水源連:Japan River Keeper Alliance

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伊賀・川上ダム 水道事業計画見直しを 検証・検討委が答申案(2013年3月26日)

2013年3月26日
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伊賀市の川上ダム検証・検討委員会が答申会をまとめました。

伊賀・川上ダム 水道事業計画見直しを 検証・検討委が答申案(中日新聞三重版 2013年3月26日) http://www.chunichi.co.jp/article/mie/20130326/CK2013032602000017.html

建設の是非をめぐり国が検証を続ける伊賀市の川上ダムについて、市長の諮問機関の検証・検討委員会は二十五日、市が工業用水や飲み水などの「利水」のため建設を求めてきた大きな根拠である市水道部の水需要予測が実績と差があり、
早急に市の水道事業基本計画を見直すよう求める答申案をまとめた。水資源機構(さいたま市)が半世紀近く前から計画する事業費千二百億円余りの大規模公共事業に影響を与えそうだ。
委員会は二月から五回開かれ、住民を含む委員九人が協議。答申案は二十五日の委員会で公表された。市の水需要は「実績と、計画に乖離(かいり)が生じている」とし、水道事業基本計画の「見直しを早期に、かつ緻密に行う必要がある」とした。
ダム下流域の河川の洪水を防ぐ「治水」については、ダムが建設されると、どんな効果があるか、答申では触れない見通し。
これまでの委員会で、宅地開発や企業の立地を見込み、二〇一八年の一日に必要な平均の水量を一一年実績に比べ約五千立方メートル多い約四万四千立方メートルとする市水道部の予測が示された。
建設反対派の委員から「過大な見積もりだ」との声が上がっていた。こうした意見が答申案に反映されたとみられる。
委員長の宮本博司・元国土交通省河川局防災課長は「委員全員が共有できた部分だけを答申に取り入れた」と話した。
近く岡本栄市長に答申する。市が住民向けの説明会を開き、さらに岡本市長が市民の意見を聞き、ダム建設の目的などを判断する。
(安部伸吾)

委員長作成の上申案を審議 川上ダム検証・検討委 伊賀市(伊賀タウン情報ユー 2013年3月25日 17:22) http://www.iga-younet.co.jp/news1/2013/03/post-546.html

木津川上流の前深瀬川に予定する川上ダムの建設に関し、地元伊賀市の治水・利水計画を検証・検討する委員会(宮本博司委員長)が3月25日、同市上野丸之内のハイトピア伊賀で開かれた。
5回目のこの日が最終回で、宮本委員長がまとめた上申案を審議した。
上申案の中で、利水は市水道事業基本計画(2009年策定)については▼人口や給水量などの実績値と計画値にかい離が生じている▼住宅団地やゴルフ場などの開発による水需要は想定した増加の状況ではないなどと指摘。
今後の増加分をどれだけ見込むかは、市は指摘を踏まえ同計画を見直す必要があるとした。
また、新規水源の代替案として青蓮寺ダムの名張市・大阪市などが有する水利権を譲り受けるという案については、「提案されたという事実だけを確認する」とまとめた。
治水では、川上ダムの有無にかかわらず、上野地区の浸水被害を軽減し、上野遊水地への浸水頻度を少なくするためには▼当面は緊急的に遊水地を完成させる▼上野地区の木津川と服部川、柘植川の河道掘削を実施し、洪水位の低下を図ることが必要と記した。
上申案の文言は、宮本委員長が「委員同士で共有できた意見をまとめたもの」と説明したが、委員の意見がなかなか折り合わずに紛糾。最終的に、宮本委員長が上申案の修正は4箇所にとどめ、個人の意見書や委員会の議事録全てを添付し、岡本市長に提出することにした。
委員会の終了後、宮本委員長は「大変厳しかった。長い歴史の中で賛否いろんな意見があるが、できる限り客観的に議論してもらった。
市民の知らない事実やデータが出た点は意義があった。答申の文書だけでは物足りないと思うが、市長には協議の中身なども呼んでもらい、思いや経過をしっかり受け止めてもらいたい」と話した。

【上申案への加筆や削除の修正を求める委員=ハイトピア伊賀で】
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川上ダム:是非の合意得られず 伊賀市の検証委、最終会合で上申書 /三重(毎日新聞三重版 2013年03月26日) http://mainichi.jp/area/mie/news/20130326ddlk24010358000c.html

国のダム事業見直しで本体着工が見送られている川上ダム(伊賀市)についての検証・検討委員会は25日、最終の第5回会合を開き上申書をまとめた。
 ダム事業推進の是非について合意は得られず、市に水道事業計画の需要見込みなどを実態に即して早期に見直すよう求めるにとどまった。近く岡本栄市長に答申する。
 宮本博司委員長が「4回の議論を通じて共有できた事項」としてまとめた上申案の文言を巡って議論となった。
 推進派の委員が「ダムの有用性の観点で議論があった」などと盛り込むよう主張。慎重派は「必要性の根拠が示されなかった」などと応酬した。結局、治水面の提言部分の文言を一部修正することで合意した。
 上申書は、09年策定の水道事業基本計画について▽人口、給水量の実績値と計画値▽住宅開発などでの水需要の原状と計画の想定??に乖離(かいり)があるとして、早期の見直しを求めた。
 また、ダムの有無に関わらず、洪水被害軽減策として木津川、服部川、柘植川の掘削を提言した。【花牟礼紀仁】
 〔伊賀版〕

