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川辺川ダムの情報

五木村と川辺川ダム 終わらない物語

2016年10月1日
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川辺川ダムと五木村の現状についての最新の記事を掲載します。

五木村は川辺川ダム計画に翻弄され続け、まさしく苦難の道を強いられてきました。そして、川辺川ダム計画は政府の方針としては中止ですが、法的にはまだ中止されておらず、国交省は川辺川ダム計画の復活を虎視眈々と狙っています。

五木村と川辺川ダム 終わらない物語

(朝日新聞熊本版2016年9月30日)http://digital.asahi.com/articles/ASJ9Y3SDXJ9YTLVB00H.html?rm=538

旧建設省(現国土交通省)が1966年7月に川辺川ダム建設計画を発表して、今年で50年になる。9月は蒲島郁夫知事の「白紙撤回」から8年、民主党政権の「計画中止」表明から7年。旧水没予定地を抱える五木村の「孤立」の構図は変わらず、ダムと村をめぐる物語は未完のままだ。今も機会を得て、ダムを巡る人々の思いが発露する。

村が96年、九州最大規模のダム計画に最終的に同意したのは、周辺市町村からも強い要請を受け、孤立無援の状態になったことも大きい。「受益地の下流域住民のため」と、苦渋の選択をした。
2009年3月、村は「川辺川ダムと五木村」を刊行。和田拓也村長は序文に「村はダム建設に全面的に協力した結果、人材や歴史文化遺産などかけがえのない多くのものを失った」と書いた。そして、知事の白紙撤回で「先行きは全く不透明な状況に」なった。
今年7月26日。球磨川水系流域12市町村長でつくる川辺川ダム建設促進協議会の総会で、来賓の松田三郎県議(52)は「『ダムは造らんとに、まだ建設促進協議会というとですか』と聞かれるが、法的には造らないと決まっているわけではない」とあいさつ。一瞬ざわついたが、終了後、本人は「2、3年に1回は言っているんです、みんなが忘れないように」と話した。
計画発表時に約5千人だった村人口は現在、1200人を割り込む。全世帯のほぼ半数を占めていた水没対象世帯の7割超が村外に出たことが響いたが、その後、「清流が失われる」と下流域でダム反対の動きが広がり、知事や国の中止や撤回の判断につながった。しかし、その判断は宙に浮いたままだ。
8月24日。村の生活再建を国、県が話し合う場で村議会の西村久徳議長(80)は「三者協議の場が設置されダムのことは言うなという風潮もある。しかし、村の苦難の歴史を知る人が少なくなり、私は村の苦難苦闘を後世に伝え続ける」。
ダム以外の治水策を探る国と県、流域市町村の協議は合意の道筋さえ見えず、07年に策定されたダムが前提の球磨川水系河川整備基本方針は今も生き続ける。中止後の振興策を法的に支える特別措置法も未制定。旧水没予定地での生活再建の動きは、現行法の枠内でできる限りのことをするという国と県、村三者の合意に基づく暫定的な対応だ。
村出身の県立大2年生で異業種、異世代交流を企画して人吉球磨地域の活性化を探る自主研究会代表の出口貴啓(たかひろ)さん(19)は「自分たちの世代に負の遺産として降りてくる」と戸惑う。
「ダムに賛成、反対ではなく、私ができることは五木村をどうしようかという冷静な議論。親の世代と違って、しがらみもない。私たちは私たちでやっていくよ、というのが今の思い」(知覧哲郎)
■旧水没予定地に「山村リゾート」
五木村の観光を変えたい――。博物館デザイナーの砂田光紀(こうき)さん(52)=福岡市=は、そう奮い立つ。村が来年4月の開設を目指す「歴史文化交流施設」の総合プロデュースを担う。ダム計画の「中止」に伴う村の生活再建策の一つ。計画では旧水没予定地にも「砂田ワールド」が広がる。
砂田さんは、2014年7月に鹿児島県いちき串木野市の羽島地区にオープンした「薩摩藩英国留学生記念館」の総合プロデュースも務めた。幕末期に英国に向かい、後の日本の近代化に貢献した若い藩士らの資料を展示。羽島の知名度の低さなどから集客難が懸念されたが、今月6日までの総入場者数は11万1196人で、当初目標の年間2万3千人を大きく上回った。
洋風の建物の玄関を入ると地元食材を使った料理やアルコール類を提供するカフェやグッズショップが目に飛び込んでくる。砂田さんは「学術的な博物館造りとは別に羽島に来た方が何を、どういう時間を過ごすのかを考えた」と話す。
一方、五木村で計画する施設は山村文化を継承する新しい観光拠点と位置づける。核は農具や民具を集める民俗展示室で、ダム計画に伴う村民の苦悩も後世に伝えようと、水没するはずだった旧中心部の集落を模型で復元する計画もある。
下方の川辺川沿いの旧水没予定地一帯で村が計画する「山村リゾート構想」も砂田さんが提唱。ベッドやトイレ、ジェットバスを備えたコテージ型客室やレストランを整備し、手ぶらで快適なキャンプが楽しめるという。「民俗伝承と自然環境の良さの両方を上手にプレゼンテーションする村にしたい」と砂田さん。
村は「山村リゾート」を18年4月にオープンさせ、隣接する中央部の整備にも砂田さんのアイデアを生かす意向。ただ、村議の一部からは「採算は合うのか」「商店街の振興に結びつくのか」との異論も出る。
(知覧哲郎)
〈川辺川ダム建設計画〉 球磨川流域の人吉市などで1963年から3年連続で起きた大水害をきっかけに、下流域の洪水防止を目的に支流の川辺川に総貯水量1億3300万トンの多目的ダム建設を掲げた。村は猛反対したが、国や県の強い要請を受け、国の補償に応じた住民の離村も相次ぎ、30年後の96年にダム本体工事に同意した。

