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石木ダムの情報

石木ダム 収用委員会再再弁明書への再再反論書を用意します。

2021年1月22日
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2020年12月9日付けの再再弁明書が土地収用管理室経由で届きました。

長崎県川棚町高原(コウバル)地区13世帯住民皆さんの土地と自宅などすべての物権、共有地権者の物権、など、すべてを対象とした長崎県収用委員会による2019年5月21日の収用明渡裁決に対して、105名の皆さんがその取消を求める審査請求を2019年7月3日に提出しています。この審査請求は、全く必要性のない石木ダムのために、13世帯皆さんの生活の地と住居、そして共有地、すべての収用明渡を違法行為として奪え返すことを目的にしています。

審査請求の進行状況

当方からの審査請求(2019年7月3日)→処分庁長崎県収用委員会からの弁明→当方からの反論→処分庁長崎県収用委員会からの再弁明→当方からの再反論 とすすみ、再弁明書への反論(=再反論書)を2020年10月9日に土地収用管理室に送付しました。(ここまでは、「石木ダム 収用委員会再弁明への再反論書を提出します。⇒しました。」を参照願います。)
それ(再反論書)への、長崎県収用委員会から本件の審査庁担当者である審理員・二井俊充氏に宛てた2020年12月9日付け弁明書(再々弁明書)の副本が、再々反論を出すのであれば2021年2月22日を期限とすることを記した書類と共に、2021年1月20日付で審査請求人に送付されました。

2021年01月20日付け文書 再々弁明書と再々反論提出要旨

再々弁明書と再々反論提出用意

土地収用法が「収用委員会は事業認定の内容を扱わない」としているので、全く酷い事業認定であっても収用明渡裁決の違法性を指摘するのは きわめて困難です。しかし石木ダム事業の場合は、収用明渡裁決がなされたのは2019年5月21日のことなので、事業認定時(2013年9月6日)から5年8ヶ月も経過しています。収用明渡裁決がなされた2019年5月は、事業認定時に想定していた社会状況と全く異なっていました。給水人口の減少と節水社会の進行で、佐世保市の水需要は石木ダムを必要としていないのが現実です。不安定水源としているかんこうすいりけんすいげんも十分にその機能を果たしています。事業認定後のこの現実を真摯に見るならば、収用明渡は不要であることは明らかです。この現実を審査庁に理解させるべく働きかけとして、再々反論書提出の用意を進めます。

記 遠藤保男

 

石木ダム反対、座り込み1000回 出口の見えぬ闘い続く 長崎・川棚町

2021年1月13日
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石木ダムの県道付け替え工事に対して、座り込みの阻止行動を続ける地元住民と支援者についての記事とニュースをお送りします。

阻止行動は約4年半、座り込みは延べ1000回になります。頑張っていただきたいと思います。

 

石木ダム付け替え道路工事 抗議座り込み通算1000回

(長崎新聞2021/1/12 23:57) https://this.kiji.is/721740260402888704?c=174761113988793844

(写真)抗議の座り込み1000回の横断幕を広げる住民ら=川棚町

長崎県と佐世保市が東彼川棚町に計画する石木ダム建設事業に反対する住民らが、県道付け替え道路工事現場で続ける抗議の座り込みが12日、通算千回に達した。
座り込みは、県が付け替え道路工事に着手した2010年3月から断続的に実施。住民によると、県側が工事再開を伝えた16年7月25日からの「第4次」が通算千回になった。
12日は、住民や支援者ら通常より多い約50人が集まり、「いい加減にせんかい」などと書かれた横断幕を広げて抗議。住民の岩下すみ子さん(72)は、活動を記録するノートに「1000日」と書き込んだ。「まさかこんなに長引くとは」と苦笑いを浮かべ、「この場所で仲間たちと会うと力が湧く。ダム計画中止を勝ち取るまで諦めない」と決意を新たにしていた。
座り込み場所は当初、付け替え道路工事現場入り口だったが、17年8月以降は現場内に移った。現在の場所を含む約140メートルの区間で工事が遅れている。県側は昨年10月に住民らの帰宅後に重機を入れたり、同12月に防護柵を設けたりして当該区間の盛り土工事を試みたが、いずれも住民側が阻止。同10月以降、住民側は座り込みの時間を夕方まで延長したり、土曜日や祝日も現場に通ったりして警戒する。このため県は盛り土工事の工期を複数回延長し、昨年末にいったん打ち切った。

 

