水源連の最新ニュース
ダムの治水効果の幻想
カテゴリー:
手持ち資料と最新データを使って、「ダムの治水効果の幻想」をスライド形式の報告でまとめました。
その報告を水源連のHPにアップしました。ダムの治水効果の幻想 2022年12月
その主な内容を下記に記しますので、長文ですが、お読みいただきたいと存じます。
スライドとの対応をスライド番号№で示しましたので、詳しい内容はスライドを見ていただきたいと思います。
今回の報告「ダムの治水効果の幻想」は次の三つで構成されています。
Ⅰ ダム偏重の河川行政が引き起こした鬼怒川水害、鬼怒川下流ではダムの治水効果は減衰していた
Ⅱ 2019年10月の台風19号で八ツ場ダムが利根川の氾濫を防いだという話は本当か?
Ⅲ ダム緊急放流の下流への影響は? 2022年9月の市房ダム(球磨川)緊急放流の下流への影響を検証する
Ⅰ ダム偏重の河川行政が引き起こした鬼怒川水害、鬼怒川下流ではダムの治水効果が減衰していた(スライド№2~23)
(1)2015年9月の鬼怒川下流の大氾濫(スライド№2)
2015年9月の「関東・東北豪雨」で鬼怒川下流部が大氾濫し、茨城県常総市などで多くの住宅等が全壊や大規模半壊などの被害を受けました。災害関連死と認定された12人を含む14人が死亡しました。
(2)鬼怒川ではダム優先の河川事業が行われてきた(スライド№3~5)
鬼怒川では上流部に治水目的がある大型ダムが4基もあり、鬼怒川上流では屋上屋を架すように大型ダムが建設されてきました。最新の湯西川ダムは2012年に完成したばかりです。
4ダムの治水容量は八ツ場ダムの治水容量6,500万㎥の約2倍もあり、2015年の洪水ではルール通りの洪水調節が行われました。しかも、鬼怒川では4ダムの集水面積が全流域面積の1/3を占めています。
しかし、鬼怒川下流では堤防が決壊し、大規模な溢水がありました。ダムでは流域住民の安全を守ることができませんでした。
(3)国交省の報告書の数字を使って、2015年9月洪水における鬼怒川下流部でのダムの治水効果を検証する(スライド№6~10)
国交省の計算値を使って検証すると、上流4ダムの洪水調節は下流部では洪水ピーク流量4,180㎥/秒を4,000㎥/秒へ、約180㎥/秒、すなわち、5%弱引き下げただけでした。
一方、ダム地点の洪水ピークの削減量は2,000㎥/秒以上ありました。
このように、上流4ダムによる削減効果は下流では1/10以下へ低減していました。
(4)ダムによる洪水ピークの削減量が下流で激減する理由(スライド№11~13)
ダムによる洪水ピークの削減量が下流で激減する理由は次の二つが考えられます。
- ダム地点の洪水ピークと下流部の洪水ピークの時間的なずれ
② 勾配がゆるい河道では河道での貯留効果が働いてピークの突出が小さくなり、ダム地点のピークカット量の効果も小さくなる
(5)2015年9月洪水では鬼怒川水系4ダムの一つ、川治ダムで緊急放流の危険性もあった(スライド№14~15)
2015年9月洪水では鬼怒川水系4ダムの一つ、川治ダムで緊急放流の危険性があって、日光市藤原地区の約140戸が一時避難しました。
(6)鬼怒川ではダム偏重の河川行政が行われ、河川改修がなおざりにされてきた(スライド№16)
近年では湯西川ダムに巨額の河川予算(1,840億円)が投入される一方で、河川改修の予算は毎年度10億円程度にとどめられてきました。
(7)鬼怒川氾濫は25㎞付近の大規模溢水と21㎞地点の決壊で起きた(スライド№17~20)
鬼怒川下流部の氾濫は若宮戸での大規模溢水(25.35km地点と24.75km地点)、上三坂の決壊(21km地点)で引き起こされました。
(8)鬼怒川水害訴訟(スライド№21~23)
2018年8月7日、国を被告として、住民らが「鬼怒川水害」国家賠償請求訴訟を提訴しました。
2022年7月22日、茨城県常総市の鬼怒川水害訴訟において国の責任を認める判決が水戸地裁でありました。水害裁判で国に賠償を命じる判決は極めて異例で、画期的でした。
しかし、上三坂の堤防決壊については国の瑕疵を認めておらず、このことについては全く合点がいかない判決でした。
原告の一部と国は2022年8月4日、国の責任を一部認めた水戸地裁判決を不服として東京高裁に控訴しました。東京高裁に舞台を移して、裁判での新たな闘いが始まりました。
Ⅱ 2019年10月の台風19号で八ツ場ダムが 利根川の氾濫を防いだという話は本当か?(スライド№24~33)
2019年10月の台風19号で試験湛水中の八ツ場ダムが利根川の氾濫を防いだという話が一部報道されましたが、それは事実でしょうか?