 

写真・図版(写真)高台に見える家並みの右手の木立の向こう側に歴史文化交流施設が建ち、50メートル下の川辺川沿いで「リゾート」構想が計画中だ=五木村頭地地区

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川辺川再生へ官民一丸 五木村など協議会発足へ(魚影が薄くなってきたことへの対策を考える)

2015年6月6日
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熊本県・球磨川の支流「川辺川」では土砂堆積の進行でアユやヤマメなどの魚影が薄くなってきているので、その対策を考える協議会が発足するという記事を掲載します。
川辺川は土砂供給量が大きい川であって、川辺川ダム計画では、総貯水容量13,300万m3のうち、2,700万m3が堆砂容量でした。これは100年間分の土砂堆積量を見込んだものですから、毎年27万m3の土砂が川辺川ダムに堆積することになっていました。
東京ドームの容積が124万m3ですから、川辺川ダムには東京ドームの1/5強という膨大な量の土砂が毎年たまることになっていました。
しかし、川辺川の土砂供給量が大きいことは以前から続いていることであって、なぜ、最近になって魚影が薄くなってきているのかを考える必要があると思います。
川辺川の上流には穴あきダムのような、朴の木ダム、樅の木ダムという巨大な砂防ダムがあって、そこに土砂がひどく堆積して、小雨でも土砂が流れ出し、濁りが長期化するようになっています。
そのことが魚影が薄くなることの要因になっているように思います。