石木ダム反対、座り込み1000回 出口の見えぬ闘い続く 長崎・川棚町

(西日本新聞2021/1/12 6:00) https://www.nishinippon.co.jp/item/n/680806/

(写真)防寒着に身を包み、座り込みを続ける岩本宏之さん=7日午前、長崎県川棚町

新年を迎えても、いつもと変わらぬ光景だった。長崎県川棚町の石木ダム建設予定地。県が進める関連工事の大型車両が行き交うそばで、ダムに沈む古里からの立ち退きを拒む住民や支援者が座り込む。約4年半にわたり続けてきたその日数は、12日で通算千回に到達する。県との対話が細る中で、静かな闘いが続く。

5日、今年最初の座り込みに40人が集まった。午前10時前、いつもの「おやつタイム」。持ち寄ったミカンや菓子を食べ、コーヒーを手に談笑する。それを県職員が監視するのも、すっかり日常となった。

ダム予定地で暮らす13世帯43人の一人、岩本宏之さん(76)は座り込みを始めたときから、ずっと輪の中心にいる。

「おい(私)はね、ここにある自然の恵みに生かされてきた人生やけんね」。時をみて猟銃を担いで山道を歩き、イノシシの痕跡を探し、わなの位置を調整する。160キロの大物を捕らえたこともある。

幼い頃から、結核を患った父に代わり母と家庭を支えた。田畑を耕し、炭やシイタケ、タケノコを町で売った。ダムがせき止めることになる石木川のウナギは貴重なタンパク源。食糧難を生き抜き、4人の弟と妹の学費を賄えたのは、かけがえのない自然のおかげだと感謝している。「先祖代々の古里。金を積まれても、圧力をかけられても離れる気はない」。意思は揺るがない。

座り込みは2016年7月25日、ダムに水没する県道の付け替え工事を県が再開したのをきっかけに、工事現場の入り口で始めた。休日や年末年始を除くと、酷暑も風雪も関係なく、ダム建設反対を訴え続ける。

17年1月、県が日曜早朝に初めて重機を入れた。住民たちは監視カメラを据え、テントで夜を明かし、重機の前で体を張った。それでも工事は少しずつ進んだ。現在は1・1キロの道路用地で約140メートルの区間に座り込み、完成を阻む。

支援の輪は全国に広がっているが、地元には厳しい目もある。

ダムによる治水の恩恵を主張する川棚町の議会は、建設賛成の議員が圧倒的多数。昨年12月の一般質問では「自分中心の言動では支持できない」と、座り込みを非難する議員もいた。

県は「地権者の約8割が同意した」と事業の正当性を主張する。土地収用法に基づき、13世帯の家屋を強制排除する権限も得た。中村法道知事の判断一つで排除も可能だ。

「一度も同意していない事業がどんどん進められていく。抵抗するのは当然のこと」と岩本さんは反論する。町職員だったので、公権力の強さも、危うさもよく分かる。

知事と住民の対話は19年9月以降、途絶えたまま。住民は県道工事の中止が対話の条件としているが、県は応じていない。

間もなく千回を超える座り込み。参加者の多くは高齢で持病がある人もいる。「県はいつまでこげんこと続けさせる気か」。出口の見えない状況に、岩本さんはいら立ちを募らせている。 (岩佐遼介)

【ワードBOX】石木ダム事業

長崎県と同県佐世保市が治水と水道水源の確保を目的に、川棚川支流の石木川に計画。1975年に国が事業採択した。当初の完成予定は79年度だったが、現在は2025年度を目標にしている。立ち退きを拒む13世帯の土地や建物は、土地収用法の手続きにより、19年9月に所有権が国へ移転。県は強制撤去できる行政代執行が可能になった。

 

石木ダム座り込み1000回 「みんなの結束は誇り」/長崎

(毎日新聞長崎版2021年1月13日)https://mainichi.jp/articles/20210113/ddl/k42/040/356000c

県と佐世保市が川棚町に建設を計画する石木ダムを巡り、水没予定地の住民らによる抗議の座り込みが12日、1000回を迎えた。現場には住民の他、長崎市や福岡市などからの支援者ら約40人が集まり、「抗議の座り込み1000回」の横断幕が掲げられた。

座り込みは県が県道の付け替え工事を再開した2016年7月25日に開始。ダム建設反対の住民の意志が揺らぐことはなく、年末年始などを除き座り込みを重ねてきた。

ダムの建設計画を巡っては、国の事業認定取り消しを求めた訴訟の敗訴が確定し、強制的に立ち退かせる県の行政代執行が可能になるなど、水没予定地の13世帯約50人の住民を取り巻く環境は厳しさを増している。昨年12月には県が盛り土作業を再開し、工事現場に住民が入らないよう柵を設置した。

住民の一人、岩下すみ子さん(72)は「ダムに反対しながら亡くなった住民の思いも背負って闘っている。県には納得いく話し合いをしてほしい」と語った。週2回ほど座り込むという佐世保市の70代女性は「こうしてみんなが結束して集まるのは誇りです」と話した。【綿貫洋】

