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台風19号の堤防決壊は防げた?実績ある対策を「封印」した国交省の大罪

2019年12月3日
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ジャーナリストの岡田幹治さんが書かれた台風19号水害に関する論考を掲載します。今後の河川行政のあり方を問う重要な論考です。

 

台風19号の堤防決壊は防げた?実績ある対策を「封印」した国交省の大罪

(ジャーナリスト 岡田幹治)

(ダイヤモンド・オンライン2019/12/0312/3(火) 6:01配信) https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191203-00222215-diamond-bus_all&p=1

(写真)台風19号で決壊した千曲川の堤防

平成以降で最大級の被害をもたらした台風19号災害の特徴は、多数の河川で堤防が決壊したことだ。決壊は7県で71河川140カ所に達し、氾濫した濁流が人や街をのみ込んだ。

なぜ堤防は決壊したのか。

台風が猛烈な強さだったため大量の雨を広範囲に降らせたことが最大の原因だが、国土交通省の河川政策の誤りを指摘する声も出ている。

比較的安価な堤防の決壊防止方法が開発され、一部の河川で施工され、実績も上げているのに、ダム建設などの邪魔になるといった理由で「封印」したというのだ。

● 安価な「耐越水堤防」 建設を2年でストップ

10月12日に静岡県に上陸し、東日本を縦断した台風19号は、死者・行方不明者101人、住宅浸水(床上・床下)約4万3200戸(=消防庁発表、12月2日現在)という大きな被害をもたらした。
被災地では今も、多くの人たちが生活となりわいの基盤を失ったままだ。

堤防決壊の原因で最も多いのは、大雨で川の流量が増え、堤防を越えてあふれる「越水」によるものだ。

土で出来ている堤防は水に浸食されやすいため、堤防の川側の斜面(表のり)はブロックなどで覆っている。しかし、陸側の斜面(裏のり)には何の対策も施されていないので、あふれ出た水が裏のりを洗掘して崩し、堤防の崩壊(破堤)につながる。

この弱点をなくすため、建設省(国交省の前身)の土木研究所が開発したのが、「耐越水堤防」だ。

従来の堤防に手を加え、越水しても堤防は陸側から浸食されにくいように、「裏のり」を遮蔽シートやブロックなどで覆って強化し、「堤防の最上部(天端〈てんば〉)」と「裏のりの最下部(のり尻)」も洗掘されないようにするものだ。

「アーマー・レビー(よろいをまとった堤防)」「フロンティア(最先端)堤防」などと呼ばれるこの堤防強化工法は、1988~98年に、加古川(兵庫県加古川市、7.2キロメートル)や那珂川(茨城県水戸市・ひたちなか市・那珂市、9.0キロメートル)など9河川で施工された。

堤防を強化するには、堤防のかさ上げという方法もあるが、裏のりの幅を広げる必要があり、用地買収などに費用も時間もかかる。それに対し、耐越水堤防は比較的安価にすぐに実施できるのが利点だった。

建設省は全国的な普及をめざし、2000年3月、設計方法を記した「河川堤防設計指針」(第3稿)を策定し、全国の地方建設局や都道府県に通達した。

ところが、わずか2年後の2002年7月、この設計指針は廃止される。

これで耐越水堤防は国が認めない工法となり、普及は止まった。

● ダムやスーパー堤防建設の 根拠がなくなるのを恐れた?

国交省はなぜ態度を急変させたのか。

当時、川辺川ダム(熊本県)の建設をめぐって住民討論集会が開かれており、ダム反対派が「耐越水堤防にすれば、大雨が降っても堤防は決壊しないから、洪水を防ぐためのダム建設は不要になる」と主張していた。

このため、耐越水堤防はダム推進の邪魔になると判断したと考えられている。

それから約20年がたったが、かつて建設された耐越水堤防は成果をあげている。

石崎勝義(いしざきかつよし)・旧建設省土木研究所次長が昨年3月、加古川の耐越水堤防を視察して調べたところ、2004年の豪雨でもびくともしなかったという。(石崎勝義『堤防をめぐる不都合な真実』/『科学』2019年12月号)

今年の台風19号では、那珂川で堤防が3カ所で決壊したが、耐越水堤防に強化された箇所は決壊していない。
国交省も堤防強化の必要性を認めており、2015年には、氾濫が発生しても被害を軽くする「危機管理型ハード対策」を打ち出した。しかしその内容は、「アスファルト舗装などによる天端の保護」と「ブロックなどによるのり尻の補強」の二つで、肝心の「裏のりの補強」は含まれていない。

なぜ国交省は今も、耐越水堤防を拒み続けるのか。

長年にわたりダム問題を研究している嶋津暉之(しまづてるゆき)・水源開発問題全国連絡会共同代表は、スーパー堤防(高規格堤防)との関係を指摘する。

スーパー堤防は、堤防の裏のりの勾配をものすごく緩やかにし、裏のりの幅を堤防の高さの30倍に広げて、その上を住宅地や公園にする。国交省はこれを、越水に耐えるただ1つの工法だとして推進している。 耐越水堤防を認めると、スーパー堤防推進の根拠がなくなってしまうことを恐れているというのだ。

石崎氏によれば、耐越水工法は1メートル当たり30万~50万円で施工できる。1メートル50万円としても1キロメートルで5億円、1000キロメートルで5000億円だ。