熊本)川辺川再生へ官民一丸 五木村など協議会発足へ

(朝日新聞熊本版 2015年6月5日)http://www.asahi.com/articles/ASH64451SH64TLVB006.html

(写真)川辺川支流の五木小川で土砂の堆積状況を視察する和田拓也村長(右)ら=五木村

写真・図版
清流日本一で知られる川辺川を「恵み豊かな川」に再生したいと、五木村は近く、国と県、漁業協同組合、ダムを運営する電力事業者とともに川辺川の環境や景観について話し合う協議会を発足させる。川に堆積(たいせき)した土砂や砂利を除去し、魚影が薄くなったというアユやヤマメなどの生息数の回復を狙うという。
関係者の意見交換会が4日、五木村役場であり、協議会の発足を決めた。和田拓也村長は「川の堆砂(たいしゃ)が激しい。河川の環境をいかに良好に保つかを話し合いたい」とあいさつ、「できるだけ早い機会に設立総会を開きたい」と話した。
川辺川は球磨川水系最大の1級河川で、国土交通省が全国の1級河川を対象にした水質調査で8年連続して1位。ただ、堆積土砂量の増大などで淡水魚の生息数が減少。川辺川ダム計画による仮設道路に架かる橋脚や水害で流された電柱や流木が残ったままで、川の景観を壊している場所も多いという。
意見交換会で村漁協の犬童雅之組合長(79)は「砂利がたまってふちが消え、魚の住むところがなくなった」と指摘し、「川は一日一日悪化している。漁民は切羽詰まっている」と早急の対策を講じるよう要望した。(知覧哲郎)

球磨川:17の治水策も洪水リスク 川辺川 ダムなし協議、幕を閉じる 新協議会で追加策を検討へ /熊本

2015年2月5日
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川辺川ダム計画中止に伴い、国と県、流域市町村が協議してきた「ダムによらない治水を検討する場」は3日、最終会合を開いて幕を閉じました。今後は新たに設置する実務者レベルの「球磨川治水対策協議会」で検討を続けることになっています。
その記事を掲載します。
しかし、国交省が示す代替案では球磨村や人吉市の一部は毎年5分の1という非常に高い確率で洪水被害が発生するリスクが残されることになっています。
国交省は、自民党の政権復帰を受けて「やっぱり川辺川ダムが必要」という一言を誰かが言うのを待っているようです。
http://suigenren.jp/news/2015/01/30/6925/に書きましたように、実際には河床を掘削して河道対応流量を増やす有効な代替案があるのですが、河川整備基本方針で計画高水流量(河道対応流量)が4000㎥/秒に据え置かれているため、その代替案が選択できないようになっています。
河川整備基本方針の見直しを求めないと、川辺川ダムが復活することになってしまいます。

球磨川:17の治水策も洪水リスク ダムなし協議、幕を閉じる 新協議会で追加策を検討へ /熊本
(毎日新聞熊本版 2015年02月04日)http://mainichi.jp/area/kumamoto/news/20150204ddlk43010459000c.html

国営川辺川ダム計画中止に伴い、国と県、流域市町村が協議してきた「ダムによらない治水を検討する場」は3日、熊本市内で最終会合を開いて幕を閉じた。
初会合から約6年かけてまとめた17項目の治水策を実施しても上流域に洪水リスクが残るとの結果に、流域市町村から追加対策を求める声が相次いだ。今後は新たに設置する実務者レベルの「球磨川治水対策協議会」で検討を続けるが、検討期間などは不透明だ。
「球磨村は治水安全度が非常に低いので、抜本的な対策を求めてきた。新たな協議の場で引き続き検討されることはありがたい」。球磨村の柳詰正治村長は、新たな協議会での議論に期待を寄せた。
全国の国直轄河川の河川整備計画は洪水被害が起きる確率を毎年70分の1〜20分の1にすることを目標としているが、球磨村や人吉市の一部は毎年5分の1という非常に高い確率で洪水被害が発生するリスクが残される。
一方、錦町の森本完一町長は「ここまでの協議でも6年かかった。また新たな協議会をつくって検討するとなると何年かかるのか」と疑問を呈し、国側に検討期間の目安を設けるよう求めた。国土交通省九州地方整備局の古賀俊行河川部長は「期間を明確にすることは難しいが、だらだらやらずスピード感を持って進める」と応じた。
「検討する場」は2008年9月にダム計画反対を表明した蒲島郁夫知事の肝煎りで、09年1月に始まった。会合後、蒲島知事は報道陣に「これまでの対策では他の国直轄河川より治水安全度が低いという結果になったが、新たな協議会ではまったく予断なく対策を検討していく」と話した。【取違剛】
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■解説
◇成果乏しい6年間
国と県、球磨川流域市町村が川辺川ダムに代わる治水策を議論してきた「検討する場」は、6年間の協議を経ても抜本策を見いだせなかった。3日の最終会合でまとめた17項目にわたる治水策の多くは国が「検討する場がなくても実施していた」というもので、目に見える成果は乏しい。
国は2009年7月の第4回会合まで「ダム治水が最適」と主張してきた。同年9月に「脱ダム」を掲げる民主党政権が誕生したのを機に方針を転換したが、流域首長の一部には「国の本音はダム」との見方が残る。

