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【川辺川ダム計画の今 中止表明から10年】インタビュー記事(1)~(6)

2019年9月23日
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民主党政権が球磨川流域の川辺川ダム計画の中止を表明して丸10年になります。熊本日日新聞の連載のインタビュー記事(1)~(6)を掲載します。

(1)中止を表明した当時の前原誠司国土交通大臣

(2)和田拓也・五木村長

(3)流域郡市民の会・木本雅己・事務局長

(4)九州地方整備局 浦山洋一・河川調査官

(5)松岡隼人・人吉市長

(6)蒲島郁夫・熊本県知事

2009年9月当時、前原国交大臣は八ッ場ダムの中止と全国の143ダムの見直しも明言しましたが、その見直しを河川官僚に丸投げしたため、八ッ場ダムをはじめ、問題ダム事業がダム検証の結果、推進となりました。
また、記事の中で、「「ダム事業の廃止等に伴う特定地域の振興に関する特別措置法案」(ダム中止法案)を打ち出した」とありますが、この法案は前原氏が主導したものではありません。
民主党の「八ッ場ダム等の地元住民の生活再建を考える議員連盟」(会長:川内博史衆議院議員)が2011年9月に「ダム事業の廃止等に伴う特定地域の振興に関する特別措置法案」(仮称)を発表し、その後、この法案をベースにしてつくられた「ダム事業の廃止等に伴う特定地域の振興に関する特別措置法案」が2012年3月に閣議決定され、国会に上程されました。しかし、審議されないまま廃案になりました。

蒲島氏は来年春の熊本県知事選で4選の出馬をすることになっています。
蒲島氏は2008年9月に川辺川ダムの白紙撤回を表明しましたが、彼自身は脱ダム派でもなく、ダム懐疑派でもありません。
必要性がない県営・路木ダム(天草市)の建設を強引に進め、県営の荒瀬ダムについても潮谷義子・前知事が決めた撤去方針を一度は撤回しようとしました。
また、電源開発の瀬戸石ダムも荒瀬ダムと同様に流域住民が撤去を熱望しているにもかかわらず、その水利権の更新に何の条件も付けずに同意しました。
さらに、問題ダム事業である国交省・立野ダム事業(阿蘇村)を推進する側に立ちました。
川辺川ダムについても蒲島氏のシナリオは東京で開いた有識者会議の結果(8人の委員のうち、5人がダム推進)に沿って、「苦渋の選択でダム推進」というものであったと思いますが、
知事が見解を述べる前に、人吉市長と相良村長が白紙撤回を表明したことにより、蒲島氏も白紙撤回を表明せざるを得なくなったと想像されます。

 

【川辺川ダム計画の今 中止表明から10年】(6)蒲島郁夫知事 結論急がず、対立の歴史解消
(熊本日日新聞2019年9月23日 10:09) https://kumanichi.com/feature/kawabegawa/1197594/

(写真)かばしま・いくお 鹿本高卒、ハーバード大大学院修了(政治経済学博士)。東京大大学院教授を経て、2008年の県知事選で初当選し3期目。72歳。

蒲島郁夫知事は初当選から半年後の2008年9月、県議会で「現行計画を白紙撤回し、ダムによらない治水対策を追求するべきだ」と、国営川辺川ダムの建設反対を表明した。

「治水安全度を上げるにはダムしかないというのは河川工学的には正しいだろう。だが『球磨川そのものが宝』と考える流域住民の誇りを大事にした。川辺川ダムは対立と苦難の歴史。全員の理解を得るのは難しかったが、ダムによらない治水を極限まで追求するという結論は、今もまったくぶれていない」

建設反対表明からほぼ1年後、自民党から旧民主党に政権交代。民主党は09年9月、マニフェストに掲げた川辺川ダムの建設中止を明言した。

「結論は自民党政権でもひっくり返すことはできなかったのではないか。最大の気掛かりは五木村の振興だった。ダム関連事業の五木村振興の予算がなくなると困ると、ひそかに当時の福田康夫首相と3回面会した。その結果、ダム建設事業からダム調整事業に名称が変わり、予算が付いた。だから川辺川ダムの名称は予算を残すためにも重要だ」

建設反対表明直後から「ダムによらない治水」の協議を国や球磨川流域12市町村とスタート。6月には堤防かさ上げや遊水地設置などを組み合わせた10案を示したが、10年以上たった今も結論は見えていない。

「極限まで追求するのは時間がかかると当初から思っていた。国は今もダムが一番の治水対策だと信じているはずだ。ハード面もソフト面も治水安全度は徐々に上がっている。かつてはダム以外の選択肢がなく、他の方法は検討できなかった。治水安全度が上がらないじゃないかと結論を急げば、ダム復活論が必ず出てくる。時間はかかっても、対立の歴史を解消することが大事だ」

川辺川ダムの建設反対の一方、潮谷義子前知事時代に撤去が決まった県営荒瀬ダム(八代市)の存続方針を一時打ち出したが、翻意して撤去。国の立野ダム(南阿蘇村、大津町)は建設を推進し、22年度中の完成を目指す。

「ダムはそれぞれ違う。荒瀬ダムは当初、撤去費が調達できなかったため、財政状況が回復するまで待った方が良いと考えた。その後、水利権更新が困難になり、環境省や国交省から支援を受けて撤去した。住民に喜んでもらえたと思う。立野ダムは流域市町村が建設を望んでいた。地域の幸福量の最大化を基準に、多様な状況に合わせて判断してきた結果だ。政治は正しいことは一つだけでない」