江戸川の片側のわずか120メートルを整備するだけで40億円以上もかかるスーパー堤防(東京都江戸川区小岩1丁目地区の場合)に比べてケタ違いに安い。

河川事業とダム建設事業を合わせた治水のための年間予算は、約6400億円(国直轄事業と補助事業の合計、2018年度当初予算)もある。ダム建設費を大幅に削って耐越水化に充てれば、数年程度で全国の堤防を強化できる。

石崎氏は、完成から年月がたって沈下した堤防や、川幅が狭くなる場所、本流に支流が合流する地点など、特に危険な部分を急いで強化するだけでも大規模な水害はなくせるとし、地球温暖化が進行し、豪雨や台風が巨大化した今こそ、耐越水堤防を復活すべきだと主張している。

● ダムの洪水予防効果は限定的 中下流地域では不明

ところで、国交省が推進したダムは、水害被害を防止・低減しただろうか。

ダム関係の訴訟をいくつも手掛けた西島和(にしじまいずみ)・弁護士は、「ダムの治水効果は不確実で限定的。しかもダムは時に凶器になる」と話す。河川の上流部に建設されるダムは、集水域に降った雨水を貯水できるだけで、中下流域に降った雨には対応できない。また治水効果はダムから遠ざかるほど減少し、中下流域(平野部)での効果は限られる。

たとえば2015年9月の鬼怒川水害では、上流に国交省管理の大規模ダムが4つもあったにもかかわらず、下流の茨城県常総市で堤防が決壊し、堤防のない箇所からの溢水もあって甚大な被害を生んだ。

今年の台風19号については、国交省関東地方整備局が11月5日、利根川の上流の7つのダムの治水効果(速報)を発表した。

それによると、八ッ場ダム(やんばダム、群馬県長野原町)や下久保ダム(群馬県藤岡市・埼玉県神川町)など7ダム合計で1億4500万立方メートルを貯水した結果、上流と中流の境目にある観測地点(群馬県伊勢崎市八斗島〈やったじま〉)では、水位をダムがない場合に比べて約1メートル下げたと推定されるという。

実際、利根川の水位は八斗島地点では氾濫危険水位を超えなかった。

しかし、中下流域に対する上流ダム群の治水効果は不明だという。利根川中流の観測地点(埼玉県久喜市栗橋)では最高水位が9.67メートル(基準面からの高さ)に達し、一時は氾濫危険水位の8.9メートルを超えた。

ただ、堤防はこの地点では氾濫危険水位より約3メートル高く造られており、氾濫は免れた。氾濫を防いだのは上流のダムではなく、堤防だった。

● 流量調節機能を失う場合も 危険が大きい緊急放流

ダムによる治水では、満杯になると洪水調節の機能を失うというもう一つの欠点がある。

堤防を守るために、流入した水量と同量を放流する「緊急放流」が行われるのだ。だがこの場合、自然界では起こり得ない流量の急上昇が起き、避難が難しい。

たとえば昨年の西日本豪雨では、愛媛県の肱川(ひじかわ)で2つのダムの緊急放流が行われ、西予市と大洲市ですさまじい被害を出した。

今年の台風19号では関東と東北の6つのダムで緊急放流が行われ、幸い水害は起きなかったが、ダム下流の人たちは右往左往させられた。

利根川上流の7ダムでは、下久保ダムが緊急放流の可能性があると関東地方整備局が発表していた。結果的に回避されたが、ダムは一時、ほぼ満杯になっていた。
八ッ場ダムは7500万立方メートルを貯水したが、これは本来の貯水能力を1000万立方メートルも上回る貯水量だった。多目的ダムである同じダムは使用できる容量を、上水道と工業用水のための利水用2500万立方メートル、洪水防止のための治水用6500万立方メートルとしている。

今は本格稼働前に安全性を確認する試験貯水中なので、利水用の容量に大量の空きがあり、治水用の容量を大きく超える貯水ができた。

だが、もし本格運用が始まっており、利水用容量が満杯に近い状態のときに、台風19号級の大雨が降れば、緊急放流が実施される可能性が大きい。想像するだけで恐ろしい事態だ。

● 今後の河川政策に 19号の教訓を生かせ

台風19号災害からどんな教訓を学び、今後の河川政策にどう生かしていくか。嶋津氏は次のように指摘している。

まずダムに対する過大評価をやめることだ。

八ッ場ダムは約6500億円の巨費と地元住民の生活の犠牲という代償を払って建設され、計画から半世紀たって完成したが、いまや水余りの時代になって利水の意義はなくなり、治水の効果も限定的であることが明らかになった。

八ッ場ダムに投じられた約6500億円を耐越水工法などの堤防強化に充てていれば、台風19号による堤防決壊はかなり防げた可能性がある。そう考えると、残念でならない。

今後の治水対策は、今回の災害を公正に検証し、個別の対策については費用・時間・効果を総合的に検討して優先順位をつけて実施していくべきだ。

氾濫防止にすぐに役立つのは、河床の掘削を随時行って河道の維持に努めることと堤防の強化であり、それには耐越水堤防の復活が欠かせない。

(ジャーナリスト 岡田幹治)

利根川上流ダム群の治水効果の発表(関東地方整備局)