(1)八ツ場ダム治水効果の推測計算 利根川中流部の最高水位を17㎝下げただけ(スライド№24~32)
この洪水の八ツ場ダムの治水効果については国交省が計算結果を示していないので、国交省の過去の報告書のデータを使って本洪水への八ツ場ダムの効果を推測計算しました。
2019年10月から試験湛水が始まった八ツ場ダムでは、貯水量が10月12日9時から13日6時までに7,500万㎥も一挙に増加しました。そのことから、八ツ場ダムが大きな役割を果たした話が出回ったのですが、事実はどうでしょうか?
まず、2019年10月台風19号で、利根川中流部の最高水位は9.67mまで上昇し、計画高水位9.90mに近づきましたが、堤防高に対してまだ余裕があり、氾濫するような状況ではありませんでした。
国交省が2009年に行った詳細な計算結果によれば、栗橋の近傍地点(江戸川上流端)での八ツ場ダムの洪水最大流量の削減率は50年に1回から100年に1回の洪水規模では3%程度です。2019年10月台風19号洪水は50~100年の規模の洪水と考えられるので、この3%の削減率を使って、八ツ場ダムがない場合の本洪水の最高水位を計算します。
このデータから八ツ場ダムがない場合の本洪水の最高水位を推測計算すると、9.84mになります。
実績の9.67mより17㎝高くなりますが、堤防高との差は2m以上あり、八ツ場ダムがなくても、氾濫するような状況ではありませんでした。
このように、2019年10月の台風19号で八ツ場ダムが利根川の氾濫を防いだという話はフェイクニュースにすぎません。
利根川の水位が計画高水位の近くまで上昇した重要な要因として、適宜実施すべき河床掘削作業が十分に行われず、そのために利根川中流部の河床が上昇してきていることがあります。
(2)国交省による本洪水の八ツ場ダムの治水効果は未検証(スライド№33)
国交省は本洪水について7ダムの治水効果として八斗島地点で約1mの水位低下があったと発表しましたが、各ダムの効果は未検証としており、八ツ場ダムの効果も示していません。
Ⅲ ダム緊急放流の下流への影響は? 2022年9月の市房ダム(球磨川)の緊急放流を検証する(スライド№34~37)
上述の通り、鬼怒川水系4ダムと八ツ場ダムの例から見て、ダムの治水効果というものはダムの近くではあっても、下流に行くにつれて、次第に減衰し、ダムからの距離が大きくなると、かなり小さくなっています。
このことの裏返しの現象として、ダムの緊急放流の影響も下流に行くにつれて次第に小さくなっていくと考えられます。
(1)2022年9月中旬の台風14号における市房ダムの緊急放流(スライド№35)
2022年9月中旬の台風14号に伴う大雨により、球磨川の市房ダム(熊本県)で9月19日3時から緊急放流が2時間行われました。
(2)ダムの緊急放流の影響も下流に行くにつれて減衰(スライド№36~37)
この緊急放流の下流への影響がどうであったかを実績データで見ると、市房ダムより約9㎞下流の約24下流の一武(いちぶ)地点では市房ダム緊急放流による流量増加の傾向そのものが見られなくなっています。
下流でのダムの治水効果減衰の裏返しの現象として、ダムの緊急放流の影響も下流に行くにつれて次第に小さくなっていました。
Ⅳ 「ダムの治水効果の幻想」小括(スライド№38)
(1) 利根川水系鬼怒川では上流部に4基の大型ダムを建設するダム偏重の河川行政が進められてきました。2015年9月の鬼怒川水害では上流ダム群の治水効果は下流では大きく減衰しており、改修がなおざりにされてきた下流部で大氾濫が起きました。
(2) 2019年10月の台風19号で試験湛水中の八ツ場ダムが利根川の氾濫を防いだという話が一部報道されましたが、国交省の過去の報告書のデータを使って推計すると、利根川中流部に対する本洪水の八ツ場ダムの水位低減効果は小さなものでした。また、利根川中流部は当時、氾濫するような状況ではありませんでした。
(3) 2022年9月の市房ダム(球磨川)の緊急放流による下流への影響を国交省等のデータで検証すると、約24km下流の一武地点では市房ダム緊急放流に流量増加の傾向そのものは見られなくなっていました。ダムの治水効果減衰の裏返しの現象として、ダムの緊急放流の影響も下流に行くにつれて次第に小さくなると考えられます。