旧民主党政権が川辺川ダムと同時に建設中止を表明した八ツ場ダム(群馬県)は、地元知事の反発を受け民主党政権が撤回し、20年3月の完成が間近だ。滋賀など4府県知事が中止を求め国が一時凍結した大戸川ダム(大津市)は、滋賀県の三日月大造知事が方針転換し、再開に向けて動き始めた。

「八ツ場ダム建設中止の撤回は、民主党が政権交代への期待感と自分たちの力量のギャップを見誤った結果だろう。政権交代したからすぐ中止するというのは拙速で、もう少し住民の思いを理解すべきだった。大戸川ダムは、それぞれの知事が悩みながら決断したと思う」

「川辺川ダムも知事の決断によって復活するという可能性が残っているのは確か。だが少なくとも私が知事である限り、それは絶対しない。繰り返すが対立の歴史に逆戻りさせてはいけない。以前は国とも対立していた。そのままなら震災対応もできなかっただろう」(聞き手・高宗亮輔)=終わり


【川辺川ダム計画の今 中止表明から10年】(5)代替治水案 丁寧に議論 松岡隼人・人吉市長

(熊本日日新聞2019年9月22日 06:16)https://kumanichi.com/feature/kawabegawa/1195485/
(写真)まつおか・はやと 熊本大卒。人吉市議だった2015年、人吉市長選に立候補し、現職田中信孝氏らを破って初当選した。2期目。42歳。

球磨川では、1963年から65年にかけて3年連続で大水害が発生し、旧建設省が川辺川ダム計画を発表するきっかけとなった。ダムの最大受益地とされる人吉市をはじめ流域市町村は、ダム建設促進協議会をつくり、建設を後押ししてきた歴史がある。
「流域では『是が非でもダムを』という声も強かったが、今はダムによる治水を強く訴える声は影を潜めたように見える。河床掘削や築堤などが進み、近年は越水がなかったことも一因ではないか。しかし、治水対策は今でも喫緊の課題。流域に線状降水帯が掛かれば球磨川は厳しい。実際に氾濫危険水位に達したこともある。促進協は現在、五木村の道路整備や振興をはじめとするダム関連予算、流域全体の治水対策の早期実現などの要望を続けている」
2008年9月、当時の田中信孝・人吉市長が定例市議会で「川辺川ダム計画そのものを白紙撤回すべきだ」と表明した。人吉市長として初めてダム建設を求めない姿勢を示したことが、蒲島郁夫知事のダム反対表明、前原誠司国交相の計画中止表明につながった。
「田中前市長も知事も、住民の声やいろいろな情報を踏まえて判断したのだと思う。自分はその後を引き継いだが、代替治水案について国や県、流域市町村でしっかり議論していくつもりだ。その過程で流域市町村の合意や、住民の民意を得ていくことが当然必要だと考えている」
今年6月、国と県がダムの代替策として、流域市町村に10案を投げ掛けた。10案が想定する洪水の規模は、川辺川ダムが掲げた80年に1度の規模ではなく、人吉地点で20~30年に1度の水害。これは65年7月の水害と同規模で、当時は人吉市や八代市などで1281戸が損壊・流失、2751戸が床上浸水した。流域では戦後最大の被害とされる。
「市民の命と財産を守るためには、安全度は高ければ高い方がいい。安全度を高める施策を国や県に働き掛けていく」
「ダムは治水安全度を高めるための手段の一つだが、川辺川ダム建設が必要だと言いたいわけではない。まずは10案の説明を聞き、一つ一つを精査していく。各案に長所と短所があり、市町村ごとに事情も異なるだけに丁寧な議論を重ねる必要があると考える」
頻発する豪雨を受けてソフト面の対策にも変化が起きている。気象庁は5月、避難の必要度を分かりやすく伝える5段階の警戒レベル表示を始めた。人吉市は18年11月、球磨川の氾濫時間を想定して関係機関の業務を整理した事前防災行動計画(タイムライン、TL)の運用を始めた。現在は支流氾濫や土砂災害を含む「複合災害」を想定したTL策定に着手している。
「災害対策に完璧はない。ダム計画が止まっているからTLを策定したわけではなく、ハード、ソフトの組み合わせで命と財産を守るためだ。球磨村や八代市でも本流のTLはあるが、支流を含めた検討は国内初。支流は傾斜が急で川幅も狭く、短時間で水位が上昇する。被害が出るなら、こちらが先だと判断した。福岡県朝倉市などを襲った豪雨災害(17年)も、急傾斜地の中小河川から被害が広がった」
「全国の被災地で『まさかこんなことになるとは』との被災者の声を聞くが、球磨川流域も水害を経験した住民は減りつつある。危機意識を持ってもらい、早い段階で逃げることが大事だ。そのための啓発活動に全力で取り組む」(聞き手・益田大也)


川辺川ダム計画の今 中止表明から10年】(4)全ての治水策、検討段階 国土交通省九州地方整備局 浦山洋一・河川調査官

(熊本日日新聞2019年9月21日 09:3)7 https://kumanichi.com/feature/kawabegawa/1194951/

(写真)うらやま・よういち 1983年、旧建設省に入省。熊本河川国道事務所白川出張所など、主に九州の河川事務所に勤務し、2018年4月から現職。熊本市出身。54歳。