2019年11月10日
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関東地方整備局が11月5日に台風19号豪雨に対する利根川上流ダム群の治水効果の速報値を発表しました。
「台風第19号における利根川上流ダム群※の治水効果(速報) ~利根川本川(八斗島地点)の水位を約1メートル低下~」

http://www.ktr.mlit.go.jp/kisha/river_00000474.html
相模川についても次の発表をしました、「台風第19号における相模川上流2ダムの治水効果(速報)~相模川本川(神奈川県厚木地点)の水位を約1.1メートル低下~」http://www.ktr.mlit.go.jp/kisha/river_00000475.html
利根川上流ダム群の治水効果の発表についての記事とニュースを掲載します。

利根川についての発表値は八斗島地点での上流ダム群の治水効果であって、八ッ場ダムをはじめ、各ダム個別の効果は示されていません。
記事によれば、「各ダム個別の治水効果は検証しておらず今後行うかも未定。仮に行う場合でも時間はかかるといい、今回の大雨による治水効果も現段階では「分かっていない」」ということですから、
八ッ場ダムだけの効果はわからないままになりそうです。
しかし、上流ダム群の治水効果は各ダム個別の効果を積み上げて計算されるはずですから、各ダム個別の効果は不明という関東地方整備局の説明は理解できません。
その点で、「八斗島地点の水位を約1メートル低下」という今回の発表にどの程度の根拠があるのか、大いに疑問です。ダムの効果を発表しておかないと、印象が悪いということで、とにかく発表したように思われます。

なお、当方が示した本豪雨における八ッ場ダムの治水効果の推定値は栗橋地点で17㎝の水位低下でした。

「利根川における八ッ場ダムの治水効果について 現時点のコメント」http://suigenren.jp/news/2019/10/14/12424/

八斗島地点と栗橋地点では約50㎞の距離があり、下流に行くほど、ダムの効果が小さくなっていきますので、今回の関東地方整備局の発表値とそのまま比較することは困難です。とりあえず、関東地方整備局の今回の発表の計算根拠資料を開示請求しましたので、その資料が得られたら、可能な範囲で検討してみたいと思います。

台風19号大雨 危険水位超え抑制 7ダムの治水効果を検証 /群馬
(毎日新聞群馬版2019年11月6日)https://mainichi.jp/articles/20191106/ddl/k10/040/116000c

国土交通省関東地方整備局は5日、台風19号による大雨に対する利根川上流ダム群の治水効果の速報値を発表した。大雨でこれらのダムには水が計約1億4500万立方メートル(1立方メートルは1トン)たまったという。その結果、観測基準点のある伊勢崎市八斗島地点での観測最高水位は、これらのダムがないと仮定した場合よりも約1メートル低い約4・1メートルにとどまり、氾濫危険水位4・8メートルを超えなかったとしている。
同ダム群は、矢木沢、奈良俣、藤原、相俣(以上はみなかみ町)、薗原(沼田市)の5ダムに加えて、本格稼働前に安全性を確認するために水をためる「試験湛水(たんすい)」を実施中の八ッ場ダム(長野原町)と藤岡市と埼玉県神川町にまたがる下久保ダム、草木ダム(みどり市)の計8ダムで構成され、今回の調査では草木ダムを除く7ダムの合計の治水効果を検証した。
八ッ場ダムには1億4500万立方メートルの半分以上を占める約7500万立方メートルの水がたまった。同整備局担当者によると、各ダム個別の治水効果は検証しておらず今後行うかも未定。仮に行う場合でも時間はかかるといい、今回の大雨による治水効果も現段階では「分かっていない」と話している。
八ッ場ダムについて赤羽一嘉国土交通相は、先月の参院予算委員会で「試験湛水を開始したばかりで水位が低かったため、予定の容量より多い約7500万立方メートルをためることができた」と説明。このことが下流の氾濫防止の大きな要因になったとの見方を示していた。【西銘研志郎】

台風19号 利根川 7ダム治水効果で水位1m低下
(群馬テレビ2019/11/7(木) 10:51配信) https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191107-00010000-gtv-l10

国土交通省関東地方整備局は、台風19号で八ッ場ダムなど利根川上流の7つのダムの治水効果により、利根川の水位がおよそ1メートル低下したと推定されると発表しました。
国土交通省関東地方整備局は、台風19号で、八ッ場ダムを含む利根川水系の7つのダムが1億4500万立方メートルの水を貯留したと発表しました。利根川の水位は伊勢崎市八斗島地点で最高水位4.1メートルを観測しましたが、関東地方整備局では、ダムが全てないと仮定した場合、およそ1メートル水位が上昇し5.1メートルとなり、氾濫危険水位の4.8メートルを超えていたと見ています。
流域ごとの貯留量はみなかみ町の八木沢、奈良俣など利根川本流域がおよそ3900万立方メートル、八ッ場ダムがおよそ7500万立方メートル、藤岡市の下久保ダムがおよそ3100万立方メートルでした。

台風19号で感じた「先人に感謝」という言葉の耐えられない軽さ 「八ッ場ダムの奇跡」は権力者側への称賛

2019年10月28日
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台風19号について流布している「八ッ場ダムの奇跡」などは権力者側への称賛です。問題の本質を突いた論考を掲載します。

台風19号で感じた「先人に感謝」という言葉の耐えられない軽さ
(現代ビジネス2019/10/26(土) 11:01配信) https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191026-00068036-gendaibiz-soci&p=1
写真:現代ビジネス