もちろん、ダムの緊急放流はダム下流の住民にとって恐ろしい現象ですので、その問題は別稿で述べることにします。
耐越水堤防の経過と現状 「耐越水堤防工法の実施を河川管理者に働きかけよう」
カテゴリー:
手持ち資料と最新データを使って、耐越水堤防の経過と現状(封印が解かれつつある耐越水堤防工法)をスライド形式の報告でまとめました。
その報告を水源連のHPにアップしました。耐越水堤防の経過と現状(封印が解かれつつある耐越水堤防工法)2022年12月
詳細はそのスライドで説明しております。
その主な内容を下記に記しますので、長文ですが、お読みいただきたいと存じます。
スライドとの対応をスライド番号№で示しましたので、詳しい内容はスライドを見ていただきたいと思います。
耐越水堤防の経過と現状(封印が解かれつつある耐越水堤防工法)
耐越水堤防は比較的安価な費用で堤防を強化し、洪水時の越水による破堤を防ぐ工法です。
建設省土木研究所での耐越水堤防に関する実験結果を踏まえて、一級水系の河川で、耐越水堤防の施工が1980年代の後半からほんの一部の河川で実施されるようになりました。
しかし、国交省は2000年代になって川辺川ダム等のダム建設設推進の障壁になると考え、耐越水堤防の普及にストップをかけ、耐越水堤防工法は長らく実施されませんでした。
その後、耐越水堤防工法は20年間近く封印されてきたが、2019年10月の台風19号水害で破堤した千曲川の穂保(ほやす)(長野市)などで耐越水堤防工法が導入され、封印が解かれつつあります。
Ⅰ 比較的低コストの耐越水堤防工法(スライド№3~7)
耐越水堤防の工法はいくつかの種類がありますが、代表的な工法は川裏法面(河川とは裏側の法面)を連接ブロックと遮水シートなどで強化し、越水が起きても破堤しないようにする工法です。
堤防1メートルあたり100万円程度で導入が可能で、スーパー堤防(堤防1メートルあたり5000万円程度の例もある)と比べると、はるかに安上がりです。
Ⅱ 耐越水堤防の始まり(スライド№8~16)
旧・建設省土木研究所が「洪水が越水しても簡単には決壊しない堤防」(耐越水堤防)の工法を1975年から1984年にかけて研究開発し、建設省が一級河川の一部で1980年代の後半から耐越水堤防を実施しました。
建設省が耐越水堤防の普及を図るため、2000年3月に「河川堤防設計指針(第3稿)」を発行し、関係機関に通知しました。
耐越水堤防(フロンティア堤防、アーマーレビー(鎧型堤防))は全国の9河川で実施されました(施工開始時期 1988~1998年度)。
Ⅲ ダム推進のために消えた耐越水堤防工法(1)川辺川ダム住民討論集会(2001年12月)の直後 (スライド№17~20)
耐越水堤防が国交省の公式文書から退場したのは、2001年12月の川辺川ダム住民討論集会の直後のことです。住民側は「フロンティア堤防計画を実施すれば、八代地区で球磨川は氾濫せず、川辺川ダムは不要」と指摘しました。
集会で、住民側がは情報公開請求による開示資料を基に、「フロンティア堤防計画を実施すれば、八代地区で球磨川は氾濫せず、川辺川ダムは不要」と指摘しました。
耐越水堤防の存在がダム推進の妨げになると考えた国交省は、2002年7月12日 河川局治水課長から各地方整備局河川部長あてに「河川堤防の設計について」を通達し、「河川堤防設計指針(第3稿)」は廃止する旨を通知しました。
代わって通知された「河川堤防設計指針 2002年7月12日」は耐越水堤防に関する記述が一切消えていました。
なお、熊本県では球磨川水系での川辺川ダムの建設の是非が住民討論集会等で、争われてきました。川辺川ダムは2020年7月の熊本豪雨のあと、「流水型川辺川ダム」という衣をまとって、再登場し、2035年度完成予定で、事業が始まろうとしていますが、ダムの必要性は相変わらず希薄です。
Ⅳ ダム推進のために消えた耐越水堤防工法(2)土木学会からの報告(2008年10月27日)(スライド№21~28)
淀川水系流域委員会は2008年4月の意見書を提出し、淀川水系5基のダム計画中止と耐越水堤防への強化対策を求めました。
国交省・淀川河川事務所は耐越水堤防の実用性を否定することを目的にして、土木学会へ耐越水堤防の技術的評価を委託しました(2008年8月29日)。