蒲島郁夫知事の川辺川ダム計画への反対表明を受け、2009年に球磨川流域の「ダムによらない治水を検討する場」の協議が始まった。本会議12回を経て、15年3月からは「球磨川治水対策協議会」に形を変え、国と県、流域12市町村による議論が進む。
「『ダムによらない-』では現実的な治水案を議論してきたが、全ての案を実施しても他の国管理河川より治水安全度が低いことが分かった。そこで改めて1965年7月の洪水を基に、人吉地点で『20~30年に1度』の規模に対応できることを中期目標として今の協議会が始まった」

2009年9月、当時の前原誠司国土交通相が川辺川ダム中止を表明した。しかし、国交省が、その前の07年に策定した球磨川水系の「河川整備基本方針」はいまだに変更していない。1976年3月に策定した特定多目的ダム法に基づく「基本計画」の廃止手続きも取っていない。地元では「ダム復活」を警戒する声もある。
「中止はあくまでダム本体工事。基本計画は残っており、水没予定地の維持管理はダム関連事業として継続している。河川整備基本方針は横に置き、あらゆる治水対策を検討しようというのが今。その議論が終わっておらず、法的手続きを進める段階ではない」
旧民主党政権は2012年3月、五木村をモデルにダム中止に伴う地域住民の生活再建を支援する特別措置法案を閣議決定。川辺川ダムの中止が法的にも保障されるはずだったが、廃案になった。村はダム計画に伴い人口減と過疎化が著しい。
「五木村については11年6月、国、県、村の3者で生活再建を進めることで合意した。頭地大橋の建設など、継続していたダム関連4事業は全て終え、水没予定地の占用も村に認めている」

今年6月の第9回球磨川治水対策協議会で、国交省は「引堤」や「河道掘削」、「遊水地」の設置など、複数の対策を組み合わせた計10案を提示した。事業費は2800億円~1兆2000億円と幅がある。案によっては家屋移転を伴う自治体もあり、議論の行方は見通せない。
「難しい工事もあるが、検討を尽くした全ての対策をテーブルに載せた。いずれの案も中期目標は達成できる。市町村からは『遊水地をつくると優良農地が失われる』といったさまざまな意見をいただいている。議論を重ねて合意を得たい」
国は、「ダムによらない-」で出た意見を踏まえ、年間15億~20億円程度を投じて宅地かさ上げや、堤防補強などを進めている。ただ、近年は、西日本を中心に記録的豪雨が頻発。協議会が目標とする「20~30年に1度」の治水安全度で対応できるのか疑問も残る。

「できる対策は進めており、安全度は着実に上がっている。球磨川に限らず、どの川でも目標を超える洪水を想定しなければならない。ハード対策で全てを守れるわけではないが、確実に被害を減らすことはできる。まず中期目標を達成し、ソフト対策と併せて段階的に治水効果を上げることが重要だ」
2008年8月、ダムの是非の決断を控えた蒲島知事に、当時の九州地方整備局長は「ダムを建設しないなら、流域住民に水害を受忍していただかざるを得ない」と迫った。 「当時はそのようなスタンスだったのだろうが、ダムを除外して検討を進めるというのが今の状況だ。ダム以外の議論を深め、協議会で合意を得ることがわれわれの一番のミッションと考えている」(聞き手・臼杵大介)


【川辺川ダム計画の今 中止表明から10年】(3)清流球磨川・川辺川を未来に手渡す流域郡市民の会 木本雅己・事務局長 住民の声聞く努力を

(熊本日日新聞2019年9月19日 09:13) https://kumanichi.com/feature/kawabegawa/1192252/

(写真)きもと・まさし 30年以上にわたって、川辺川ダム建設中止を訴え続けている。「清流球磨川・川辺川を未来に手渡す流域郡市民の会」結成メンバーで、2009年から事務局長。人吉市在住。会社役員。68歳。

人吉市は治水目的の川辺川ダムで最大の受益地とされるが、4月の市長選でダム問題は争点にならなかった。立候補した元職の田中信孝氏は市長だった2008年、「市民の多くがダムに否定的」と発言。相良村の徳田正臣村長の反対表明とともに、「流域の総意に基づく」とされたダム建設の意義を揺さぶった。こうした流れがその後、蒲島郁夫知事の反対表明、国の建設中止表明へと続いた。
「ダム計画は休止した状態だが、蒲島知事の反対表明で、市民に『川辺川ダムはもうできない』という意識が広がった。今回、市長選の争点にならなかったのも、市民が、もうダムを政治的な問題としてとらえていないことの表れだろう。ただ、ダム反対の気持ちが市民から消えたわけではない」
川辺川・球磨川流域では、建設省(当時)のダム計画発表以来、市民らによる建設反対運動が続いた歴史がある。1993年8月に発足した「清流球磨川・川辺川を未来に手渡す流域郡市民の会」(略称・手渡す会)も反対を訴えた住民団体の一つだ。2001~03年まで計9回開かれた住民討論集会では、住民側の取りまとめ役も務めた。
「当時の会員は、きれいだった球磨川や川辺川のことを知っている人たちが中心だったが、この10年で次々に亡くなった。会員に限らず、『絶対に川を守らないかん』と危機意識を持つ人が少なくなってきている。高齢化はどうしようもない」