「八ッ場ダムの奇跡」

首都圏を直撃した非常に強い台風19号。
東京でこそ、可能性が視野に入れられていた荒川の氾濫などは起きなかったものの、全国各地で河川の氾濫などが発生し、多くの被害を与えた。
自民党の二階幹事長は被害について、「まずまずに収まった」と論じたが、実際の被害、特に氾濫などによる流通の停滞や倉庫の浸水、工場機械の破損など、産業に対する経済的影響はまだ十分に算出されておらず、なにをもって「まずまず」と論じたのか不明である。
少なくとも、大規模な自然災害による被害の大きさがハッキリと判明するのは、だいぶ経って後というのは常識であり、二階氏の発言は大規模災害を理解していないとしか考えられないのである。

さて、広い地域に被害を与え、まだ被害の全貌は明らかではない台風19号だが、台風も峠を越したころに、ネットでは「八ッ場ダムの奇跡」というツイートがささやかれていた。

それは「八ッ場ダムが首都圏を氾濫から救った、八ッ場ダムスゲー」という内容のツイートである。八ッ場ダムは10月に入ってから試験湛水を行っており、本来であれば3~4ヵ月かけて満水にする予定だったのが、今回の台風で一気に満水になったことを指して、これを「利根川の氾濫を抑え、首都圏を守った奇跡」であると主張しているのである。
(写真)10月12日の東京都・多摩川

手放しで喜べる話ではない

だが、八ッ場ダムで発生したのは奇跡ではない。本来であればゆっくり満水にし、その後、溜まった水をゆっくりと抜くことで、周辺にがけ崩れなどの、水圧による悪影響が発生しないか、ダムの機能はしっかり働くかを確認するのだが、今回の台風による降雨で試験不十分のまま満水となったという、イレギュラーな事態なのである。

今の所、周辺への悪影響は見られていないようだが、まかり間違えば八ッ場ダム自体が災害の主要因となる可能性もあり、奇跡などと手放しで喜べる話ではない。

さらに、広い利根川水系で、八ッ場ダムの存在1つがあったからと氾濫から首都圏が守られるはずもない。治水はあくまでも堤防の整備や流域面積の確保といった積み重ねである。本気で八ッ場ダムが首都圏を救ったと主張しているなら「無邪気」としか言いようがない

しかし、奇跡だと言っている方も、それくらい承知でツイートをしていたのだろう。ツイートの本当の目的は決して八ッ場ダムを称えることではなく、かつて事業仕分けにおいて八ッ場ダム計画を中止させようとした、民主党政権を叩くことである。その主張の本質は「もし、民主党政権が八ッ場ダム計画を中止させていたら、今回の台風で首都圏は氾濫の被害にあっていた」というものである。

かつての民主党政権は「コンクリートから人へ」という公約を掲げていた。本来はゼネコンなどに金をばらまく形で雇用を確保するセーフティネットを否定し、政府から直接必要な人にお金を渡す、新たなセーフティネットの形を志した言葉であったはずだ。しかし、ネットではこのことを逆手に取り、台風や洪水などの被害がある度に、さも民主党政権のせいで、その被害が発生したかのような政治的主張がなされてきた。

河川が氾濫すれば、すぐに「スーパー堤防があれば、氾濫は防げた」と主張する。氾濫した地域が最初からスーパー堤防化の計画がなかった区域であっても、とにかく騒いで民主党政権に対して悪印象を植え付けたモノ勝ちと、ひたすら騒ぎ続けるのである。

今回、八ッ場ダムを奇跡と翼賛した人たちの中には、民主党政権叩きというイデオロギーに染まった大人がたくさん含まれていた。政治的な当てつけのために奇跡だなどと大げさに褒め称えられた八ッ場ダムは、果たしてそれを光栄だと思うのだろうか?

「田中正造に感謝」に目を疑った

八ッ場ダムと同じ利根川水系で、主に北関東を中心に流れる「渡良瀬川」。群馬と栃木と埼玉に囲まれたところに「渡良瀬遊水地」が存在する。遊水池とは、河川の市街地への氾濫を防ぐために、川をあえて一時的に氾濫させるために整備された土地のことである。水があふれることが前提なので当然、人が住むことはできないが、普段は水が無いことから、公園などとして活用される場合もある。

東京から近いところでは、日産スタジアムを始めとした様々なスポーツ施設を有する「新横浜公園」も、鶴見川の遊水池として設計されている。今回の台風では遊水池としての機能を果たして水没し、水が引き、整備が終わるまで、施設が閉鎖された。

渡良瀬遊水地にも今回の台風で大量の水が流れ込み、普段は緑が生い茂る自然豊かな湿地が、大量の水で覆われた光景がTwitterなどに投稿されている。

しかし、僕はその光景を見た人の中に、とんでもないことをいう人を見つけた。曰く「田中正造に感謝」というのだ。

僕は栃木県の佐野市出身だ。栃木県佐野市で生まれた子供たちは、佐野出身の名士として田中正造のことを詳しく習っている。詳しくない人たちのために、田中正造が何をしたのかをざっくり説明する。

近代化が求められていた1800年代後半。栃木県の山中にあった足尾銅山から排出される煙が山の木々を枯らしていた。そこを流れる渡良瀬川は洪水を起こし、下流地域に鉱毒を撒き散らした。この惨状を食い止めようと、衆議院議員だった田中は国会で質問や演説を行うが、国は十分な対処をしなかった。
(写真)渡良瀬川と筑波山(photo by iStock)