同年10月に土木学会から「耐越水堤防整備の技術的実現性の見解」が報告されましたが、その内容は「被覆型工法は耐侵食性、耐候性、耐震性等の長期にわたる実効性が未だ明らかではなく、維持管理上の観点から、現時点での被覆型による越水許容の実現性は乏しい。」というもので、耐越水堤防の実用性を全面否定する報告でした。
なお、淀川水系流域委員会が2008年に中止を求めた5基のダム計画のうち、丹生ダムと余野川ダムは中止されましたが、天ケ瀬ダム再開発と川上ダムは推進されました。そして、大戸川(だいどがわ)ダムは2019年に三日月大造・滋賀県知事がダム推進に変わり、2020年に事業凍結が解除されました。
Ⅴ 耐越水堤防の一部凍結解除(1)2019年10月に大氾濫した千曲川で実施 北陸地方整備局 (スライド№29~31)
国土交通省北陸地方整備局は2019年10月の台風19号水害で大氾濫した千曲川において、決壊した長野市穂保(ほやす)等で耐越水堤防工法を実施しました。
なお、決壊した千曲川の穂保は、千曲川への浅川の合流点付近にあります。浅川ダム(2017年竣工)はその合流点から約14㎞上流にありますが、当時、浅川ダムには洪水がほとんど貯留されず、何の役割も果たしませんでした。浅川ダムの集水面積は15.2㎢で、千曲川の立ケ花地点の流域面積6442㎢の約1/400であり、微々たるものです。浅川ダムの建設に380億円の事業費(国庫補助率50%)が投じられましたが、無意味な治水対策でした。
Ⅵ 耐越水堤防の一部凍結解除(2)国交省が耐越水堤防を一部河川で実施し始めた(スライド№32~35)
国交省は「令和元年台風第19号の被災を踏まえた河川堤防に関する技術検討会」第1回~3回(2020年2月~6月)を開催し、2021年度以降、15河川16箇所で「越水に対して粘り強い堤防」を実施していることを示しました。
裏のり面をコンクリートやブロックで強化する被覆型工法の整備費用は1㍍あたり100~150万円であることを示しました。
国交省が様変わりして、耐越水堤防を一部河川で実施し始めたのは、氾濫が頻発する現状に対応しなければならなくなったこと、河川官僚の代替わりで、従前の膠着した誤った考えが見直されてきたことにあるのではないかと推測します。
今回の国交省の技術検討会の委員のうち、二人は2008年の土木学会からの報告をつくった「耐越水堤防整備の技術的な実現性検討委員会」とダブっています。委員長は同じ人です。2008年の報告は耐越水堤防の全面否定、2020年の答申は耐越水堤防の容認です。同じ人間が180度異なることをよくも言えるものだと、怒りを禁じえません。耐越水堤防の導入の遅れで、命、財産を失った人々がいたかもしれないことを彼らは深く反省すべきだと思います。
Ⅶ 耐越水堤防工法の実施を河川管理者に働きかけよう(スライド№36)
現在の河川は、堤防の高さが確保されたとしても、河道掘削等の遅延により計画規模以下の洪水であっても容易に計画高水位を上回り、さらには越水する可能性を否定することはできない状況となっています。
堤防決壊の7~8割以上は越水による破堤であるので、越水しても簡単に破堤しない堤防に強化することが急務です。
被害の最小化(減災)、特に人的な被害の回避という危機管理上の観点から、必要に応じて越水に対して一定の安全性を有する堤防、耐越水堤防工法を実施する必要があります。
耐越水堤防工法は建設省土木研究所での耐越水堤防に関する実験結果を踏まえて、一級水系の河川で、耐越水堤防の施工がほんの一部の河川で1980年代の後半から実施されるようになりましたが、国交省は2000年代になって川辺川ダム等のダム建設設推進の障壁になると考え、耐越水堤防の普及にストップをかけ、耐越水堤防工法は長らく実施されませんでした。
その後、耐越水堤防工法は20年間近く封印されてきたが、2019年10月の台風19号水害で破堤した千曲川などで耐越水堤防工法が導入され、封印が解かれつつあります。
私たちは国交省等の河川管理者に各河川での耐越水堤防工法の早期実施を働きかけていく必要があります。
以上です。
スーパー堤防事業の虚構
カテゴリー:
スーパー堤防(高規格堤防)の最新状況のデータを国交省から入手しました。
手持ち資料からスーパー堤防の過去の経過を振り返り、最新データも使って、スーパー堤防の問題点をスライド形式の報告でまとめました。
