけではない」。そう話すのは市議会石木ダム建設促進特別委委員長の長野孝道だ。朝長はクルーズ客船やカジノを含む統合型リゾート施設(IR)誘致を重要政策に掲げており、観光客増加を見据え十分な水源を確保しておきたい思いもあると長野はみる。
ただ、近年を見ると、実際に水を使った実績値は水需要予測値を下回って推移。2018年度の1日平均給水量は予測値の約82%にとどまり、ダム反対市民らは「予測の再検証が必要だ」と訴える。一方、市水道局は、予測値には気象条件でピークが重なる状況や事故災害による非常事態も加味しており、「通常は実数値を下回る」と意に介さない。
石木ダム建設予定地の一部の明け渡し期限ともなった19日、反対市民らは市中心部のアーケードでチラシを配り、通行人に理解を求めた。それを受け取る人もいれば、拒む人もいる。将来の水需要は減るのか、増えるのか-。議論はかみ合わないまま平行線をたどっている。=文中敬称略=

私たちもその人たちの未来にまで責任は取れない。結局止め切らんかった…」。残った者と去った者。それぞれが葛藤と傷を抱え、出口の見えない古里の行く末を見つめている。=文中敬称略=


混迷 石木ダム 用地収用・6完 <県民の視線> 賛否の議論 盛り上がらず

(長崎新聞2019/9/26 10:22)updated https://this.kiji.is/549763649060324449?c=39546741839462401

(写真)強制収用や行政代執行に反対する議員連盟の設立会見で話す城後代表(中央)=県庁

「広く市民に訴える連盟をつくり、動きを展開したい」。今月14日、県庁。県と佐世保市が東彼川棚町に計画する石木ダム建設事業を巡り、土地の強制収用に反対する国会議員、地方議員73人で立ち上げた議員連盟の設立会見で、代表の城後光=東彼波佐見町議=は言葉に力を込めた。
同事業を巡っては昨年、音楽家の坂本龍一がダム問題の啓発に取り組む市民団体に招かれ建設予定地の川原(こうばる)地区を訪問。反対住民とも対話し、長崎市内であったトークセッションでは「ダムの必要性が今もあるのか。一度決めたことを変えない公共事業の典型例と感じる」と疑問を呈した。歌手の加藤登紀子も昨年、同地区に足を運び、報道陣に「多くの人にこの地を訪ねてほしい」と語った。映画監督の山田英治は同地区の人々の暮らしを描いたドキュメンタリー映画「ほたるの川のまもりびと」を制作し、全国各地で上映されている。
県収用委員会が同地区13世帯の宅地を含む全ての未買収地約12万平方メートルの明け渡しを求める裁決を出した今年5月以降は、反対運動が活発化。県に公開討論を求める署名約5万筆が全国から集まり、強制収用に反対する県民ネットワークも発足した。
だが、こうした一部の動きとは裏腹に、一般県民の間にダム推進、反対の議論が盛り上がっているとは言えず、その視線の行方は不明瞭だ。4月の県議選や7月の参院選で石木ダム問題は争点にならなかった。4月の川棚町議選には反対13世帯の一人、炭谷猛が初出馬し、ダム反対を掲げてトップ当選したものの、県は「町議会の構成が大きく変わったと認識していない」との受け止め方だ。
今月7日、買い物客でにぎわう長崎市中心部。約150人がダム反対を訴えデモ行進したが、多くの県民は関心を示さず、立ち止まる人はほとんどいない。「ダムはいらんやろ」とつぶやく男性がいる一方、「うるさいだけ」と吐き捨てるように素通りする女性の姿もあった。
県民ネットワークの発足に関わった同市在住のライター、松井亜芸子(42)はダムを巡る運動を「(国の)未来を考える能動的な活動」と位置付ける。のどかな集落を舞台に約半世紀にわたり混迷を続けるこの問題は、県民に何を問い掛けているのか。松井は言う。「(反対13世帯の)住民の言葉は、(私たちが)自分の町や自分自身を考えるきっかけを与えてくれる。(川原地区の問題に矮小(わいしょう)化せず)石木ダムから国全体の在り方を考えてほしい」
=文中敬称略=
=おわり=

 

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