彼の一生への冒涜ではないか
やがて田中は議員の職を辞すと、これまで以上に鉱毒問題に取り組んだ。1901年には明治天皇に命がけの直訴までして、問題を解決しようとした。その後、公害事件の被災地でもある栃木県下都賀郡谷中村に湧水池を作る計画が浮上。これは治水のための計画でもあったが、同時に鉱毒問題運動の中心地であった谷中村を廃村にして、反対運動を沈静化してしまおうという狙いがあったと言われている。

田中はこれに徹底的に対抗し、住民の移住が開始されても谷中村に住み続けた。田中が亡くなった時には無一文であったと言われ、死ぬまで苦しむ農民のために戦い続けた政治家として、今なお語り継がれている。

そして、この話の中に出てくる遊水池が、現在の渡良瀬遊水地である。田中正造は死ぬまで渡良瀬遊水地に反対をしていた。そんな人間に対して、渡良瀬遊水地が機能したことを「田中正造に感謝」という言葉で褒め称えるのは、僕には彼の一生を冒涜する言葉であるとしか思えないのである。

この「田中正造に感謝」という言葉には、その前段階がある。それが「先人に感謝」という言葉である。この言葉が今回の台風で、たくさんツイートされていた。

先人に感謝するのはいい。だが、それは誰のための感謝なのだろうか?

権力者側への称賛

治水工事。特にダム建設や荒川放水路のような大規模な工事を行うことで、誰が犠牲になったかといえば、元々その土地で暮らしてきた、権力を持たない生活者である。
八ッ場ダムも、そもそもなぜ民主党政権が計画の中止を打ち出したかといえば、その土地に暮らした地元住民たちの反対運動があったからである。田中正造がどうして直訴をしたかといえば、足尾銅山という富国政策の下に、多くの住民たちが被害を受けたからである。

治水が多くの人達の安全を守ったり、社会に利益をもたらすことには疑問の予知はない。しかしその一方で、治水には多くの土地が必要であり、それらは多くの人達から「徴収」したもので成り立っているのである。十分な補償を受け取った者もいれば、納得の行かないまま立ち退かざるを得なかった人もいる。現代である八ッ場ダムにすら反対する人たちはいた。人権というものが確立されていなかった古い時代であればあるほど、そこに暮らした人たちはもちろん、工事に動員された人たちなど、多くの人が苦しんだことは想像に難くない。

だからこそ我々は、彼らの苦悩や被害を十分に学び、理解した上で、彼らの方を向いて厳かに頭を下げなければならないのである。それで初めて「先人に感謝」という言葉が感謝と謝罪、そして先人たちの思いを決して忘れないことなどを含む、様々な意味を持つのである。

しかし、今回聞こえてきた「先人に感謝」の声は、とてもそのような態度には思えなかった。

先人に感謝といいつつ、彼らは先人たちの苦悩を理解してはいない。それは「大規模工事を行った先人たちスゲー!!」という、苦しんだ生活者への感謝というよりは、権力者側を向いた称賛の声であった。先人たちに対して後ろめたさがあるのではなく、本当に心の底から、先人が国のために喜んで土地や労力を提供したと考えるかのような「先人に感謝」だった。その言葉に込められた意味のあまりの軽さに、僕はめまいを覚えたのだった。

最後に。

なぜ僕がこの「先人に感謝」という言葉の軽さを論じなければならないと考えたのか。それは僕たち就職氷河期世代は確実に後世の人たちにこう言われるだろうから。

「不況のマイナスを全部負担してくれてありがとう。先人に感謝」と。

赤木 智弘

西島和氏「八ツ場ダムが利根川を守ったというのは誤解」

2019年10月28日
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西島和弁護士(水源連事務局)のインタビュー記事がネットに掲載されましたので、その記事を掲載します。

注目の人 直撃インタビュー
西島和氏「八ツ場ダムが利根川を守ったというのは誤解」

(日刊ゲンダイ 公開日:2019/10/28 06:00) https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/263717


(写真)西島和氏

大型台風が次々に日本列島を襲い、甚大な水害をもたらしている。一方、巨大ダムやスーパー堤防があったから被害を食い止められたという自民党政治礼賛の声がネットで飛び交っている。果たしてそれは事実なのか。河川公共事業の住民訴訟に取り組んできた専門家に話を聞いた。

◇  ◇  ◇

――台風19号は記録的な大雨を降らせましたが、八ツ場ダムがギリギリまで貯水した画像がネットで拡散され、おかげで利根川の氾濫を防げたという意見もあります。これは事実なのでしょうか。

誤解です。八ツ場ダムがなくても、利根川の河道で流せる程度の降雨量でした。治水というと、ダムを連想する人が多いと思いますが、基本は堤防や河道掘削などの河道整備です。雨がどこにどれだけ降っても、一定量を流せる河道整備が進められてきたことにより、利根川では氾濫が起きませんでした。これに対し、ダムの効果は不確実で、限定的です。降雨が「想定した場所」「想定した規模・降り方」で発生し、かつ、放流のタイミングを誤らないという場合に河川への流入量を減らせるにすぎないのです。

――八ツ場ダムが本格稼働していなかったことも背景にありましたね。

今回ラッキーだったのは、八ツ場ダムが試験湛水中だったため貯水量が少なく、本来より多くの水を貯めることができたことです。

――もし八ツ場ダムが本格稼働していて今回のような雨量になったらどうなっていたのでしょうか。

危なかったと思います。ダムは無限に水を貯めることができるわけではありません。ダムが貯められる以上の降水が発生した場合、ダムはダム自体の決壊を防ぐために緊急放流を行うことがあります。それで失敗したのが昨年の西日本豪雨で大規模な浸水被害を引き起こした愛媛県の鹿野川ダムです。緊急放流をしたため肱川が氾濫し死者を出しました。今回もいくつか緊急放流をしたり、準備をしていたダムがあります。ダムの限界には注意する必要があります。