石木ダム事業認定申請に係る公聴会 仲間たちが渾身の公述

2013年3月25日
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石木ダム事業認定申請に係る公聴会でダム反対運動の仲間が公述しました。

3月22日と23日、長崎県川棚町の川棚町 公会堂で石木ダムの事業認定の手続きとなる公聴会が開催されました。
石木ダム事業は長崎県が事業者である補助ダムですが、このダムに水源開発を求めている佐世保市が挙げている根拠には全く科学性がなく、長崎県が挙げている治水上の目的も科学的根拠がないという、とにかく「石木ダムありき」の事業です。

この事業地には現在、13世帯の皆さんが「こんなムダなダムの犠牲になるのはマッピラ。固い絆で結ばれている住民同士がバラバラにされることは耐えられない。営々と築いてきた素晴らしい地域社会と自然環境は私たちの生き甲斐。私たちはここで普通の生活を続ける。」と、反対を貫かれています。

長崎県と佐世保市は必要性を捏造してダム推進を図ってきました。
こともあろうに2009年には強制収用を可能にする事業認定申請を九州地方整備局に提出しました。その理由を、「反対地権者との話し合いを促進するため」としているのです。その一方で、反対地権者の皆さんたちからの「ダム事業を前提としない市からの話合い」要請を拒否し続けています。

公聴会では収用法が適用される当事者全員からの公述を受けてこの事業が如何に人権を無視したものであるかを明らかにするのが当然ですが、九州地方整備局は13世帯からの公述希望に対して3世帯しか公述を採用しませんでした。

水源連のこのページでは、22,23両日に公述された石木ダム絶対反対同盟の石丸勇さん、松本好央さん、岩下和雄さん(後日掲載)と、石木川まもり隊の松本美智恵さん、宮野由美子さん、水源連の嶋津暉之さん、遠藤保男さんの口述内容を紹介致します。

<口述内容>

公述原稿
公述原稿  石丸 勇  292kb
公述原稿 松本好央      162kb      川原(こうばる)のうた10126kb     作詞:松本美智恵
公述原稿・松本美智恵    342kb                       作曲:大西 進
公述原稿  岩下和雄   210kb
公述スライド                            歌 :We Loveこうばる
公述スライド 嶋津暉之  4027kb
公述スライド 遠藤保男   501kb

 

<石木ダム公聴会動画リンク>

1 起業者 http://youtu.be/LY7eo3aZPN8

2 石丸勇  http://youtu.be/qn8YnFm5tQM

3 神野健二 http://youtu.be/PRss-HPLS4A

4 生月光幸 http://youtu.be/d-rf-R8uAag

5 河野孝通 篠原康洋 http://youtu.be/651X3fbM2kw

6 松本美智恵 http://youtu.be/FY5vVZvnOg4

7 坂本健吾 http://youtu.be/FczpRk_0-Xw

8 嬉野憲二 土井庸正 http://youtu.be/6ROLoVa5IL0

9 嶋津暉之 http://youtu.be/k-cDwHgpkcY

10 遠藤保男 http://youtu.be/_4fqeHhmcB4

11 松本好央 http://youtu.be/J4O46wKPCBk

12 山田義弘 http://youtu.be/qmIwE_qnWRs

13 畑田三郎 http://youtu.be/zMqSikKyrGw

14 佐々木廣志 http://youtu.be/PGTZ71xFRcE

15 宮野由美子 http://youtu.be/lmqPrLIgwJo

16 森一敏 http://youtu.be/qiF-p43WYBw

17 吉島範夫 http://youtu.be/tTby_YnZkAw

18 西坂保憲 白濵昭子 http://youtu.be/JGSHC-nph0A

19 岩下和雄 http://youtu.be/m_4n72x1Bzc

20 小松利光 http://youtu.be/C0njFvGI9NE

 

 

 

 

石木ダム事業認定手続きの公聴会についての一連の記事(2013年3月23日、24日)

2013年3月24日
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3月22日と23日、石木ダム事業認定手続きの公聴会が開かれました。その公聴会についての一連の記事を掲載します。