 

通算1000回 石木ダム抗議の座り込み「工事の中断を求める住民側と県側の対立深まる」【長崎県】

(テレビ長崎 2021/01/12(火) 12:25配信) https://news.yahoo.co.jp/articles/8aadd2ee95cf15d38d55b0db7b2877e25014aae6

長崎県と佐世保市が東彼・川棚町に計画している石木ダムを巡り、建設に反対する住民などが続けている抗議の座り込みが、12日で通算1000回となりました。

住民によりますと、抗議の座り込みはダム完成後に水に沈む長崎県道の代わりとなる付け替え道路の工事が始まった2010年3月から断続的に行っていて、2016年7月から続けてきた「第4次座り込み」が12日で通算1000回となったということです。

長崎県と佐世保市が東彼・川棚町川原地区に計画し、2025年度の完成を目指す「石木ダム」を巡っては、話し合いのために「工事の中断」を求める住民側と長崎県側との対立が深まっています。

 

支援者に支えられた1千日 石木ダム反対運動

(朝日新聞2021年1月13日 9時30分)https://digital.asahi.com/articles/ASP1D6T62P1DTOLB002.html

(写真)石木ダム建設に反対する抗議の座り込み=2021年1月12日午前11時46分、長崎県川棚町、吉本美奈子撮影

石木ダムの建設に反対する長崎県川棚町の水没予定地・川原(こうばる)集落の住民の運動は、ダム問題を自分のこととしてとらえる支援者たちに支えられてきた。12日、1千日を迎えた建設現場での座り込みにも支援者の姿があった。

ダム事業の目的の一つは隣の佐世保市への水道水供給だ。2010年3月の第1次座り込みから参加している同市の宮野和徳さん(76)は「ダムの受益者とされている私自身の問題。沖縄の基地問題が、日本人である私の問題であるのと同じです。佐世保の水は足りている」と語る。

宮野さんと同時期から支援を続けている同市の松本美智恵さん(69)は「座り込みに象徴される住民の揺るぎない思いがあるから、県は本体着工さえできない。裏を返せば、住民や県民を納得させる正当性がないということ」「水はあるに越したことはないでしょうが、住民の人権と秤(はかり)にかければ、今は、足るを知るべき時です」。

座り込みの住民も、支援者も70歳前後。川原集落の石丸勇さん(71)は「支援者は、自分は当事者という意識で来てくれる。頭が下がります」と話していた。(原口晋也)

 

石木ダム座り込み抗議1000回に 住民「県は話し合いを」

(西日本新聞2021/1/13 11:00) https://www.nishinippon.co.jp/item/n/681057/

石木ダム関連工事と住民の主な動き

(写真)抗議の座り込みが千回に達し、ダム建設阻止の決意を新たにする住民や支援者

長崎県川棚町で県が進める石木ダム事業の工事現場で、立ち退きを拒む住民や支援者による抗議の座り込みが12日、通算千回に到達した。50人以上が普段と同じように座り込み、県に事業の見直しを求める決意を新たにした。

集まった人たちは「長崎県は、いい加減にせんかい(千回)!」と書いた横断幕を掲げた。「ここ数年で亡くなった方が多い。絶対に古里を渡さない気持ちです」。ダム予定地で暮らす岩下すみ子さん(72)の言葉に力がこもる。

座り込みは、県道付け替え工事を県が再開した2016年7月から続く。その後、工事は再開と中断を何度も繰り返した。県は昨年12月下旬から、住民が座り込む一帯の工事を一時中断している。

「現場」と呼ばれる座り込みの場所に、佐世保市から毎回足を運ぶ宮野由美子さん(72)は「千回はあくまでも通過点。必要のないダム事業を一日も早く断念してほしい」と話した。

県は20年度中に約1・1キロの県道工事を終える方針。ダム堤の関連工事も控えているが、住民や支援者は徹底抗戦の構えを崩さない。現場の気温は氷点下になることもある。住民らは暖を取る道具や椅子を収納する倉庫を持ち込んでおり、県は再三にわたり撤去を求めている。

予定地の住民、岩下和雄さん(73)は「この現場で工事が進まない限り、本体工事の本格着工はできない。今こそ、県は話し合いをせんばいかん」と語った。 (岩佐遼介)


【長崎】石木ダム抗議の座り込み1000回

(長崎文化放送2021/01/131/12(火) 19:50) https://news.yahoo.co.jp/articles/f5ea8bd667d2df2f4d33a46a3ce66c9f7309f16e