――八ツ場ダムの住民訴訟の弁護団に加わっていましたが、どのようなきっかけでしょうか。

八ツ場ダムは治水と利水という相反する目的をもつ多目的ダムです。東京都は約500億円の利水負担金で新たな水源を得ようとしていました。しかし東京は人口は増えていますが、水需要は頭打ちで減少傾向ですから、負担金支出は違法だという訴訟を住民が起こしたのです。弁護団に加わるきっかけは「岸辺のアルバム」で知られる多摩川水害訴訟を手がけた高橋利明弁護士のお話を聞いて、ダムのイメージが変わりショックを受けたことです。

――訴訟は敗訴しました。

裁判所は八ツ場ダムが治水で役に立つ可能性が皆無ではないなどと判断しました。

――秋田県・雄物川の成瀬ダム訴訟もされていましたね。

緑にかこまれた美しい沢もある自然豊かな場所に造る計画で、農家の方などが子や孫に自然を残したいと起こされた訴訟です。成瀬ダムは最上流にあり、流域面積の1%の集水面積しかなく、治水効果がきわめて限定的です。堤防整備が相当遅れている状況で利水負担金約200億円を支出してダムを造ってもらうメリットは秋田県にはありません。しかし、裁判所は、治水に役に立つ可能性はゼロではないし、利水負担金は支出しない民意が明らかではないから公金支出は違法ではないとしました。

――「可能性はゼロではない」と繰り返す裁判所の理屈は暴論ですね。

「ダム優先」「人命軽視」の国策で堤防整備は後回し

――デタラメですね。

盛り土をともなう再開発で立ち退きが必要になりますから、計画が進まないのです。北小岩では強引に進めて「まちこわし」になりました。

――ところで国交省の堤防は土を盛ることしかしないのですか。

今回の長野県・千曲川も洪水が土の堤防を越水し破壊したことによる決壊だといわれています。堤防を越えると水が反対側に落ちて、滝つぼができるように土の堤防を削って決壊させるのです。ですので、国交省がかつて研究してきたアーマー・レビー工法のような堤防強化が必要なのですが、今の国交省は河川管理施設等構造令の土堤原則だからと土を積むだけです。

――堤防に矢板(鋼板)を入れるのもダメですか。

矢板やセメントなど異物を入れてはいけないそうです。土堤原則には例外もあり、場所によっては堤防強化されている例もあるのですが、決壊を防ぐには原則と例外を逆にすべきです。理解に苦しみます。

■国土強靭化は“やってる感”のスローガン

――安倍政権は国土強靱化を掲げていますが、水害対策は強靱化されましたか。

国土強靱化は“やっている感”を出すためだけのスローガンです。公共事業批判を封じ込めたいのでしょうが、事業の中身は問わず規模を大きくするだけでは問題は解決しません。“忖度道路”(安倍・麻生道路と呼ばれる下関北九州道路)など民主党政権時代にできなかったような事業も復活させる一方で、堤防決壊を回避するための本当に必要な対策は後回しにされています。

――河川水害はどうしたら防げるのでしょう。

水害を100%防ぐことはできませんが、氾濫しても人命が失われることのないよう、越水しても決壊しない堤防を整備していくことです。日本全国の堤防は土を盛っただけの“土まんじゅう”で、安全度も低いところが多いんです。2015年の豪雨で利根川水系の鬼怒川が決壊し、死者が出ました。10年に一度くらいの規模の雨でしたが、堤防を強化して氾濫だけで済んでいれば、あれほど深刻な被害にならなかった可能性があります。数時間の越水に耐えられる堤防を造って、少なくとも短時間に大量の水があふれないようにすることです。

――今後はどのような活動をされていきますか。

安全度が低い堤防などの整備を後回しにして、ダム整備を優先するのは人命軽視だと成瀬ダム訴訟でも主張してきました。広範囲で大規模な災害が起こる気候危機の一方で、災害対策の予算・人手は限られており、整備の順番はとても大事なんです。国交省にいる志のある人などを後押しして、住民の命を最優先で守る治水への方針転換を実現したいと思います。ただその前に現政権が代わらないと無理だとつくづく思います。

(聞き手=平井康嗣/日刊ゲンダイ)

▽にしじま・いずみ 1969年、長崎県生まれ。東京外国語大学卒。2006年から弁護士。八ツ場ダム住民訴訟、スーパー堤防差し止め訴訟など治水問題や福島原発事故の避難者訴訟の弁護団に加わってきた。

八ツ場ダムは本当に利根川の氾濫を防いだのか?(朝日新聞のウェブサイト「論座」)

2019年10月23日
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朝日新聞のウェブサイト「論座」に「八ツ場ダムは本当に利根川の氾濫を防いだのか?」を書きました(嶋津)。

公開されていますので、全文を転載します。
八ッ場ダムが利根川の氾濫を防いだというフェイクニュースが出回っていますので、周りの方への拡散をよろしくお願いします。

八ツ場ダムは本当に利根川の氾濫を防いだのか? 治水利水の両面で必要性は失われている
嶋津暉之 水源開発問題全国連絡会・共同代表
(朝日新聞「論座」 2019年10月23日)https://webronza.asahi.com/national/articles/2019102100008.html?page=1