08年の蒲島知事のダム計画反対表明後、国と県、流域12市町村長らによる「ダムによらない治水を検討する場」、続く「球磨川治水対策協議会」が、ダムに代わる治水策を検討してきた。今年6月、国と県は複数の治水対策を組み合わせた10案を提示したが、一昨年の意見公募で提案された、コンクリートと鋼矢板による堤防かさ上げと地下遊水地の設置案は組み込まれなかった。
「堤防や地下遊水地については別の見解もあるが、住民の声が届かなくなっているのは事実。大事なのは洪水のメカニズムなど、もっと川のことを知ることだ。私たちは『森のことを考えて、川をちゃんと見て』と言い続けている。協議会に欠けている部分だ。今の協議の在り方だと、行き着く先は結局ダムになるだろう」
この10年。県内では荒瀬ダムが撤去され、白川では治水専用の立野ダムの建設が進む。滋賀県では4月、09年に計画が凍結された大戸川[だいどがわ]ダム(大津市)について、知事が建設容認の姿勢に転じた。

「政治は怖い。住民の意見を集約するのは難しいとは思うが、国はもっと聞く努力をするべきだ。特に、川の近くで暮らす人の声に耳を傾けないといけない。今は雨の降り方も予測がつかなくなっている。確率論から始まった治水論をいくら積み上げてみても、住民の意識とかけ離ていくばかりだ」
この10年の間に、約1800人いた「手渡す会」の会員は3分の1ほどに減少した。それでも、毎月第2月曜に人吉市の事務所「くま川ハウス」で勉強会を開き、球磨川や川辺川でのフィールドワークも続けている。
「今度、国がダムを持ち出すときは“穴あきダム”だろう。蒲島知事はダム反対表明に際し、球磨川を『守るべき宝』と言った。自然豊かで、古くからの文化を大切にする地域として人吉球磨が認知されるために、これからも熊本の知事には、川辺川にダムを造らせないよう、国に働き掛け続けてほしい」(聞き手・吉田紳一)

 

【川辺川ダム計画の今 中止表明から10年】(2)和田拓也・五木村長 村再建へ厳しさ続く
(熊本日日新聞2019年9月18日 09:38) https://kumanichi.com/feature/kawabegawa/1190903/

(写真)わだ・たくや 村建設課長、企画振興課長、助役を歴任。07年の村長選で初当選し、現在3期目。10月6日投開票の村長選には、不出馬を表明している。72歳。

1966年、建設省(現・国土交通省)が発表した川辺川ダム建設計画は、五木村の中心部を水没させる構想だった。以降、村では水没予定地を中心に離村者が急増。過疎化が村全域で進行した。

「五木村は発電ダム建設を反対運動で撤回させた経験があり、村民には、川辺川ダムも阻止できるだろうという思いがあった。だが、治水中心のダムに県や流域市町村からも必要との声が上がり、最終的にダム計画を受け入れた。県や国によるダム計画の凍結は、『ダムありき』で地域振興を進めていた村にとって、はしごを外された形。時の政治に翻弄[ほんろう]されたと思っている」

2009年の民主党政権による計画中止表明後も、村の人口減少は続く。60年代に6千人超だった人口は、今年8月末時点で県内最少の1075人にまで減った。65歳以上の割合を示す高齢化率も、17年10月時点で県内で最も高い49%。商店も衰退し、村民の多くは現在、人吉市まで買い物に出掛けているという。

「村として一番困ったのは、国の目的は治水のためのダム建設であり、村の振興ではなかったことだ。ダム建設と引き換えに国が補償するはずだった事業は止まった。ダム計画を止めた当時の前原誠司国土交通相が言及した補償法案も、結局策定されていない。現状を考えるとダム計画が最初からなかったらよかったのに、と思う。急激な人口減少で財政は硬直化した。水没予定地にあった昔の風景が残っていれば観光にも活用できたはずだ」

村と県は09年、18年度を期限とした地域振興計画「ふるさと五木村づくり計画」を策定し、観光に力を入れた。国が買収した水没予定地を村が賃借し、村営公園「五木源パーク」と宿泊施設「森と渓流ITSUKI STAY」を整備。頭地代替地には村歴史文化交流館「ヒストリアテラス五木谷」を造った。振興計画策定前の08年に12万6951人だった観光客数は、17年には約37%増の17万4271人になるなど実を結んでいる。

「林業従事者を増やすのは難しいし、企業誘致ができるような地域でもない。村の活性化には山村の風景や子守唄を生かした観光業を発展させ、交流人口の増加を村全体の所得向上につなげる必要があった。一定の効果は出ているが、観光客1人当たりの消費額が少ないという課題が残っている。水没予定地の未整備エリアをできるだけ早く完成させ、農産物の販売や観光客の宿泊が増加すれば、村の発展につながるはずだ」

振興計画に基づき、移住促進策にも取り組んでいるが、人口減少に歯止めをかけるには程遠い。住民の活力維持のため、村のさらなる振興は喫緊の課題となっている。

蒲島郁夫知事が今年3月、振興計画の5年間延長と、総額3億円の財政支援を表明。村と県は6月、観光や林業の活性化、定住促進に事業を重点化する新たな実施計画の住民説明会を開いた。