長崎県と佐世保市が東彼・川棚町で進める石木ダム建設事業。県道の付け替え工事現場で続く反対住民らの座り込みが12日で1000回になりました。

反対住民らの抗議の座り込みは2016年7月25日からほぼ毎日続いています。

12日も午前8時前から「石木ダムは要らない」などとプリントされたシャツを着た約40人の住民らが集まりました。

厳しい冷え込みの中の座り込み。焚き木で暖をとり、寒さを乗り切ります。

「長崎県は、いい加減にせんかい!抗議の座り込み1000回」と書かれた横断幕を持ってダム建設反対への強い意思を示します。

石木ダム建設を巡ってはおととし5月、長崎県収用委員会が建設に必要な住民らの土地の収用を認め、9月に土地の所有権が国に移りました。

長崎県は行政代執行による強制収用が可能になっています。長崎県は今年度中に石木ダムの本体工事に着手する方針で、2025年度の完成を目指しています。

 

石木ダム抗議を激励 長崎 工事現場に田村貴昭氏ら

(しんぶん赤旗2021年1月6日(水)) https://www.jcp.or.jp/akahata/aik20/2021-01-06/2021010604_03_1.html

  日本共産党の田村貴昭衆院議員は5日、長崎県と佐世保市が川棚町に計画する石木ダムの県道付け替え工事の現場に駆け付け、新年から座り込んで抗議行動を続ける地元住民や支援者を激励しました。山下満昭党県委員長、堀江ひとみ県議、小田徳顕佐世保市議が同行しました。

昨年12月、工事を急ぐ県は、工事現場に住民らが入れないよう柵を設置し、重機を入れるなど強硬手段に出ました。しかし、住民らの抗議で作業は進まず、県はこの区間の工期内の施工を断念しました。党県委員会は、工事をいったん中断し地元住民と話し合うよう中村法道知事宛てに要望しました。

今年初めての座り込みには午前、午後合わせて58人が参加。田村氏は「石木ダム反対」と書かれたゼッケンをつけ、座り込み参加者に「コロナ禍で、医療機関や困っている人たちへの支援を行うべきときに、巨費をかけてムダな公共事業を進めるということは認められない」と語り、「国会でも野党連携を広げ、絶対あきらめず、ともに頑張っていきたい」と激励しました。

地元住民らと懇談する中で、住民の女性(72)は「毎日が常にダムとのたたかい。でも、子どもたちのことを思うと私たちの代で何としても止めたい」と話し、支援者の森下浩史・元長崎大学教授は「忙しいところを来ていただき、感謝している」と語りました。

(写真)座り込み参加者らを激励する田村氏(左端)=5日、長崎県川棚町

主文 審査請求を棄却する  (石木ダム事業認定取消請求裁決)

2021年1月11日
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2013年10月7日から7年2ヶ月経ちました。

裁決書

審査請求人
住所 ・・・・・・・・
氏名 ・・・・

上記審査請求人(以下「請求人」という。)が、平成25年10月7日付けでした
審査請求について、行政不服審査法(昭和37年法律第160号)第40条第2項の規
定に基づき、次のとおり裁決する。
なお、この裁決の取消しを求める訴えは、裁決があったことを知った日の翌日から起
算して6か月以内に、国を被告として提起することができる。ただし、裁決があったこ
とを知った日の翌日から起算して6か月以内であっても、裁決の日、の翌日から起算して
1年を経過したときは、裁決の取消しの訴えを提起することができない。

主文
審査請求を棄却する。
事 実

1 審査請求に係る処分
長崎県及び佐世保市が起業者である二級河川川棚川水系石木ダム建設工事並びにこれ
に伴う県道、町道及び農業用道路付替工事(以下「本件事業」という。) に関し、
九州地方整備局長(以下「処分庁」という。)が平成25年9月6日付けでした事業
の認定(九州地方整備局告示第15 7号。以下「本件処分」という。)

2 審査請求の趣旨
本件処分を取り消す、との裁決を求める。

3 審査請求の理由
本件審査請求の理由の要旨は、次のとおりである。

以下、当方(審査請求者)の審査請求に付した意見書と、処分庁の弁明書に対する当方からの反論書に記した反論に記した意見書とを基に審査庁が作成した、審査請求の理由が続いている。

その後に、裁決主文「審査請求を棄却する」の理由を記した、理由 が長々と記されている。

上にその冒頭部分を紹介した、2020年12月11日付けの裁決書(国土交通大臣 赤羽一嘉)が、石木ダム事業認定取消を求める審査請求人に届きました。
審査請求を提出したのが2013年10月7日ですから、7年2ヶ月が経過しての裁決です。これだけ時間をかけての審査なのですが、裁決理由は処分者(事業認定処分庁である九州地方整備局長)の弁明書記載事項の丸写し、もしくは、その補修文を貼り付けたうえで、「ダム建設案(申請案)が最も合理的であるとした処分庁の判断が不合理であるとは認められない。」と結論づける文ばかりでした。