利根川水系の八ツ場ダムは、来年3月完成の予定で10月1日から試験湛水が行われているが、今回の台風19号により、貯水量が一挙に増加した。八ツ場ダムの貯水量が急増したことで、「台風19号では利根川の堤防が決壊寸前になった。決壊による大惨事を防いだのは八ツ場ダムの洪水調節効果があったからだ」という話がネットで飛び交っている。10月16日の参議院予算委員会でも、赤羽一嘉国土交通大臣が試験湛水中の八ツ場ダムが下流の利根川での大きな氾濫を防ぐのに役立ったとの認識を示した。
しかし、それは本当のことなのか。現時点で国交省が明らかにしているデータに基づいて検証することにする。

八ツ場ダムの洪水位低下効果は利根川中流部で17㎝程度
10月13日未明に避難勧告が出た埼玉県加須市付近の利根川中流部についてみる。
本洪水で利根川中流部の水位は確かにかなり上昇したが、決壊寸前という危機的な状況ではなかった。加須市に近い利根川中流部・栗橋地点(久喜市)の本洪水の水位変化を見ると、最高水位は9.67m(観測所の基準面からの高さ)まで上昇し、計画高水位9.90mに近づいたが、利根川本川は堤防の余裕高が2mあって、堤防高は計画高水位より2m高いので、まだ十分な余裕があった。なお、栗橋地点の氾濫危険水位は8.9mで、計画高水位より1m低いが、これは避難に要する時間などを考慮した水位であり、実際の氾濫の危険度はその時の最高水位と堤防高との差で判断すべきである。

八ツ場ダムの治水効果については2011年に国交省が八ツ場ダム事業の検証時に行った詳細な計算結果がある。それによれば、栗橋に近い地点での洪水最大流量の削減率は10洪水の平均で50年に1回から100年に1回の洪水規模では3%程度である。本洪水はこの程度の規模であったと考えられる。
本洪水では栗橋地点の最大流量はどれ位だったのか。栗橋地点の最近8年間の水位流量データから水位流量関係式をつくり、それを使って今回の最高水位9.67mから今回の最大流量を推測すると、約11,700㎥/秒となる。八ツ場ダムによる最大流量削減率を3%として、この流量を97%で割ると、12,060㎥/秒になる。八ツ場ダムの効果がなければ、この程度の最大流量になっていたことになる。

この流量に対応する水位を上記の水位流量関係式から求めると、9.84mである。実績の9.67mより17㎝高くなるが、さほど大きな数字ではない。八ツ場ダムがなくても堤防高と洪水最高水位の差は2m以上あったことになる。したがって、本洪水で八ツ場ダムがなく、水位が上がったとしても、利根川中流部が氾濫する状況ではなかったのである。

河床の掘削で計画河道の維持に努める方がはるかに重要
利根川の水位が計画高水位の近くまで上昇した理由の一つとして、適宜実施すべき河床掘削作業が十分に行われず、そのために利根川中流部の河床が上昇してきているという問題がある。
国交省が定めている利根川河川整備計画では、計画高水位9.9mに対応する河道目標流量は14,000㎥/秒であり、今回の洪水は水位は計画高水位に近いが、流量は河道目標流量より約2,300㎥/秒も小さい。このことは、利根川上流から流れ込んでくる土砂によって中流部の河床が上昇して、流下能力が低下してきていることを意味する。河川整備計画に沿った河床面が維持されていれば、上述の水位流量関係式から計算すると、今回の洪水ピーク水位は70㎝程度下がっていたと推測される。八ツ場ダムの小さな治水効果を期待するよりも、河床掘削を適宜行って河床面の維持に努めることの方がはるかに重要である。

利根川の上流部と下流部の状況は
以上、利根川中流部についてみたが、本洪水では利根川の上流部と下流部の状況はどうであったのか。利根川は八斗島(群馬県伊勢崎市)より上が上流部で、この付近で丘陵部から平野部に変わるが、八斗島地点の本洪水の水位変化を見ると、最高水位と堤防高の差が上述の栗橋地点より大きく、上流部は中流部より安全度が高く、氾濫の危険を心配する状況ではなかった。

一方、利根川下流部では10月13日午前10時頃から水位が徐々に上昇し、河口に位置する銚子市では、支流の水が利根川に流れ込めずに逆流し、付近の農地や住宅の周辺で浸水に見舞われるところがあった。八ツ場ダムと利根川下流部の水位との関係は中流部よりもっと希薄である。八ツ場ダムの洪水調節効果は下流に行くほど小さくなる。
前述の国交省の計算では下流部の取手地点(茨城県)での八ツ場ダムの洪水最大流量の削減率は1%程度であり、最下流の銚子ではもっと小さくなるから、今回、浸水したところは八ツ場ダムがあろうがなかろうが、浸水を避けることができなかった。浸水は支川の堤防が低いことによるのではないだろうか。
なお、東京都は利根川中流から分岐した江戸川の下流にあるので、八ツ場ダムの治水効果はほとんど受けない場所に位置している。