(現時点では)「強制収用考えていない」(長崎新聞2013年3月24日)http://www.nagasaki-np.co.jp/news/kennaitopix/2013/03/24104400009983.shtml
(写真) 石木ダム予定地の強制収用を強行するのか県に回答を迫る岩下さん=川棚町公会堂
石木ダム予定地の強制収用を強行するのか県に回答を迫る岩下さん=川棚町公会堂
 県と佐世保市が東彼川棚町に計画する石木ダムの事業認定手続きの公聴会が23日、同町中組郷の川棚町公会堂で開かれ、2日間の日程を終えた。
 県は反対地権者から事業認定後に可能になる強制収用について質問を受けたが、「現時点では考えていない」と述べるにとどめた。
 公聴会は、土地収用法に基づく事業認定手続きの一環で、国土交通省九州地方整備局(九地整)が事業の公益性を判断するために実施。
最終日は反対地権者と支援者、推進の元地権者ら計10組が意見発表や県、市と質疑をした。約200人が傍聴した。
 ダム建設予定地の地権者、岩下和雄さん(66)は「ダムは佐世保市民の水道料金引き上げにつながり、川棚町は水利権を失うだけ。市民、町民のためにも計画中止を」と要請。
 「(最終的に)人権を無視して強制収用するのか。脅しには負けない」と県側をただしたが、県は話し合い促進が事業認定の目的とする従来の姿勢を崩さなかった。
 同じく地権者の松本好央さん(38)は、まだ7歳だった1982年に県が強制測量を行い、友人と手をつなぎ震えながら阻止行動をした体験を振り返り、
 「(反対地権者)13世帯で自然を守り続けている。生まれ育った古里に住み続けたいだけ」と訴えた。
 一方、県の用地買収に応じ移住した元地権者の男性(85)は「苦渋の決断で古里を離れたのに事業認定手続きが進まず、憤りを覚える」、別の男性(75)は「県、市、町でスクラムを組み利水、治水に取り組んでほしい」と建設推進を後押しした。
 公聴会をめぐっては反対地権者17人が意見発表を希望したが選ばれたのは3人。
 終了後、岩下さんは「発表できた人数が少なく、時間も足りなかった。公聴会は事業認定するために形式上、開かれただけだ」と掃き捨てた。
 九地整の清水貞博・事業認定調整官は「推進、反対の大勢から必要な情報を聞くことができた」と成果を強調した。


石木ダムの公聴会が始まる 
(長崎新聞2013年3月23日) http://www.nagasaki-np.co.jp/news/kennaitopix/2013/03/23112027009976.shtml

県と佐世保市が東彼川棚町に計画する石木ダム建設問題で、建設予定地の強制収用に道を開く事業認定手続きの公聴会が22日から2日間の日程で、同町中組郷の町公会堂で始まった。
 国土交通省九州地方整備局(九地整)が賛否の意見を聴取。初日は県と市などが公益性を訴え、反対地権者はダムは不要として、計画の中止を求めた。
公聴会は、土地収用法に基づく事業認定手続きの一環で、土地収用を認める公益性があるか判断するために開く。県、市と公募で選ばれた事業推進、反対の立場の計20組が各30分の持ち時間で、意見発表や質疑をする。初日は10組が発表。約160人が傍聴に訪れた。
 県と市は、ダムによる洪水軽減、市の慢性的な水不足を解消する効果を強調。「ダムは公益性が高く、事業認定の要件をすべて満たす」と理解を求めた。
 これに対し、ダム予定地の地権者、石丸勇さん(63)=同町岩屋郷川原地区=は「子々孫々受け継いだ川原は安住の地。(反対地権者)13世帯の絆は今も固いが、県と佐世保市が崩そうと躍起になっている。事業認定、強制収用後には苦しみ、恨み、憎しみが残るだけ」と主張。
 建設予定地近くの砕石場跡にため池を造る代替案を示し「ただちに計画を中止すべきだ」と訴えた。
 このほか、反対派は市の水需要の過大予測やダムに頼った治水計画の不備に批判を集中。「治水効果には誤りがある」と指摘した。推進派は渇水や洪水被害に遭った当時の苦労を語り、ダムの必要性を強調した。
 23日は午前10時半~午後5時半ごろまで開く。
 ◎ズーム/石木ダムの事業認定手続き
 認定されれば補償と引き換えに用地の強制収用が可能になる。県が反対地権者との「話し合い促進」のため、2009年11月に九州地方整備局に申請した。
 民主党政権による再検証に伴い事実上中断したが、昨年6月に国が事業継続を容認した。公聴会の後、学識経験者でつくる社会資本整備審議会が開かれ九地整が認定の可否を決める。


石木ダムの公聴会始まる
(読売新聞長崎版 2013年3月23日)http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/nagasaki/news/20130322-OYT8T01600.htm