「村の再建は厳しい状態が続いている。今後も観光業や林業、シイタケなど特産物生産を中心に村民の雇用を図り、人口減少に歯止めをかけないといけない。大切なのは人口構成。15歳以上65歳未満の生産年齢人口が少なくとも500人残り、高齢化率が40%以下で推移するなら村を維持することができる。そこへ向かうための基礎、土台はこの10年でできたと思う。計画に基づく3億円の補助事業も活用していくことになるだろう」(聞き手・小山智史)

 

【川辺川ダム計画の今 中止表明から10年】(1)前原誠司元国交相 再度建設方針、あり得る
(熊本日日新聞2019年9月17日 09:44) https://kumanichi.com/feature/kawabegawa/1189804/

(写真)まえはら・せいじ 京都大卒。京都府議を経て、1993年、衆院初当選。民主党政権で国交相、外相、国家戦略担当相などを務めた。京都2区。当選9回。国民民主党。57歳。

球磨川流域の川辺川ダム計画は、民主党政権が中止を表明して、17日で丸10年を迎えた。計画発表から半世紀近い時を経た中止表明は、大型公共事業の在り方に一石を投じたが、ダムに代わる治水対策や水没予定地だった五木村の振興など多くの課題を残す。連載「川辺川ダム計画の今」は関係者へのインタビューで現状に迫る。初回は中止表明した当時の国土交通相・前原誠司衆院議員に聞いた。

蒲島郁夫知事が川辺川ダムの建設反対を表明した1年後。2009年に発足した民主党政権で初代となる国交相となり、9月17日の就任会見で同計画の中止を表明した。

「ダム計画は一度決まったら止まらない公共事業の象徴だった。計画決定から40~50年たっても本体工事に至らず、周辺環境が大きく変わったダム事業は見直しが当然と考えた。川辺川ダムは、潮谷義子元知事が慎重姿勢を貫き、蒲島知事は明確に反対を示した。地元と同じ方向で進むことができた」

中止表明の10日後、水没予定地を抱える五木村を視察。「再びダムに戻ることはない」と明言し、村の生活再建事業を完遂するための「ダム事業の廃止等に伴う特定地域の振興に関する特別措置法案」(ダム中止法案)を打ち出した。だが、閣議決定までは至ったものの、成立することはなかった。

「生まれ育った地域が水没する計画に賛成する人はいない。苦渋の決断でダム建設を受け入れた歴史がある。政治によって翻弄[ほんろう]し、申し訳ない思いでいっぱいだった。法案は中止後の生活を補償する仕組みで、川辺川を全国のモデルにする考えだった。成立できなかったのは、10年の参院選で大敗し、衆院とのねじれが生じて推進力が失われたのが原因だった」

川辺川ダムと同時に中止を表明した八ツ場ダム(群馬県)はその後、同じ民主党の野田佳彦内閣で建設再開に転換。自民・公明の連立政権に戻った15年に本体着工に着手し、20年3月に完成予定だ。

「それも国会のねじれの影響だ。国交省でダムの有効性を信じる勢力が勢いを取り戻し、私の後任の国交相が押された。マニフェストに掲げた公約を覆すのだから、私とすればはしごを外された形。民主党に対する『公約違反』の批判も高まり、じくじたる思いだった。だが本体未着工のダムを再検証し、実際に中止になった事業もある。止まらない公共事業に立ち止まる機会をもたらした点で意義があった」

川辺川ダムの中止表明から10年。国、県、流域市町村による「ダムによらない治水」の検討が続けられているが、結論には程遠い状況だ。

「地元で議論を重ね、結論を導いてもらうしかない。昨年7月の西日本豪雨では、愛媛県・肱川[ひじかわ]がダムの緊急放流であふれ、犠牲者が出た。人吉市を訪ねた際、住民から『市房ダムが完成して水位が急に上がるようになった』と聞いた。ダムが有効な雨の降り方があれば、そうでないケースもある。ダムの危険性を踏まえた科学的検討を求めたい」

川辺川ダム計画は治水代替策の議論が継続中として、特定多目的ダム法に基づく事業廃止の手続きはとられていない。

「川辺川の場合、事業費を負担する立場の県知事をはじめ、ダムなしの姿勢を貫く地元首長の存在が大きい。仮にダムを容認する首長が誕生すれば、再度、建設に方針が戻ることもあり得る。代替案が決まらないのは、国がダムでやりたいと思っているからではないのか」(聞き手・並松昭光)

「川辺川ダム」残る名称 進まぬ手続き、復活警戒も 国交相・計画中止表明10年

2019年9月16日
カテゴリー:

川辺川ダム問題についての記事を掲載します。
2009年に当時の前原誠司国交大臣が川辺川ダムの中止を表明したものの、その後、川辺川ダムなしの河川整備計画の策定が進まず、いまだに川辺川ダム基本計画は廃止されていません。
国交省は長期的に川辺川ダム建設事業の復活を企図しているように思われます。

「川辺川ダム」残る名称 進まぬ手続き、復活警戒も 国交相・計画中止表明10年
(熊本日日新聞2019年9月16日) https://kumanichi.com/feature/kawabegawa/1189100/

(写真)五木村の生活再建や、川辺川流域の砂防事業を担う川辺川ダム砂防事務所=10日、相良村
2009年、当時の前原誠司国土交通相が川辺川ダム建設計画の中止を表明して17日で10年。ダム計画は止まったが、特定多目的ダム法に基づく廃止手続きは取られておらず、法的に終止符は打たれていない。それを象徴するように国、県の関係機関には「川辺川ダム」の名称が残ったまま。ダム反対派の市民団体からは、計画の復活を警戒する声も上がっている。