行政不服審査法は、その主旨として、第1条で「この法律は、行政庁の違法又は不当な処分その他公権力の行使に当たる行為に関し、国民に対して広く行政庁に対する不服申立てのみちを開くことによつて、簡易迅速な手続による国民の権利利益の救済を図るとともに、行政の適正な運営を確保することを目的とする。」としています(2014年に若干表現が変更がある)。「簡易迅速な手続による国民の権利利益の救済を図る」のであるからには、「処分庁の判断が不合理であるとは認められない。」では困ってしまいます。この事業によって、事業地居住民の生活の場を未来永劫に亘って奪い取るからには、「処分庁の判断が不合理であるとは認められない。」というのではまったくく不十分です
ダム事業予定地に指定されていなければ、事業地に居住されている皆さんが生活の場を追われる羽目にはならなかったからです。これらの裁決理由からは、生活の場を奪い取るほど必要性がある事業なのか否かをしっかり検証することを意識した裁決とは読み取れないからです。

今回の国土交通大臣による「審査請求棄却」裁決の取消を求めるには、国を被告として2020年12月11日の6ヶ月以内に提訴することになります。事業認定取消訴訟は不当にも2020年4月に「上告棄却」が決定しています。すでに事業認定に関する司法の判断は決定していますが、行政不服審査請求棄却裁決は新たな行政処分であることから、石木ダム対策弁護団と「事業認定取消を求める審査請求規約裁決取消訴訟」についてしっかり相談しようと考えています。(遠藤保男)

裁決書 20201211 PDF版 (送付された書類紙面をコピー)
裁決書 20201211 WORD版(反論記載用 審査請求理由と裁決理由、それへの反論をセットとして記載 判決理由への反論はこれから書き込み、取消訴訟に備える。)

事業認定取消を求める審査請求 関連書類

2013年10月7日審査請求段階

2015年1月15日 審査請求書への処分庁弁明書とそれへの反論関係

2017年5月17日「認定庁の公害等調整委員会からへの質問に対する回答」と当方からの反論

2019年1月16日 公害等調整委員会

 

 

 

 

 

 

 

“悪夢”が繰り返される可能性は? 1994年 「佐世保大渇水」 答はゼロ 

2020年12月11日
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1994年の「佐世保大渇水」の悪夢が繰り返される可能性?という記事をお送りしますが、この記事は問題の問いかけだけで、答が書いてありません。

その答は「繰り返される可能性はゼロ」です。

それは下図のとおり、佐世保市水道の給水量が1994年当時と比べて、大幅に小さくなっていて、同程度の渇水では給水制限をほとんど行わなくてもよいレベルになっているからです。


悪夢が繰り返される可能性は? 1994年 「佐世保大渇水」 石木ダム建設事業と水不足

(長崎新聞2020/12/6 11:00) https://this.kiji.is/708120468955774976?c=174761113988793844

 

(写真)少雨が続いた佐世保市では1994年8月1日に南部地区から給水制限が始まった。住民はバケツに水をため、節水を強いられた=同市大塔町

長崎県と佐世保市が東彼川棚町に計画する石木ダム建設事業。市は慢性的な水不足を理由にダムの必要性を訴える。引き合いに出されるのが1994年の「佐世保大渇水」。給水制限が264日間に及び、「佐世保砂漠」と呼ばれる事態に陥った。当時を振り返り、“悪夢”が繰り返される可能性はあるのか探った。

1994年8月1日。佐世保市には、目に見えない南北の“境界線”が引かれた。
空梅雨の影響で、水源に乏しい南部地区では貯水量が見る見る減った。市は水の供給を一定時間に制限する対策を決行。市職員ら約160人が、約8万1100人が暮らす南部地区へ向かい、各家庭や商店の止水栓を閉めて回った。
給水時間は1日10時間に設定。8月7日以降は5~6時間に短縮した。住民はこぞってポリタンクを購入。水が出る時間帯には職場を離れ、自宅の浴槽やバケツなどに水をためる姿もあった。シャワーや洗濯の残り水はトイレにも使い回し、節水を強いられた。
飲食店やホテルは大型タンクを設置するなどして営業を継続。学校や福祉施設、観光地…。あらゆる場所に影響は広がった。
住民の苦労や不安をよそに、太陽は容赦なく照り続けた。南部地区唯一の水がめ、下の原ダムの貯水率は20%を割り、さらに危険な水域へと入っていった。