(写真)ダム建設に賛否の意見が上がった公聴会
石木ダム(川棚町)事業で、土地収用法に基づく事業認定手続きの公聴会が22日、川棚町公会堂で2日間の日程で始まった。2009年11月に県と佐世保市が国に事業認定を申請してから3年以上を経て、具体的な手続きが動き出した。
 事業認定は、事業主体の申請を受け、国が公益性を判断する手続き。公聴会は多様な意見を聞いて、判断材料を集めるために開く。「脱ダム」を掲げた民主党が政権をとってから手続きは棚上げされていたが、国は昨年6月、事業の継続を認めた。
 ダムの水没予定地域では、13世帯の地権者が立ち退きを拒否しており、国が事業認定すれば土地の強制収用が可能となるため、認定をしないよう訴えてきた。
 初日の公聴会では、9組の公述人が賛成、反対の立場から意見を述べた。
 冒頭、県と佐世保市が事業概要を説明し、川棚町での過去の洪水被害や同市の渇水などに触れ、「洪水から地元住民を守り、安定的な水を確保できるのはダムしかない」と主張。賛成の立場の公述人は、観光や医療といった視点から、渇水を防ぐためのダムの必要性を訴えた。
 一方、建設に反対する公述人は「代替案はある」と指摘。「これまでほとんど取水されていない川の遊休水利権を活用すれば、佐世保の水は足りる」との声が上がったほか、県などに「土地を奪うのは人権侵害ではないか」と迫る場面もあった。
 また、関連施設を含めたダムの総工費について、県などは350億円とし、このうち市の負担額は298億円と説明した。これに対し、反対派は「市民1世帯当たりの負担は約30万円に上る。水問題が切迫していない現状では認められない事業だ」と強調した。
 23日は午前10時半~午後5時半に開かれ、10組が公述する。


石木ダム:川棚町で公聴会 推進、反対意見陳述 /長崎◇推進「水需要増」「治水」必要 反対「代替案実現すべき

(毎日新聞長崎版 2013年03月23日 )http://mainichi.jp/area/nagasaki/news/20130323ddlk42010581000c.html

川棚町に計画される石木ダムの事業認定の手続きとなる公聴会が22日、2日間の日程で同町公会堂で始まり、165人が傍聴した。
 事業の公益性を判断するために事業認定庁となる九州地方整備局が開催。事前に選ばれた公述人20組が、推進、反対のそれぞれの立場で意見陳述する。
 事業認定は、09年に県などが国に申請。公聴会後、有識者らによる社会資本整備審議会を経て「公益性あり」と認定されれば、用地買収が済んでいない反対地権者の土地の強制収用に向けた手続きにつながることになる。
 推進の立場からは、佐世保市が「市は斜面都市で水源不足に悩まされている。今後は市内の造船業が洗浄が伴う修繕部門を強化するなど水需要は増加する」と主張。
 川棚町の河野孝通さん(67)が「90年の大雨では床上浸水し、経営していた薬局が数十万円の被害を受けた。治水面でもダムは必要」と訴えた。
 反対の立場からは、地権者の石丸勇さん(63)が「反対する13世帯の絆は絶対に崩れない。ダムに固執せず、海水淡水化施設など代替案を実現すべき。排水ポンプ設置や河川改修で十分に対応できる」と強調。
 石木川まもり隊の松本美智恵代表は「節水型の製品が増え、人口も減少するのにダムは不要。市が出費する298億円のツケは市民に回る」と訴えた。【柳瀬成一郎】〔長崎版〕

石木ダム:公聴会 九地整調整官「意見基に事業認定判断」/長崎(毎日新聞長崎版 2013年03月24日)http://mainichi.jp/area/nagasaki/news/20130324ddlk42010323000c.html

川棚町に計画される石木ダムの事業認定の手続きとなる公聴会が23日、同町公会堂であり、公述人の残り10組が意見陳述した。
 2日間の日程を終え、事業認定庁の九州地方整備局建政部の清水貞博・事業認定調整官は「意見を基に、事業認定について適正に判断したい」と語った。
 意見陳述では、反対地権者の松本好央さん(38)が、機動隊を伴った82年の強制測量を振り返り「当時7歳の私を含め、抵抗する住民を力で排除し、次々にクイを打った。
 あの悔しさはいつまでも忘れない」と事業反対を貫くことを主張。
 一方で、水没予定地に住み、土地売却に応じ、町内に転居した山田義弘さん(75)は「町内の治水効果もあり、町の安全のために、事業に賛成しました」とダムの必要性を語った。【柳瀬成一郎】

石木ダム事業公聴会終わる(読売新聞群馬版 2013年3月24日 ) http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/nagasaki/news/20130323-OYT8T01166.htm

石木ダム(川棚町)事業で、土地収用法に基づく事業認定手続きの公聴会が23日、川棚町公会堂で開かれ、2日間の日程を終えた。
 国土交通省九州地方整備局は公聴会での意見などを基に事業認定するかどうかの方針を決め、同省の社会資本整備審議会に諮問したうえで最終判断する。
 この日は、ダム建設に賛成して移転した元地権者が「事業で立ち退いた8割の地権者の思いを受け止めてほしい」と建設促進を求め、大学教授が「洪水被害を防ぐためにダムは必要」と発言。
 一方、反対派の地権者は「他に方法がないか探る時期ではないか」と訴え、佐世保市の女性は「人口減少社会で節水器具も普及している」と新たなダムによる水源確保に疑問を呈した。
 2日間で20組が公述し、賛成が9組、反対が11組だった。九地整では「事業認定申請書や意見書、そして今回の意見を基に判断していきたい」としている。
 水没予定地では13世帯が立ち退きを拒んでおり、事業認定されれば土地の強制収用が可能となる。