熊本県相良村柳瀬の「国土交通省九州地方整備局川辺川ダム砂防事務所」。1967年にダム建設事業の最前線拠点として発足した。

前原氏の中止表明後も、水没予定地を抱える五木村で頭地大橋の建設などダム関連4事業を継続し、13年度までに全て終えた。ただ、現在も年間約4億3千万円を投じて水没予定地の維持管理などを続ける。

九地整の浦山洋一河川調査官は「中止はあくまで本体工事。基本計画は残っており、ダムの関連事業は今も実施している。事務所の名称変更は想定していない」と説明する。

一方、県庁本館6階の「川辺川ダム総合対策課」。五木村振興や、ダムに代わる球磨川流域の治水を考える国と県、地元自治体の協議などを担う。吉野昇治課長は「ダムから生じたさまざまな問題について総合的な対策を講じており、課名が実態と合っていないとは思わない」と強調する。

蒲島郁夫知事の「白紙撤回」表明を受け、09年に始まった治水協議の場。「ダムによらない治水策を極限まで追求する」(蒲島知事)として、河床掘削、堤防強化など戦後最大の洪水に対応できる方策を議論しているが、10年過ぎた今も決着していない。

ダム反対を訴える市民団体「子守唄[うた]の里・五木を育む清流川辺川を守る県民の会」の中島康代表(79)=熊本市=は「名称を変えない裏側には、ダム計画をやめたくないという国、県の強い意思があるように感じる」と警戒。「知事が白紙に戻すと表明した以上、早く具体的な手続きに入るべきだ。行政は一度決めたら、引き戻せないのか」と批判を強める。(臼杵大介)

◇川辺川ダム事業 建設省(現国土交通省)が1966年、球磨川流域の洪水防止を目的に計画を発表。のちに国営の農業利水と発電が加わり、総貯水量1億3300万立方メートルの九州最大級の多目的ダム計画になった。しかし、流域で賛否が割れる中、2007年に利水と発電が計画から撤退。08年、蒲島郁夫知事が白紙撤回を表明。09年に民主党政権が中止を打ち出した。

川辺川ダム中止表明10年 水没免れた熊本・五木村、集落存続に力

2019年8月18日
カテゴリー:

川辺川ダムは、民主党政権が中止を表明してから、9月で10年になります。
水没を免れた五木村の現状を伝える記事を掲載します。

川辺川ダム中止表明10年 水没免れた熊本・五木村、集落存続に力
(産経新聞2019.8.18 07:00)https://www.sankei.com/region/news/190818/rgn1908180017-n1.html

(写真)熊本県五木村の水没予定地周辺。宿泊施設などが整備された
熊本県で国が高度経済成長期から進めた川辺川ダム建設計画は、民主党政権が中止を表明してから、9月で10年になる。水没を免れた同県五木村は、人口減少や高齢化にあえぎながらも、地場産業を立て直して集落の存続を図っている。
◆林業を軸に振興
「ここまで急激に人が減るとは…。村内で経済が回らなくなってしまった」
在任12年になる和田拓也村長(72)は、地域活性化策への思いを巡らせながら、ため息をつく。
昭和30年代に6千人超が暮らした五木村は、国がダム計画を発表した41年以降、水没予定地で離村する人々が目立った。人口は今年7月末時点で、1080人にまで減った。65歳以上の割合を示す高齢化率は、県の平成29年10月時点の集計で49%。県内45市町村の中で最も高い。
かつて立ち並んでいた商店は衰退し、今は村外へ買い出しに行く住民が多い。
代替の住宅地や道路整備と引き換えにダム建設に同意した村は今、林業を軸にした振興を目指している。
27年に「森林で自立する村づくり」を宣言。自然乾燥させて強度を高めた地元産のスギで造る「五木源住宅」を、村の森林組合や設計事務所などと連携して売り込む。
28年4月に起きた熊本地震の被災者向けモデル住宅に選ばれたこともあり、これまでに村外を中心に40棟ほどを建てた。
◆上向く観光客数
村は県と定めた振興計画に基づき、観光にも力を入れる。
27年以降、国が買収した水没予定地を賃借し、国の交付金も活用しながら、村営公園「五木源パーク」や、第三セクター方式の宿泊施設を整備した。
村内で川遊びや山登りを手軽に楽しめることも好評で、村ふるさと振興課によれば、20年に12万951人だった観光客数は、29年に約44%増の17万4271人となった。
首都圏で町おこしの仕事をしていた日野正基さん(32)は昨年、村出身の妻、望生さん(26)と一緒に移り住んだ。
地域活性化を手掛ける会社を立ち上げ、遠方の大学生に村での就業体験をあっせんしたり、地元産の野菜やシカ肉を使った料理を提供するカフェを営んだりしている。
「清流があり、人も優しい。人口が減る中でも、みんなが楽しく暮らせる村をつくりたい」。日野さん夫妻は前を向く。

【用語解説】川辺川ダム建設計画
日本三大急流に数えられる熊本県の球磨川流域で水害が相次いだことを受け、国は昭和41年、支流の川辺川にダムを設ける計画を発表した。建設賛成派と環境破壊などを懸念する計画反対派が対立。蒲島郁夫知事は平成20年9月、計画反対を表明した。翌21年9月17日、民主党政権の前原誠司国土交通相も中止方針を示した。ダムに代わる治水対策を、国と流域自治体が協議している。