にアップしました。詳細はそのスライドで説明しております。
その主な内容を下記に記しますので、長文ですが、お読みいただきたいと存じます。
スライドとの対応はそのスライド番号を№で示しますので、詳しい内容はスライドを見ていただきたいと思います。
1 スーパー堤防事業の創設と2011年の見直し (スライド№2~6)
スーパー堤防(高規格堤防)とは堤防の裏のり面(河川側ではないのり面)の幅を計画堤防高の30倍にして(通常の堤防は2倍以上)、頑丈な堤防をつくろうというものです。
この事業の創設は1987年度になります。当初の計画は江戸川の全部、利根川、荒川、多摩川、淀川、大和川の河口部から中流部までの堤防の全部をスーパー堤防にしようというものでした。
利根川 363km、江戸川 121km、荒川 174km、多摩川 83km、淀川 89km、大和川 44km、合計873kmの距離のスーパー堤防を整備することになっていました。(スライド№3~4)
当初は国交省にとって陰りが見えてきたダム建設事業に代わって、巨額の公費を使う一大河川事業としてスーパー堤防事業が考えられたようです。
しかし、当初のスーパー堤防整備計画はだれが見ても、実現性が全くなく、荒唐無稽の計画でした。
その後、2010年の行政刷新会議の事業仕分けで、「高規格堤防整備事業は事業廃止」の判定が出ました。(スライド№2)
それに対して、国交省が巻き返しを図り、整備距離を873㎞から119㎞に縮小してスーパー堤防事業を存続させることになりました。(スライド№5~6)
見直し後の計画は利根川 0km、江戸川下流部 22km、荒川下流部 52km、多摩川下流部 12km、淀川下流部 23km、大和川下流部 7kmの距離の整備を進めていこうというもので、大幅に縮小されました。
2 スーパー堤防整備の現状(あまりにも遅い進捗状況) (スライド№7~14)
その後、見直し後の計画に沿って整備が進められることになりましたが、現実はその歩みはあまりにも遅く、ほんの少しだけ進んだだけです。(スライド№7~8)
そして、整備が一応終わったところを見ると、用地買収等の問題があって、堤防高さの30倍の堤防幅が確保されたところは一部しかないところが多いのが現状です。(スライド№9)
2022年4月段階で整備済みのスーパー堤防で1:30の基本断面形状が確保された距離を取り出して集計すると、江戸川下流部 680m、荒川下流部 730m、多摩川下流部 1675mです。
上記見直し後の整備計画の整備距離数に対する比率を見ると、江戸川下流部は3.1%、荒川下流部は1.4%、多摩川下流部は11%しかありません。(スライド№10~13)
これを事業開始後20年経過しての進捗率と仮定すれば、見直し後の整備計画の整備距離通りの整備を終えるためには、江戸川下流部は650年、荒川下流部は1400年、多摩川下流部は180年必要ということになります。(スライド№14)
スーパー堤防の整備は気が遠くなるような年数を経ないと、終了しないことになります。
3 スーパー堤防の整備が遅々として進まない理由 (スライド№15~20)
スーパー堤防の整備が遅々として進まない理由はいくつかあります。
(1)人々が住んでいる場所に堤防をつくるという手法そのものに無理がある。 (スライド№16~20)
① 区画整理や再開発などのまちづくり事業が先行しないと、進められず、国交省自体が整備スケジュールを示すことができないケースが多いです。(スライド№16)
➁ 現住居を終の棲家として余生を送るとしてきた人たちを強制的に追い立てる問題を引き起こすことがあります。(スライド№17~20)
江戸川下流部の北小岩一丁目高規格堤防の整備では住民の一部に対して強制収用が行われました。
これに対して事業の差し止めを求めて、江戸川区の住民4人が提訴し、2011年11月から第一次、第二次、第三次の訴訟が行われ、裁判での闘いが展開されました。
2020年10月に最高裁判所から上告棄却の決定が出て、このスーパー堤防差し止め裁判は終わりになりましたが、この一連の裁判によって、スーパー堤防事業とは何と愚かな治水対策であるかが明らかになりました。
(2)スーパー堤防の整備は巨額の費用が必要 (スライド№21~22)