国交省が石木ダム公聴会 3年4カ月ぶり、認定手続きを再開
(西日本新聞2013年3月23日)http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/354423

(写真)川棚町で開かれた石木ダムの公聴会
 県と佐世保市が計画する石木ダム(川棚町)にからみ、国土交通省九州地方整備局は22日、土地収用法に基づく事業認定の判断材料となる公聴会を川棚町公会堂で開いた。
 認定されれば買収を終えていない土地の強制収用に道を開く。県が事業認定を申請した後、民主党政権下のダム検証などで中断していた手続きが3年4カ月ぶりに再開した。
 同局は公聴会で公益性や土地の利用が適正かなどを検証。その後有識者でつくる同省の社会資本整備審議会の審議を経て認定の可否を判断する。
 この日の公聴会では推進、反対それぞれの立場で計10人が意見を述べた。ダムに反対する地権者の石丸勇さんは予定地の8割の世帯が同意したことについて「最初はみんな反対だった。
 心癒やされる古里の絆をズタズタにされた」と指摘。「われわれは自分の財産を守るために反対を続ける。佐世保市の水需要予測は単なる数合わせでダムはいらない」と述べた。
 一方、石木ダム建設促進川棚町民の会の河野孝通事務局長はダム予定地下流の川棚川が1990年に氾濫し床上浸水した経験を紹介。「反対されている住民の心情を察するに言葉では表せない。それでも安全、安心な街づくりのためダムは必要」と訴えた。
 県と市はあらためて利水、治水両面からダムの必要性を主張し、早期認定を求めた。公聴会は23日も開かれる。

事業認定手続き公聴会22日再開 長崎の石木ダム計画(朝日新聞長崎版 2013年3月22日)http://digital.asahi.com/area/nagasaki/articles/SEB201303210048.html?ref=comkiji_txt_end_s_kjid_SEB201303210048

【上田輔】県と佐世保市が川棚町に計画する石木ダムをめぐり、土地収用法に基づく事業認定手続きの公聴会が22、23の両日、川棚町公会堂で開かれる。
用地買収が済んでいない土地の強制収用に道を開く手続きが、県や市のダム見直しに伴う中断を経て3年3カ月ぶりに再開する。
石木ダムの予定地には現在も建設に反対する13世帯が住み、県、市との接触を拒んでいる。事業認定は用地買収問題の解決を図るとする県と市が2009年11月、国土交通省九州地方整備局に申請した。
翌12月には申請書の縦覧まで手続きが進んだが、当時の民主党政権が掲げた「脱ダム」方針を受け、石木ダムを含む全国の補助ダムで再検証が始まった。このため、事業認定手続きは次の段階の公聴会に進まないまま長い中断に入った。
ダム再検証は昨年6月、国交省が「地元の理解を得る努力を希望する」との意見を付けたうえで事業継続を承認。佐世保市が実施していた厚生労働省の水道施設整備事業の再評価も、市がこのほど事業継続の方針をまとめた。
整備局は事業認定の手続きを再開する環境が整ったと判断した。
公聴会は、事業に土地収用を認める公益性があるか、整備局が情報収集するため開かれる。起業者である県と市のほか、一般の公述人19組22人が30分ずつ意見を述べる。応募のあった72組から整備局が選んだ。
公聴会は22日午後1~7時30分ごろと23日午前10時30分~午後5時30分ごろ。傍聴自由。

半世紀がかり、大滝ダム完成 建設に揺れた奈良・川上村 (2013年3月23日)

2013年3月24日
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深刻な地すべりを起こした国交省・大滝ダムの竣工式が3月23日に行われました。
紀ノ川ダム管理事務所のHP http://www.kkr.mlit.go.jp/kinokawa/news/pdf/13020101.pdf をご覧ください。
2002年8月にダム本体ができましたが、その後、地すべり対策に追われて完成が9~10年も延びました。 試験湛水開始ともに、白屋地区で深刻な地すべりが起きて、白屋地区37世帯が移転を余儀なくされ、その後、裁判で国は責任を問われて損害賠償金の支払いを命じられました。
 もともと地すべりの危険性が高いと指摘されていたところにダムを建設したことによるものです。 これからは大丈夫なのでしょうか。大滝ダムの周辺で地すべりが再発する危険性はないのでしょうか。
 この大滝ダムとダブるのがダム予定地の地質が脆弱な八ッ場ダムです。八ッ場ダムは、来年度に本体関連工事に着手したとしても、完成は2020年度以降のことですが、ダム本体ができても、試験湛水を開始すれば、大滝ダムのように深刻な地すべりが起きて、完成がさらに延びる可能性が十分にあります。ダム完成が2020年代後半以降ということにもなりかねません。
 八ッ場ダムの本体工事を本当に進めてよいのか、あらためてまともな検証が行われることを願ってやみません