記者ノート:封印された「極限」 /熊本
(毎日新聞熊本版 2015年02月04日)http://mainichi.jp/area/kumamoto/news/20150204ddlk43070470000c.html
川辺川ダム計画中止後のダムによらない治水策について「極限まで追究する」と掲げた検討の場が閉幕した。約6年をかけた最後に「極限」は封印され、治水策を「最大限」積み上げることで終わったのはなぜか。
国土交通省は、自分たちが打ち出す対策以外、一部首長や市民団体などが提案する破堤しにくい構造の堤防や大型の遊水地などについて「それは難しい」の一言で検討の俎上(そじょう)に載せなかった。
自民党の政権復帰を受けて「やっぱり川辺川ダムが必要」という一言を誰かが言うのを待っているかのようだった。
新しい協議会でも、国交省がこの殻から脱するとは到底考えられないのだが。【笠井光俊】

球磨川の治水対策など知事に要望 流域12市町村 (川辺川ダムは法的に中止させるためには)

2015年1月30日
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球磨川流域12市町村が川辺川ダムに代わる球磨川の安全対策の強化を熊本県知事に要望しました。朝日、毎日、熊日の記事を掲載します。

川辺川ダムは八ッ場ダムと異なり、2009年9月の国交大臣の中止言明で中止が決定しましたが、法的にはまだ中止になっていません。
川辺川ダムなしの球磨川水系河川整備計画が策定されないと、特定多目的ダム法による川辺ダム計画を廃止できない仕組みになっているからです。
国、県、流域市町村による「ダムによらない治水を検討する場」が今まで11回開かれましたが、既往洪水の再来に対応できる、川辺川ダムなしの治水計画をつくることができない状況に陥っています。
実際には河道を掘削して河道対応流量を増やす計画をつくれば、川辺川ダムなしで既往洪水の再来に対応できるのですが、
河川整備計画の上位計画である球磨川水系河川整備基本方針を2007年に策定するときに、川辺川ダム計画の代替案が浮上しないように、人吉地点の計画高水流量(河道対応流量)が4000㎥/秒に据え置かれました(基本高水流量は7000㎥/秒)。
河道対応流量が4000㎥/秒のままであると、既往洪水の最大は5千数百㎥/秒ですから、既設の市房ダムの効果を差し引いても、1000㎥/秒程度の洪水をカットする方策がなければなりません。遊水池を多く設置する代替案が検討されていますが、その効果は限られています。
河道対応流量を4000㎥/秒に据え置いた表向きの理由は河道を掘削すると、軟岩が露出して堤防の維持に支障が出るというものでした。
しかし、それは河道をやや深めに掘って砂礫で覆えば、解決できることですし、むしろ、川辺川ダムがもしつくられれば、砂礫の流下を妨げれ、川辺川ダムの方が軟岩の露出を引き起こします。
河川整備基本方針を審議した国交省の委員会に、私たちはそのような意見書を提出したのですが、当時は川辺川ダム計画の推進が至上命題であったので、受け入れられませんでした。
球磨川に関しては河川整備基本方針そのものを真っ当な内容に改定しないと、川辺川ダムなしの河川整備計画がいつまでも策定されず、川辺川ダムは法的に生き続けることになります。