■給水 1日わずか3時間 直近26年間は制限なし

佐世保の水不足は、急激に深刻さの度合いを増していった。
1994年8月24、25両日の計48時間、佐世保市は給水をわずか5時間に絞る措置を断行。さらに、26日以降は1日3~4時間に減らした。各地で渇水が問題化していたが、市の対策は「全国一厳しい」と言われた。水が出る時間帯は猫の目のように変わり、住民は困惑した。

(写真)給水時間に合わせた止水栓開閉作業の様子=1994年10月、佐世保市京坪町

市内の水道網は南部と北部で別々に敷設され、双方で融通ができなかった。
その境界にある稲荷町の理髪店は、わずか数百メートルの距離で南部に区分けされた。店長の瀬脇勝一さん(87)は「バケツのお湯を電動ポンプでくみ上げて洗髪していた。同じ市民なのに南北で生活環境がまるで違った」。店先から見える北部の町並みをうらやみながら眺めていた。
9月6日。給水制限はいよいよ15万1300人が住む北部地区に広がり、市内全域が対象に。市職員だけでは止水栓の開閉作業が間に合わず、10月25日からは各町内会に作業を委託した。祇園町一組の町内会長だった林俊孝さん(75)は「開栓が遅れると地域住民の関係が悪化しかねない。いやな仕事だった」。苦々しい表情を浮かべた。
水不足は消防活動にも影を落とした。各地の貯水池が干上がる可能性があり、消防隊員は担当区域を回り、消火に使えそうな水源を各自のノートにまとめ、警戒感を強めた。
給水制限下で惨事は起きた。12月4日早朝、市中心部の住宅地で火災が発生。いち早く駆け付けた60代男性は、ためていた水を掛けたが、「どうにもならなかった」。消防隊によって鎮火されたが、計4棟が全焼し、焼け跡から家族4人の遺体が見つかった。
当時消火栓は使用できる状態だったため、市消防局は「給水制限の影響はない」との認識を示した。ただ火災記録には初期消火は「なし」と記載された。現場にいた職員は言う。「放水は初期消火の基本。水道が使えない状況はリスクになる」
給水制限は翌年4月26日に解除され、市民はようやく渇水の長いトンネルを抜けた。市が投じた緊急対策費は約50億円に上った。その後も水不足の恐れは度々あったが、この26年間で、止水栓を閉める事態には至っていない。大渇水を教訓に南部と北部の水道管は一部連結され、一定量の融通が可能になった。
それでも、石木ダムの建設を推進する市民団体の寺山燎二会長(82)は「水源が乏しいことに変わりはない。ダムは暮らしの安心感になる」と訴える。
美容室を営み、当時、子育て中だった50代女性は「水がないと衛生環境を守れない。もし今渇水が起きたら、新型コロナウイルス対策との二重苦になる」と心配する。
石木ダムの建設で問題は解決するのか-。そう問い掛けると、女性は首をかしげて言った。
「それは分からない」

 

【混迷の石木ダム】長崎県知事、佐世保市長、 川棚町長のインタビュー記事

2020年11月24日
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長崎新聞が【混迷の石木ダム】というタイトルで、5人のインタビュー記事を連載しました。

2人は石木ダム絶対反対同盟の岩下和雄さんと石木川まもり隊の松本美智恵さんで、そのインタビュー記事は別稿をお読みください。。

残りの3人は行政側で、中村法道・長崎県知事、朝長則男・佐世保市長、山口文夫・川棚町長です。この3人のインタビュー記事を掲載します。

この記事を読んで最も腹立たしく思うのは、朝長佐世保市長の次の答えです。

-なぜ石木ダムが必要なのか。

朝長市長:1994年に大渇水が起きた。給水制限が264日間に及び、48時間のうち5時間しか水が出ない過酷な状況もあった。当時を知る市民は減ったが、あの苦しみは二度と経験させたくない。

-人口減少社会の中で、佐世保市の水需要予測は「過大」との指摘もある。

朝長市長:私たちは国の指針に基づいて予測し、国から事業の補助金をもらっている。国に認められた予測であり、市が独断で決めていない。

朝長市長は26年前に起きた大渇水を持ち出していますが、その後、佐世保市の水需要はどんどん減って、一日最大給水量は当時の73%にまで落ち込んでおり、仮に同程度の大渇水が来ても、問題になりません。

また、佐世保市がいまだに続けている水需要の架空予測について「国に認められているのだから」問題がないと、朝長市長は強弁していますが、ダム計画がなければ、実績乖離の予測をするはずがありません。

一方で、この架空予測を容認する国(厚生労働省)に対して強い憤りを覚えます。

 