半世紀がかり、大滝ダム完成 建設に揺れた奈良・川上村(朝日新聞2013年3月23日)http://digital.asahi.com/articles/OSK201303230068.html?ref=comkiji_txt_end_kjid_OSK2013032300680

 【西山良太、菱山出】奈良県川上村の「大滝ダム」が計画から半世紀を経て完成し、23日、現地で記念式典があった。村を挙げた強い反対が起き、建設後の試験貯水で地滑りのため住民は移転も強いられた。ダム完成を見つめる住民や元住民らの思いは複雑だ。
 建設のきっかけは、奈良から和歌山に流れる紀の川(奈良県側では吉野川)流域で130人の死者が出た1959年9月の伊勢湾台風だ。
 62年4月、当時の建設省がダム建設計画を公表すると、水没する13集落475世帯が移転を強いられるため、地元住民らは強く反発。村議会は同年7月、ダム建設反対を決議。63年2月には地元住民らが反対期成同盟を結成した。
 村もダム対策委員会などを設けて反対姿勢を示した。
 村議を経て、80年から8期32年間村長を務めた大谷一二(いちじ)さん(88)は「役場に説明に来た県の副知事を通さないよう入り口に座り込んだり、ボーリング調査を邪魔しようと道路を塞いだりした」と振り返る。
 だが、水没世帯への補償交渉などを経て、村は81年、建設に同意する覚書を建設省や県と締結。移転した475世帯のうち、約400世帯が村を出た。
 2011年9月、紀伊半島に甚大な被害をもたらした台風12号は伊勢湾台風の雨量を上回ったが、下流で流された家屋はなかった。昨年7月に引退した大谷さんは「自分が生きている間に完成しないだろうと思っていた。下流の人命を救う使命を果たせ、誠に喜ばしい」と語る。
 同村から北西に約20キロ離れた橿原市石川町。ダム東側の白屋(しらや)地区出身の12世帯27人が暮らす。試験貯水が始まって間もない03年4月、地層に水が入り込んだ影響で家屋や道路に亀裂が発生。全37世帯77人が移転を余儀なくされた。
 区長の井阪勘四郎さん(84)のもとに2月、村役場から式典の招待状が届いた。怒りと悔しさがこみ上げ、涙が出た。「古里を奪われたのに、一緒に喜べというのか。これ以上我々の無念を踏みにじるな」
 国は住民の家屋や土地を買い取ったが、移住の費用には足りなかった。井阪さんら元住民30人は07年、国に慰謝料など約2億1600万円の損害賠償を求めて奈良地裁に提訴。敗訴したが、11年の大阪高裁判決は1人当たり100万円の賠償を命じた。
確定したが、「国から謝罪は一度もない」。
 今も住民らは毎月、地区に残る墓地に通う。井上兼治(かねはる)さん(69)は「先祖らの墓が100以上あり、一緒に移動させたかった。国に何度も掛け合ったが、補償してくれない」と唇をかむ。招待状は「欠席」と書いて送り返した。
 移住から約10年。高齢化が進み、移住後に4人が亡くなった。井阪さんらは昨年末、「大滝ダム建造で消えた集落・白屋地区」と題した100ページを超す区史を作った。
 「先人から800年続いた故郷を守り通せず、子や孫に申し訳ない。故郷が消えることになった経緯を記し、後世に伝えたい
 ◇
 〈大滝ダム〉 1959年9月の伊勢湾台風水害を機に、紀の川の治水と奈良県内や和歌山市などへの利水、水力発電を目的とした特定多目的ダム。
 総事業費3640億円。堤高100メートル、堤頂長315メートル。総貯水量8400万立方メートルは阪神甲子園球場約140杯分。群馬県の八ツ場(やんば)ダム(建設中)の63年間に次ぐ長期事業で、反対運動の激しさは「東の八ツ場、西の大滝」と称された。
完成した大滝ダム=21日午後、奈良県川上村、朝日新聞社ヘリから、筋野健太撮影
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完成した大滝ダムと白屋地区の集落跡(下の斜面)=21日午後、奈良県川上村、朝日新聞社ヘリから、筋野健太撮影
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大滝ダムと白屋地区
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大滝ダム建設をめぐる主な出来事
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計画から半世紀 大滝ダムが完成…奈良の吉野川

(読売新聞大阪版 2013年3月23日 )http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20130323-OYO1T00638.htm?from=top