スーパー堤防の整備費用は関連事業(土地区画整理事業や道路、緑地、都公園事業など)の含め方によって差があり、一般的な整備費用を示すことが難しいですが、江戸川下流部の二つの事業は次の通りでした。
- 北小岩一丁目の高規格堤防(整備距離120m):区と国で約64億円(高規格堤防整備、土地区画整理事業)
- 篠崎公園地区の高規格堤防(整備距離 420m):区と国で約234億円(高規格堤防整備、土地区画整理、道路、緑地、都公園事業)(※朝日新聞東京版2016年3月21日の記事による。)
この二つの例についてスーパー堤防の整備単価を求めると、北小岩一丁目は 整備距離1mあたり5,300万円、篠崎公園地区は1mあたり5,600万円です。
1mあたり5,000万円として、江戸川下流部について計画通りの整備を終えるのに必要な費用を単純計算すると、江戸川下流部は約1兆円にもなり、費用の面でもスーパー堤防の整備は現実性があるとは思われません。
4 現在のスーパー堤防は避難場所にもならない (スライド№23)
行政は、スーパー堤防は一部しかできていなくても、「その敷地を一時的な高台避難地として活用することが可能となる」と述べているが、現実を踏まえない机上の話に過ぎません。
① 「点」の整備しかできていないスーパー堤防は一時的な高台避難地にもなりません。超過洪水が発生した場合、周辺は通常堤防であるから、越水・決壊の危険に晒されています。わざわざ、江戸川等の大河川に面する長さがわずかな距離のスーパー堤防の上に避難しようする人がいるはずがありません。
② スーパー堤防の用地は大半が住宅地であり、災害時とはいえ、一般の人が個人の住宅地の中に入ることはできないから、高台避難地になるはずがありません。
③ 避難住民のためのトイレ等の避難施設が何も用意されていないところが避難地になるはずがありません。
以上の通り、遅々として進まず、治水対策の役目を果たさないスーパー堤防整備事業、公費を浪費するだけで、関係住民の生活に大きな影響を与えることがあるスーパー堤防整備事業は早急に終止符を打つべきです。
球磨川の市房ダムの基本的な問題点
カテゴリー:
10月21日、球磨川流域の市民団体が、9月の台風14号に伴う大雨で水位が上昇した県営市房ダムの危険性や、流水型川辺川ダムの環境への影響について見解を示すように、熊本県に申し入れを行いました。その記事を掲載します。
市房ダムの基本的な問題点をあらためて下記に整理しておきます。
市房ダム、危険性説明を 市民団体が県に申し入れ
(熊本日日新聞 2022年10月24日 10:57) https://kumanichi.com/articles/833328
県営市房ダムの危険性や流水型ダムの環境への影響を示すよう県に申し入れる市民団体=21日、県庁
人吉市の「清流球磨川・川辺川を未来に手渡す流域郡市民の会」など3市民団体は21日、9月の台風14号に伴う大雨で水位が上昇した県営市房ダム(水上村)の危険性や、国が建設を計画する流水型ダムの環境への影響について見解を示すよう、県に申し入れた。
市房ダムによる洪水調節で、大雨時に多良木地点で約0・9メートル、人吉地点で約0・2メートル水位を下げたとする県の説明に対し、「効果ばかり言っているが、ダムが満水になって放流量が流入量を上回った場合のリスクについても説明すべきだ」と指摘した。
台風後、球磨川流域の樅木ダム(八代市泉町)や幸野ダム(湯前町)下流では水の透視度が低かったとする調査結果を示して「ダムは大量の土砂や粘土をため込んで川の濁りを長期化させる」と主張し、流水型ダムが「清流を守る」とする根拠の説明も求めた。(元村彩)
市房ダムの基本的な問題点
(1)球磨川の洪水位の低減に対する寄与はかなり小さい
今年9月中旬の台風14号に伴う大雨により、市房ダムで9月19日3時から緊急放流が行われました。
下記のグラフは国交省と熊本県のデータを使って、市房ダムの流入量・放流量、および市房ダム下流の球磨川の当時の水位の時間変化を見たものです。、
市房ダムより約9㎞下流の球磨川・多良木地点では、緊急放流の影響で5時頃に水位が少し上がりましたが、
中流の人吉地点では、緊急放流の影響は明確ではなく、むしろ球磨川流域の降雨によって、水位がかなり上昇しました。
このように流域面積が小さい市房ダムの球磨川への影響は元々小さなものであって、人吉あたりではその治水効果をほとんど期待できません。市房ダムは、球磨川の洪水位低減に対する寄与はかなり小さいダムなのです。