熊本)球磨川の治水対策など知事に要望 流域12市町村
(朝日新聞熊本版 2015年1月29日)http://www.asahi.com/articles/ASH1X4Q7PH1XTLVB006.html
川辺川ダムに代わる球磨川水系の治水対策などについて、流域12市町村は28日、治水安全度が低い地域への対策などを求める要望書を蒲島郁夫知事に提出した。蒲島知事は「治水は早急にハード、ソフト両面で進める」と応じた。
球磨川の治水対策は昨年12月、「ダムによらない治水を検討する場」の第11回会合で、蒲島知事が「最大限の対策を積み上げた」として、検討する場の終了を提案。
一方、流域市町村はこれまで提案された対策を実施しても、人吉市や球磨村で治水安全度が低い地域が残ることから懸念の声が上がっていた。
球磨郡町村会長の松本照彦・多良木町長は「抜本的な治水対策を流域12市町村が共有できるまでには至っていない」と述べ、柳詰正治・球磨村長は「低い安全度に不安がある。最大限に対策をお願いしたい」と求めた。
要望書は、ダムの建設・水没予定地だった五木村や相良村の振興策についても求めた。

和田拓也・五木村長は「五木村の振興計画は10年だが、すでに5年が経過した。人口が急激に減っておりバックアップが必要」と述べたのに対し、蒲島知事は、振興策の期限については柔軟に対応していく考えを示した。(河原一郎)

球磨川流域市町村:治水の安全度向上を 知事に要望書提出 /熊本
(毎日新聞熊本版 2015年01月29日)http://mainichi.jp/area/kumamoto/news/20150129ddlk43010508000c.html
川辺川ダム計画中止後の球磨川水系の治水策を巡り、流域の12市町村を代表して松本照彦・多良木町長ら3人が28日、県庁で治水の安全度向上や地域振興を求める要望書を蒲島郁夫知事に提出した。
昨年12月に国と県、流域市町村が治水策を協議する「ダムによらない治水を検討する場」の首長級会議が開かれた際、蒲島知事は「検討する場」の終了を提案。次回にも終了し、今後は新たな枠組みで安全度向上について検討することになる。
今回の要望は、協議が次の段階に入る前に地元の意向を再確認するのが目的。要望書では、治水の安全度が低い区間で早急に最大の対策を講じることと、ダム建設事業を受け入れた五木村や相良村四浦地区の再建に最善の措置を講じることの2点を求めている。
蒲島知事は「ハード、ソフト両面から総合的な治水対策を進め、地域振興にもしっかりと取り組む」と話した。【松田栄二郎】

球磨川の安全対策の強化継続を 市町村が要望
(熊本日日新聞2015年01月28日)http://kumanichi.com/news/local/main/20150128007.xhtml
球磨川の治水対策などについて蒲島郁夫知事(左)に要望書を手渡す松本照彦・多良木町長=28日、県庁
人吉球磨地域など球磨川流域の12市町村長は28日、蒲島郁夫知事が川辺川ダム以外の治水対策を探る「ダムによらない治水を検討する場」での協議終了を提案したことを受け、引き続き安全対策の強化と五木村などの振興に配慮するよう県に要望した。
国、県、市町村の「検討する場」をめぐっては、蒲島知事が昨年12月の会合で「積み上げた対策案の実施で治水安全度は現状より向上する」として終了を提案。ただ、安全度が全国の国管理河川の目標より低い水準にとどまるため、「新たな形での検討」を続ける考えも示した。
要望で流域市町村は、これまでの議論について「抜本的な治水対策を共有できるまでには至っていない」と指摘。安全度が低い地区の解消と、ダム計画で疲弊した五木、相良両村の再建に最善の措置を講じるよう求めた。
球磨郡町村会長の松本照彦・多良木町長、和田拓也・五木村長、柳詰正治・球磨村長が県庁を訪ね、蒲島知事に要望書を手渡した。
県は、「検討する場」の次回会合で約6年に及ぶ治水代替案の協議を総括し、今後の方針について具体的に示す考え。(蔵原博康)