1959年の伊勢湾台風による水害を教訓に、国が奈良県川上村の吉野川(紀の川)で建設していた多目的ダム「大滝ダム」(総貯水量8400万トン)が、計画から半世紀を経て完成、
 同村で23日、完工式があった。国土交通省によると、完成に要した期間は国のダムで最長クラス。総事業費は、立ち退き地域の拡大などで当初の230億円から約3400億円増え、3640億円に上った。
 ダムは奈良、和歌山両県の計12市町村の治水、利水のため、60年に予備調査を開始。65年に着工し、493世帯が立ち退いた。
 しかし、2003年の試験貯水で周辺に地滑りが起き、さらに37世帯が移転。対策で完成は10年遅れた。過疎化も進み、川上村の人口は1960年の約7600人から約1700人に減った。
 村立川上小学校であった式には約600人が出席。国交省の足立敏之・水管理・国土保全局長は「長い時間を要したことをおわびしたい。今後は地域の活性化に寄与したい」と述べた。
(写真)計画から半世紀を経て完成した大滝ダム(奈良県川上村で、本社ヘリから)=河村道浩撮影

計画から半世紀 大滝ダム完成 あす式典 奈良

(産経新聞奈良版 2013.3.22 )  http://sankei.jp.msn.com/region/news/130322/nar13032202160002-n1.htm国土交通省近畿地方整備局が川上村で建設を進めてきた大滝ダムの完成式典が23日、現地などで開かれる。
洪水を防ぐダム建設をめぐっては、平成15年の試験貯水の影響で付近の地区に亀裂が発生し、住民が移転を強いられた経緯もある。約半世紀にわたるダム計画は曲折を経て、ようやく4月に本格稼働する。

紀伊半島南部の紀ノ川流域は、台風などで過去に何度も洪水被害に見舞われていた。
奈良、和歌山両県で昭和34年、130人が死亡、住宅9千棟以上が床上浸水するなど被害をもたらした伊勢湾台風を機に37年、大滝ダムが計画され、40年に着工された。
反対運動なども受けたが、ダム本体は平成14年に完成した。翌年、安全性を検証する試験貯水が行われた際、ダム上流の川上村白屋地区の家屋や壁、地面などで亀裂が発生。地区の37世帯が移転を余儀なくされ、試験貯水は中断された。
元住民らは19年、国に慰謝料を求めて提訴。23年7月、国に1200万円の賠償を命じた大阪高裁判決が確定した。
一方、整備局は周辺の地滑り対策工事を実施し、23年11月に完了。試験貯水を再開し、昨年6月に終了した。総貯水容量は8400万立方メートル。総事業費は当初の230億円から、15倍となる約3640億円に膨らんだ。
紀ノ川下流の和歌山県岩出市では、「150年に1度」の大雨に見舞われた場合、毎秒1万6千立方メートルの水が流れると想定している。
上流の複数のダムで毎秒4千立方メートルを洪水調節し、このうち大滝ダムは毎秒2700立方メートルを一時的に貯めることができる。大滝ダムは、こうした洪水防御のほか、水道用水や工業用水の提供、水力発電なども目的としている。
23日は、事前に募集していたダム湖の名前を刻んだ記念碑の除幕式などを予定している。

<大滝ダム>半世紀かけ完成…事業費、計画の16倍 奈良 (毎日新聞 2013年3月23日)  http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130323-00000063-mai-soci(写真) 完成した大滝ダム=奈良県川上村で2013年3月23日、本社ヘリから後藤由耶撮影
奈良県川上村の吉野川(紀の川)に国が建設していた大滝ダムが、計画からほぼ半世紀ぶりに完成し23日、記念式があった。
03年に試験貯水を始めたが、地滑りが発生し、その対策などで完成が大きく遅れた。当初の計画では、事業費は230億円だったが、工事費や用地補償費の拡大などで、最終的には約16倍の3640億円に膨らんだ。
大滝ダムは洪水調整、利水、発電のための多目的ダム。奈良、和歌山に水道水を供給する。堤は高さ100メートル、長さ315メートル。貯水量は8400万立方メートル。
ダムは1962年、国が計画を発表。59年の伊勢湾台風で奈良、和歌山両県内の同川流域で死者、行方不明者130人の被害が出たことがきっかけだった。
住民は土地を奪われ将来の生活に不安を感じるとして、激しく反対運動を展開したが、65年に着工し、493世帯が離村した。現在の村人口は60年の5分の1ほどの約1700人に減った。
また、03年の試験貯水では、同村白屋地区で地滑りが発生し、住民37世帯、77人が村内外に移転して、対策工事を繰り返した。11年には大阪高裁で、ダム建設を巡って国に賠償を命じる判決も出された。
この日、ダム湖を「おおたき龍神湖」と名付けて自然石に刻んだ碑の除幕式がダム湖近くであった。式には約400人が出席し、栗山忠昭村長(62)が「今日から日本一きれいな水源地の村に挑戦する」とあいさつした。【栗栖健、岡奈津希】
「ダムと共生」村民感慨 大滝ダム完工式
(読売新聞奈良版 2013年3月24日 )http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/nara/news/20130323-OYT8T01012.htm◆「おおたき龍神湖」碑除幕
川上村の村立川上小などで23日行われた完工式では、国土交通省近畿地方整備局、県、村のトップが、ダム建設に協力した地元への感謝の言葉を口にした。約600人の出席者は巨大なダムのこれからに思いをはせた。
同整備局の谷本光司局長は「ダムの完成は、先祖代々の土地を提供してくれた方々のおかげです」とあいさつ。荒井知事や和歌山県の仁坂吉伸知事は様々な曲折があった事業を振り返り、「皆様の苦労がようやく実りました」と述べた。
栗山忠昭村長は「建設への理解をいただいた地元に心から感謝し、ダムとの共生を図ります」と述べた。
公募したダム湖の名前は、205点の中から同村職員吉田志帆さん(35)の「おおたき龍神湖」と決まり、ダム右岸で、同小児童らも参加した記念碑の除幕式があった。
前村長で8期32年、ダム建設に取り組んだ大谷一二(いちじ)さん(88)は、「ダムはこれから、多くの人命を災害から救うでしょう」と期待した。