(西日本新聞2020/8/12)
2022年9月18~19日の球磨川の観測水位と市房ダムの流入・放流量の時間変化 (国交省と熊本県のデータを使って作成)
流域面積 市房ダム158㎢ 多良木250㎢ 人吉1137㎢ (市房ダムは河口から約93㎞)
(2)緊急放流時のダム直下での氾濫が心配される市房ダム
市房ダムはむしろ、緊急放流時のダム直下での氾濫が心配されるダムです。
2020年7月の熊本県の球磨川豪雨では、熊本県営市房ダムが緊急放流寸前のところまでいきました。
その様子を記録した管理所長のメモの内容を伝える記事があります。https://suigenren.jp/news/2021/07/04/14774/
「やばい…280m超える」寸前で回避された緊急放流、緊迫の所長メモが歴史公文書に
(読売新聞2021/06/29)
この記事を読むと、市房ダムは、線状降水帯の停滞がもう少し長ければ、洪水のさなかに水害の危険性を高める緊急放流せざるをえなかったことがわかります。
熊本県は2022年6月から、球磨川上流の県営市房ダムについて、降雨によってダムの貯水容量が半分ほどになった段階で新たに警戒情報を出し、緊急放流せざるを得なくなる事態に備えて、下流域の住民に早めの避難行動を促す運用を始めると発表しました。https://suigenren.jp/news/2022/05/30/16290/
しかし、下流を水害から守るために設置されたはずのダムによって、下流住民はダムからの緊急放流に備えて避難行動をしなければならなくなったのですから、まったくおかしな話です。
ダムがなければ、ダムを前提としない河川改修が行われてきたはずですが、ダムがあるためにそれが行われないため、下流住民は危険にさらされるのです。ダムを前提とした河川行政に終止符を打つべきです。
(3)市房ダムの環境への影響(ダム下流河床の軟岩露出)
下記の写真は15年以上前の写真ですが、市房ダム下流の球磨川の河床を撮影したものです。市房ダムによって土砂の供給が遮られたため、市房ダム下流の河床は侵食が進んで、軟岩が露出しており、河川環境が悪化しています。ダムによる軟岩露出は、河床掘削による軟岩露出とは異なり、土砂の供給そのものを永続的に大幅にカットしてしまうから、何年経っても軟岩の上に砂礫が堆積していくことはありません。市房ダムができてから、軟岩が露出した状態が続いているのです。
なお、市房ダムは1970年3月完成で、貯水容量4020万㎥、発電容量2880万㎥、洪水調節容量630~1830万㎥のダムです。
計画堆砂量510万㎥に対して2019年度末の実績堆砂量が499万㎥にもなっています(国交省の開示資料による)。
市房ダムは2022年8月策定の球磨川水系河川整備計画により、再開発が計画されていますが、上記(1)、(2)、(3)の基本的な問題点を踏まえれば、むしろ撤去を計画すべきダムなのです。
多摩川の治水計画見直しへ 計画洪水流量をはるかに超えた2019年台風19号洪水
カテゴリー:
東京都、神奈川県を流れる多摩川の治水計画についての記事が掲載されました。
2019年10月の台風19号で、多摩川中流部の洪水ピーク流量が計画値を上回ったことから、治水計画の見直しが行われるという記事です。
この記事は、下記の「第3回多摩川河川整備計画有識者会議(令和4年10月3日)」の資料3をベースにしています。
資料3の一部を下記に貼り付けておきます。
驚かされるのは、この洪水では中流部のピーク流量(石原地点)が最大7000㎥/秒になり、多摩川の河川整備計画の河道目標流量4500㎥/秒(戦後最大洪水を想定)をはるかに上回り、200年に1回の洪水を想定した河川整備基本方針の計画高水流量6500㎥/秒をも超えたことです。多摩川の河川整備基本方針と河川整備計画の流量配分図を末尾に示します。
河川整備基本方針では石原地点の基本高水流量は8700㎥/秒で、洪水調節施設で6500㎥/秒に下げることになっていますが、その洪水調節施設については基本方針に「なお、 2,200m /sec3にに見合った洪水調節施設の具体的な施設については、さらに、詳細な技術的、社会的、経済的見地から検討した上で決定する」と書かれているだけで、具体的な計画はありません(https://www.mlit.go.jp/river/basic_info/jigyo_keikaku/gaiyou/seibi/pdf/tama-2.pdf)。なお、上流にある小河内ダムは東京都の水道用の貯水池であって、治水機能はありません。