荒瀬ダムの撤去は蒲島熊本県知事ではなく潮谷義子前知事のおかげ

2015年1月29日
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蒲島郁夫(熊本県知事)のインタビュー記事を参考までにお伝えします。ダム関係の発言を下記に掲載します。

蒲島氏は川辺川ダムの白紙撤回を求めた知事として評価されていますが、蒲島氏は決して脱ダム派の知事ではありません。
全く不要な県営の路木ダムを強引に建設し(一審の住民訴訟では住民側が勝訴)、阿蘇の自然を壊す直轄・立野ダムの検証で事業推進の意見を出し、また、荒瀬ダムに続いての撤去が熱望されていた瀬戸石ダム(電源開発)の水利権更新も認めました。
荒瀬ダムについても潮谷義子前知事が決めた撤去方針を変えようとしましたが、その方針を変えるためには球磨川漁協の同意が必要となっていたことから、やむなく撤去することにしたようです。
川辺川ダムについては蒲島氏は就任早々に「川辺川ダム事業に関する有識者会議」を設置しました。有識者会議の答申は、委員8人の意見が5対3で分かれ、推進の方向が強い内容になりました。
私たちの想像ではこの答申を受けて、蒲島氏は推進の方向に舵を切ろうと考えていたと思いますが、知事の見解を発表する前に、ダムサイト予定地の相良村長と、ダムの最大の受益地とされていた人吉市長が川辺川ダムの白紙撤回を表明したことにより、
により、蒲島氏は考えを変え、「球磨川は県民の宝であるから、川辺川ダムの白紙撤回を求める」との見解を発表したと思われます。
蒲島氏は信念の人ではなく、所詮はオポチュニストでした。
川辺川ダムに対して懐疑的な姿勢をとり続け、荒瀬ダム撤去の路線を敷いた潮谷義子前知事が信念の人であると思います。

なぜ「くまモン」は熊本県で生まれたのか?―蒲島郁夫(熊本県知事)
塩田潮の「キーマンに聞く」【9】(PRESIDENT Online TOP 2015年1月26日)http://president.jp/articles/-/14421?page=2
(ダム関係の発言)
【塩田】注目を集めていた川辺川ダムや水俣病の問題でも新たな挑戦に踏み出しました。

【蒲島】川辺川ダム建設計画については、ご承知のとおり就任5ヵ月後に白紙撤回しました。今、ダムによらない治水を目指す方向に進んでいます。水俣病問題では、特措法の成立過程でロビー活動を行いました。特措法は、水俣病問題の解決の中で一定の成果が得られたのかなと思います。水俣病は長期にわたる問題ですから、私の任期中にすべてに対応できるとは思いませんが、いい方向に向かうようにと思っています。
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【塩田】知事選出馬以後、ここまでの約7年間で一番辛かったことは何ですか。

【蒲島】1回目の選挙のとき、県民のために頑張ろうと思って選挙戦を戦っていて、唾を吐きかけられたことがありました。一生で初めてです。自分は一所懸命やっていても、必ずしもすべてが歓迎されるものではない。そのとき初めて政治の厳しさがわかりました。
知事就任後では、川辺川ダムのほかに、もう一つ、荒瀬ダムという大きなダムの撤去のときが辛かったです。前知事のときに撤去が決まっていたのですが、撤去に90億円くらいかかるというのです。財政再建に取り組んでいるとき、すぐ撤去すれば電力会社からおカネが入ってこなくなるし、今は電力も必要とされているので、もう少し財政的に余裕ができたときに撤去すればいいのではないかと思い、就任後2~3カ月のとき、方向転換しました。
その頃までは、理論的に正しければやれると思っていました。ところが、政治はそうではありません。撤去してほしい、昔の川を取り戻したいというものすごく深い思いがあるわけです。その深い気持ちに気づかず、それに応えることができませんでした。それが辛かった。実際は民主党政権下で、国土交通省と環境省が一定の補助をしてくれることになりました。そのような支援を活用しながら、現在、ダム撤去工事を進めています 。

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