球磨川治水対策協議会  会合で国と県、10案示す 知事・流域首長会議で検討へ /熊本

2019年6月10日
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熊本県・球磨川の川辺川ダムに代わる治水策を検討する球磨川治水対策協議会が6月7日に1年4カ月ぶりに開かれました。その記事を掲載します。
球磨川治水対策協議会などの一連の会議資料は国土交通省 九州地方整備局 八代河川国道事務所のHPに掲載されています。
http://www.qsr.mlit.go.jp/yatusiro/river/damuyora/index.html
そのうち、球磨川治水対策協議会第9回 令和元年6月7日開催 が今回の資料です。
【議事次第、 資料1、 資料2、 資料3、 資料4、 資料5、 資料6、 参考資料、 意見書1 2】
その中で、資料5 http://www.qsr.mlit.go.jp/yatusiro/site_files/file/activity/kaisaisiryo/20190607shiryou5.pdf
に10通りの治水案の概要が示され、事業費も示されています。
最も安いのは、組み合わせ案④「(C)堤防嵩上げを中心対策案とした組み合わせ」ですが、それでも約2800億円もかかり、引堤や堤防嵩上げなどで移転戸数が 約340戸にもなるというのですから、実現の可能性はないと思います。
国土交通省が考える枠組みの範囲ではこのような検討結果しかでてきません。
有効な治水策は川辺川ダムを中心するものしかないという結論になるように、国土交通省は長期的な策略を練っているのでないかと思います。


球磨川治水対策協議会

会合で国と県、10案示す 知事・流域首長会議で検討へ /熊本
(毎日新聞熊本版2019年6月9日)https://mainichi.jp/articles/20190609/ddl/k43/040/354000c?pid=14516

熊本県・球磨川水系の国営川辺川ダム(同県相良村)計画が白紙撤回された後、国と県、流域市町村がダムに替わる治水策を協議してきた「ダムによらない治水を検討する場」を引き継いだ「球磨川治水対策協議会」の第9回会合が7日、同県人吉市であり、事務局を務める国土交通省九州地方整備局と県が複数の対策を組み合わせた10通りの治水案を提示した。
提示したのは、球磨川本流を3区間、支流の川辺川を3区間の計6区間に分け、引堤(ひきてい)(堤防を移動させて川幅を広げる)▽河道掘削▽堤防かさ上げ▽遊水地▽市房ダムのかさ上げ▽放水路--などの対策を組み合わせた数百通りの治水策の中から、概算事業費や環境・地域社会への影響、実現可能性などを考慮して絞り込んだ10案。
堤防のかさ上げをメインに川辺川上流と球磨川上流の河道を掘削し、球磨川中流に造る輪中堤(わじゅうてい)や宅地かさ上げを組み合わせる案は事業費が約2800億円で最も安上がりではある。しかし人吉地区の景観を損ねる上、移転戸数が340戸に上る難点がある。
川辺川上流部から直接、八代海に水を流す放水路の整備をメインに、球磨川上流部の河道掘削を組み合わせる案は家屋移転の必要がない。しかし事業費が約8200億円に上る上、関係漁協などとの調整が必要。このようにそれぞれの案の利点と課題も報告された。
示された10案は流域市町村が持ち帰って意見をまとめ、その結果を踏まえて国交省九州地方整備局長や蒲島郁夫知事、流域首長らのトップ会議で検討する。【福岡賢正】

治水策10案提示 国交省と熊本県が球磨川対策協で
(熊本日日新聞2019年6月8日 09:57) https://kumanichi.com/feature/kawabegawa/1069569/

(写真)治水対策の組み合わせ10案が提示された第9回球磨川治水対策協議会=人吉市
川辺川ダムに代わる球磨川水系の治水対策を国と県、流域12市町村が検討する「球磨川治水対策協議会」の第9回会合が7日、人吉市であり、事務局の国交省九州地方整備局と県が、河川を6区間に分けて複数の対策を組み合わせる10案を提示した。
前回の会合で、(1)引き堤(2)河道掘削(3)堤防かさ上げ(4)遊水地の設置(5)市房ダム再開発(6)放水路の整備-の6対策を軸に、組み合わせ案を検討することを申し合わせていた。
今回の10案では「引き堤」を柱に、球磨川上流部と川辺川の県管理区間上流部は「河道掘削」とするなど、複数の対策を組み合わせた。国交省は対策の組み合わせについて「費用や地域への影響などを踏まえ選んだ」と説明。市町村長会議を開催して報告し、意見を聴く。一昨年の意見公募で提案されたコンクリートと鋼矢板による堤防のかさ上げと地下遊水地の設置は、10案の対象外となった。
同協議会は昨年2月以来の開催。12市町村の副首長ら約50人が出席した。(小山智史)