このように、主に東京都を流れる多摩川の治水計画でも現実の洪水に対応できないものになっており、国等が策定している治水計画とは一体何なのかと思わざるをえません。
石木ダム等のダム事業の推進では錦の御旗として掲げられる河川整備計画が本当にとこまで意味があるのかを問い直すことが必要だと思います。
【補】台風19号の多摩川氾濫の被害(東京新聞2020年9月30日 https://www.tokyo-np.co.jp/article/58674 )
都側の左岸では、東急田園都市線二子玉川駅に近い世田谷区玉川で溢水が発生。周辺の0.7ヘクタールで家屋約40戸が浸水するなど、世田谷、大田両区で計約1万7000人が避難した。
右岸の川崎市でも支流の平瀬川が氾濫し、高津区のマンション1階の住民男性が水死。市内では計3カ所で計25ヘクタールの浸水被害が発生した。川崎市市民ミュージアム(中原区)は地下収蔵庫が水没し、収蔵品が大きな被害を受けた。
多摩川の治水計画見直しへ 想定超の流量、温暖化も考慮
東日本台風の被害を教訓とした緊急対策で、しゅんせつや河道の掘削、樹木の伐採などが進む多摩川=川崎市幸区
記録的豪雨となった2019年10月の台風19号(東日本台風)で、増水した多摩川のピーク流量が中流部で毎秒7千立方メートル(推定値)に上り、国の治水計画の想定値を上回っていたことが、国土交通省京浜河川事務所の試算で分かった。同台風では川崎市や東京都世田谷区などで深刻な水害が起きただけに、国交省は既存の計画に基づいて河川改修を進めても、気候変動で今後さらに激しさを増す雨を安全に流せないと判断。治水計画を見直し、抜本的な対策を検討する考えだ。
流量の試算結果は、今月3日に開かれた多摩川河川整備計画有識者会議で報告された。公表まで3年近くを要した理由について、同事務所は「慎重に検討したため」と説明した。
東日本台風が伊豆半島へ上陸した19年10月12日を中心に、多摩川の上流部では観測史上最多の雨量を記録。激流によって中流部の水位計は流失した。そのためピーク時の詳細な水位を把握できていなかったが、流されずに残っていた予備の水位計の記録を基に当時の流量を試算したという。
国交省関東地方整備局
第3回多摩川河川整備計画有識者会議(令和4年10月3日)https://www.ktr.mlit.go.jp/river/shihon/river_shihon00000456.html
会議資料
1.資料目録 2.議事次第 3.委員名簿 4.座席表 5.資料-1 多摩川河川整備計画有識者会議規則 6.資料-2 多摩川河川整備計画有識者会議運営要領
7.資料-3 令和元年東日本台風(台風第19号)を踏まえた対応についてhttps://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000840783.pdf
多摩川水系河川整備計画【直轄管理区間編】平成13年3月(平成29年3月変更) https://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000669666.pdf
戦後最大規模の洪水を安全に流すことを目標とする。(戦後最大規模の洪水とは、多摩川では昭和 49 年9月の台風 16 号、浅川では、昭和 57 年9月の台風 18 号を指す。)
多摩川水系河川整備基本方針 https://www.mlit.go.jp/river/basic_info/jigyo_keikaku/gaiyou/seibi/pdf/tama-1.pdf
https://www.mlit.go.jp/river/basic_info/jigyo_keikaku/gaiyou/seibi/pdf/tama-2.pdf
①多摩川は、首都圏の中枢部を流れており、その氾濫区域内には、首都機能を確保するための大動脈となる港湾、鉄道、国道及び空港等が多数存在しており、その重要度等を考慮して、計画の規模を1/200と設定