【混迷の石木ダム】インタビュー・中村法道知事 代替案なく不退転の決意

(長崎新聞2020/11/19 11:53) https://this.kiji.is/701995600895968353

 長崎県と佐世保市が東彼川棚町に計画する石木ダム建設事業。事業採択から45年の歳月が流れ、県は家屋などを強制撤去できる行政代執行の一歩手前まで手続きを進めてきた。だが今も水没予定地に暮らす13世帯は反対の姿勢を崩さず、事態は混迷を深めている。互いが納得する形で解決する余地はないのか。中村法道知事に聞いた。
球磨川水害に関する意見書 水源連 1117
 -事業が進まない要因と県の責任をどう考えているのか。

 川棚川の治水の安全性確保と佐世保市の慢性的な水不足解消のため「ダム建設に依(よ)らざるを得ない」と、地元住民の理解が得られるよう歴代知事や職員が何度も戸別訪問するなど努力を重ねてきた。この間、1982年に強制測量を実施し、行政に対する不信感が相当大きくなったのは事実。この点について当時の高田勇知事はのちに「ご心労、ご迷惑をお掛けした」旨の発言をされており、私たちも同じ思いを申し上げてきた。ただそうした経過の中でも8割の地権者の方々から土地を提供していただいた。住民の安全安心の確保が強く求められる中、ダムがいまだに完成していないことに強く責任を感じている。

 -ダムの治水、利水効果について県・佐世保市と反対住民の主張は溝が深いが、埋められると思うか。

 これまでに河川の氾濫が起きた降水量には現在進めている河川改修で対応できるが、それ以上の100年に1度かつ最も危険な雨の降り方でも、住民の生命・財産を守るという水準で事業を進めている。利水では人口は減少しているのに水の需要予測が過大と指摘されているが、一定の余裕量は必要。全国のダムも同様に推計されている。時間をかけて説明すれば理解していただけると思う。だが事業を白紙に戻さなければ話し合いに応じないといった主張が繰り返され、耳を傾けてもらえない状況が続いており非常に残念だ。

 -県幹部は昨年9月以来の知事との面談を働き掛けているが、住民は先に工事の中断を求めている。

 大規模災害が頻発するような状況では一刻も早い環境整備は行政の責務。話し合いが進まなければ工事再開もあり得る、との前提で話し合うことはあるかもしれない。実現すれば、まずはダムの必要性を理解してもらうことが最も重要になる。幾通りもの選択肢の中から今の案を選んできた経過があり、さまざまな疑問に答えられる。

 -知事は行政代執行について「(2022年3月までの)任期中に方向性を出したい」と述べている。

 住民の理解を得て事業を完成させるのがベスト。行政代執行は最後の最後の手段。状況の推移を見極めながら総合的かつ慎重に判断したい。

 -行政代執行に踏み切れば、県も世間から批判されダメージは大きい。現実的な選択肢になり得るのか。

 新たに50戸以上の移転を伴う河川拡幅や、海水淡水化装置の導入など、相当コスト高になってもダム以外の手法を選択するという県民・市民の意見が多く出てくれば話は別だが、現実的に考えると代替案はない。不退転の決意で事業に臨まなければならないと考えている。行政代執行がやむを得ない局面となれば、批判やお叱りを甘んじて受ける覚悟で進めなければならない。

 -それは政治生命を懸けるという意味か。

 行政代執行をするのであれば、まさに政治生命を懸けた決断が必要になる。

 

【混迷の石木ダム】インタビュー 朝長則男 佐世保市長 渇水の苦しみ 二度と

(長崎新聞2020/11/21 14:00T) https://this.kiji.is/702714763617387617

(写真)朝長則男 佐世保市長

 -なぜ石木ダムが必要なのか。

 戦前から佐世保は、旧日本海軍が造ったダムに頼りながら発展した。戦後は米軍や自衛隊の基地ができ、造船で工業化も進んだ。急激に人口が増える中、十分な水を確保できない状態が続いていた。そうした中、1994年に大渇水が起きた。給水制限が264日間(8月1日~95年4月26日)に及び、48時間のうち5時間しか水が出ない過酷な状況もあった。当時を知る市民は減ったが、あの苦しみは二度と経験させたくない。備えとして、石木ダムで必要最小限の水を確保したい。

 -反対する住民らと真剣に向き合ってきたか。

 市長就任直後の2007年5月から毎月現地へ出向き、(反対する)13世帯を戸別訪問するなどしてお願いを続けた。当初は耳を傾けてくれる住民もいたが、09年に事業認定を申請してから態度が厳しくなった。何度も怒鳴られたりして、警察を含め周囲から「危ない」と注意を促された。以来、訪問を控えているが、(住民を説得したい)気持ちは変わらない。