10案提示、方向性検討へ/中心対策に放水路整備など/球磨川治水対策協

(建設通信新聞 2019-06-11 8面) https://www.kensetsunews.com/archives/330187

川辺川ダム(熊本県)に代わる治水対策を検討している球磨川治水対策協議会の第9回会合で、事務局の九州地方整備局と熊本県は、複数の治水対策を組み合わせた10案を提示し、概算事業費や実現性、おおむねの工期など課題ごとに評価した。
今後、整備局長・知事・市町村長会議などを通して、議論の方向性を検討する。
同協議会は、球磨川流域において「戦後最大の洪水被害をもたらした1965年7月洪水と同規模の洪水を安全に流下させる」を治水安全度に設定し、ダムによらない治水対策を検討している。
球磨川本川、川辺川筋の各3区間に分け、中心対策となる▽引堤▽河道掘削など▽堤防かさ上げ▽遊水地(17カ所)▽ダム再開発▽放水路ルート1▽放水路ルート4--の6案に、補完対策を組み合わせて計10案とした。
完成までの費用が最も高いのは遊水地(17カ所)を中心に、人吉地区と川辺川筋の直轄管理区間で引堤(両岸)などを組み合わせる案で1兆2000億円。最低額は堤防かさ上げを中心とする案で2800億円となる。
最短で効果発現するのは、川辺川上流部から球磨川中流部(八代市)に放水する放水路ルート1(長さ15㎞)、川辺川上流部から八代海に放水するルート4(長さ25㎞)をそれぞれ中心とする2案で、いずれも45年となる。
2案は、用地買収面積や、移転戸数も最も少なくなる。
ただ、地質調査を実施していないため技術的な実現性は判断できないとした。
残り8案は50年以上となり、引堤を中心とする案は200年となる。
会議では、堤防のかさ上げ案について、水位の上昇を許容するため氾濫した場合のリスクが拡大するなどといった意見や、放水路ルート1案では放流地点の八代市から懸念が示され、ルート4についても漁業への十分な説明が必要などとした。

熊本)川辺川利水事業終了へ 着手から30年以上

2018年1月26日
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既報のとおり、川辺川ダムを前提とした川辺川利水事業が廃止になりました。
2003年に灌漑事業の同意率3分の2が虚偽であるとする福岡高裁の判決が出て、川辺川利水事業は白紙になりましたが、それから約15年経ってようやく廃止です。
一方、川辺川ダム事業の方は2009年に政府の方針として中止になりましたが、ダム基本計画はいまだに廃止されていません。
川辺川ダムなしの球磨川水系河川整備計画がまだ策定されていないからです。
ダムなしの河川整備計画を策定するための「球磨川治水対策協議会・ダムによらない治水を検討する場」は昨年1~2月に意見募集を行った後、活動がストップしています。www.qsr.mlit.go.jp/yatusiro/river/damuyora/index.html
国土交通省が設定した河川整備計画策定の枠組みが川辺川ダムを必要とするようなものになっているので、いつまで経っても、ダムなしの整備計画がつくられません。
その枠組みを根本から見直すことが必要です。

熊本)川辺川利水事業終了へ 着手から30年以上

(朝日新聞熊本版2018年1月26日)https://digital.asahi.com/articles/ASL1T3Q42L1TTLVB002.html

国が中止を表明した川辺川ダム建設計画に関連して、ダム湖から農業用水を引くなどの国営川辺川総合土地改良事業(利水事業)が、着手から30年以上を経て3月にも正式に終了する見通しとなった。農林水産省が農家の一定の同意を得て、かんがい事業の廃止と区画整理事業や農地造成の変更(規模縮小)計画を今月11日に決定。人吉球磨地域の関係6市町村の役場で計画書縦覧などの手続きが始まっている。
九州農政局川辺川農業水利事業所(人吉市)によると、事業終了に向けた変更計画に関する農家の同意取得は昨年4月に始め、同10月25日現在でかんがい(対象農家5380人)、区画整理(同2108人)、農地造成(同312人)とも同意率が7割を超え、法的に必要な3分の2以上に達した。同意を得られなかったのは相続の未登記や行き先不明で連絡が取れないケースがほとんどだという。
計画書縦覧は役場で今月15日に始まり来月9日まで。翌10日から26日まで審査請求を受け付ける。郵送を含めた請求がなければ3月2日に計画が確定する。
川辺川利水事業は1984年に始まり、当初は6市町村の計3590ヘクタールの農地に送水する計画だった。だが、94年に事業規模を縮小した際、国による農家の同意取得手続きで不正があったとして住民らが国を提訴。この「川辺川利水訴訟」で2003年、農地造成を除くかんがいと区画整理の2事業について国が取得したとしていた対象農家の同意が、法的に必要な3分の2に達していないと福岡高裁が認定し判決が確定。利水事業は中断し、09年の川辺川ダム建設中止に至る大きな転機となったとされる。
川辺川利水訴訟原告団長の茂吉(もよし)隆典・相良村議は「(事業が終了しても)農水省は既存農地の水利施設の保守や改修をしっかりやってほしいと申し入れたい」と話している。
国が1966年に計画を発表し、2009年に中止となった川辺川ダム建設に反対してきた住民運動の資料集が昨年11月、刊行された。会報や機関紙、ビラ、訴状、意見書、個人の手記などを網羅した全9巻と解説書1冊に加え、旧水没予定地で暮らす住民や運動団体の代表らのインタビューを収録したDVDが付いている。
資料の編集に携わり、解説も書いた高知大学地域連携推進センターの森明香(さやか)助教(環境社会学)は「川辺川ダムをめぐる問題で、ビラや住民の学習資料などがまとまった形で表に出るのは初めて。当時は何が問題と認識されていたかがよくわかる」と話している。
定価は1セット25万円。県内では熊本市立図書館がすでに収蔵しているという。問い合わせは出版した「すいれん舎」(03・5259・6060)へ。(村上伸一)

川辺川ダム建設反対運動資料集

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