マレーシアのダム建設、抗議活動が激化(ナショナルジオグラフィック 2013年3月5日)
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巨大ダム「バクン・ダム」が完成した際には、1万人の地元住民が住む場所を追われるというのですから、恐ろしい開発計画が進行中です。
マレーシアのダム建設、抗議活動が激化(ナショナルジオグラフィック 2013年3月5日)http://topics.jp.msn.com/life/environment/article.aspx?articleid=1709109
マレーシア、ボルネオ島北西部のサラワク州、バラム川流域は、電力の供給網から取り残されている。東南アジア独特の“ロングハウス”が並ぶ村々では、夜になるとディーゼル発電機の轟音が鳴り響く。インターネットはおろか、携帯電話も使えないという。
しかし建設中の巨大ダムが完成すると、熱帯雨林が広がるサラワク州の電力需要を補って余りある電力生産が可能になる。水力発電プロジェクトの供給能力は1000メガワット。アメリカの75万世帯分をカバーできるほどの発電量になるという。
ところが、現地に住む多くの住民は、電力の必要性を感じていないという実態がある。サラワク州のペナン族、クニャー族、カヤン族といった先住民たちは、伝統的なロングボートで下流の町ロン・ラマ(Long Lama)まで出向き、
ダム建設に対する抗議活動を行った。
マレーシア最大のサラワク州は、アルミニウム製錬や製鉄など、エネルギーを大量消費する重工業が盛んだ。安価な電力供給を目的とした大規模な水力発電プロジェクトが7件進められており、バラム川のダムもその一つとなる。
同時に州政府は1050億ドル(約9兆円)もの巨費を投じて、SCORE(Sarawak Corridor of Renewable Energy)という大規模なエネルギー開発計画を進めている。計画に組み込まれているダムがすべて完成すると、その総発電量は世界最大の中国、三峡ダムに匹敵するという。
SCOREは、サラワクの景観と人々の生活を一変させつつある。曲折するバラム川流域のダム湖によって、412平方キロの熱帯雨林が水没、およそ2万人の住民が故郷を追われることになる。
アブドゥル・タイブ・モハマド(Abdul Taib Mahmud)州首相のワンマン体制が30年間続くサラワク州では、表立った抗議活動が行われることはまれだった。
同首相は、材木業者との不正取引で広範囲の熱帯雨林を売却、私腹を肥やしているとの噂が絶えない人物である。
しかし最近では、この大規模な水力発電プロジェクトに対する先住民の抗議活動が活発化している。
2012年9月には、サラワク西部の住民がバリケードを設置、同州中央部を流れるムルム川(Murum River)のダム建設に対する抗議活動を展開したほか、2013年1月には、ロン
グボートを仕立てた先住民たちが、
民族言語で「バラム川のダム建設を中止せよ」と声を合わせ、普段は静かなロン・ラマ市を騒然とさせた。
「行政指名の地位などどうでもいい。仲間たちのために声を上げなければ」と、パナイ・エラング(Panai Erang)氏は話す。ペナン族出身の55歳の同氏は、表立ってプロジェクト抗
議活動を行っている村長の1人だ。
◆エネルギー開発の意義
バラム川のダム建設は、サラワクの経済発展を担う重要なプロジェクトの一部である。
南シナ海に面するボルネオ島は、北部のマレーシア領サラワク州とサバ州、南部のインドネシア領と西部のブルネイ領を合わせて世界第3位の面積を誇る島であり、世界最古の熱帯雨林が広がっている。
島固有のクロヘミガルス(ジャコウネコの1種)やミュラーテナガザルのほか、6種類のサイチョウなどの絶滅危惧種が生息している。また、バラム川の上流では2012年11月、非常にまれなボルネオヤマネコも目撃されているという。
サラワクの固有種は植物8千種、動物2万種にも及んでおり、世界最大級のチョウであるアカエリトリバネアゲハも含まれている。
だが、豊かな自然環境に恵まれている一方で、サラワクの経済は他の州に遅れを取っている。急速に発展しているマレー半島の各州や首都クアラルンプールとの海による隔たりが埋められず、経済格差が広がっている。
その現状を打開するため、「サラワクを2020年までに工業化する」という目的を掲げたプロジェクトがSCOREなのだ。
計画では、2030年までにサラワクの経済規模を5倍に拡大、雇用機会を増やして人口を460万人に倍増させる予定だという。
しかし、2013年1月にロン・ラマ市で抗議活動を行ったペナン族のパナイ・エラング氏は、「工業化で自分たちの生活が豊かになるとは考えにくい」と言う。
同氏は、サラワク中央部のスンガイ・アサップ(Sungai Asap)という街も訪れた。巨大ダム建設プロジェクトの足掛かりとなったバクン・ダム建設によって住む場所を追われた1万人の先住民が、この街に移り住んでいる。
強制退去は1990年代後半に開始、現地での建設作業は10年以上も続いた。総出力は2400メガワットを予定。2011年に操業が一部開始され、中国を除くと、アジアでも最大規模の水力発電ダムとして機能している。
「しかし、移住者への補償は不十分だ。標準以下の家屋と養分に乏しい農地しか与えられていない。バクンに戻り、ダム湖で水上生活を送っている人もいる」とエラング氏は話す。
エラング氏は、自分の村の住民たちも同じ境遇におちいるのではないかと危惧している。政府の規制で少数民族の市民権取得が難しくなっているため、村民の多くは「MyKad」というマレーシアの身分証明書を持っていない。
先祖代々住んできた場所を追われ市街地に移り住むことになると、投票権がないことに加え、就業機会も失われる。
「こんな開発は誰も望んでいない」と、バラム川の下流に住むクニャー族のサロモン・ガウ(Salomon Gau)氏(48歳)は憤った。「巨大なダムは必要ない。もっと小規模で、
環境に優しい発電施設をわれわれは求めている」。
(写真)マレーシア、ボルネオ島北部のサラワク州にあるロング・ナピール(Long
Napir)村は、州全体で進められている巨大ダム建設計画の影響を受ける可能性が高い地域の1つだ。
巨大ダム「バクン・ダム」が完成した際には、1万人の地元住民が住む場所を追われることとなる。 Photograph by Yvan Cohen, LightRocket/Getty Images (ナショナルジオ グラフィック)
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