 -知事は昨年9月に反対住民と面談した。市長はしばらく対面していない。

 県に対応を任せており、知事から同席を求められればいつでも出向く。ただ、(反対派との)行政訴訟も続いており、今は議論をするタイミングではないとも感じている。

 -事業への理解が深まらない要因は。

 反対する住民には理解してもらえないが、佐世保市民と川棚町民の大半は事業の必要性を理解している。(反対する)市民団体は、住民への同情や、ダム自体を認めたくないという考えもあるのかもしれない。(理解の程度を)ひとくくりには言えない。

 -人口減少社会の中で、佐世保市の水需要予測は「過大」との指摘もある。

 私たちは国の指針に基づいて予測し、国から事業の補助金をもらっている。国に認められた予測であり、市が独断で決めていない。

 -代替策はないのか。

 コストを無視し、いくらでも公金を使えるのであればあるのかもしれない。ただ、海水淡水化装置にしても漁業者との調整など多くの課題が出てくる。さまざまな可能性を調査した上で石木ダムが最適という結果が出た。漏水対策や再生水の活用などの取り組みも続けているが、まとまった水量を確保できるダムの代替策としては「現実論」にならない。私から建設の中止を言い出すことはない。

 -県は、家屋などを強制的に撤去する行政代執行も選択肢の一つとする。行政代執行を認めるか。

 総合的な要素の中で知事が最終的に判断すること。現段階で私が言及することはないが、これまでの知事の発言は支持する。

 -市は行政代執行を知事に請求できる。任期中に請求する考えはあるか。

 市民や議会から「知事に言うべき」と求められれば、知事に相談するかもしれない。ただ、今はそこまでの状況とは考えていない。


【混迷の石木ダム】インタビュー<完> 【混迷の石木ダム】インタビュー<完> 山口文夫 川棚町長 状況打開 難しい

(長崎新聞2020/11/23 13:54) https://this.kiji.is/703472377812485217?c=39546741839462401

(写真)山口文夫 川棚町長

 -用地の取得が完了した現在も、13世帯約50人の町民が住み続けている。地元町長として現在の状況をどう見ているのか。

 町では11人の死者を出した1948年をはじめ、複数回の水害を経験した。現在も川棚川下流域に住んでいる町民は多く、治水は重要な課題だ。石木ダムへの協力を長らくお願いしてきたが、13世帯の皆さんに理解してもらえず残念に思う。先祖代々受け継いだ土地を離れたくないという強い思いがあるのだろう。だが、すでに移転した8割の住民にも同じく古里への強い思いがあり、苦渋の選択をした。移転者からは「先祖が眠る墓を掘り起こす時が一番苦しかった」「私たちの決断は何だったのか。やりきれない気持ち」「提供した土地が無駄にならないようにダムの早期完成を望んでいる」という声を聞いた。どちらに対しても行政の責任がある。

 -就任当初からダム推進を訴えてきた。ダム問題についてどう取り組んできたのか。

 就任した2010年は事業認定申請後で、表立っての行動はできなかった。民主党政権下で全国のダム事業の再検証があり、さまざまな方法を議論した結果、やはり石木ダムが最も現実的だと思った。この時期に地元住民と知事の公開討論会を設けることができ、議論は6時間に及んだ。私自身さまざまなルートを使って反対住民との接触を試みたが「町は関係ない」と言われたりして糸口をつかめなかった。反対住民の弁護団が結成され、法廷闘争に移って以降、町として動くのがさらに難しくなった。

 -地元町長として状況打開に動く考えはないのか。

 非常に難しい。残念ながら説得する機会すら持てない状況だ。数年前、水没予定地の川原地区の自治会長から「町長として県に反対を訴えてほしい」と要望を受けた。今までになかった動きだったので、町政懇談会で話し合おうと打診したが断られた。現在、川原地区の住民は土地の権利を失っているが、住んでいる以上は町民であり、町として自治会活動を支援する責務がある。こうしたつながりを通して、何とか話し合う機会を捉えたいが。

 -昨年の町議選では川原地区の反対住民が最多得票で当選した。ダムを巡る町民世論をどう見ている。

 これまでもダム反対を訴える議員はいたが、町議会では過去3回ダム推進が決議された。地権者の8割が移転し、歴代町長も推進の立場だ。こうした状況を総合的に判断して、ダムの必要性を理解している町民が多数とみている。

 -県は家屋などを強制撤去する行政代執行も選択肢から除外しない構えだ。万が一、代執行となった場合に町としての対応は。

 現段階で知事は「早期に話し合いに応じてもらえるように粘り強く呼び掛ける」と述べている。その姿勢を評価しているし、私自身代執行は望まない。話し合いで何とか解決できないかと思っている。代執行は知事の判断であり、今の段階で私がコメントすべきではない。町としては町政懇談会に応じてもらい、協力してもらうようにお願いするしかない。

 

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