ダムの治水効果は下流に行くほど減衰
ダムの洪水調節効果はダムから下流へ流れるにつれて次第に小さくなる。他の支川から洪水が流入し、河道で洪水が貯留されることにより、ダムによる洪水ピーク削減効果は次第に減衰していく。
2015年9月の豪雨で鬼怒川が下流部で大きく氾濫し、甚大な被害が発生した。茨城県常総市の浸水面積は約40㎢にも及び、その後の関連死も含めると、死者は14人になった。鬼怒川上流には国土交通省が建設した四つの大規模ダム、五十里ダム、川俣ダム、川治ダム、湯西川ダムがある。その洪水調節容量は合計12,530万㎥もあるので、鬼怒川はダムで洪水調節さえすれば、ほとんどの洪水は氾濫を防止できるとされていた河川であったが、下流部で堤防が決壊し、大規模な溢水があって凄まじい氾濫被害をもたらした。
この鬼怒川水害では4ダムでそれぞれルール通りの洪水調節が行われ、ダム地点では洪水ピークの削減量が2,000㎥/秒以上もあった。しかし、下流ではその効果は大きく減衰した。下流の水海道地点(茨城県常総市)では、洪水ピークの削減量はわずか200㎥/秒程度しかなく、ダムの効果は約1/10に減衰していた。

このようにダムの洪水調節効果は下流に行くほど減衰していくものであるから、ダムでは中下流域の住民の安全を守ることができないのである。

本格運用されていれば、今回の豪雨で緊急放流を行う事態に
本洪水の八ツ場ダムについては重要な問題がある。関東地方整備局の発表によれば、本洪水で八ツ場ダムが貯留した水量は7500万㎥である。八ツ場ダムの洪水調節容量は6500万㎥であるから、1000万㎥も上回っていた。

八ツ場ダムの貯水池容量の内訳は下の方から計画堆砂容量1750万㎥、洪水期利水容量2500万㎥、洪水調節容量6500万㎥で、総貯水容量は10750万㎥である。貯水池の運用で使う有効貯水容量は、堆砂容量より上の部分で、9000万㎥である。ダム放流水の取水口は計画堆砂容量の上にある。
本洪水では八ツ場ダムの試験湛水の初期にあったので、堆砂容量の上端よりかなり低い水位からスタートしたので、本格運用では使うことができない計画堆砂容量の約1/3を使い、さらに、利水のために貯水しておかなければならない洪水期利水容量2500万㎥も使って、7500万㎥の洪水貯留が行われた。

本格運用で使える洪水貯水容量は6500万㎥であるから、今回の豪雨で八ツ場ダムが本格運用されていれば、満杯になり、緊急放流、すなわち、流入水をそのまま放流しなければならない事態に陥っていた。
今年の台風19号では全国で6基のダムで緊急放流が行われ、ダム下流域では避難が呼びかけられた。2018年7月の西日本豪雨では愛媛県・肱川の野村ダムと鹿野川ダムで緊急放流が行われて、西予市と大洲市で大氾濫が起き、凄まじい被害をもたらした。今年の台風19号の6ダムの緊急放流は時間が短かったので、事なきを得たが、雨が降り続き、緊急放流が長引いていたら、どうなっていたかわからない。

ダム下流で、ダムに比較的近いところはダムの洪水調節を前提とした河道になっているので、ダムが調節機能を失って緊急放流を行えば、氾濫の危険性が高まる。
八ツ場ダムも本豪雨で本格運用されていれば、このような緊急放流が行われていたのである。

以上のとおり、本豪雨で八ツ場ダムがあったので、利根川が助かったという話は事実を踏まえないフェイクニュースに過ぎないのである。

必要性を喪失した八ツ場ダムが来年3月末に完成予定
八ツ場ダムは今年中に試験湛水を終えて、来年3月末に完成する予定であるが、貯水池周辺の地質が脆弱な八ツ場ダムは試験湛水後半の貯水位低下で地すべりが起きる可能性があるので、先行きはまだわからない。

八ツ場ダムはダム建設事業費が5320億円で、水源地域対策特別措置法事業、水源地域対策基金事業を含めると、総事業費が約6500億円にもなる巨大事業である。
八ツ場ダムの建設目的は①利根川の洪水調節、②水道用水・工業用水の開発、③吾妻川の流量維持、④水力発電であるが、③と④は付随的なものである。

①の洪水調節については上述の通り、本豪雨でも八ツ場ダムは治水効果が小さく、利根川の治水対策として意味を持たなかった。利根川の治水対策として必要なことは河床掘削を随時行って河道の維持に努めること、堤防高不足箇所の堤防整備を着実に実施することである。

②については首都圏の水道用水、工業用水の需要が減少の一途をたどっている。水道用水は1990年代前半でピークとなり、その後はほぼ減少し続けるようになった。首都圏6都県の上水道の一日最大給水量は、2017年度にはピーク時1992年度の84%まで低下している。これは節水型機器の普及等によって一人当たりの水道用水が減ってきたことによるものであるが、今後は首都圏全体の人口も減少傾向に向かうので、水道用水の需要がさらに縮小していくことは必至である。これからは水需要の減少に伴って、水余りがますます顕著になっていくのであるから、八ツ場ダムによる新規の水源開発は今や不要となっている。

八ツ場ダムの計画が具体化したのは1960年代中頃のことで、半世紀以上かけて完成の運びになっているが、八ツ場ダムの必要性は治水利水の両面で失われているのである。
八ツ場ダムの総事業費は上述の通り、約6500億円にもなるが、もし八ツ場ダムを造らず、この費用を使って利根川本川支川の河道整備を進めていれば、利根川流域全体の治水安全度は飛躍的に高まっていたに違いない。

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