ダム完成、地権者思いはせる 奈良・川上で記念式典
(朝日新聞奈良版 2013年3月24日) http://digital.asahi.com/area/nara/articles/OSK201303230194.html?ref=comkiji_txt_end_s_kjid_OSK201303230194

(写真)ダム湖の名称「おおたき龍神湖」の湖名碑を除幕する地元の小中学生たち=川上村大滝
 (写真)感謝状を受ける大谷一二前村長=川上村西河
 【菱山出】1959年の伊勢湾台風をきっかけに建設された川上村の大滝ダムが完成した。23日に現地であった記念式典には荒井正吾知事や和歌山県の仁坂吉伸知事、自宅が水没した地権者ら約600人が出席。
 「東の八ツ場(やんば)、西の大滝」と言われる激しい反対運動を経て、完成までに半世紀もかかった巨大構造物の経緯に思いをはせた。
 ダムのほとりでは、ダム湖の名称披露と湖名碑の除幕式があった。148人、205点の応募があり、村職員吉田志帆さん(35)=大淀町=の「おおたき龍神湖」に決まった。
 川上小学校体育館であった式典では、主催者を代表して国土交通省近畿地方整備局の谷本光司局長が「先祖伝来の土地を苦渋の決断で提供していただいた地権者に深く感謝します」、
 地元を代表して栗山忠昭村長が「水没者、用地協力者、村民に心から感謝します。ダムと共生し森を守り、美しい水を流したい」とあいさつした。
 80年から8期32年間村長を務め、81年にダム本体工事着工に同意した大谷一二(いちじ)・前村長に国土交通相の感謝状が贈られた。大谷氏は「感無量です。32年間務めて一番良き日を迎えた」と語った。
 昨年12月の衆院選に奈良4区から立候補し落選した民主党前衆院議員の大西孝典氏(56)も出席。実家がダム湖に沈み、政治家を目指す原点になった。「ダムの恩恵を受ける人に喜んでもらい、多くの家が沈みがいのあったよう、運用して欲しい」と話した。

長良川のアユに何が 小ぶり目立つ 岐阜で市民学習会(朝日新聞岐阜版 2013年3月21日)

2013年3月21日
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長良川のアユに何が 小ぶり目立つ 岐阜で市民学習会(朝日新聞岐阜版 2013年3月21日) http://digital.asahi.com/area/gifu/articles/NGY201303200017.html?ref=comkiji_txt_end_s_kjid_NGY201303200017
 長良川の環境やアユについて考える市民団体主催の学習会「長良川のアユに何が起きているのか?」が20日、岐阜市内で開かれた。
 市民ら約110人が参加し、小ぶりのアユが長良川で目立つようになったことや新たな感染症の問題などについて意見が交わされた。
 主催は長良川河口堰(かこうぜき)の開門を求めて活動をしている「長良川市民学習会」(粕谷志郎代表)。
 岐阜市でアユの産卵観察会を20年以上続ける新村安雄さん(59)は基調講演で、「1965年当時は今よりアユはもっと大きくて、早く遡上してきた」と報告。
 長良川河口堰の運用開始で潮の流れが失われたことなどで大きなアユが海へたどり着けずに死に、相対的に小ぶりのアユが目立つようになったと説明した。
 また、小ぶりのアユの遡上時期が、ナマズなどの病原細菌として知られる「エドワジエラ・イクタルリ」の発生時期に重なり、今夏に被害が拡大する可能性があると指摘。昨夏はこの病原細菌に感染したアユの多数の死骸が長良川で確認されたという。
 参加した漁業関係者からは、アユやサツキマスの漁獲量がかつてに比べて大きく減っているといった意見が出た。
(写真)長良川の環境などについて話す参加者ら=岐阜市橋本町1丁目のハートフルスクエアーG
(写真)長良川の環境などについて話し合う参加者ら=岐阜市橋本町1丁目のハートフルスクエアーG

 

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